ゆるふわ芦毛のクソかわウマ娘になってトレーナーを勘違いさせたい 作:へぶん99
久々のオフ。朝早くに河原を散歩していた私は、2月後半にしては珍しい陽気にマフラーをずり下ろした。
「今日は暑いかも」
夏に言う「暑い」と冬に言う「暑い」は温度感覚が20度くらい違う。雪国出身の私にしてみれば、冬に10度もあればビックリ仰天。めちゃ暑い〜って言っちゃうレベルだ。
今日はなんと12度もあるらしい。道理で耳の表面が痛くならないと思った。防寒具は最低限の物しか必要ないな、と上着のボタンを外す。
ただ、彼に貰った耳カバーやマフラーを外すなんてことはしない。耳カバーに関しては季節に関係なく絶対に外さないし、ほとんど外したことはない。彼がくれたものだから肌身離さずに着けておきたいのだ。
実を言うと、いつも身につけているせいで外すのが何となく恥ずかしいというか、生耳を見せるのが微妙に恥ずかしくなったというか。そういう理由もある。
「朝の一枚をパシャリ、なんてね」
画角を整えて、一番盛れる角度で自撮りを撮る。あざとくマフラーに鼻を埋めたりなんかして、自分でも「うわ〜やってんな〜」と思う。まぁ、みんなやってることだし、自分を可愛く綺麗に見せたくなるのは当然のことだし。私レベルになればあざといのもカワイイのでセーフである。
肌色や明るさなどの加工は最低限、そして自然にパパッと。ギャル組やカレンチャンと絡んでいるうちに色々と身についてしまったのだが、ルーティンに入り込んでしまえば何てことはない。
今日の気持ちや次走の予定を思い浮かべつつ、ウマッター及びウマスタグラムに投下する用の文章を用意する。
そんな感じでほぼ毎日「おはよう!」から続くSNSの呟きをしているが、今日はその一文にある一句を付け加えてやった。
『今日はなんと……私の誕生日なんです!』
ウマ娘の誕生日は冬から春に偏りがちだ。馬産的な意味で仕方の無いことだが、割とその時期はSNS上でウマ娘の誕生日報告ラッシュが巻き起こる。
しかし、私はジュニア級からシニア級に至るまで誕生日の報告をしてこなかった。いや、出来なかった。それは何故かと言うと――
――今日が
何を隠そう、私の正式な誕生日は
『4年に1度の誕生日なので、4年分たっぷりお祝いしてくれると嬉しいな!』
みたいな一言を添えて、学園へと引き返しながら送信ボタンをタップした。
一番最初にウマ娘の熱心なファンアカウント『みなみ』『ますお』が反応をくれた後、ギャル組やカレンチャンが拡散してくれて一気に反応が広がっていく。
まだ太陽の昇り切らない早朝だというのに、この爆発的な拡散速度。やはりインターネットは恐ろしい。
『誕生日おめでとう!』
『今年もアポロちゃんが怪我なく1年を終えられますように』
『閏日に誕生日って何かかっこいいな』
『俺も2/29誕生日だけど4年に1回しか誕プレ貰えなかったわ(泣)』
爆速でコメントがつく。最後のコメントには共感せざるを得ない。クリスマスが誕生日の人と似た状況だもんね。
日本語のコメントがついた後は外国語のコメントが多数寄せられる。英語圏からのコメントは予想できたのだが、何故か中国語のコメントまであった。
翻訳してみると『アポロよ、中国が誇る8000メートルのレースを走れ!』といった内容で笑いそうになった。中国に8000メートルのレースがあるらしいのは知っていたが、ゴールドカップやカドラン賞の倍走らなきゃいけないのは地獄である。
その他にも冗談交じりに『1000キロを走るモンゴルダービー』『400キロを走るオーストラリアのシャザーダ・レース』という新しい地獄の名前が飛び交っていたが、過酷なレースを探すとキリがないのでアプリのタブを閉じた。
ベテランどっぷりの5年目にして初めての誕生日報告。本当なら3月1日に報告しようかな〜と思っていたけど、クラシック級とシニア級1年目につぶやき忘れたので、シニア級3年目までズレ込むことになった。
シニア級3年目ともなると、同世代のウマ娘は非常に少なくなっていた。スペちゃんやグラスちゃん、エルちゃん達は既にトゥインクル・シリーズを退いているし、新しい世代がどんどん台頭してきている。
なんやかんや同期はセイちゃんとグリ子だけになってしまった。寂しい。
まあ、グリ子のように息の長い短距離マイラーが例外なだけで、ステイヤーというのは仕上がりが遅いぶん世代交代がゆっくりだ。だから、ザ・ステイヤーって感じの私とセイちゃんが残るのは何となく予想できていた。その他にもエンゼリーちゃんはまだ超長距離を元気に走りまくっているし、その他のいつメン(?)もよく重賞やG1で顔を合わせるかな。
ただ、競走寿命が長いせいで、早くドリームトロフィーリーグに行ってくれという圧力を感じなくもない。日本では春天と有馬以外のレースに出走してないからギリ許されてる感。
もうベテランだからなぁ。もう一回2月29日を迎える頃には流石にドリームトロフィーリーグに移籍してるだろう。
でも、ひとつ怖いことがある。何故か5年目に来てスタミナ面の成長が止まらなくなってきたのだ。有馬記念の2500メートルすら私の距離適性に合わなくなってきている……ような気がする。
これにはタキオンさんも興味津々で、ウマ娘には無限の可能性があるんだなと再認識させられた。
「ふんふんふ〜ん」
トレセン学園に戻ってきた私はトレーナー室に直行する。あの人はもう来ているだろうか。多分来てるだろうけど、じゃあ、そこに居るならどんな表情をしているだろうか。
毎日思っているような期待を胸に、内カメラを起動して前髪を整える。指先で梳いて弄ってみるが、何回やっても納得できない。
ニキビとかないかな。ないよね。毎日ケアしてるんだから当たり前だけど、やっぱり見せるなら一番可愛い自分を見せたいわけで。
あ、毎日のように顔合わせてるから細かいこと気にすんなってのはナシね。
「う〜ん、一回部屋に帰ってセットし直せばよかったかな」
扉の前でうんうん唸っていると、背後から肩を叩かれた。
「おはようアポロ」
突然のことに驚いて、尻尾と心臓が飛び跳ねた。
「びっ――びっくりさせないでよ、ばかっ」
「ははっ、ごめんごめん」
振り向きざまにぽかぽかと胸板を叩く。私のトレーナーである桃沢とみおは軽く笑って、軽く私の頭を撫でてきた。
「誕生日おめでとう」
「あっ……」
整えた前髪が崩れちゃう、とか、声もかけずに私の様子を見てたの、とか、色々言いたいことがあったはずなのに、彼に頭の上を撫でられると全部どうでもよくなってしまう。
「ありがと……えへへ」
彼の優しい笑顔に絆されて、ふやけた笑みが浮かんだ。そんな私の様子を見て「部屋の中に入ろっか」と声をかけてくるとみお。既に部屋には暖房が効いており、ソファに腰掛けると余りの快適さに蕩けそうになった。
彼は荷物を下ろすと、ソファで落ち着く私の隣に座った。ぎしりと沈むお尻。ふとしたことで埋まることの無い体格差を思い知らされる。なんか、こうしてトレーナー室で話すのも久々な気がするな。ふたりトレーナー室で座って雑談なんて何日ぶりだろう。
しばらく甘えた後、私は期待の眼差しで彼を見上げる。何を察したのか、とみおは私に触れていた手をバッグの口に突っ込んだ。「本当は午後に渡そうと思ってたけど、今渡しちゃうね」と言いながら、彼は丁寧に包装された小箱を取り出す。
「はいコレ、誕生日プレゼント」
「わぁ、ありがと! 何か凄い高級そうなんだけど……今開けてもいい?」
「うん」
黒塗りのフカッとした高級そうな箱を開くと、これまた高級そうなネックレスが円を描いていた。
「綺麗……」
フェミニンなネックレスだ。宝石の埋め込まれたリングがついた、見るからに高級――恐らく一生モノとして使えるやつ――な逸品だった。
視界の端で彼を見ると、首元にじっとりと汗をかいていた。指摘するようなことはしないが、随分緊張しているようだ。高い買い物だったに違いない。
……ふふ。やっぱりこの人、私のことを大切に思ってくれてるんだなぁ。私があなたのプレゼントで喜ばないわけないのに、汗かいて変に緊張なんかしちゃって。可愛いなぁ、もう。
しかし、引っかかることがある。このネックレスは、ヨーロッパ遠征の際に立ち寄った店で一番綺麗って思ってたやつなのだが――
あの店に入った時のメンバーはルモスさんとダブルトリガーさんとエンゼリーちゃん。トレーナーは別の場所に出払っていたのだ。
……ルモスさんかダブルトリガーさんが告げ口でもしたかな?
いや、もしかしてアレか? とみおがルモスさん達に頼んだのかな? それなら随分回りくどいことをするな、と思う。サプライズじゃなくて、一緒に選ぶのも楽しいと思うけどなぁ。
「4年に1回の誕生日だからね。ちょっと奮発したよ」
「やば、ほんとにうれし」
「気に入ってくれたみたいで良かった」
あ――そうだ。あの店って、カルティエ賞最優秀ステイヤーを3年連続受賞したのをキッカケに、ルモスさんが「どうせならカルティエ賞の
思い返せば色々と不自然な点がある。店員さんがやけに色々と見せてくれたし、どれが気になりますかってしつこく聞いてきたり。
……まさか、スポンサーが私達の仲を察して背中を押してくれた的な感じ?
あはは、そんなわけないか。
……いくら何でも……ねぇ?
「ね、つけてみてよ。そのネックレス」
「うん」
気を取り直して、私は彼に背中を向けた。少し伸びた髪の毛を掻き分け、うなじを曝す。彼は少しまごつきながらも、私の首にネックレスをつけてくれた。
終わったよ、という声を受けて、私は彼に向かって意地悪っぽくはにかんで見せた。
「……どう?」
「やっぱりアポロは綺麗だね」
この人、私を褒める時はびっくりするくらい即答だ。しかも照れや誇張の感情が無いため攻撃力が非常に高い。いや高すぎる。
だから、また私が負けた。頬が熱くなるような感覚が走って、彼の目を見れなくなってしまう。そんな私を見て、彼は柔らかく微笑むのだ。
「ほんとずるい」
「え、何が?」
「そういう所」
何回このやり取りを繰り返しただろう。何年経っても慣れないし、多分これからも慣れることはないんだろう。
「このネックレス素敵だけど、学園にいる間は付けられないかなぁ」
「流石にそうかもね」
「今日は休みだし、ずっと付けちゃうもんね〜」
「ははっ」
誕生日はまだ始まったばかりなのに、このまま彼と過ごし続けたらどうなっちゃうんだろう。普通に嬉しいと恥ずかしいで死んじゃうかもしれない。
「あ、そうだ! あとで誕生日ケーキ買いに行こ!」
「そうだね。4年分のケーキを食べようか」
「それじゃ太っちゃうよ〜」
くすくす笑い合う。
はぁ、幸せすぎてしんどい……。
「あ、そうだ」
「ん?」
「とみおって誕生日いつなの?」
「あ〜、そういえば今日だね」
「えっ! よりによって今日!?」
とみおの誕生日っていつだっけ、と思って聞いたら衝撃の事実。彼の担当ウマ娘の私がそんな大事なことを把握していなかったなんて信じられない。
言い訳をするなら、トゥインクル・シリーズを全力で駆け抜けてきたお陰で、クリスマスとかバレンタインのような大衆的イベント以外に気を回す余裕がなかったと言う理由がある。トレーニングや海外遠征、取材やテレビ出演なんかもあって、そもそもオフすら激レアだし。
それでも、今日ほど己を呪ったことはない。私は頬を膨らませた。
「ちゃんと言ってよ、大事なことなんだから!」
「いや、普通に忘れてた……この歳になると自分の誕生日って割とどうでもよくなってくると言うか」
「私がどうでもよくない! 今日オフでしょ、今すぐ誕プレ買いに行こ! もう何か……めっちゃデカいプレゼント買おう!? 貯金ならあるし!」
「ええ!? 今から!?」
レースに勝ちまくったお陰で私の貯金額は凄いことになっている。今まで手をつけたことはないから溜まる一方。なら、こういう特別な日に使わずしていつ使うというのか。
「とみおの誕生日も4年分お祝いしなくっちゃ!」
というわけで、私はとみおの手を取ってトレーナー室を飛び出した。
太陽はすっかり昇り切り、空は雲ひとつない快晴だ。トレーナーに合わせているせいでウマ娘の速度ではないけれど、彼と一緒に走りながら見る景色はきらきらと輝いていた。
「あ、ちょっと遅れちゃったけど私からも一言!」
「ん?」
「誕生日おめでとう、トレーナー! これからもずっと一緒に居ようね!」
手を繋いで光の中を走る。お互いの笑顔が煌めいて、首に提げたリングが光を反射して、視界が更に明るくなる。
衝動的に走り出したけど、行先は決めていない。商店街なのか、ショッピングモールなのか、それとも駅なのか。
とにかく、いつしか私達は走るのをやめて、お互いに支え合うようにして、ゆっくりと歩き出した。