帝光中の体育館。
普段、バスケ部員たちによって活気に満ちているそこは、シンとしており、極度の緊迫感が立ち込めていた。
黄瀬、紫原、緑間、黒子、桃井の五人が固唾をのんで見守る先には、極限の集中状態――ゾーンに入った赤司と青峰が対峙していた。
ボールを持った――オフェンス側である青峰が超人的な速さでもって切り込む。
その速さは肉眼で追うことが難しいほどのもの。しかし『天帝の眼』を持つ赤司は、その動きを予知しブロックにかかる。常人なら反応のできない必殺のタイミング――、そう常人なら。
ゾーン状態の青峰はギリギリのタイミングで赤司のブロックの手を避け、そのままシュートモーションに入り、地を蹴る。
赤司はその青峰の動きも想定内であったと言わんばかりに、すぐに体勢を立て直すと、青峰の動きに追いつく。
しかし、赤司の伸ばした手がボールに届くことは無い。赤司の動きを素早く察知した青峰は、通常のシュートフォームから上体を後ろに逸らしていき、ほぼ地面に対し水平になり、ブロックが不可能になったタイミングでボールをリリースする。放たれたボールはそのままリングに吸い込まれていく。
全国大会で敗北を喫してから、黒子を含めたキセキの世代らは、それまで以上にバスケに打ち込んだ。受験が控え、周囲の部員たちが引退していく中、早々にスポーツ推薦で洛山高校に進学を決めたのだ。
生まれ変わった彼らの姿は周囲からも驚きの目で見られることとなる。
以前までの投げやりな態度はどこにも無く、全身全霊で練習に挑む姿はまさに真のバスケプレイヤーであった。
既に才能が開花した彼らだったが、その凄まじい練習に応じて実力はさらに伸びていった。
そして中学生を卒業が間近に控えたこのタイミング。唐突に赤司によって招集がかかった。
招集に応じた全員に向かって赤司は、何の前置きなくこう言った。
「皆の実力を見せてほしい」
全員がその言葉の意味を瞬時に理解する。
シルバー、ナッシュへのリベンジの時は近い。シルバーとナッシュはこれまで出会った誰よりも強く、まだまだ底が見えない。
敗北したその日に誓ったように、リベンジを果たすには全員が一丸となり、立ち向かう必要がある。
皆は共に練習を繰り返し切磋琢磨し確実に実力を伸ばしてきた。しかし、互いが本気を出したとき一体どれほどの実力を持っているかまでは把握できていなかった。
シルバー達を打倒すためには、互いが互いの実力をしっかりと認識し連携をとる必要がある。その為の赤司の提案。
黒子だけは3対3の試合形式で実力を確認し、それ以外のメンバーは様々な組み合わせで、正真正銘全力の一対一を繰り返していく。
半年前とは比較にならない仲間の実力を前に全員が驚き、改めて互いを認めると同時に自分も負けていられないとさらに燃え上がる。
そしてとうとう最後の組み合わせがやって来た。
赤司と青峰。
絶対的なカリスマ性と実力を兼ね備え、キセキの世代をまとめていた赤司。
チームの絶対的エースである青峰。
この二人が全力でぶつかり合ったときにどちらが勝利するかは、他のメンバーからしても未知数であった。
半年前の敗北以降、全員が心を入れ替えたが、誰が一番変わったかと言えば間違いなく、この二人のどちらかであった。
勝利こそが絶対であった赤司。バスケを愛し、好敵手を望んだ青峰。
誰よりも強い想いをバスケに持っていたのだから当然と言えば当然かもしれない。
「一度、赤司とは全力で戦ってみたかったんだ」
「俺もだ、青峰。この半年間でどれほど実力を伸ばしたか見せてもらうぞ」
「望むところだ、赤司こそ俺をがっかりさせんじゃねえぞ?」
その言葉を最後に互いが黙り、集中していき二人は自然と全力――ゾーン状態へと入り、向かい合う。
他のメンバーも二人の纏うオーラが劇的に変化したことに気付く。赤司と青峰以外も大幅に実力を伸ばしたとはいえ、自分の意志でゾーンに入ることはできない。それを容易く行った二人に驚愕してしまう。
二人の戦いは、互角であった。
『天帝の眼』によって未来を見ることができる赤司が圧倒的有利かと思えたが、ゾーンによる極限の集中状態の青峰の速さと勘の鋭さ、そしてどこからでもどんな体勢からでもゴールを決める『型のないシュート』は、『天帝の眼』を持つ赤司と互角に渡り合った。
二人の動きは、他のメンバーでも追い付くことが困難であり、喋る事さえ忘れてただただ、目の前の光景にとらわれていた。
そのまま膠着状態は続き、ついに最終セットがやってきた。
お互い極限状態で戦ってきたこともあり体力の消耗が激しく、荒い息を吐きつつも、その表情から今の状況を楽しんでいることは明白であった。
しかし、ここで赤司はふっと力を抜いた――ゾーン状態を解いたのだ。赤司の変化にいち早く気付いた青峰は怪訝な表情を浮かべる。
「――おい、どうした赤司? まだ勝負は終わってないぞ?」
赤司は滴る汗をぐいっと拭うと青峰に微笑みかける。
「青峰の実力はこの身を持って十分に理解できたよ。正直俺の想像以上だったよ。だが、このゾーンは肉体にかなりの負担をかける。惜しいのは分かるがここまでにしよう。
それに俺たちが勝負すべき相手は他にいる、だろう?」
「んだよ、折角盛り上がって来たってのによ……」
そう言いつつも赤司に反対するつもりもないのか、そのまま引き下がった。
それを確認した赤司は改めて全員を見渡した。
「急なお願いで申し訳なかったが、おかげで皆の実力を理解することができたよ」
赤司はそう切り出すと、皆の反応を待たずしてそのまま続ける。
「確かに皆かなりの実力アップを果たしている。この半年間の努力が実を結んだ結果だろう。
…………だが、これでも届かない。シルバー達から勝利を勝ち取るためには、今の実力では到底歯が立たないだろう」
この赤司の言葉に全員が渋い表情を浮かべる。だがこうした時真っ先に口を開く黄瀬が今回も待ったをかける。
「でも、皆滅茶苦茶強くなってるっすよ? 赤司っちも見てたっしょ、皆の動きをコピーする俺の『完全無欠の模倣』を、滅茶苦茶強いっすよ! そりゃあ俺だって簡単に勝てるとは思ってないっすけど、いい勝負くらいはできるとこまでは来たんじゃないっすか?」
「そうだよあかちん~、別に俺も油断してるわけじゃないけど、到底歯が立たないっていうのは言い過ぎなんじゃない?」
黄瀬に合わせて紫原も疑問を赤司に投げかける。
しかし、そんな二人に対し、赤司は、はぁ、と短く溜息をつき二人を見つめる。
「まず、黄瀬。確かに俺達全員の動きをコピーする『完全無欠の模倣』はかなり強力だ。しかし、5分と言う制限時間はあまりに短い。シルバー達に勝ちたいなら、今の2……、いや、4倍は持たせて見せろ」
「4倍!? つまり20分ってことすか!? いくら何でもそれは無茶っすよ! これ滅茶苦茶集中力と体力使うんっすよ!」
「無茶は承知だ。それくらいしないと勝てないと言っているんだ」
「……そ、そんなぁ」
赤司のあまりにもハードルの高い要求を提示され、がっくりと肩を落とす黄瀬に対し赤司は口調を和らげさらに言葉を投げかける。
「黄瀬、確かに難しいことを言っている。だが、黄瀬ならできると思っているからこんなことを言っているんだ。このメンバーの中でも最もバスケ歴が浅いにも関わらずここまで実力を付けることができたんだ、自信を持つんだ黄瀬」
「……は~、ずるいっすね赤司っちは。そんなこと言われたらやらないわけにはいかないっすね。分かりました! 死ぬ気で頑張るっす!」
嬉しそうに答える黄瀬はやる気を見せる。
そんな黄瀬を同じく笑みを浮かべて赤司は小さく頷く。そしてそのまま紫原に向き合う。
「紫原も同じだ。ポジション的にシルバーと当たるのは紫原だ。はっきり言うが今の紫原では、まだまだシルバーには勝てない」
「…………」
「だが、紫原自身も気付き始めていると思うが、紫原に必要なのはリミッターを解除することだ」
「リミッター?」
「ああ、紫原はこれまでその圧倒的パワーで他人を傷つけないように無意識の内にブレーキをかけていたんだ。だが、シルバー相手にその遠慮はいらない。大丈夫だ、紫原が全力を出せばシルバーにだって必ず立ち向かえるはずだ」
赤司の力強い言葉に紫原は一瞬、呆気にとられた後、恥ずかし気に顔を背ける。
「あーあー、分かった分かった。なんか赤ちんにそんなこと言われるとむずむずするから。とにかく頑張ればいいんでしょ?」
そんな紫原から次は緑間に視線を移す赤司。
「緑間は……、ふっ、わざわざ言う必要はないな」
そう言われた緑間は、左手で眼鏡をくいっとかけなおす。ちなみに右手には、本日のラッキーアイテムなのだろう、よく分からない謎の人形を抱えている。
「……ああ、今の俺はコート上のどこからでもスリーを入れれるようになった。だがそれでも不十分だということは分かるのだよ。その為にも今赤司と練習している技を完全にものにする必要があるのだよ」
「技ってなんすか? そう言えば最近赤司っちと二人でよく練習してるっすよね?」
「……まだ未完成だ。技が完成すればおのずとわかるのだよ」
「え~、けちっすね」
「黙れ、お前は自分の事だけに集中するのだよ!」
黄瀬と緑間が言い争いをする中、赤司は青峰、そして黒子の二人に向き合う。
「青峰に確認したいことがある」
「なんだ?」
「ゾーンについてだ。ゾーンに入るには、己の中にある扉を開く必要がある、そうだな?」
「なんだよ? 赤司も自力でゾーンに入ってたんだろ? 今更そんな事聞く必要あるのかよ?」
「いや、ただの確認だ。続けて質問だ。ゾーンのさらにその先、そこにはさらにもう一つの第二の扉がある、違うか?」
この赤司の質問に青峰は目を丸く見開く。横にいる黒子は何を話しているのかいまいち理解できていないのか、ぴんときていないようだ。
「……へぇ、流石赤司だな。もうそこまで見えているのかよ?」
「ああ、だが俺も最近ゾーンに入れるようになったばかりで詳しくない。ゾーンに入る為の第一の扉は自力で開けることできた。しかし次の第二の扉は自力で開けることはできなかった。誰かが扉の前に立っていてそれより先に進めない。
単刀直入に聞くが、青峰はこの第二の扉も開けることができるのか?」
この質問に対し、青峰はしばらく黙る。そしてチラリと黒子の方へ視線を移した後、またすぐに赤司に向き合う。
「…………正直まだ開けたことはない。赤司の言う通り、誰かが扉の前にいるからな。けど最近、何となくその誰かが分かってきた気がするんだよ」
「……そうか、青峰のその言葉を聞けて安心したよ。シルバー達に勝つ為には、この第二の扉が鍵になってくる、必ずな。黒子も青峰の影として支えてやってくれ」
「――え? は、はぁ。あまり話についていけませんでしたが、それは勿論です」
突然、話を振られた黒子は不思議そうな表情を浮かべる。青峰は微妙な表情を浮かべ赤司を見つめる。
「……前から思ってたけど、赤司、お前どこまで見えてるんだよ? ゾーンについて詳しくないとか言ってたけど、お前もう全部分かってるんじゃねえのか?」
そんな青峰の言葉に赤司は「さあ? 何の事かな?」と流し、改めて全員を見渡し始めた。もうこの件は終わりだと暗にそう言っていた。青峰は「たく、敵わねえな」とぼやいた。
黒子はそんな青峰を不思議そうに見つめた後、前に進み出る。
「青峰君、正直よく分かっていませんが、力を合わせて頑張っていきましょう」
「……ああ、頼りにしてるぜ、テツ」
黒子から伸ばされた拳を見て、少し照れくさそうに青峰も自ら拳を作り黒子のそれに合わせた。
そんな二人を横目で確認した赤司は、僅かに微笑む。しかし、それと同時に赤司は考える。
……さて、皆に偉そうに言ったが俺もこのままじゃいけない。
青峰と一対一で戦ったから分かる。やはり今の俺では『天帝の眼』を100%使いこなすことができない。今の半人前の俺では、ナッシュに勝つことができない。
俺がすべきことは…………。
赤司は自身がすべきことを明確にすると、意識を切り替えて皆を見渡す。
「さて、全員へ確認したいことは以上だ。最後に桃井、シルバー達の情報について報告を頼む」
指名された桃井は、一歩前に進みだし、資料を挟んだバインダーに視線を移す。
「うん、それじゃあ、今から向こうチームの詳細を説明していくね。
まず、知っての通り、敵の主力はジェイソン・シルバー、ナッシュ・ゴールド・jrの二名。さらに注目する選手として彼らの行く誠凛高校のバスケ部には、私たちの一年上の『無冠の五将』の木吉鉄平、花宮真の二名、そして虹村先輩がいるわ」
桃井がここまで説明したところで、皆が驚く。だが無理もない、虹村はこれまでみんなをまとめていた存在なのだ。それが敵となって現れるとなると多少の動揺も生まれる。
「そして氷室辰也という選手もいるけど、はっきり言ってこの人の実力は皆にも匹敵するわ。さらに私たちの同年代の注目選手には、火神大我、そして灰崎君がいるわ。
灰崎君は知っての通りで、この火神という選手も皆と同じくらいの実力を持っているわ。はっきり言って怪物ぞろいのチームよ。全国大会で戦った時よりも何倍も強くなっていると思ってもらった方がいいわ。
しかも、アメリカから色々な有名選手がシルバー、ナッシュの二名を求めてやって来ては、壮絶な練習をしているらしいわ。あの灰崎君が毎日吐くほどの辛い練習のようよ」
その後も桃井の情報収集力によって集められた情報が皆に伝えられていく。
それを聞いていく毎に皆の顔が段々と険しいものになっていく。
そして桃井の報告が終わった後、赤司が再び前に進み出る。
「……聞いての通りだ。改めて今のままでは、勝てないと分かってもらえたと思う」
赤司の言葉に皆はコクリと頷き、同意を示す。
皆の表情は、真剣であり、しかしその奥底に強敵と戦える嬉しさの感情が確かにあった。
それを確認した赤司は、僅かに口端を上げると、声を張り上げる。
「……だが、俺は皆で力を合わせれば必ず勝てると確信している。
頑張るぞ皆!」
赤司の言葉に皆は力強く呼応した。
前回感想頂いた方ありがとうございます!