子供の気遣いは、あまり良くは思えない。
でも、大事なのは当人の心だから。
ぶっちゃけ話を、致しましょう。
他所の子ではあるけれど。
確かに血は繋がっていないけれど。
家族の一員ではないかもしれないけれど、でも。
私としては千夏ちゃんを、自分の子供のように大切にしたいと思っている。と言うか、生意気盛りの実子より可愛いとさえ思う。
しかし千夏ちゃんにとってそれは、重荷でしかないかもしれない。
最近どうも大喜との間がギクシャクしているようだけど、それも私たちへ気を遣いすぎているせいなんじゃないだろうか。
なんかうちの旦那が、余計なこと言ったみたいだし。私たちの熱意とかそういうのは、本人に言わないでほしかった。ええ確かに言いましたよ、ただ人を預かるだけじゃないんだと。多感な時期の大切な二年間を、後悔無く過ごしてもらえるようにするのは、私たち大人の義務なんだと。
でもそれを聞かされて、きっと千夏ちゃんは思っただろう。私には猪股家で幸せに過ごす義務がある、と。そうじゃないんだけど、あの子は母親に似ず真面目だから。真面目で融通が効かない、不器用な子だから。
産んだわけでもないし、親代わりとはいかないだろう。
歳だってダブルスコアだし、友達にもなれないだろう。
それでも、私は千夏ちゃんと仲良くなりたい。心を開いて欲しい。そう、思う。
うちはそれぞれ家を開ける事が多く、家族が揃うのは意外と少ない。そんな中、どういうわけか。
今この時間に私と千夏ちゃん、二人っきりになっている。
お義父さんは旅行で旦那は出張、大喜はバド部の合宿。まあ、予定が重なることだって珍しくはないけど。
この組み合わせで二人きりというのは、なかなか無い。
千夏ちゃんが部屋に上がってしまう前に、なんとか話の一つもしようかな。
でもなあ、どうしようか。
そう思いながら冷蔵庫を開けると、貰い物の缶ビールが唸っていた。……何で一度に全部冷やすかな私。
しかし缶ビール、か。
そう言えば思い出した、栄明女子バスケットボール部の古い伝統を。
今でも通じるか、分からないけど。
この御時世に、まさか残っているとは思えないけど。
とりあえず、やってみるか。
「千夏ちゃん、ちょっと付き合わない?」
ビールを片手に、買い置きの乾きものを食卓に並べて呼び掛ける。
まあ、普通なら絶対乗ってこない。お酒は二十歳になってから、だ。
でもこの子は私の後輩だから、もしかしたら。
「あ、いやあの私未成年で……」
「良いのよ、先輩後輩って間柄なんだから。バスケ部でもやってるでしょ?」
コクンと可愛く頷く千夏ちゃんに、伝統の健在を知らされる。栄明女子バスケットボール部の伝統と言えば、試合後の酒盛りだから。
私たちよりずっと前の先輩方が恒例化して以来毎年、先輩から後輩へと飲酒の手解きが行われていた。一年生は三年生に必ず一度は「私の酒が呑めないのか」とシバかれる、それが我ら栄明の伝統芸。悪しき伝統ではあるけど、絶えること無く続いてるようだ。
「あー……去年卒業した先輩に、「良いことも悪いことも学校で覚えるんだよ」って呑まされました」
どっかで聞いたな、いやもしかしたら私が言った言葉かもしれない。まあ、いいか。
酒は人を陽気にも陰気にもしない、箍を緩めるだけだ。普段は理性で抑えている部分が出てくるだけで、豹変するわけじゃない。
私は知りたいだけだ、千夏ちゃんの本心を。
くぴくぴとビールを口にする仕草まで可愛い、いいなあ若い子は。大喜は全然乗ってこないし。
とは言え、だ。若いと酒も回るもんだ。勢いがあるからね。
少しずつ顔が赤くなってきた所を狙って、ちょっと踏み込んでみる。
「千夏ちゃんは、さ。正直なとこ、不満とか無いかな。気を遣わなくていいからさ、聞かせてよ」
こんな風に聞かれてハッキリ言うような子じゃない、でも酔った頭じゃ気遣いなんか出来ないものだから。
むにゃむにゃと考えるような顔をしてから、千夏ちゃんが口を開いた。
「やっぱり、鍵は必要だと思うんですよ」
鍵。ああ、そうかやっぱり。千夏ちゃんの部屋は大喜の部屋と同じ間取りで、ドアには鍵がない。まあこの家で鍵のかかる場所なんて、トイレとか浴室とかだけなんだけどさ。
高校生、だもんね。大喜は旦那に似て奥手だから、まさかよからぬ事をしたりはしないだろうけど。それでも、無防備な姿を見られかねないのは、嫌だろう。同居開始前にどうにかするべきだったんだけど、色々あってやってなかったんだよね……。
「大喜くんの部屋、鍵付けましょうよ。私が大変なんですから」
グッとロング缶を煽って、千夏ちゃんは言い放つ。
……いや、そっちですか。
「大喜くん無防備な上に可愛いんですよ、私我慢できなくなりそうなんですよ。息子さんの息子さんを襲っちゃうかもしれませんよ」
目が座った千夏ちゃん、言ってることがエグいです。股を痛めて産んだ我が子を可愛いと言って貰えて光栄だけど、なんというかそういう理由ですか。そういう所は母親に似たんだなこの子。あと「息子さん」が一回多い。
まさか、ねえ。千夏ちゃんがそう思っているとは。
大喜はたぶん千夏ちゃんが好きだし、卒業した後でお嫁に来てくれたら嬉しいなーとは思うけど。在学中にそういうのはなあ……。まあ私もあの人なかなか手を出してこなかったから、一方的に跨がって既成事実作って結婚した身だけど。因果は巡るってことだろうか。違うな。
とりあえず、鍵の事は考えておこう。
「私はお母さんの夢より、自分を優先したいんです。バスケは好きだけど、でも大喜くんはもっと好きなんですよ由紀子さん」
ロング缶の死骸をゴミ箱にシュートしつつ、千夏ちゃんは真剣な顔。その思い、わからないでもない。
親子二代で夢を追うと言えば美談にも聞こえるけど、千夏ちゃんは生まれる前からバスケの道に入ることが決まっていた子だ。……大喜もそうなる筈だったけど、チームプレイに向かなすぎたから……。
小さい頃は、他を知らないから疑うことも無かっただろう。それから成長して社会を知って、無数の道があると気付いて。それでも千夏ちゃんは、それに目を背けて来たんだろう。気遣いと気配りの子だから。
でも親の都合で今までの人間関係を全て失うのは、嫌に決まっている。バスケは理由の一つでしかないのではないか。日本に残りたいと言ったのはワガママじゃなく、千夏ちゃんが一人の人間として歩き出せている証拠だ。
本当なら、酒を口実にしなくてもいい。言いたいことを言ってくれて構わない。
大切な二年間を、気を遣って浪費してほしくない。千夏ちゃんにとって、猪股家での生活が実りあるものになってほしい。
……でも。でも、だ。
「あんまり大喜に手を出されると、やっぱり困るかなー……。節度を持って、ね」
「んー、先っちょだけなら合法ですよねー」
いやいや、いやいやいやいや。そうでなく。高校生らしいおつきあいを御願いしたいのだけれど。お突き合いではなく。
この子、ホント余計な所は母親似なんだな。
義理や人情が守れるならば、恋は思案の外じゃない。昔の人はよく言ったものだ。
まあ、なるときはなるものだから仕方ないかな。
「由紀子さーん、息子さんの息子さんを本体込みで私にください」
「……どんどん言うことがおかしくなってきてるわよ、千夏ちゃん」
で、時計の針は幾らか回って。
千夏ちゃんはそろそろ潰れそうになりつつ、際どい事を言い続けている。
本当にこの子の語彙は明らかにおかしいと言うか、下世話と言うか。普段とのギャップがすごいのは、それだけ常日頃気を遣いすぎているという事だろう。
さて、だ。千夏ちゃんがこのままダウンしたら、とりあえず鍵をどうするか考えようかな。
いやむしろ、二人をくっ付けてしまうか。私たちの時みたいに、愛があればどうにかなるだろうし。
――いかんいかん、私も酔ってるな。これはあれこれ考えても仕方ない。
酒に身を任せて、将来家族になるであろう子と二人きり。心地好い酩酊感に浸りながら、目を閉じてみる。
この子に幸せになってほしい、将来的にはお義母さんとか呼んでほしい。
それは私の、本心だ。
願わくば私の子供たちに、幸福な日々が訪れますように。
お酒は二十歳過ぎてからですよ?
おばちゃんと約束です。