正々堂々、正しく向かい合うのが礼儀というもの。
二人はきっと、良いライバル。
仲良くケンカする日々よ、長くあれ。
だって間に合わせたいもん。
そんなこんなで低カロリーになっております。
誰かを好きになるのは、大変だ。そう、実感している。
今まで気にもしなかった事を気にするようになったり、友人が突然ライバルになってしまったり。
私は完全に、振り回されている。だから、気付きたく無かったのに。
でも、気づかないままだったなら。私は負けた事さえ分からないまま、モヤモヤし続けていただろう。
だからまあ、悪いことでもなさそうだ。
あの人は、高い壁。挑み甲斐がある、強敵。自他ともに認める戦闘民族の私としては、なかなか燃えてくる展開かもしれない。
とは言え、だ。世の中、予想外の事がやたらと起きるもので。
……なぜ私は、猪股家でお風呂に入っているんだろう。しかも、千夏先輩まで一緒に。
切っ掛けは、私の宣戦布告。
行き着けの整体院で千夏先輩と会って、その時に。私は、一瞬バカになってしまったのだ。
どうしても、宣言したかった。堂々と正面から、戦いたいと思った。
だからそう、言ってしまったのだ。
「私、大喜が好きです。千夏先輩には、負けたくありません」
千夏先輩がどこまで察しているかは分からない。
だから全部、ぶちまけてしまった。
「大喜は、千夏先輩が好きです。でも私は、譲りたくないんです。誰にも、渡しません」
こんなことを言ってしまえば、もう戻れない。退路は既に跡形もない、進むしかない。
拳を握ったまま、見据える先。
千夏先輩は、少しのあいだ困惑したような顔をしてから。
「そう、か。二人はお似合いだと思ってたけどね」
持っていたバッグを足下に置き、私の手を握って。
微笑みながら。
「でも挑まれた以上、私としては退けないな。――負けるのも諦めるのも、嫌いなんだよね」
そう、言い放った。
ゴングは鳴らされた、ここから始まる。私たちの、真剣勝負が。
「安心して、家で大喜くんを襲ったりはしないから。フェアに行こうよ、お互い」
そう言って外へ出ようとした先輩の足が、出口の前で止まる。
「うわ、雨かー……」
まるで同居を知ったあの日のような、大雨の景色がそこにあった。随分と良いタイミングで来るもんだ、と思う。
お互い傘は持っていない、どうしよう。
私がそう思っているのを尻目に、千夏先輩は。決意したように、歩き始めた。
「春雨じゃ、濡れて参ろうってね」
もう季節は夏に入るけどさ、と後ろ手を振って去っていく先輩を見送る私。
スゴいな、あの人は。
勝とう、勝ちたい、あの人に。
そんな思いに浸っていると、ふと。一つ疑問がわいてきた。
先輩はいつ、バッグを拾い上げたんだろう。私の手を握って宣戦布告を返して、そのまま――。
「あーっ!!」
雨の中を、少しでも被弾傾斜にならないかと前傾姿勢で走り抜ける。先輩のバッグは私のと一緒にポリ袋でグルグル巻きにして、上着でガード中。
大したものが入ってなければ整体院に預けて、取りに来るのを待てば良い。そうしようと先輩にLINEを送ったら、バッグから聞き慣れた通知音……。
悪いとは思うけど中を見てみたら、財布もスマホも鍵も全部一纏めに放り込んであった。
格好つけたのか動揺してたのか、間抜けにも程がある。これだけ貴重品が入ったものを投げ出して帰るなんて。
あの人、思ったよりポンコツだ。あんなのをライバルにして良いんだろうか。
そして千夏先輩、前も思ったけどやたら足が速い。……すぐ捕まえられると思ったのに。
行く先が猪股家なのはわかってるんだから、傘買ってから行けば良かった。私も相当、ポンコツかもしれない。
結局、猪股家まで辿り着いてしまった。なにやってんだ、私は。
軒下でぼんにゃりしていた濡れ鼠な千夏先輩が、私を見て目を輝かせる。
「あ、良かったー。取りに行こうかと思ったけど、さすがに往復はキツいからさー」
ホントありがとう、とニッコリ笑う先輩。
まあ、確かに可愛いです。男子だったら、そりゃそういう思いになるだろうさ。
濡らさないよう慎重に荷物を出して鍵を開け、二人どうにか雨風を寄せ付けない玄関内へと転がり込んだ。
ああ、なんとかなった。
でも私の家、ここから結構あるんだよね。コンビニも少し先だし。傘、どうしよう。
「千夏先輩、傘借りても」
良いですか、と言おうとした私。でも激しいくしゃみが先に通り抜け、言葉を吹き飛ばしてしまう。
「蝶野さん、大丈夫!? 来て、こっち!!」
バシャバシャのまま、手を引かれて。言われるまま、促されるまま。
――私は裸に剥かれ、お風呂場に通されてしまった。
まあ、あのまま風邪を引くなんて願い下げだけれど。
でもまさか、この家で入浴する事になるとは。
そして、だ。
「服は洗濯しておくから、上がったら私のを着てね」
「はあ……はい」
なぜ千夏先輩が、一緒にいるのだろうか。そしてなぜ隠しもしないのだろうか……。
たまにいるけどさ、そういうの。更衣室とかで、恥じらいゼロな子。私は同性相手でも恥ずかしいものは恥ずかしいのだけれど、全然気にしない開けっ広げなタイプは確かに存在する。
でも英明のスーパーエースが、そんなんで良いんだろうか。
やっぱり、早まった気がする。もっとマシな人をライバルにするべきだったかもしれない。なにも言わず大喜をモノにしてしまえば良かった。
「しっかし、蝶野さんらしいよね。真正面から来るとか、さ」
にこやかな先輩にそう言われては、返す言葉もない。
私は好戦的過ぎて、真っ向勝負しないと気が済まないから。我ながら損な性分だとは思う。
「ね、蝶野さん。大喜くんの、何処が好きなの?」
一方の千夏先輩は、どこまでも真意が読めない。ライバル宣言した相手と恋バナしようとするかな、普通。
この人相手に、はたして勝ち負けが成立するんだろうか。不安だ。
あと何で当然のように、湯槽に入ってくるんですかこの人は。色々見たくないものが丸見えなんですけど、勘弁してください。
……まあいいか。こんな話をする相手は、他にいないんだし。
「全部、です。バカで身の程知らずで単純で、なにやっても空回りな突撃バカで、可愛いけどバカで。そんな大喜が、全部好きです」
私の気持ちは、それだけだ。自分でも制御できない、だから目を背けようともした。
それでも、抑えきれない。好きすぎて、おかしくなりそうなくらいだ。
「――そっか。私はね、大喜くんがいなかったら日本に残ってなかった。大喜くんに背中を押されたから、英明に残れた。だから大喜くんは、私の全て。誰にも、あげたくない」
千夏先輩の瞳には、一点の曇りもない。視線が、私を射抜いていくのが分かる。
この人の覚悟も、決して揺るがない。
なら、戦うしかないんだ。
湯槽の中で、向かい合った私たちは。再び宣戦を布告し合う。
「大喜くんは私のものだから。絶対に、渡さないよ」
「大喜は私が貰います、邪魔したって無駄ですからね」
一糸纏わぬ姿でにらみ合い、そして。どちらともなく、失笑し合う。
バカみたいというか、バカだ。お互いストロングなバカだ。
「まあ、あとで良いや。今は温まろうよ」
「賛成します。お風呂でケンカしても仕方ないし」
二人とも肩までお湯に浸かって、まるで仲の良い友人同士のように穏やかな時間が過ぎていく。
宣戦布告から即時休戦、休戦明けまであとどれくらいだろうか。
まあ、戦争は明日からで良い。
それより、今はこの雰囲気が心地良いから。
ゆっくり、しよう。
急がず騒がず、正々堂々と。
「そういえば、さ。匡くんって絶対大喜くん好きだよね」
「え"。あ、いや……そう言えば確かに……あいつら異様に仲良いし……」
「私たちが戦う相手って、匡くんかもねー……」
「ええ……」