完全な一話とするにはやや足りないものの、結構本編に関わる部分もあるので、【番外編】として投稿させて頂きます。
本編が進めば新しい人達の分を都度加筆していく予定です。
以下、目次代わりのページ内ジャンプリンクです。
ご活用下さい。
【目次】
【我妻善逸の場合】
【嘴平伊之助の場合】
【栗花落カナヲの場合】
【不死川玄弥の場合】
【煉獄杏寿郎の場合】
【胡蝶しのぶの場合】
【悲鳴嶼行冥の場合】
【宇髄天元の場合】
【後書き】
『その手を掴む』
◆◆◆◆◆
【我妻善逸の場合】(『蒼の夢』の少し後)
ふと目覚めたそこは何処までも深い蒼の世界であった。
そして、そんな見渡す限りの蒼以上に、静かに揺らぐ旋律が遠く聞こえてくるかの様である。
そんな世界の中に、何時の間にか俺は佇んでいた。
「此処は夢と現実、精神と物質、意識と無意識の狭間。
我が『心の海』へようこそ。歓迎するよ、善逸」
そう言って、気付けば目の前で微笑んでいたのは、悠さん……に似ているけど、その音は何処か違う気がする誰かだった。
「えっと……悠さん……?」
「俺は『鳴上悠』ではあるけれど、善逸が知る鳴上悠とは少し同じとは言い切れない。
『鳴上悠』の意識と無意識の狭間に在る、心の力その物とも言える。
まあ、好きに呼んで貰っても構わない」
例えば炭治郎は俺を『鳴上さん』と呼んでいるぞ、と。
そう目の前の『鳴上悠』を名乗る存在は、微笑む様に柔らかな表情を浮かべながら言う。
どう呼ぶべきなのか迷って、じゃあ炭治郎に倣ってそう呼ぶか、と。
俺は目の前のこの人を『鳴上さん』と呼ぶ事にする。
そう呼ぶと、『鳴上さん』は嬉しそうに微笑んだ。
「ああ、善逸もそう呼んでくれるのか。嬉しいよ。
さて、と。今夜此処に善逸を招いたのは、善逸に訊ねたい事があってな」
訊ねたい事? と、首を傾げると。
『鳴上さん』は少し神妙に頷く。
「ああ。善逸が『試練』を受ける気があるかどうかを聞きたかったんだ。
……この先、上弦の鬼や鬼舞辻無惨と戦う上ではより一層激しい戦いになる事が予期されるからな。
この場所からでは大した手助けが出来る訳では無いのだが、せめて少しでも力になりたくて。
だから、皆の力を磨く事が出来る様な『試練』を用意した。
ここは『鳴上悠の心の海』の中、そして善逸にとっては一夜の夢の中の世界。
此処で何が起きても現実の善逸が傷付いたり況してや死ぬ事なんて無い。
ただし、恐らく何度も何度も死にそうな目に遭ったり、或いは夢の中で死ぬ事になるだろう。
そして此処は夢の中ではあるけれど、現実との狭間でもあるから、現実の世界で善逸に出来ない事が出来る様になる訳では無い。但し、この世界で出来る事ならば……出来る様になった事ならば、現実の善逸にも必ず出来る。
此処は狭間であるが故に、此処で起きた事の記憶その物を現実で思い出す事は出来ないだろうけれど……」
そこで言葉を切った『鳴上さん』は、その金色の目を少しだけ細めて俺を見る。
「しかし、魂に刻まれたそれは『無かった事』にはならない。
此処で得たものは、必ず善逸を生かす為の力になるだろう。だから。
此処で何度でも傷付くと良い、死ぬと良い。痛みも苦しみも、感じるそれらは間違いなく『本物』ではあるけれど、しかしそれでその魂や身体に傷が付くと言う事も無い。
千の死を経験せねば乗り越えられぬ『試練』があるのなら、千と一の果てにそれを乗り越えれば良い。
『鳴上悠』が戦ってきた全ての相手を、此処では再現する事が出来る。
この『試練』を乗り越え続けた先に、如何なる怪物を相手にしても……例え『神』すらも相手にしてでも、それでもそれを生きて乗り越えられるだけの力を、きっと手に入れられる筈だ。
……とは言え、『試練』の痛みや苦しみを厭うと言うのであれば、別にそれでも構わない。
受けるか受けないかは、善逸の意志に委ねよう」
受けないとしても、特に不利益は無い。と。
『鳴上さん』はそう言って、ジッと俺を見詰めた。
さあ、どうする? と。その目は俺に訊ねてくる。
一体、この人は何者なのだろう。『試練』って、一体何をさせられるんだ、と。思わず悲鳴を上げそうになる。
だって、何度も傷付くとか死ぬとか、どう考えても穏やかでは無い。
でも……。『鳴上さん』から聞こえる音に、俺を傷付けたいなんて感情は無くて。寧ろ少し迷う様な音をしている。
強くならなければ、何時か鬼に殺される。
それは分かっている。
なら。
おずおずと、『鳴上さん』に頷いて。
そして彼が差し出してきた手を、そっと握った。
「じゃあ、先ずはこいつを倒してみてくれ」
そう『鳴上さん』が言った直後に間の前に現れたのは、見上げる程に巨大で真っ赤な甲虫であった。
◇◇◇◇◇
【嘴平伊之助の場合】(『蒼の夢』の少し後)
「此処は夢と現実、精神と物質、意識と無意識の狭間。
我が『心の海』へようこそ、伊之助」
そう言ってニッコリと微笑んで来たのは、カミナリだった。
と言うか、此処は何処だ? 何か色んな所が真っ青だが。
俺がキョロキョロと見回していると、カミナリが説明する様に教えてくれる。
「ああ、此処は『鳴上悠の心の中』であると同時に、伊之助にとっては夢の中の世界だ。
……俺は『鳴上悠』ではあるけれど、伊之助の知る鳴上悠では無くて……」
「? カミナリはカミナリだろ?
俺は親分だからな、そう言うのちゃんと分かってんだぜ」
何言ってんだコイツ、と思いつつもそう言うと。
カミナリは少し驚いた様に目を丸くして、そして堪え切れなかった様に少し噴き出した。
「ハハハッ、成る程、そう来たか。伊之助親分には敵わないなぁ……。
……そうだな、俺は伊之助の子分の『鳴上悠』……カミナリだ」
全く変な子分だぜ、とそう思いつつ。それはそうと俺はどうしてこんな所に居るのだろうと首を捻った。
任務が終わった後で飯を食って布団に転がった所までは記憶があるけれど、その先は何も覚えていない。
「ああ、済まない。どうして此処に招いたのか、まだ説明してなかったな。
端的に言うと、伊之助に『試練』を受ける気があるか訊ねたかったんだ」
「『試練』? 何じゃそら。勝負か?」
それなら何時でも受けて立つぜ。何たって親分だからな。子分との力勝負をしてやるのも親分の務めって奴だ。
「勝負……まあ一応それも出来なくは無いけど。
取り敢えずは、『鳴上悠』が以前に戦った事のある強い相手と次々に戦って、それを乗り越えられる様になって貰うってのが目的だな。
そして此処は夢の中ではあるけれど、現実との狭間でもあるから、現実の世界で伊之助に出来ない事が出来る様になる訳では無い。但し、この世界で出来る事ならば……出来る様になった事ならば、現実の伊之助にも必ず出来る様になる」
「つまり?」
話が長くてちょっと良く分からないから手短に説明しろと要求すると。
カミナリはちょっと頬を掻いて、うーんと唸ってから、話をまとめた。
「まあ、此処で『試練』の相手を倒せる様になれば、現実でも同じ様に動けて強い敵を倒せるようになる、筈」
「要は、すっごい強い奴らと次々に戦えるって事だよな!!」
何だよそれ最高じゃねぇか!
それを全部倒せたら、俺はその「ココロノウミ」(?)ってやつの王って事だな! とそう意気込むと。
カミナリは愉快そうに笑った。
「ああ、うん。確かに。『全部』を倒せるならそうかもしれないなぁ……。
うんまあ、伊之助がとてもやる気があって良かったよ。
ただ、注意して欲しい事があって。
此処では幾ら傷付こうとも或いは死のうとも、現実の世界で死ぬ事は無い。
でも、感じる痛みや恐怖は現実で感じるものと同じだと思って欲しい。
だから、無暗に死のうとしては駄目だからな。
じゃあ、この手を取ったら、『試練』を開始するぞ」
そう言ってカミナリが差し出してきたその手を、俺は迷わずに力強く掴んだ。
◇◇◇◇◇
【栗花落カナヲの場合】(『幸せを希う』翌日夜)
「此処は夢と現実、精神と物質、意識と無意識の狭間。
我が『心の海』へようこそ。眠っていた所を呼びたててしまってすまないな、カナヲ」
不思議な蒼い空間で、そう言って私を気遣う様に声を掛けて来たのは。
悠さん……とは目の色とかがちょっとだけ違うけど、でも悠さんと同じ人だった。
悠さん、で良いのかな。どうなんだろう、と考えていると。
「ああ……俺は『鳴上悠』ではあるけれど、カナヲの知る鳴上悠その物と言う訳でも無い。
『鳴上悠』の意識と無意識の狭間に在る、心の力その物とでも言うべき者だ。
まあ、好きに呼んで貰っても構わない」
俺の事を、どう呼びたい? とそう言われて、少し困ってしまう。
悠さん以外にどう呼べば良いのだろう。『兄さん』、と言うのは違うだろうし。
じゃあ最初に会った時みたいに『鳴上さん』? でもそれはちょっと他人行儀過ぎる気がするし……。
結局、悠さんと変わらず呼ぶ事にした。
そう呼ぶと、悠さんはその金色の目を優しく緩ませて頷く。
「そうか、分かった。カナヲにそう呼んで貰えて嬉しいよ。
……『兄さん』、でも俺は構わないけどな」
少し冗談交じりにそう言いながら、悠さんはどうして此処に私を招いたのかを説明する。
そして、その『試練』の内容も。
「『試練』を受けるか受けないかは自由に選んで欲しいけど。
ただ、一緒に上弦の弐を倒すのだったら、間違いなく受けた方が良いと思う」
悠さんがそこまで言う理由を私は直ぐに察した。
何せ悠さんとは、しのぶ姉さんの為にも、あのクソみたいな鬼を絶対に殺すと誓い合った仲なのだ。
悠さんが戦ってきた全ての敵を再現して戦う事が出来るなら、先ず間違い無くあの鬼とも戦える。
「……あの鬼とも戦える?」
「ああ。と言っても、本気を出してきたあの鬼に対抗する為にはまだカナヲだと難しいから、先ずはあれよりも弱い敵で経験や勘を養ってからにはなるけど」
「じゃあやらせて」
その手を掴む事に、迷いなど何処にも無かった。
◇◇◇◇◇
【不死川玄弥の場合】(『幸せを希う』数日後)
「此処は夢と現実、精神と物質、意識と無意識の狭間。
我が『心の海』へようこそ、玄弥」
そう言いながら、優しく微笑んだのは間違いなく悠だった。
少しその目の色は金色に輝いているけれど。でも、間違いない。
眠っていた筈なのに突然蒼い空間に放り出されていたから戸惑っていたのだけれど、知った顔を見付ける事が出来てホッとしていた。
「悠、どうして此処に? それに、『心の海』って何なんだ?」
「『心の海』ってのは、文字通り人の心が集まっている場所の事だ。
人は、自分でも意識していない深い深い無意識の場所で、色んな人達と繋がっているんだ。
現実の世界に物質的に存在している訳では無いんだけれど、でも確かに存在する。
そして其処をまるで海の様だと捉えた人が居て、『心の海』って表現している。
他には……『集合無意識』だとか『阿頼耶識』だとか、まあそんな風に呼ぶ人も居るけど。
でも、『心の海』って表現の方が素敵だろ?」
悠の説明は分かった様な、或いはあまり分からない様な。でも何となく、ここが普通の場所じゃないってのは分かる。
「死後の世界ってやつもそうなのか?」
死んだ人が行くとされる場所、地獄や天国。
母ちゃんや弟や妹たちがきっといる場所。
そこも、その『心の海』とやらの何処かなのだろうか。
なら、探せば会えるのだろうか、皆に。
「……それは俺には分からない。
全ての人の魂が揺蕩う場所と言う事も出来るだろうし、きっと『心の海』の深い場所には既にこの世を去った人の記憶や感情なども断片としては遺っていると思うけれど……。
ただ、この世界の『心の海』がどうなっているのか、俺でも全部分かっている訳では無いんだ。
俺は僅かに触れる事は出来ても、そもそも根本としている部分が違うから、『みんなの心の海』には行けない。
触れる事は出来るから表層的には何となくは分かるんだけど、その奥底に何があるのかまでは分からないんだ。
だから、もしかしたらその何処かに人々が思う様な『あの世』ってのが在るのかもしれないし、『あの世』ってのは『心の海』とはまた別に在る場所なのかもしれないな」
ごめんな、玄弥。とそう静かに謝られて、気にしないでくれと首を横に振った。
別に、悠が悪いとかそう言う訳じゃない。
「そっか……。で、その『心の海』って所で悠は一体何をしているんだ?」
と言うか、悠がよく分からないけど『みんなの心の海』とやらに行けないのなら、じゃあ悠が『心の海』と呼んだ此処は何だと言うのだろう。
「此処は『鳴上悠の心の海』の中。そして、此処が俺の居場所なんだ、元々な。
と、俺が此処に居るのは当然の事だから気にして貰わなくて良いんだけど。
俺がこうして玄弥を此処に呼んだ事には理由はあるぞ」
そうして、悠が提示してくれた『試練』の内容を、要は悲鳴嶼さんの所でやっている修行と同じ様なものかと理解した。
修行ならやるしかない。呼吸が使えないなら使えないなりに、出来るだけの事をして強くならないと。
寝ている間にも強くなれるって言うなら、有難い話である。
「そうか、玄弥ならそう言うと思ったよ。
ああ、ただ一つ注意して欲しい事があって。
戦う相手は基本的には鬼じゃ無いから、何時もの様に鬼喰いして力を得ようとしても何もならないぞ」
「え、マジかよ! じゃあ、『試練』ってのを突破するの相当難しいんじゃ……」
「ああ、その点は安心してくれ。流石に無理そうだなと思ったら、他の人たちと合流して一緒に戦って貰うから。
自分の力も磨けるし、仲間と連携する力も磨けるし、一石二鳥だろう?
それに俺が思うに、玄弥は一人で倒し切ると言う戦い方よりも、誰かと一緒に力を合わせて戦う方が向いているんじゃないかな。
最終的に頸を斬るのが玄弥では無いのだとしても、その頸を斬るまでを多分玄弥は誰よりも手助け出来る。
俺はそう思うよ」
そう言って、悠は「じゃあ始めようか」と。そう言ってその手を差し出してきた。
◇◇◇◇◇
【煉獄杏寿郎の場合】(『蒼の夢』の少し後)
「此処は夢と現実、精神と物質、意識と無意識の狭間。
我が『心の海』へようこそ。こうしてお会いするのは初めてですね、煉獄さん」
そう言って微笑んだのは、久方振りに顔を合わせる鳴上少年だった。
いや、多分少し違う。その穏やかに此方を見詰める目の色は金色に輝いているし、雰囲気も違っている。
が、根本的に違うと言う訳でも無く。どう呼ぼうかと迷っていると。
目の前の鳴上少年は、少し苦笑する様な顔をする。
「ああ、すみません。俺は『鳴上悠』ではあるんですけど、煉獄さんの言う『鳴上少年』と全く同じと言う訳では無いんです。
『鳴上悠』にとっては、その表の意識とはまた別に存在する意識の狭間と無意識領域に在る存在……。心の力そのもの。
それが、今煉獄さんの目の前に居る俺です。
とは言え、全くの初めてと言う訳では無いんですよ。
実は前に一度だけ、煉獄さんは多分覚えては居ませんが、こうして顔を合わせた訳では無くても、俺は煉獄さんに逢った事があるんです」
そう言われて、はてそれは何時の事だろうかと記憶を探る。
そもそも鳴上少年と顔を合わせたのは、あの無限列車での任務が初めてであるし、その後の蝶屋敷での療養中に目の前の少し違う鳴上少年と出逢った記憶は……。
しかし、ふと。その僅かに違う気配に、確かに微かにでも覚えがあった事に気付く。
「よもや! まさかあの時、死に行く俺の手を掴んで引き戻したのは……」
「ええ、俺ですね。
あの時の煉獄さんの意識は、死に掛けていた事もあってかなり『心の海の中』に溶けかけていましたし。
ちょっとギリギリの所でした。間に合って何よりです」
そう言って微笑んだ彼の表情は、俺の知る鳴上少年と全く同じであった。
「成る程、君も俺の命の恩人であったと言う訳か。有難う、助かった!」
「命の恩人って言われるとちょっと照れ臭いんですけど、そう言う事になるんですかね……?
まあ、俺にそう言う逸話があるから、黄泉路を下りつつあった煉獄さんを追い掛けてその手を掴む事が出来たんだろうなって思います。
逸話の中では連れ戻す事には失敗しちゃってるんで、そこは間に合って良かったです」
正確にはまだちゃんと生きていたから間に合ったんでしょうね、と。そう彼は微笑む。
逸話? とそう首を傾げると。彼は、少し考える様な顔をして。
「……煉獄さんなら多分大丈夫だと思うので、一応名乗らせて貰いますが。
俺は『鳴上悠』であり、そして鳴上悠が『イザナギ』……或いは『伊邪那岐大神』と呼ぶ存在です。
まあだから、かつてイザナミを追い掛けて黄泉の世界まで行ったその逸話に準える様に、多少はそれを追い掛ける事が出来たんだと思います」
彼の言葉に、思わず驚いて「よもや」と呟いてしまった。
「伊邪那岐」の名は、神々の名や系譜にそう詳しくは無い俺でも知っている。
国生みの神であり、そして八百万の神々の祖の一柱であり、そしてこの国の主神たる天照大御神の父神である。
そして確かにその逸話には、死した妻を追って黄泉の国へと行ったというものもある。
「君は、神なのか?」
そう問い掛けて、もしかして不敬と言うものに値するのではと一瞬焦る。
が、彼はゆっくりとその首を横に振った。
「違う、とは言い切れません。
人によっては俺を……いえ『鳴上悠』をそう見るのでしょう。……いや、その兆候は既に出始めている。
ですが、俺は『神』そのものと言う訳でも無いです。
心の海のその最奥から生まれ、確かにその『名』を冠してはいますが。
しかし、『鳴上悠』と言う名の……紛れも無く『人間』である存在のその心その物ですよ。
【愚者】から始まり心の海を駆け抜けて全ての可能性を見付けながら旅路を辿って……そして【世界】に辿り着いた、ただそれだけの『人間』です」
そう言いながら、彼は少しだけ寂しそうな顔をする。
……彼が言っている意味の殆どが、俺には意味の分からない事ではあったが。
しかし、一つ分かる事はある。
「成る程。鳴上少年は鳴上少年だ、と言う事だな。
そして、君も含めて俺の命の恩人だ。なら、それで良し!」
確かに、鳴上少年に関して分からない事はかなり多いが。それが気にならない位に、俺は鳴上少年の事を信頼しているし感謝しているのだ。
それはどうであっても変わらないので構わないだろう。
そう言うと、彼は嬉しそうに微笑んで。「煉獄さんは本当に凄いなぁ」と、そう呟く。
そして、彼が此処に俺を招いた要件を話し出した。
「成る程! それは有り難い話だな!
そんな形で鍛錬を積む事が出来るとは!
ところで、その『試練』とやらは誰でも受ける事は出来るのか?」
彼が言う『試練』と言う名の鍛錬は、物凄く有難いものであった。
本来幾ら命があっても足りない様な死闘を、夢の中であるが故に無限に戦い抜く事が出来て。
そしてこの夢の中と現実は、「出来る事が全く同じ」であるが故に、此処で出来る様になった事は現実でも必ず出来る様になっていると言うのだ。
まあ、此処で戦った記憶その物を現実で直接思い出す事は難しいとの事だが。
身体が覚えているというやつと同じ様に、「魂」が覚えていると言うのだ。なら問題は無い。
それは確実に己の力を高める方法である。
強敵との戦い程、己を成長させる物は無い。
それに、鳴上少年がかつて乗り越えて来たらしいと言うその強敵の数々を聞くだけで、その『試練』で戦える相手の上は果てしない程に高い事も分かる。
何処までその『試練』を突破出来るのかは分からないが、確実に上弦の鬼たちだけでなく鬼舞辻無惨を倒す力にも繋がるだろう。
そしてだからこそ、その『試練』とやらを他の者達も受ける事が出来るのかどうかが気になった。
可能ならば一人でも多くがそれに挑む事で少しでも強くなる事が出来れば、それは鬼殺隊全体の地力の向上にもなるだろう。
そう訊ねると、彼は少し難しそうに首を横に振った。
「残念ながら、誰でもと言う訳では無いですね。
ある程度以上強い心の繋がりが無くては、此処に招く事が出来ないので。
此処は誰もの無意識に繋がっている『みんなの心の海』ではなくて、あくまでも『鳴上悠の心の海』なんです。
ですが……そうですね、鳴上悠がかなり親しくしている相手や、『鳴上悠』に心を開いている相手なら、招く事は出来ます」
成る程……。それなら、竈門少年たちなどは『試練』を受ける事が出来ているのだろう。
それに、今後鳴上少年が様々な人々に関わっていけば、その対象はもっと広がっていくのかもしれない。
何にせよ、彼が用意してくれた『試練』を受けないと言う手は無い。
「では、よろしく頼む!」
「はい、ご武運を……!」
ある種の「契約」の証だから、と。そう彼が差し出した手を握って。
俺は、終わりの見えない戦いの中へと飛び込んだ。
◇◇◇◇◇
【胡蝶しのぶの場合】(『幸せを希う』の当日夜)
「此処は夢と現実、精神と物質、意識と無意識の狭間。
我が『心の海』へようこそ。……こんばんは、しのぶさん。急にお招きしてしまいすみません」
「……此処は何処ですか?」
蝶屋敷で眠っていた筈なのに、気付けば不可思議な蒼い場所に居たのだ。
目の前に居るのは自分がよく知る相手ではあるけれど、しかし何処か少し違う様にも見える。
もしや血鬼術か何かかと警戒してしまったのは、鬼殺隊の柱としての性か。
「驚かせてしまってすみません。どうしても、この場所の特殊性の所為で、予めこうしてお招きする前に何か招待状の様なものを送るとかが出来なくて……。
でもこれは血鬼術によるものでは無いですし、俺は『鳴上悠』ではあるんですよ。
その……しのぶさんと約束した鳴上悠そのものとは、完全に同じって訳では無いのですけれど」
そう言って、目の前の悠に似た存在は、自分は『鳴上悠』のその意識と無意識の狭間にある彼の力その物であると名乗った。そして、自分の事は好きに呼んで欲しい、とも。
……彼の、尋常では無い力その物。
どの様な傷を負った人をも癒し、そして上弦の弐すら一蹴した、その力の根源が、目の前の彼であると言う。
正直、どう呼ぶべきなのか物凄く迷ってしまう。
何時も悠を呼ぶ時の様に「悠くん」なのか、それとももっと別の呼び方に変えるべきなのか。
別人では無いけれど、全く同じと言う訳でも無いと言う。何とも扱いの難しい相手を前に、悩んでしまう。
「……感じた呼び方そのままで良いんですよ。鳴上悠を呼ぶ時と全く同じでも良いですし、或いは少し変えてみても良いですし。……或いは……」
彼はそう言うが、呼び名は大切なものだ。そんな簡単には決められない。
そして。
「呼び方とは少し違う話になってしまうのですけど。
どうして悠くんにはあなたが言う『力』があるんですか?」
ずっと気にはなっていたそれを、その『力』その物であるのだと言う目の前の存在に訊ねてみる。
もうこの際、どんなデタラメにしか聞こえない事を言われても良い。そもそも、こんな場所に招かれている時点で、今までの私の常識の外にある事態である。今更な話だ。
「…………。そうですね、しのぶさんには話しておくべきなのでしょう。
此処で説明しても、現実の世界のしのぶさんの記憶には残らないのですが」
だって、一緒に『復讐』をするって約束しましたしね、と。そう言って、彼は悠と同じ様な顔をして微笑んだ。
「何処から説明するべきなのかは少し難しいのですが……。
俺の力の根本は、自分自身の心の力なんです。
ある種の特異的な能力ではあるのですけどね。
ある意味では神降ろしであるし、ある意味では神の皮を被っているとも言えるし。『心の海』に眠るその力を自分のものにしているとも言える……。
人の心は途轍もない力を秘めているものなんです。
目覚めた当初のその力は頼り無いものでも、幾多の困難に立ち向かい、死や絶望を掻い潜り、そうやってその力を磨き上げていく。
そうすれば、『心の海』の最も深き場所に居る『神様』にだって、打ち克つ事が出来る程に」
彼の説明の全てを理解出来たとは思わないけれど。
しかし、ならばと。どうしても心の中に燻る様に生まれてしまった疑問がある。
「……精神論だけでそんな力を得られるなら、鬼殺隊に居る誰もがあなたの言う凄い力とやらを手に入れる事が出来るのでは?」
強い心がその力の根源であると言うのなら、どうして自分達にはそれが無いのかと。そう思ってしまう。
しかしその疑問に対して、彼はゆっくりと首を横に振った。
「……必ずしもそうとは限りません。
心に向き合うと言う事は、鬼殺に命を懸ける事とはまた違う方向性の難しさがある事なので。
常に死を想いそれを乗り越える為の力を欲するか、己の心の最も醜く拒絶したいとすら思うものですら見詰め続けそれを受け入れて変えていくか。……或いは、『心の海』の根源にある存在と契約するか。
しかし何れにせよ、一度それを見てしまったのなら、絶対に目を反らす事は赦されません。
目を反らせば、得た力は容易く己に牙を剥く……。ある意味、死ぬまで永遠に終わらない戦いです。
……いえ、時に己の命の旅路を終えてすら、終わる事が赦されない……。
そして、向き合うにしろその心の器がそれを受け入れられる程度に成長していなければ、時に己の命すら奪う。
命を捨てる覚悟で戦う事だけが、心と向き合う事では無いんです。
いえ寧ろ、それ以外の選択肢を捨てきって心が憎しみや復讐に燃え上がっていると言うのなら、きっとその『影』に向き合う事は……」
そう言って、彼は深い溜息を吐いた。
そして、深い翳りにその眼差しを揺らす。
「それに、俺が言ってしまうと説得力が無いかもしれませんが。
この力は、持たずに済むなら、持たない方が確実に良い力ではあると思います。
……この力を得ると言う事は、そしてそれを磨き上げる状況に巻き込まれると言う事は。
この世に生きる全ての人の心……無意識が生み出した厄災に立ち向かう事を求められる事になりますから。
俺は幸運にもそうでは無かったけれど、人の心が生み出したその災厄によって人生も命も奪われる人も居る。
この力に目を付けた心無い人々の手によって無数の命と心が弄ばれた事もある。
ただ其処に居合わせただけなのに、ありとあらゆる命を『死』から守る為に、そして『死』を人々の心から守る為に、終わりの見えない戦いを選んでしまった本当に優しかった人も居る」
彼が言うそれらが一体何の事なのか、私には分からないけれど。
しかし、「心の力」と簡単に言ってしまって良いものでは無いものなのかもしれないと、そう感じる。
「友だちなのに、俺は彼を助けに行けなかった。助けられなかった……。
知らなかったんだ。俺が何気無く過ごしてきた日々が、彼によって守られていたものだったなんて。
『また会おう』って、そう約束したのに。鳴上悠はそれを覚えていないけど、俺は……『鳴上悠』はそれを忘れてなんかいなかったのに。でも、全部既に遅かったなんて……。
【世界】に至って『心の海』の奥底から再び目覚めた時に、そこで初めて全部知るなんて……」
再び深い溜息を吐いて、そして彼はその目を強く瞑る。
「……俺は、俺は本当に幸運なんですよ。
確かに俺の手にも世界の命運ってものが託されたり、人の総意による試練に向き合う事になりましたが。
それでも結局の所、俺は自分の大切なものを取り零さずに最後まで【真実】を求める旅路を辿る事が出来た。
幾千の死を導く呪言を祓って、幾万の真言を示す事が出来た。
『心の海』の人の総意すら超えて、大事なものを全て取り戻して。
……それでも、人の心の全てを変えきる事は出来ないから。
彼のその戦いを終わらせる事が出来ないし、そして……多分この先も何度でも人の心は世界を滅ぼそうとしてしまう。
その全てに俺が関わり続ける訳では無いにしろ、世界は何時だって滅びの瀬戸際にあるんです。
……彼が、その命と魂を懸けて守ってくれている世界なのに、ね。
炭治郎は、それをまるで賽の河原で崩れ落ちる石の塔をすんでの所で補修し続けている様なものだと言ってましたが、本当にその通りだと思います。
……この力を得るって言う事は、そんな戦いに否応無しに巻き込まれるって事でもあるんです。
そして、自分の選択一つで世界が滅びる可能性の重責も背負う事になる」
それでも欲しいと思いますか? と。そうその金色の目は静かに問い掛けているかの様だった。
……世界の命運がどうだなどと言われても、正直全く実感など出来ない。話の規模が大き過ぎる。
正直、鬼殺隊の隊士たち二百数十人程度の命を全部背負えと言われても無理だと思うのに。
世界ともなると……一体どう言う事になるのだろう。
……ただ、此処までの彼の話を聞いても、それでもやはりその力を羨ましいとも思ってしまう。
成る程、世界の命運とやらを懸けた戦いの為であったと言うのなら、悠のその尋常では無い力も理解出来なくはない。
そんな力が無くてはとてもでは無いが戦う事すら出来なかった相手と戦ってきたのだろう。
でも、そこまでの力では無くても、そんな世界だって引っくり返せるかもしれない力じゃなくても。
誰かの傷を癒す力だけでも、それだけでもあればどんなに鬼との戦いで助かる人が居たのだろうか、と。
そう考えてしまう。……そう思ってしまうのだ。
そんな事を考えているのはお見通しであったのか。
彼は小さく溜息を吐く。
「……まあ、そもそもの話。この世界でこの力を得る事は不可能だと思います。
そう言う『理』は無いみたいなので。
なので、人の心によって世界が滅びの瀬戸際に立たされ続けるなんて無いと思いますよ。
(…………その筈です)」
最後の方のその呟きは、余りにも小さかった為に聞き取る事は出来なかったが。
しかし、一体どう言う事なのだろう。「この世界」とは……。
「さっきまで話していたのは、あくまでも『俺の在るべき世界』での話です。
……しのぶさん。俺は、『鳴上悠』は。本当はこの世界に存在する筈がない者なんですよ。
夢の中に偶然紛れ込んでしまった異物。在りうべからざる異邦の存在。泡沫の稀人。
文字通り、この世界に居ちゃいけない存在なんです。
だから、俺はこの世界の『心の海』には触れる事程度なら出来てもそれ以上は出来ません。
……ある意味、理解出来ない存在だとかそう言う意味としては、しのぶさんにも言われた様に、上弦の弐が言っていた『化け物』ってのは、残念ながら正しいと言えてしまうのかもしれませんね」
悠がこの世界に存在する筈が無い……? 一体どう言う事だ?
しかし、ああ、そうなのかと。何処か納得もしてしまう。
どれだけ調べても何も分からなかったその過去やその足跡も、そもそも悠が「世界」と言う絶対な枠組みすら超えて迷い込んで来た存在だったならある意味当然だ。
何時迷い込んで来たのか正確な所は分からないが。しかし、恐らくは炭治郎君が悠に出逢った辺りの時期だろう。
頭の中は大変混乱していたが、しかし。
『化け物』と、彼自身がそう口にした瞬間。瞬く程の間だけ、その表情はとても寂しそうなものになったのは見逃さなかった。
悠も、己に対して『化け物』と言う言葉を使った瞬間に、その様な顔をしていた。
その言葉は、『鳴上悠』と言う存在を酷く傷付ける言葉であるのかもしれない。
それだけは分かった。そして、自分がどうしたいのかも。
大きく溜息を吐いて。自分よりも背の高い彼の胸元辺りを掴む。
その反応は予想していなかったのか、彼は少しばかり驚いた様に金色に輝く目を丸くした。
「正直、情報量が多過ぎてあなたの言ってる事を一度に全部理解出来たとは思えないですが、まあ一つ分かる事はありますよ。
そんな風に傷付いた顔をする位なら、自分の事を『化け物』だとか言うのは止めてくれません?
それに私としては、自分にとって大事な人がそうやって意味の無い自傷行為をしているのを見るのは非常に不愉快です。
自分は悠くんとは違うだとか好きに呼べだとか言ってる割に、他人の痛みには敏感なのに妙に自分自身には疎いと言うか雑な所、本当に悠くんそのままじゃないですか。
はあ……色々考えてた私が馬鹿らしくなってきましたよ。
あなたは悠くんです、それ以外には有り得ないですね」
そう言って、頭を撫でてやろうとするが、体格差的には難しくて。
ちょっと屈めと合図をすると、悠は物凄く素直にそれに従う。
そしてその頭を、普段とは違って、わざとちょっとだけ乱暴にわしゃわしゃと掻き混ぜる様に撫でた。
「この世界に居ちゃいけない存在だとか異物だとか、まあ散々自分自身の事を好き勝手言ってますけど。
それが事実の一つではあったとしても、もう私にとっては悠くんはそう言う存在じゃない訳ですよ」
ふざけた言葉を聞いているのはこっちとしては物凄く腹立つんですよ、分かってますかそこの所。と、そう言うと。
悠は金色の目を瞬かせつつコクコクと頷く。
「第一、その発言通りなら、そんな悠くんの事を大事に思ってる全員が間違ってるって事になるじゃ無いですか。
今の発言、炭治郎君あたりにしたら泣きながら怒りますよ、彼。頭突き位はされるかもしれませんね。
居ちゃいけないなんて事絶対に無いです。
そもそも、そうだとしたら、そんな存在に助けられた私たちって何なんです? 死んでなきゃいけないって事ですか?」
そう言うと、「そんな事は……!」と悠はその首を必死に横に振ろうとするけれど。
しかしその抵抗はさせぬとばかりに更に強くわしゃわしゃと撫でる。
久し振りに思った事をそのままに言って、ちょっとスッキリした。
そして、まあ何だか『力』がどうだとかは、それが全部自分の中から消えた訳では無いけど、ちょっと今は良いかと思える様になった。
第一、今日は感情が爆発したばかりだった所なのだ。
色々溜め込んで来たものが盛大に爆発したし、結果として悠にも当たり散らしてしまったし。
それなのにその夜にこうしてそんな話をしてこられたら、感情を抑えられなくなっても仕方無い。
「はあ、それで? どうして私をこうして招いたんですか?」
まさかさっきのふざけた事を一々言う為に呼んだのか? と、そう腕で素振りしながら尋ねると。
そんな事は無いから、と必死で否定しつつ。本来の目的を話してくれた。
悠が言う『試練』とやらは、先程まで悠が語っていた話からすると、尋常では無い存在を相手にする事になるのだろう。悠の中で上弦の弐やらがどの程度に位置付けられているのかは知らないが。
何せ、世界の命運とやらを懸ける必要がある様な非常に壮大な規模の相手が最終的には敵として出現するのだろう。
まあ、流石にそんな存在をいきなり相手にする事は無いだろうが。
何にせよ、あの上弦の弐の頸を落とす為の力になる事は間違い無い『試練』だ。
当然、それを受ける事を了承するのであった。
◇◇◇◇◇
【悲鳴嶼行冥の場合】『幸せを希う』の後の何処か)
「此処は夢と現実、精神と物質、意識と無意識の狭間。
我が『心の海』へようこそ、悲鳴嶼さん」
気付けば周囲の気配が全く馴染みの無いものであった為に警戒していると。
聞き覚えのある声が、そう言って私の名を呼んだ。
「……その声と気配、悠か。……少し、何時もとは様子が違うようだが……」
明確に物凄く違うと言う訳では無いが。
しかし、ほんの僅か、気の所為とでも片付けられてしまいそうな程に些細なものが、確かに普段のそれとは異なっている。
そう指摘すると、悠が少し微笑んだ気配がした。
「流石ですね、悲鳴嶼さん。ええ、俺は『鳴上悠』ではありますが、悲鳴嶼さんの知っている鳴上悠そのものでは無いんです。
俺の事は好きに呼んで頂いても大丈夫ですよ。
そして、此処は現実の世界ではありません。
夢と現実の狭間の場所、『鳴上悠の心の海』の中であり、悲鳴嶼さんにとっては一炊の夢の中、そんな場所です。
少し、悲鳴嶼さんにお話ししたい事があって、此処に招かせて頂きました」
口調などにおかしな所は無いし、僅かな気配の差以外は自分のよく知る悠の通りにしか思えない。
が、彼の説明はどうにも不可思議なものである。
此処が夢の中……? ……確かに、鬼殺の任務を終えて僅かな休息を取ろうと眠りに就いたのは覚えてはいるが……。俄かには信じ難い事である。
しかも、この悠とは少し違う何某かと己を説明した彼が言うに、彼が此処に私を招いたのだとか。
一体何の目的で? 話したい事とは?
悠の事をあまり知らなかったら、何か良からぬ目的で此処に引き摺り込んだのかと疑ったかもしれないが。
しかし、弟子である玄弥との関りやしのぶとの関りを通して交流を持った『鳴上悠』と言う存在は、実に心根の優しい真っ直ぐな青年であった。
不可思議な力を持つと言う点では、確かに特異的ではあるけれども。
「……『心の海』とやらが何なのかは分からないが、話とは……?」
そう訊ねると、彼はその用件について説明してくれる。
『試練』。彼が語るそれは、間違いなく鬼殺隊の者たちにとっては口から手が出る程に欲しているものだ。
限り無く現実と同じでありながら、夢の中であるが故にその死や負傷が現実になる事は無く、しかし現実のそれと同じ質で味わう事が出来る。
そして、此処で実現出来た事は必ず現実でも実現出来る。
それはまさに、夢物語その物の様な、余りにも都合の良い『試練』だった。
「その『試練』とやらを受ける事に否は無い。
しかし、その『試練』とやらを何故私に課す?」
それによって彼に何か得るものがあるのだろうか、と。そう訊ねると。
「少しでも力になりたいからですよ、俺が。
俺は此処から動く事は基本的には出来ないので、現実の世界で何かをすると言う事は出来ないんです。
でも、俺も『鳴上悠』だから。
鳴上悠が大切だと思った人たちは、俺にとっても大事な人たちなんです。
あと、この『試練』を受けている人たちは他にも居ますよ。
俺とある程度以上に強い心の繋がりがある人たちはここに招く事が出来るので」
そう言って、彼が微笑んだ様な気配がした。
……彼は悠では無いと言ったが、しかしその心根や行動の動機は間違いなく彼のものそのままである。
成程、彼も確かに……『鳴上悠』と言う存在なのだろう。
好きに呼べと言われても悠と呼ぶ以外にその呼び名は思い付かなかった。
「しかし、本当に色々と不思議な事が出来るのだな。
それには何時も我々も助けられているが、まさかこの様な事まで出来るとは」
「流石に、こんな事が出来るのは此処でだけですよ。
此処は『鳴上悠の心の海』ですから。
悲鳴嶼さんだって、過去に戦った相手を想像してそれを倒す為の動きを頭の中で考えたりする事はありませんか?
まあ、要はそれの、規模とか再現精度が物凄く高いものだと思って頂けると想像しやすいかと思います」
そうであるのだとしてもやはり尋常な事では無いと思うが……。
まあ、その厚意を無駄にする理由など無く。
悠の言う『試練』を、迷わず受ける事にした。
◇◇◇◇◇
【宇髄天元の場合】(『遠い日の約束』後)
「此処は夢と現実、精神と物質、意識と無意識の狭間。
我が『心の海』へようこそ。
お疲れの所をお呼び立てしてしまってすみません、宇髄さん」
俺が柱を続ける上での目標の一つであった、上弦の鬼の討伐を成し遂げて。事後処理も粗方終えて満足感と共に眠りに就いた……筈だったのに。
どうしてか目の前には鳴上が居た。
力尽きて倒れた鳴上は蝶屋敷に運ばれて行った筈だし、俺は自分の屋敷で寝ていた筈だ。
「大丈夫です、現実の宇髄さんは今も音屋敷で眠っている筈ですし、鳴上悠だって蝶屋敷で寝てます。
ここは宇髄さんにとっては夢の中の世界。そして俺にとっては『鳴上悠の心の海』の中の世界。
夢を介して宇髄さんをここにお招きさせて頂いたんです」
そして目の前の鳴上は、自分の事を俺が知る鳴上そのものでは無く、その意識と無意識の狭間に存在する、『鳴上悠』の力その物であると言う。
鳴上の力。それは、上弦の陸ですら抑え切ったあの力か。
そして、その力その物であると言う事は……。
「お前、もしかしてあの時に現れたヤツか?」
自分が直接見たのはほんの一瞬だったが。
鳴上が何かを叫ぶと同時に姿を現したその存在の事を思い浮かべると。
「ええ、そうです。
鳴上悠が『イザナギ』と呼ぶ存在、それが俺です」
イザナギ……。
鳴上の力が『神降ろし(の真似事)』であると言うのなら、それは国産みの神である「伊邪那岐」の事なのではないだろうか。
そう訊ねると、目の前の鳴上はそれを否定はしなかった。
「そうですね、その『伊邪那岐』で合ってます。
……とは言え、俺は『鳴上悠』であるので、完全に別物でも無いのですが、『神様』そのものと言う訳では無いんですよ」
少し説明が難しいのですけれど、と。
そう呟いた彼に、「成程な」と頷いた。
彼の言う通り神話に語られるその神その物では無いのだとしても、しかし完全に別物という訳でも無く。
『神降ろし(の真似事)』が出来てその力を己の物として使う事が出来ると言う時点で破格の存在だと思うのだが、まさか『伊邪那岐』なんて誰もが知る存在まで呼び出す事が出来るとは……。
ただ、一つ確かに分かっている事はある。
「なら、俺たちはお前に助けて貰ったって事か。
ありがとうな。鳴上って呼んで良いのかは分からんが、お前のお陰で上弦の陸を倒せた」
そう言うと、嬉しそうに彼は微笑んだ。
「俺の事は好きに呼んで頂いても大丈夫ですよ。
それに、宇髄さんたちの力になる事が出来て、俺としてもとても嬉しいんです」
良かった、と。そう笑うその表情は、その瞳が金色に輝いている事以外は鳴上のその表情その物だった。
「区別した方が良いってなら、何か別の呼び方にするべきかね。
『悠』って呼ぶのとかは?」
「区別はしてもしなくても大丈夫ですよ。
鳴上悠はここで起きている事は知りませんし、宇髄さんもこの夢から醒めたら此処であった事は記憶には無いでしょうし。
とは言え、『悠』って呼ぶなら俺相手じゃなくて、現実の世界の鳴上悠にそう呼んでやって欲しいです」
「なら、お前の事は鳴上で、あっちのお前は悠って事で。
しかしまあ、随分と凄い力だったな。
街の一画が殆ど更地になる程だったしな」
まあ、鳴上が何かするまでも無く既に瓦礫の山になっていたのだけれど。
そう言うと、鳴上は少し難しい顔をして頷いた。
「そうなんですよね……。
少し……いえ、過剰な程の力だったと思います。
あれが本来の戦い方ではあるのですが……」
「本来の戦い方?」
一体どう言う事だと首を傾げると。
「はい。あの……実は上弦の陸との戦いの中で俺──『イザナギ』が呼び出されるまでの戦い方は、『鳴上悠』の本来の戦い方からするとかなり外れていたと言うか……。
そもそも、暫くの間俺の事を呼び出せなくなっていたんですよね。
そして、使える力やその限界も物凄く制限された状態で。
だから、特に鬼殺隊にお世話になった当初は直ぐに力尽きて倒れていたんです。
煉獄さんたちと一緒に無限列車の任務に就いた時も、今とは比べ物にならない位に持久力が無かったですし」
そう言われ思い返すと、確かに胡蝶から上がってきていた報告書では、当初は蝶屋敷で隊士を治療している最中にしょっちゅう倒れていたなと思い出す。
「何でまたそんな事に?
それで、どうして今はその制限とやらが無くなったんだ?」
「……制限されていた事にも、そしてそれが緩んだ事にも、そのどちらにも原因は本当に色々あって……そしてそれが余りにも複雑に絡み合っているので説明が難しいのですけど……。
物凄く乱暴に言ってしまえば、力が制限されていたのは人との心の繋がりが弱かったから、制限が緩んだのは人との心の繋がりが強くなってきたから、ですね」
弱かったのなら制限され、それが強くなればその制限も緩む。
まあ確かにその理屈は分かるが、鳴上の表情を見るとそれだけでは無いのだろう。
とは言え、本人が言う様にそこには物凄く複雑に絡み合った事情があるのあろうけれど。
「心の繋がり、ね。
もしかして俺が此処に招かれたってのも、それに何か関係があるのか?」
「宇髄さんが想像している意味と同じなのかはともかく、確かな繋がりがあるからこそ此処に招く事が出来たのは確かです。
此処にお呼びしたのは、宇髄さんに『試練』を受けるかどうかをお訊ねしようと思ったからなのですが……」
そう言って鳴上はその『試練』とやらについて説明してくれる。
それは何ともまあ、凄い内容であった。
ある意味容赦が無い。
「『試練』……。もしかして炭治郎たちもその『試練』を受けているのか?」
思い返すと、幾ら才能があったとしても入隊してまだ半年も経ってない隊士の動きとは思えない動きで、炭治郎たちは上弦の鬼の攻撃を避け続けていた。
しかしそれがこの『試練』とやらによって磨かれていたものだとしたら……。
「はい、そうですよ。
炭治郎たちは俺が上弦の弐と戦った辺りからこの『試練』を続けています」
「成程なぁ……」
炭治郎たちの元々の強さと言うものは分からないが、まあ恐らく相当な効果がある事は間違いなさそうだ。
上弦の陸と戦い、上弦の鬼の規格外さを思い知ったからこそ、より一層強くならねばと思う気持ちは高まっている。
「ま、よろしく頼むわ、鳴上」
鳴上が差し出してきたその手を、俺は迷わずに掴んだ。
◇◇◇◇◇
【我妻善逸】
怖がりではあるけれど、でも強くなる為に頑張る事からは逃げない。
それでも、新たなシャドウに遭遇する度に汚い高音を発している。
【嘴平伊之助】
猪突猛進のあまり説明をしっかり聞いていない。
よく分からんが強い奴らと戦えるならいいか。
最終的には悠と戦いたい。
【栗花落カナヲ】
悠は『上弦の弐を絶対殺すぞ同盟』の盟友なので、全く迷わなかった。
しのぶさんと一緒に戦う事が多い。
【不死川玄弥】
呼吸が使えないし鬼食いも出来ないので何気に一番厳しい。
しかし、色んな仲間と共闘して一歩ずつ堅実に強くなる。
熱甲虫を見て、兄ちゃんが喜びそうと感じた何気に剛の者。
【煉獄杏寿郎】
余りに真っ直ぐ過ぎるので何の問題も無く過ぎる。
シャドウ相手でも全く怯まない。
【胡蝶しのぶ】
感情が色々と爆発したその日の内にお呼ばれした。
この時点でもう既にほぼコミュが満たされ切っているので、悠の事は本人が思っている以上に大事にしている。
夢の中での出来事は現実世界でも起こる事なので、もし現実の悠が似たような事を言い出せば、ほぼ同じ反応をしのぶさんは返す事になる。
『試練』に関しては、毒が有効な相手も居るが大体の場合はカナヲと一緒に戦っている。
【悲鳴嶼行冥】
この時点では互いの優しさに気付いて信頼出来る程度にはコミュは深まったが、まだ本質的な部分には触れていないので割と当たり障りが無い感じの出逢いになる。
悲鳴嶼さんはまだ悠の力を直接見ていないと言う事も大きい。
鬼殺隊最強の名は伊達ではなく、凄まじい勢いで攻略中。
【宇髄天元】
上弦の陸を倒したその日にお呼ばれした。
夢の中での事は記憶に残らないが、これ以降現実の悠の事を「悠」と呼ぶ様になる。