でも無敵の敗残者では、終われない。
いつか、必ず。
誇り高く、凱歌を奏する。
それでこそ、私だから。
敗北の瞬間というのは、裁定より前に来る。
致命傷を受けたという痛みが、全身を貫いていく感覚。
あれは、死ぬよりも辛いのではないかとさえ思う。
競技で勝ち続けて、その激痛からは遠ざかっても。決して記憶からは消えてくれない。
後からどんなに成績を上げようと、あの痛みを思い出すと身体が竦み上がる。
だから、そう。あの痛みが再びやって来た時、私は覚悟したのだ。
完全な、敗北を。
でも本当に辛いのはその瞬間を迎えた後、裁定が覆ること。屈辱を受け入れたまま、勝者となること。
決定的な敗北を喫したと思ったまま、幸福になるのは、難しいから。
「大喜、今帰り?」
「ん、おう。雛もか」
カバンを下げたまま振り替える大喜に笑いかけ、隣にならんで歩く。いつもの帰り道だ。
家は反対側だけど、私たちは大抵途中で一緒になる。不思議なことに。
そのまま笑いあったりちょっとケンカしてみたり、側から見れば子供っぽい二人だろうな。
まさか、私たちが付き合っているようには見えないだろう。
「じゃあ、ここでな」
「うん、――千夏先輩に宜しく」
ちょっとだけ、イジワルを言ってみる。大喜は一瞬顔を曇らせたけれど、でも。いつものように、笑って手を振った。
大喜は、千夏先輩が好き。好きだった、ではなく。今でも。
千夏先輩だって、大喜を憎からず思っているはずだ。
そんな二人は、同じ家に住んでいる。どんなに私が大喜を想おうと、千夏先輩が一歩踏み込めばすべてが終わる。そんな状況だったのだ。
でも大喜はバカだし先輩は優しすぎるしで、二人の距離は縮まらないまま。それでも、大喜は一世一代の勇気を出した。それを、私は知っている。
見てしまったから。
あの日、部室棟の裏に二人の姿を見つけた時。敗北を、悟った。
もう、終わったと思った。久しく離れていたあの激痛が、胸を焼いていくのが分かった。
二人は、結ばれる。私はそこに割り込めない。なにもかも、遅すぎた。私がもっと早く、気付いていたならば。いや、何も出来ないままの私に、嘆く資格など無い。
覗きみたいなことをしても、虚しいだけだ。そう思い、息を殺したまま立ち去ろうとした時。
「……ごめん」
千夏先輩の小さな、でも確かな一言。それが大喜だけでなく、私の心まで引き裂いていったのだ。
大喜は呆然として、少し俯いて。そして、千夏先輩に謝って。そのまま、歩き去っていった。
千夏先輩も、少し哀しそうな顔で。大喜とは逆の方へ歩き去った。
私はといえば何が起きたか呑み込むまで、かなりの時間を要した。大喜がフラれた、という事実を完全に認識出来たのは、家へ帰った後だった。
あの二人は、結ばれる筈だった。それは確実だったのに。
理由など、わからない。わからないし、わかりたくもない。
千夏先輩に敗北した私に、逆転勝ちの目が来た。屈辱的な、勝利の可能性がやって来た。
でも私は狡くて弱くて、自分を騙すのが上手だから。
なにもかも、見なかった事にして。
大喜に、想いを打ち明けた。
私たちは付き合っている。
私たちは、お互いが大好きだ。そう、思いたいから。何度も何度も、唇を重ねあった。
大喜と過ごす時間はどんどん長くなる。猪股家に行く回数も増えていく。
それでも、ふとした時に。あの傷口は、開いてしまう。
大喜が本当に好きなのは、私じゃない。きっと、まだ。
いつか、私だけを見てくれると信じているけど。
大喜の部屋で一緒に過ごす時間に、ふと隣の部屋の方を見てしまう。
あそこにいるであろう、ライバルの存在を感じながら。
私はある時、言ってしまった。
「大喜は、さ。今でも先輩が好きなの? フラれても、まだ好きなの?」
耐えかねて出てしまった、最悪の一言。いくら大喜でも、怒ると思ったけど。
「……何だ、知ってたのかよ。フラれたの」
事も無げに、少なくとも見た目上は何も堪えてないような顔で、私に笑いかけてくれた。
「知ってたって言うか、まあ……聞いてたから」
「ぅあー、格好悪いなぁ俺」
匡にも黙ってたのに、と大喜は私の頭を撫でる。
柔らかな手で撫でられるのは、いつだって気持ちいい。
そして、私の言葉を先回りするように。
「安心しろよ、俺は雛が好きだ。先輩も尊敬できる凄い人、って意味では好きだけどな」
余計なことを言いつつ、キスしてくれた。
大喜はバカで鈍くてバカで大バカで、無器用だ。好きでもない相手に、キスなんか出来ない。そんなのは知ってる。知ってるから、辛いんだ。
大喜は私「も」好きなんだ。先輩も私も、好きなんだ。私は少しだけ、先んじただけだ。
私は敗けている。ずっと、敗け続けている。勝利者でありながら、敗け続けている。
でも、終わってはいない。
私はまだ、終わっていない。
いつか必ず、完全に勝ってみせる。無敵の蝶野雛として。
敗けたままで居続けるのは、辛いから。