レゼのハートに火を点けて   作:シャブモルヒネ

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never end

 

-部外秘-

 

[報告資料]

東京都西多摩郡奥多摩町氷川 奥多摩駅 より約100m南 氷川大橋 周辺

所属不明襲撃者迎撃任務

 

 

上記任務に関連する職員及び悪魔への事情聴取記録より抜粋

 

質問者(以下Q)  :吉田ヒロフミ

被質問者(以下A) :早川ナユタ

 

 

Q:どうぞ、座って。

A:ねえ、この会話って記録されてるの?

Q:うん。でも安心してほしいんだけど、仮にキミがこの事情聴取で無実の一般市民を殺害したと自白するようなことがあっても、この記録を根拠に処罰されるようなことはないから。この聴取記録は、報告書を作成した後は破棄される。オーケー?

A:分かった。そういうことにしておく。

Q:理解が早くて助かるよ。じゃあ早速聞きたいんだけど、あの時あそこで一体何があったんだ?

A:あの時って?

Q:どうやってサンタクロースを倒したかって話だよ。というより、決着前後に何があったのかを知りたいんだ。

A:どうしてわざわざ私に? 公安は把握してないの?

Q:している事もあるし、していない事もある。だから事実の擦り合わせをしたいんだ。

A:(沈黙)

Q:ん~……。黙られちゃ困るんだけどね。それとも何か喋れないことでもあるのかな?

A:別に。ただ、こんな形で情報収集をするなんて私たちって信用されてないなって思っただけ。

Q:まあ形式ってのは大事だからね。

A:それだけじゃないでしょ?

Q:そこを言葉にしちゃったら終わりだろ?

A:別にいいけど。で、どこから知りたいの?

Q:そうだな……。時系列的には、あの小さい方の火の魔人が無差別発火を仕掛けた時から話してほしい。

A:ああ、あの時ね……。私のカラスが全部燃えた時。

Q:そう。あの時は公安の監視員もみんな発火しちゃってね。幸い火はすぐに消えたけど、あそこから何が起こったのかが曖昧になってるってわけ。

A:だからそこの擦り合わせをしたい、と。

Q:そう。

A:あのね、さっきも言ったけど、私のカラスも燃えたんだけど?

Q:だから?

A:(沈黙)

Q:君はちょっと前に悪魔を何匹か捕まえてただろ? そっちの目は使えたはずだ。

A:まあ、そうだね。

Q:ちなみに何の悪魔を捕まえた?

A:地下室の悪魔。地面の下に異空間を作ることができる。

Q:ふうん……。そこから監視させていたんだ?

A:ねえ、このぐらいは把握してたでしょ?

Q:ああ、知ってた。どのぐらい正直に言ってくれるかなってね、黙ってた。

A:(溜め息)じゃあ、説明するけど。

Q:どうぞ。

A:小さい方の火の魔人……ポリーナが、サンタクロースにやられたのは知ってる?

Q:キミが見た光景を教えてくれ。

A:心臓を斬り裂かれていた。真っ二つにね。それで残ったレゼとアナスタシアがサンタクロースと戦い始めた。

Q:どっちが優勢だった?

A:レゼ達の方。最初だけはね。何度かは撃退していたけど、サンタクロースは死ななかった。

Q:それは何故?

A:闇の悪魔の肉片をとりこんでいたから。闇の中での攻撃は一切通じない。

Q:うん。そうだね。だから倒すためには光が必要だったはずなんだ。……あの雨の中、アナスタシアは火が出せなかった。他には街灯、電灯の類、石油燃料、とにかく光になりそうな全部が事前に人形兵たちに処分されていた。……どうやって撃退したんだ?

A:あなたはどう思う?

Q:……例えば、キミが光の悪魔とかを支配下においていて助けてあげたとか?

A:そんなのいない。

Q:じゃあ、どうやって?

A:アナスタシアが突然覚醒して雨の中でも火を出せるようになった。

Q:漫画じゃないんだから覚醒とかないでしょ。

A:じゃあポリーナが自分で自分を手術して復活した、ってのはどう?

Q:ブラックジャックじゃないんだから。……う~ん、マジメに話してほしいんだけどな。

A:私だって何でも見ていたわけじゃない。こっちはこっちで戦闘してたんだから。

Q:知らないってことかな?

A:……ねえ、質問が違うんじゃない?

Q:ん?

A:あなたが本当に知りたいのはどうやって倒したかじゃない。誰が死んで、生き延びたのか。だってあの後、現場には誰も残っていなかったんだから。

 

 

 

 

 

 

 公安特異6課の寮に戻ってきた。

 血飛沫と泥土に塗れたまま公安の大型車に押しこまれ、治療もそこそこ、新しい担当(という名の監視員)になるという吉田ヒロフミとやらに事情聴取され、気がつけば寝落ちして朝で寮の前だった。

 

「あれえ? 水着は……? キャンプは……? 全然遊んでねえんだけど!?」

 

 デンジは一人、憤慨していた。

 そしてその日の昼に、デンジはキャンプ道具を山のように抱えて敷地内の庭に現れた。テントを設置し、どこから入手したのかビニールプールまでセットして、レジャータイムだ泳ぐぞ水着に着替えろ――と騒ぎたてた。

 もちろん嫌だと断った。

 

「え!?」

「そもそも水着持ってないし」

「ええ!?」 

 

 デンジは愕然とした。

 だったら俺は何のために……よろよろと膝をつく。

 覗きこむと、全財産をはたいて買いこんだ仮想通貨が大暴落したときの中国人のような顔だった。思わずうっとりと眺めてしまいそうになる。

 と、デンジはすぐに勢いよく立ち上がった。

 

「バーベキュー……!」

 

 やれば?

 そう返すと、デンジは黙々と器材を準備し始める。

 焼台セットの足を接続し、立ち上げたスチールテーブルに食材を並べる。飲料をつめこんだクーラーボックスをどかりと置いて、アウトドアチェアを周りにセッティングし、使い捨ての紙皿・紙コップ類とゴミ袋まで用意する。

 手際の良さに感心してしまったのがまずかったのかもしれない。

 チェアに転がって本を読んでいたらデンジがこう聞いてきた。

 

「なあ、松ぼっくりってある?」

「あるわけないでしょ。山の中でもあるまいし。なんで?」

 

 ぺらり。新しいページの一行目に目を向けたまま答えた。

 

「あー、薪に火がつかねえんだよなあ」

「着火剤使えば?」

「その手があったか。えー、どこだっけ……」

 

 ごそごそと漁りだす。

 見つからなかったのか、家に中に入り、ばたばたとしばらく物音を立ててから戻ってきた。デンジは「これなら着くだろ」と言いながら焼台の前に立つ。とくとくとく……と液体を注ぐ音を聞いた気がする。

 次のページに指をかける。

 ボッ! という音がした。

 

「やっべ。勢いすげえー」

 

 ぺらり。

 

「すごいなこれ。いやほんとすごい。あれ、強すぎね? まずいかこれ?」

 

 ぺらり。

 

「あっあっテントが、あっやばいマジでやばい、あっあああ」

「……もう、うるさいな。なに?」

 

 ぎょっとした。

 焼台セットが、まるごと炎の柱に包まれていた。

 ごおごおと激しい火の勢いが空まで立ち昇る。火の粉が周囲に散っていた。肌が焼けるような熱波に唖然としてデンジに目を向けると、その手に持っていたのはガソリンのボトルだった。

 まさか、あれをかけたのか。

 見ればテントに火が燃え移っていた。

 慌てるデンジはクーラーボックスに手を伸ばす。2リットルのペットボトルをとりだして止める間もなく火元にぶっかけようとした。

 

「ちょ」

 

 一瞬の閃光、

 

「ぎっギャアアア!?」

「わああああああ!?」

 

 デンジが火炎入道になっていた。

 燃え盛るガソリンが方々に飛散していたるところに付着する。伝播する炎に囲まれて、反射的にチェアから飛び降りた。対処法が走馬灯のように頭を駆け巡ったがどれも役に立ちそうになかった。ガソリン相手では分が悪すぎる。

 

「ぎょアア! アチャチャアチャアチャ!」

「……そうだ、消火器!」

 

 踵を返し、靴を履いたまま屋内に飛びこんだ。廊下の奥に設置してあるはずの希望を求めて部屋のドアノブに手をかける、すると、「しょ消火器ぃぃ! アアアあアかけてえええ!」 と燃え盛るデンジが追いかけてきた。

 

「な、」

 

 火が生き物のように波打ちながら家財道具に燃え移っていく。

 カーテンにカーペット、ソファ、本棚とあっという間に部屋は火の海と化した。

 

「なんで入ってきたの!? バカ!!」

 

 

 

 そのようにして公安特異6課の寮は火事になった。

 全焼はしなかった。スプリンクラー設備が起動したおかげだ。

 しかし代償は大きかった。火災を消すことを最優先事項とする自動消火設備は融通が利かない。家屋は火の手が広がっていなかった箇所も含めてまるごと水浸しになってしまい、電気系統が使い物にならなくなった。またあらゆる家財道具、私物も再利用不可能な状態に陥った。

 公安の偉い人に怒られた。

 めちゃくちゃ怒られた。

 とんでもない額の借金も背負わされた。

 当然ながら部屋は復旧するまで使えるはずもなく、寝起きは敷地内の庭でするはめになってしまった。 

 

 

 

「ナユタちゃ~ん。そんなに怒るなよ~」

「…………」

 

 夕陽がゆっくりと沈みかけ、庭の隅々に金色の光が差し込んでいる。風は穏やかで、木々の葉が静かに揺れる音だけが響いている。

 デンジと私は、小さな折りたたみ椅子にぼんやりと座っている。二人とも焦げ臭く、煤に汚れたままだった。

 

「なあ~、運が悪かっただけじゃん? 次はもっと上手くやるからさ」

「次なんてない」

「え~~……」

「デンジには二度と火を扱わせない」

「悪かったって。謝るって」

「私が一番腹が立ったのはね、公安の人に私までバカだって思われたこと」

「そーなの?」

「なんて言われたと思う?」

「〝前の担当がいなくなった途端にこれか”だろ? 俺も聞いてたし……」

「レゼが来る前からちゃんと生活できてたのに。人間社会にも溶けこめてたのに」

「そうだね……」

 

 デンジは溜め息をついた。

 この張りつめた空気を打破しようとして頭の中であらゆる言葉を並べているようだった。

 夕陽の光が二人を照らす中、デンジは一歩踏み出し近付こうとしたが、私の目が冷たいままなのでまた一歩引くように立ち止まる。

 

「はあ~あ~。レゼは今頃何してっかなあ……」

「知らない」

「旨いもん食ってんのかな。こんな半額引きのチェンソーマンパンなんかじゃなくてよお」

「知らない。ていうか、意味が分からない。……自分探しの旅なんて」

 

 そっけなく言うとデンジは微かに肩をすくめた。

 

 

 

 

 あの晩――レゼだけは生き残っていた。

 

 猛烈な爆風が木々を引き裂くように吹き荒れて、雨雲のほとんどが消し飛ばされていた空の下、爆心地の跡で彼女はただ一人座りこんでいた。舗装された道路は高温で焼け焦げ、そこかしこから煙が立ち昇っている中――

 レゼはほとんど素っ裸の恰好のまま平然と腕組みをして、眉間に皺を寄せ、うんうんと唸りこんでいた。

 デンジが、どうした腹でも痛いのかと声をかけたところで、レゼは低い声で「……決めた」と呟いた。

 

「私、自分を見つけたい」

「は?」

「は?」

 

 レゼはむん、と拳を握りしめ、満天の星空に目を向けた。

 

「ずっと考えてたんだ……私って、普通を知らなすぎるから何も選びようがないって。でも公安を辞めることはできないから今の自分のままでやっていくしかないのかなあ~、だったらいっそ何もかもリセットして誰も知らない土地で誰も知らない人間としてイチからやり直してみたいなあ~……なんて。でね、それって今が絶好のチャンスだと思うの」

 

 レゼは一瞬のためらいを見せ、すうう~~と大きく息を吸いこんで、ずずいとデンジたちに迫った。

 全身を握り拳のように固くする。

 視線を頼りなさげに左右に泳がせて、顔を耳まで真っ赤にし、あたかも初めての恋心を憧れの先輩に告白するウブな女子小学生のような真剣さで宣言した。

 

「わたっ私っは! 自分探しの旅にでますっ!」

 

 ナユタはぽかんと口を丸くして、頭上にクエスチョンマークを大量に浮かべるしかなかった。

 

 何言ってんの、この人???

 

 百歩譲って発言の意味不明さはおいておくとしても、だ。

 態度が別人のようだった。言わなきゃよかったという恥ずかしさと言ってしまったという開き直りがごちゃまぜになった幼げな顔つきで、それまでのプロフェッショナル然としていたレゼのイメージとはまるで違った。悪戯が見つかった幼児のようにそわそわと落ち着きなく身をよじる。

 なんの演技? いや洗脳? なにかの精神攻撃を受けている?

 ……と混乱するナユタを尻目に、デンジだけが薄く笑っていた。

 

「いいんじゃね?」

 

 真っさらになった爆心地の中心で、明日の天気を占うかのような気軽さで肯定してみせた。

 

「楽しそーじゃん」

 

 レゼはずっと欲しかった誕生日プレゼントを手渡された子供のような顔をした。

 

「うん……うん。だから、だからさっ? ほ、ホント悪いんだけど、私ここで死んだことにしてくれない、かなあ? 行方不明とか? そういう口裏、合わせてほしい……」

「いいぜ~。俺ぁ、なぁ~んにも知らね。ここ来たら誰も居なかったってことにする。そんでいいだろ?」

「あ……ありがと。ごめんね、急に」

「気にすんなよ。つーかどっか俺も行きてーなー。一緒に行っちまうかな」

「あ、えと、……ちょっと一人でやってみたい、て感じだから……」

「そっか」

 

 風が収まり、空気が急に冷たく清らかに感じられた。辺り一帯の世界が星々の光に包まれているようだった。

 その美しい光景を目にした瞬間、全てが一変したように思えた。爆風によって荒れ狂った後に訪れた、穏やかで無限に広がる静寂の中で、デンジとレゼはその星々を静かに見上げていた。

 

「ちょ、ちょっと待って」

 

 話がまとまりそうな気配を醸しだす二人にナユタは慌てて割りこんだ。

 未だに理解は及んでいないけど、要するにこれって公安から脱走するってことだよね……?

 どう言い繕ってもレゼ当人の死体が出なければ捜査の手はかかるし、いやそれ以前にいきなり辞めてしまえばデンジとナユタの担当業務はどうなってしまうのか。他にもレゼ自身が請け負っている業務はたくさんあるはずだ。新人デビルハンターの育成、都内に出現した悪魔への対応、公安特異6課のまとめ役……それらをひっくるめて社会人としての責任と信用問題を問い詰めたが、レゼはぱしんと手を合わせて一言で返した。

 

「ごめん!」

「…………は?」

「私、自分勝手になると決めたのです!」

「はあああ??」

「ぎゃはははは!」

 

 まるで宇宙が彼らを包み込んでいるかのように、星々は無限に広がり、どこまでも続いているように感じられた。全てのしがらみが消え、ただその美しさだけが残った。

 

「ちょっと! 何終わったような雰囲気出してんの? え、ホントに逃げるの? ダメでしょ……ねえ!」

 

 

 

 

 ――はああ~~……とナユタは地獄の底にも届きそうな溜め息をついた。

 

「それでホントに行っちゃったもんね……」

 

 ちなみにあれからまだ24時間も経っていない。

 実感がなかった。ふと名前を呼べば庭先の壁の向こう側からひょっこり顔を出すような気がするというのが本音だ。

 

「まあいいけどね。公安にバラさない代わりに、困ったときは助けに来るって約束だし」

「寂しい?」

「誰に言ってんの?」

「おー、こわ」

 

 ゆっくりと立ち上がる。

 デンジの方をちらりと見、その視線を夕暮れの彼方に向ける。夕陽が最後の光を放ちながら空をオレンジ色に染めている。少し冷えた遠い世界。

 ふん、と鼻息を鳴らしながらチェンソーマンパンにかじりつく。

 

 人間はなんて愚かなんだろう。

 在りもしないものを信じて、頼って、振り回されて……そんな嘘と幻想の世界に生きている。そのせいで足元にあった幸せをとりこぼし破滅の谷底へと堕ちていくかもしれないのに。

 でも、まあ?

 役に立つ人間がいるのも事実だ。

 大悪魔たるもの、優雅に、威厳ある、カリスマと余裕に溢れた態度を保つべきだろう。

 口をへの字にしたまま胸の内だけで呟いた。

 

 明日もどうか晴れますように――

 

 

 

 

 

 

 太陽が中天で輝いている。

 広大な田園地帯の中央を走る田舎道。

 前方も後方も車はない。日本一の霊峰富士山を背に、ひたすら真っすぐ伸びる道をぶっ飛ばすオンボロの軽トラックがガタガタ揺れている。

 運転席ではハンドルを握っている女が目をキラキラと輝かせながら笑っている。もう片手の手には缶ビール。危ないから止めてほしいとレゼは思う。

 

「あっはっは! おねーさん強いねー、カッコいいねー! さっきのコンビニ強盗犯たちをズンバらりーってみぃんなやっつけちゃうんだから驚いたよ!」

「まあちょっとね、格闘技を嗜んでまして」

「へえ~、どんな格闘技? 5人もいたのに一気に制圧しちゃってさあ。あっ分かった、特殊部隊にいたとか!?」

「秘密ぅ~」

「おー、いいねー、謎の美女にゃあ秘密がつきもんだ! ……うん、ビジュアルもいいし、強いし、謎だし……惚れた! ねえ、私の映画の主人公になってよ! なれ!」

「……はい?」

「私、監督! あなた、主役! オーケー?」

「っぷ、はは。何それー?」

「私、映画好きなんよ。もう何百本も観ててさあ……最近はどんな大作もクソ映画もなーんも感情わかなくて……でも私さ! キミを見てキミに会って……! 久しぶりにドキドキっ興奮してっ! その顔も強さも謎さも全部! 惚れた! 私の映画だから惚れた奴を主人公にすんの。だからキミが主人公」

「なんじゃそりゃ」

「はい決めた! アクション! 撮影開始で~す!」

「わあっ、手ぇ離してるって!」

 

 女はトガタと名乗った。

 トガタの話し方は自己中そのものでこちらの意見をまるで聞こうとしなかったが、似たような連中とは散々付き合ってきたので特に気にならない。むしろ好悪をストレートにぶつけてくるのは清々しくて気持ちよいと気付いた。

 車の窓を開ける。

 温かい風が頬を撫でる。汗ばむ陽気が体を包みこみ、時折、草の香りや土の匂いが漂ってきて、胸がすっとするような晴れやかさを覚えた。

 

「その映画ってさー、自主製作? ジャンルは?」

「知らん! って、何々、撮っていいってコト? マジで!? や~り~!」

「ダメダメ! 公開されたら困るから!」

「なんで!」

「えーと……それはアレだから」

「アレ?」

「そう、あれ」

「分かった、犯罪者だ!」

「違う! ……いや、違くもない? ん~」

「分かった、人型の悪魔!」

「違う!」

「めんどくせ! 何でもいーや!」

「ええー」

「はいほら喋って。カメラ回ってんぞ。観てる人が退屈するでしょーが!」

「いやだからジャンルは?」

「うっせえ! ぐだぐだぐだぐだ! テンポがだるいんだよ! テンポよくいくぞ! まずは観客の興味を引くような」

 

 そこでトガタは押し黙り、ミラーをじっと注視して舌打ちをする。

 

「おい~。まだバトルパートじゃないでしょが~」

 

 次の瞬間、バックミラーからサイレンとパトライトの赤い閃光が飛びこんできた。

 レゼは背後を振り向く。がたがた揺れる荷台越しに、パトカーが3台もぐいぐいと追いすがってくる光景が見えた。

 

「あーあ。トガタが飲酒運転してるからー」

「なんだよぉ~! 私のせいにして! もー!」

 

 どうするかな、とレゼは考える。

 こういう場合はきっと同乗者も罪に問われるはず。身分証を出せと言われるだろう。そうなると困る。すごく困る。まだ東京都から脱出したばかりなのに逃亡ルートがバレてしまうような事態は嫌すぎる。

 警官から逃げることはできるだろう。けれど目撃されないのは無理だ。身元はバレてしまう。

 

「おねーさーん、しゃーないからバトルを先に撮っちゃおうぜ」

「えー? おまわりさんやっつけるのはダメでしょ」

「あいつらポリ公じゃねーし」

「んん?」

 

 目を細めてよく確認する。

 

「こんな田舎道に3台も来るかい。ナンバーも変だし、先頭の車の後部座席見てみ、なぁんか頭にツノ生えてる奴が乗ってっからさあ」

「あ、ほんとだ。魔人じゃん」

「ありゃさっきシメた強盗団の親玉だなー。リベンジで私ら犯したり殺したりしに来たってわけですよ。うんうん、こりゃもうあいつらを殺す事が正当化されたといっても過言ではない。悪者は殺されるだけである程度のカタルシスが生まれるからね~、見せ場だぜ主役さん、気合入れろー!」

「えー、殺さなくてもよくない?」

「口答えすんな! ぶっ殺すぞ! 私が監督だ!」

 

 主役。

 映画なんて話題に昇るような有名どころしか知らないが、その単語だけには惹きつけられた。

 

 私が主役。

 そう、私の人生の主役は私なんだ。

 

 トガタが思い切りクラクションを鳴り響かせる。

 

「おらっ、始めるぞ! 5、4、3、2…………アクション!」

 

 エンジン音とともに白い排気ガスが細く空に立ち昇り、ゆっくりと入道雲に吸い込まれていく。真夏の陽射しを予感させるような透き通った青空の下、レゼはドアに体当たりするようにして外に飛び出した。

 

 レゼは信じている。

 進む先にはきっといいことが待っている。

 

 

 

At the end of a moratorium period. おわり

 




何はともあれここまで読んでくれた方々に深く感謝いたします。
これにて本作は完結です。

さて、あとがきには何を書くべきか。
書きたいことがありすぎて、しかしその全てが蛇足な気がしてただ黙って終わりとすべきではないかという想いが拭いきれません。
しかしエタっていたこの一年半もの間、どうしたらちっとはマシな出来になるかという思索が生活のふと瞬間によぎり苦しめられてきたのでちょっとぐらい吐き出したいところです。出してもよいですかよいですねそういうことで書き進めてしまいます。

このお話の前半の章は「レゼがマイナスからゼロにいく話」で、後半の章は「ゼロからプラスにいく話」のつもりで書きました。
自分でいうのもなんですが前半の章はよく出来たと思っておりまして、対してこの後半の章は正直やっちまったなあ~って感じです。
やっちまった理由はたくさんあるのですがここで書き連ねても弱音でしかないので書きません。
なんとか完走はしましたがお恥ずかしい限りです。
しかし書いて良かったとは思っております。それは本当です。

えーっと。解説的なやつ。
テーマは副題そのまんまで『進路を決める時が来ましたよ』って感じです。
読者の皆さんの誰もが体験したであろう受験や就活のタイムリミットが迫ってくるあの感じを、やりたいことがない奴目線で再現するために、残り寿命がなくなっていく設定で書こうと思った。つもり。
数が多すぎるオリキャラは、それぞれ「流行りに流されてる奴」「上京して夢産業に飛びこんでやりがい搾取されてる奴」「学校の勉強だけできる奴」「キレたいじめられっ子」が下地にあります。レゼと対比させたり何らかの影響を受ける対象にしようと思って設定しましたが上手くいきませんでした。まいったね。

エピローグのところ。
レゼはトガタと相性がいいと思うんだ。
サンタは予備の予備がまだ存在してて冒頭で出てきた依頼人の『家族』になっていて、ポリーナはツギハギ死体(意識あり)状態でナユタに手駒にされてて「は~もう生きたくないんだけどマジで~それでも生きなきゃなんないの~現世つれ~よ~」ってひっそり生きて(?)います。そういう話を入れるつもりでした。
しかしスッキリで終わらせた方がいいとの結論になったので省きました。ここに書いちゃったけど。へへ。


原作第二部が終わる前に書ききれてほっと胸を撫でおろしております。
原作ナユタちゃんとはもう会えないんでしょうか。会えないんだと思います。あれは彼女と別れた的なにがあじが下地になっている気がします。だからもう会えない。悲しいなあ。
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