同じ家にいるから家族か、さてはて。
家族が家族足りうる条件とは?
まあ、難しい話はやめておきますか。
五月の空を皐月晴れと言うのは、間違っているらしい。梅雨時の晴れ間を指すんだそうな。
まあ、それはそれとして。
梅雨もまだ来ない五月の晴れの日、俺は。
「大喜くん、さ。次の休みって暇かな。……付き合って、ほしいんだけど」
そんな風に改まって言われて、散々舞い上がりながら。
先輩と二人きりで、出掛けることになった。
つい先日水族館に行ったばかりだけど、あれは匡の根回しあってこそだ。
先輩から俺を誘うなんて、なにがあったんだろうと気にかかる部分はある。でもそれ以上に、心が沸き立つ。これはもう、デートではあるまいか。
何処へ行こうと、先輩と二人でならそこは天国だ。いや極楽だ。
しかも待ち合わせではなく、一緒に家を出る算段。デートどころか同棲カップルではないか。
こんなに期待できる状態で、眠れるわけもなく。
俺は一晩中、ベッドの上を転げ回っていた。
明けて翌日、俺たちは揃って家を出た。
千夏先輩はラフなパンツスタイル、シンプルに言えばイケメン仕様だ。この人格好良いからな、似合う似合う。
この前のワンピースも良いけど、こういう男前な千夏先輩もスゴく良い。
対する俺は一周してというかなにも思い付かないまま、普段のスタイル。じゃがいも仕様だ。並ぶと兄弟に見えるかもしれない。
そして先輩に先導され、街を歩いていく。思ったより近場なのか、乗り物は使わないようだ。まあ運動部在籍者として、徒歩二時間以内なら「近く」と認識してるからな俺たちは。多少歩くくらいは何でもない。
そうは思ったが、それでも大した距離を歩かないまま。
先輩は、一軒の家の前で立ち止まった。
この辺としてはごく普通の、庭付き一戸建て。その表札に書かれているのは、――「鹿野」の文字。
「千夏先輩、ここって」
「うん、私の家だよ。ちょっとね」
郵便受けの中に溜まった郵便物を鞄に押し込みながら、先輩は短く答えた。
ああ、そういうことか。
俺は、その為に連れてこられたんだな。
「何ヵ月に一回くらいでも、風を通したくて。ごめんね、お休みの日に」
ちょっと申し訳なさそうな先輩に、そんなことないですよと笑顔で返す俺。
今日のお出掛けはデートじゃない、掃除の手伝いというわけだ。
まあ、それはそれで。先輩のためだ、頑張ろう。
誰もいない先輩の生家に入るというのは、どこか後ろめたい気がした。
でも家と言うのは、誰もすまないと一気に劣化してしまうんだとか。だからたまに風を容れて埃も払って、新陳代謝を促さなければならないらしい。
とは言え、家具はあっても中身はないし水道も電気も止まっている。本格的な掃除というより、様子を見る…さっきにように郵便物を回収したりする…のが目的だとか。
郵便物の転送も出来はするけど、そうなると鹿野家宛の郵便物が全て猪股家に届く事になって悪いから手続きしていないんだとか。良いのにな、そんなの。
玄関だけでなく窓も開け放ち、外気を導いて。先輩に言われるまま、あれこれ作業していく。
他人の家を片付ける、というのもあまり経験ないけど。そもそも物があまり残ってないから、大した手間でもない。
――残っていない、か。
千夏先輩が日本に残ることはイレギュラーな事態であって、鹿野家の面々はここを手放して海外へいく予定だったそうだ。でも娘が一人日本に残ることになって、家屋敷の扱いは保留になった。千夏先輩が高校を卒業した後、どうするか。それまでこの家は現状維持。
「高校生の間ならともかく、その後なら独り暮らしも許してもらえるだろうから。そうしたら、一人でここに住んでも良いな」
片付けをしながらそう話してくれた千夏先輩の声に、哀しさは聞こえない。
でも、分かるんだ。千夏先輩の「家」は、今でもここなんだ。猪股家は仮の住みかであって、安らぎの場所じゃない。きっと今でも出来れば、ここに居続けたいんだ。
そして千夏先輩の理想は、家族みんながここに戻ってくる事。再び家族が、家族になる事。だから可能な限り、ここを綺麗に保ちたいんだ。例えそれが、叶わないと分かっていても。
なら、俺は。せめて、俺に出来ることは無いのか。
「大体、これでいいかな。後はまた、夏休みにでも……」
汗を拭きながら振り返った、千夏先輩を見て。俺は自分でも何故か分からないまま、その手をつかんでいた。
「た、大喜くんっ!? ど、どうしたの!?」
そんなの俺が聞きたいけど、でも。なんとか、言葉を絞り出す。
突っ走ってしまうのは俺の悪癖で、そして俺の長所だから。
「俺、先輩の家族になりたいです。ここで先輩と、暮らしたいです」
口から飛び出した暴言に、まず俺の顔が焼けるように熱くなる。
そして千夏先輩の手も熱を帯び、その顔は真っ赤に染まっていく。
誰もいない、静まり返った家のなかで。ただ、無言の時間が流れていく。
それを打ち破ったのは、千夏先輩の小さな疑問の呟きだった。
「……あの、大喜くん。キミたしかまだ、15歳じゃなかったっけ」
「え"」
俺はまだ高一になったばかり、そして先輩はそのひとつ上。だから。
「……まだ家族には、なれないよね。私が猪股家に養子に行く手はあるけど、そうなったらここに住むのおかしいし」
全力で間違った方へ突っ走った俺は、冷静に突っ込まれてしまった。
うん、そうですね先輩。
なにやってんだろう、俺。
「三年後、かな。大喜くんが卒業した後、もう一回お願いね」
そう言うと先輩はスルリと俺の手から離れ、荷物を持って帰り支度に入ってしまった。
あれ。ちょっと待て。
もう一回って。じゃあ、先輩は。
「あの、良いんですか」
「その時まで、大喜くんの気が変わってなければね。私は構わないから、さ」
背を向けた先輩の声は、どこか上ずっている。
つまり。つまり。――つまり。
先輩は、俺を受け入れてくれるという事。
「……マジですかい」
それから、滑った転んだ屁をこいたと色々あって。
俺は再び、鹿野家の前に立っている。卒業して猪股家を出た千夏先輩が住む、鹿野家の前に。
三年間、長かったような短かったような。
雛に振り回されたり色々したけど、俺の気持ちはひとつも変わらなかったから。
花束を振りかざして、玄関先へ出てきた先輩と対峙し。
俺は言うべき一言を、言い放つ。
「千夏先輩、結婚してください!」
扇町さんは家族とかそういうものにアレルギーがありまして、あんまり得意ではありません。
独身ですし。