ようこそ天の御遣いのいる教室へ   作:山上真

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26話

 6月も後半を迎えたある日の放課後。

 

『1年Bクラス所属、綾小路、北郷、坂柳副会長、佐倉、長谷部、堀北の6名は至急生徒会室へ来るように。繰り返す。1年Bクラス所属、綾小路、北郷、坂柳副会長、佐倉、長谷部、堀北の6名は至急生徒会室へ来るように』

 

 生徒会長による校内放送でのお呼び出しがかかった。面子が面子ゆえに、いつぞやのことを思い出させる。

 

「何か聞いているか?」

「何も。まあ、面子を鑑みれば例の1件に関することでしょうけれど、それ以外は分からないわね」

 

 生徒会室へ向かう道中、華琳に心当たりを訊いてみたが、返答は芳しいものではなかった。

 例の1件――愛里のストーカー問題に関することだろうというのは、呼ばれたメンバーから見当はつくのだ。

 

「まあ、行けば分かるさ」

「確かにその通りなんですけどね。ある程度の見当ぐらいは付けておきたいじゃないですか……」 

「その気持ちも分かるけど、そもそもにして見当を付けるための情報が不足しているからなぁ。考えたって無駄だと思うぞ?」

「はは、バッサリだね。柔和な雰囲気が目立つけど、割と冷徹なところもあるよねカズピーって」

「そりゃあなあ。そもそも、俺がこの学校に入ったのは夢を叶えるための人材交流が目的だぞ? 人には強みと弱みがあって然りな以上、最初から切り捨てるつもりはないが、自然と他人を見る目は厳しくもなるさ。

 それに優しく教えることで成長するヤツもいれば、厳しく教えることで成長するヤツもいる。一応はそこら辺を見定めて接しているつもりだよ」

 

 そんな風に話しながら進んでいれば、目的地への到着は思いの外早かった。

 

「来たか」

 

 生徒会室のドアの前、腕を組んで立っている生徒会長――堀北学は、オレたちを見てそう零した。

 

「さて。ここまで来てもらったわけだが、生憎と目的地はここじゃない。少し歩くからそのままついてこい」

 

 そして言うだけ言って歩き出す。

 疑問を覚えても、黙って後を追うしかない。行き先を訊いたところで答えはしないだろう。

 その一方で、オレは脳内に校舎の地図を呼び出していた。いつぞやに確認した校舎内見取り図と、実際に練り歩いた経験からすれば、向かう先にあるのは来賓用玄関の筈だ。当然、玄関に用がある筈もないので、おそらくはその奥にある応接室が目的か。

 予想は外れず、生徒会長は幾つかある応接室の内、一つの前で足を止めた。

 チラリと周囲を見やる。こういった来賓区画は一般の生徒にとって縁遠い場所だ。別に来れないわけではないが、好き好んで来ようとも思わない。実際、オレもここに来たのは初めてだ。

 コンコン。

 静かに響くノックの音。

 

「失礼します。……件の生徒たちをお連れしました」

 

 ドアを開けた生徒会長は、一礼してそう言った。

 後に続いて応接室に入ると、中にいたのは二人の男性だった。

 一人は坂柳理事長。

 もう一人は強面の偉丈夫。見覚えもなければ心当たりもない。……まあ、それも当然だ。応接室にいる以上、この男性は学校にとっての『お客様』――外部の人間だ。余程の理由でもなければ一生徒が知る筈もない。

 だが、オレたちが呼ばれた場所にいる以上、まったくの無関係な筈もない。

 

「プロデューサーさん!?」

 

 だからこそ、ガチガチに緊張していた愛里が、男性を見た瞬間に上げた声に納得を覚えた。

 

「お久しぶりです、雫さん。それとも、佐倉さんとお呼びした方がよろしいでしょうか?」

「あ、いえ、私はどちらでも……」

「では、佐倉さんと呼ばせていただきます。――他の皆さんは初めまして。私、佐倉さんこと『雫』のプロデュースを務めている者です。気軽にプロデューサーとお呼びください」

 

 プロデューサーは一礼して名刺を差し出してきた。名刺にはキチンと名前が載っているが、まあ相手が望んでいるのだ。こちらもプロデューサーと呼ぶことにしよう。

 

「過日の1件ではご面倒をお掛けしました。また、ご協力をいただき、まことに感謝しております」

 

 そう言って再び頭を下げたプロデューサーは、彼がここにいる理由と俺たちを呼び出した理由を話し始めるのだった。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 大枠では件のストーカー事件についてだ。

 活動休止中とはいえ自社のアイドルだ。自身がプロデュースしていることもあり、プロデューサーもまたブログのチェックは行っていたそうだ。

 コメントこそ無いものの、投稿される自撮り写真は笑顔が輝いており安堵していた。――しかし、その安堵は遠からず危惧に変わった。ブログの閲覧者によるコメントである。そのコメント内容は、陸の孤島である『東京都高度育成高等学校』の敷地内に居るかの様ではないか。

 その危惧を後押しする様に、雫のファンを称する者からもブログのコメントについて注意喚起の連絡が入る。

 コメントに疑心を覚える一方で、考えすぎである可能性も捨てきれなかった。何せ未だグラビアでしか活動していないが、アイドルのブログなのだ。時に行き過ぎたファンというモノは、己が欲望をさも自然なものであるかのように垂れ流す。このコメントもその類かもしれない。

 そうして自分を騙しながらもブログをチェックする中で、危惧は焦燥へと昇華する。

 

(間違いない。このコメント主は『東京都高度育成高等学校』の敷地内に居る。自分の考えすぎならそれで良いが、万が一が起こってからでは遅い。外部連絡禁止を謳う学校だが、状況が状況だ。今すぐにでも連絡を入れるべきだ)

 

 そう判断し、この学校に連絡を入れようとしたプロデューサーだが、それは同社に所属する学生アイドルを見て中止することにした。

 入学案内とそれに関する要綱は、愛里が受かった際にプロデューサも目を通しているし、念のためにコピーも取っている。愛里自身は気付いていないようだったが、色々と細々書かれている中にあったその一文を思い出したためだ。

 

『試験の際、1科目でも赤点を取った者は退学処分とする』

 

 コピーを引っ張り出して確認したが、やはり間違いない。

 最近はそこかしこで学生アイドルが中間試験に向けた勉強をしている姿を目にする。ならば、特殊な高校とはいえ愛里もまた中間試験が近い筈。プロデューサーだけあって愛里の学力をある程度把握していた彼は、これまでとは異なる危惧を覚えた。

 

(自分が連絡を入れることで、彼女の赤点を招いてしまうのでは……?)

 

 一度そう思ってしまうと、連絡を入れようにも入れられなかった。

 

(せめて、自社のアイドルたちの試験が終わるまでは連絡を入れるのを待とう)

 

 そうやって自分で自分に言い聞かせていた折、『東京都高度育成高等学校』の方から連絡が入ったというわけだ。

 それから関係各所と連絡を取り行い、そうこうしている内に日は過ぎて今日を迎えた。

 

「今回は未然に防ぐことが出来ましたが、ハッキリ言って幸運に恵まれてのことです。それと同時に、防げたとは言え危険性や対応の拙さが明かされてしまいました。

 以上のことから、私たちは社のホームページを通して『雫』がここに入学したことを発表します。……まあ、流石に本名は明かしませんが、興味の目は増えると思われます。ですが、それは同時に相互監視にも繋がると考えています。

 また、佐倉さんがこの学校を卒業乃至は退学するまでの間、私もここの敷地内で生活させていただくことにしました。これは今回の一件を受けての措置でもあります。活動休止を発表して以来、その後の動向に関しては音沙汰無し。……離れていくファンと、より熱を上げるファンが出ることは社にとっても想定の内でしたが、この度は後者が悪い形に転んでしまいました。

 そして、その様な人物がこの閉鎖された敷地内に1人いたのです。ならば、他にも敷地内にいる可能性をどうして否定できましょうか? これ以上、そのような方を出さないために、ある程度の情報公開はせざるを得ません。――ですが、この学校の運営システムは様々な面で秘匿すべき事柄が多すぎます。

 それらを考慮した上で、ファンクラブ限定での有料企画を起ち上げることにしました。まあ、あまり大掛かりな企画は出来ませんが、現時点では短めの動画配信を考えています。これにより雫が健在であることをファンに向けてアピールします。

 これは学校の運営部――すなわち政府も同意の上です。言わば妥協点ですね。

 写真とは異なり、短いながらも動き、話す雫さんを有料とはいえ公式に視聴できるのです。ファン心理を考えれば、ある程度上手くいくと思われます。

 形になった際には、この場にいる皆さんにもご協力いただきたいのですがいかがでしょうか? 有料企画である以上、それによる収入が入った場合、当然ながら出演頂いた皆さんにも還元させていただきます」

「補足事項として、初回配信の際には私とプロデューサーも出演し、そこで配信に至った経緯を説明する予定だ。また、動画配信の際には基本的に生徒会からも何人かにアシスタントとして出演してもらう形になる。生徒会役員に出演してもらうのは、我が校とプロデューサーの会社の双方が合意の上と視聴者に分かりやすく理解してもらうためだな。

 あまり我が校の内情を話してもらうのは困るが、配信内容は基本的に佐倉くんの希望を取り入れるつもりだ」

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 プロデューサーと理事長の口から放たれたのは、この学校のシステムを考えればある意味で爆弾だった。……まあ、ある程度完成されたシステムに新たに外部を組み込むにしては話し合いの期間が短いような気もするが、プロダクションの知名度等を鑑みれば妥当かもしれない。運営元の政府としても、ストーカーの件で公に訴えられたら面倒なのは目に見えている。同じ面倒事ならば、大手プロダクションを組み込む方が遥かにマシに決まっている。

 ともあれ、悪くない一手ではあると思う。

 ファンクラブ限定、かつ有料にすることで、視聴者そのものを限定させる。そもそもファンの暴走が発端なので、ファンさえ満足させておけばいいのだ。広く知らしめる必要などない。そういうものがあると知ったところで、興味の薄い者は金を払ってまで視聴することは無いだろう。

 運営側としても、芸能方面に強いパイプが出来たと捉えることも出来る。高校の謳い文句からして元からある程度のパイプはあったろうが、より強化された形になる。雫の所属するプロダクションは業界でも大手だからな。

 プロデューサー――つまり会社側としては青田買いの面もあるのだろう。この学校の生徒にはビジュアルに優れた生徒、高校生離れした実力者や曲者も多い。芸能会社としてはそういった人材を欲してもおかしくない。

 或いは敷地内にあるブランドショップなどが絡んでくる可能性だってあるだろう。自社製品のコマーシャルにアイドルやタレントを起用するのは珍しいことでもないのだから。視聴者が限られるとはいえ、皆無ではないのだ。配信の際、雫に推しの製品を紹介してもらうだけでも少なからず効果はある筈だ。

 愛里にとっては『雫』としての仕事だ。無論のこと――ポイントという形ではあるだろうが――報酬が支払われるに決まっている。

 きっかけはどうあれ、上手く運べば関係者の誰しもにメリットがある。

 

「内容にもよりますが、友人のことです。喜んで協力しますよ。報酬が払われるなら尚更です。まあ、当然ながら都合のつかない時もあるでしょうが……」

 

 取り敢えずはそう答えておく。確かに現時点で協力する気はあるが、予定は未定だ。この先がどう転ぶかなど分かったものではない。そもそも企画のスタートがいつになるかすら決まってはいないのだ。予防線を張った上で賛成するのがベターだろう。

 他の面々も似たり寄ったりな返事で賛成していく。

 

「ありがとうございます。今のところはそのお言葉で十分です。つきましては、こちらの契約書を確認してサインをお願いします」

 

 渡された契約書は、よくある規約の様に『細かい文字で何項目も』といったことはなく普通に見やすかった。そもそも、この学校の前提には『外部との接触禁止』がある。それ故に省けるところは省いているのだろう。

 内容としては、佐倉愛里=『雫』であると他言しない、とかそんなものだ。

 しかし、この契約書は肝心の部分が不明瞭だ。支払われるポイントがハッキリしない。

 

「皆さんの疑問は尤もですが、正直に申しましてどれくらい支払うのが妥当なのか、我々の方も判断しかねているのです。この特殊な環境下で皆さんの時間を拘束する以上、こちらとしては相応の報酬をお支払いする義務がございますので……。

 また有料企画とは申しましたが、こちらも未だ金額が定まっていないのです。金額設定が低すぎれば無意味に広がりすぎてしまい、高すぎればそもそもの目的が果たせなくなってしまいます。

 そういった諸々を鑑みた結果、もう少し詰めた上で、改めて皆さんにご連絡したいと考えています。いまご覧いただいているのは、あくまでも仮契約書とお考えください」

 

 なるほど、言っていることは尤もである。――まあ、言っていることが全てではないだろうが……。

 

「この場にいない中にも佐倉さんが『雫』であると知っている者が何人かいますが、それについては?」

「知っている方とであればお話しいただいて結構です。ただ、その方々のお名前を教えていただきたく思います。

 また、現時点で知らない方でも、佐倉さん本人の判断の上でならお話しいただいても構いません。そちらについても、都度報告をいただければと思います」

 

 鈴音の問いに対する、プロデューサーの返答がそれだった。

 裏を返せば、プロデューサーはこう言っているのだ。

 

『情報の取り扱いには注意しろ。仲間を増やすなら熟慮の上で行え』

 

 と。

 参加して間もないにも関わらず、既にこの学校のシステムに馴染んでいるように感じる。それだけやり手のプロデューサーなのだろう。

 面白い。やはりここは実力至上主義の学校だ。




今回の話は賛否両論――と言うか、否の方が多いかなとは思います。
が、ストーカーがブログにコメントを残してる以上、所属事務所は高度育成高等学校に事実確認すると思いますし。
なら、こういう展開もアリかなと。……佐倉の貴重な収入源にもなりますし。

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