まあ、毎年ですが。
アオい皆に幸多かれ。
そして願わくば、それが続きますように。
クリスマスがイエス・キリストの聖誕祭になったのは、実はかなり後になってかららしい。
なんか知らないけど、お祭りの口実付けだったのだとか。
真冬のど真ん中だし、何かイベントが欲しかったんだろうな。
それはそれで良いのだけれど、まあ別に。
居候の身で、果たして家族の行事に介入して良いものだろうか。
私が気にしているのは、それだけだ。
「♪クリスマスが今年もやって来る、楽しかった出来事を消し去るように…」
「歌詞違うわよ、確かにそう聞こえるけど」
私にツッコミつつクリスマスケーキのカタログを見ている由紀子さん、そして同じくクリスマスを期待する可愛い大喜くん。
そういうのを見ていると、幸せそうで何処と無く居場所に困る。私は家族ではないから、遠巻きに見ているだけなんだけど。
うちの母親はシュトーレンとかパネトーネとかが好きだから、クリスマスもなんだか地味なんだよね。美味しいけど。あと父親が派手なこと苦手だから、そこまで賑やかにしないし。他所のクリスマスはもっと華やかだと知ってからは、あまり楽しみに思わなくなってきた。
私にとっては豪華なクリスマスケーキなんて、アニメや漫画の世界だ。チョコスプレーとかフルーツとかたっぷりのメルヘンなデコレーションケーキ、憧れてるんだけどな。そういう意味では、今年のクリスマスは楽しみではある。
まあ、私がはしゃぐのは良くないから。節度を持って、控えて行こう。
そう思うのだけれど、でも。
少しだけ、羽目を外したいとも思う。目出度い日なんだから。
しないけど、さ。私にだって立場はあるから。
「大喜くん、クリスマスは蝶野さんと一緒しないの?」
「へ? いや、何で雛と……?」
大喜くんは心底意外そうな顔をしているけど、そうかやっぱり。まだ分かってないんだな、蝶野さんの事。良いけどさ、私がどうにかしてあげる事じゃない。御愁傷様、としか言えないわ。
私は背中を押してあげるほど優しくないし、ここはほっとこう。明言しない蝶野さんが悪いよ。
「先輩こそ、バスケ部の人たちと遊んだりしないんですか?」
「ぬ。んー……渚たち、大体彼氏持ちだからね。どうせ誘っても来ないよ」
連中は私と違って器用だから、バスケ以外にも色々やっている。と言うか私が不器用すぎるのかな、バスケしか出来ないし。
同居先に男子がいたら千夏だって恋愛するかもね、みたいには言われたな。
まあ、いることはいるんだけどさ。可愛い後輩が。でもなあ、さすがに手を出したら不味い。そんなに簡単じゃないんだよ、渚。
そんな事をつらつらと考えてると、大喜くんが突然真面目な顔になって。
「あの、先輩。予定がないなら、その……俺と一緒に出掛けませんか」
そう、言ってきた。
クリスマスに、私と。そんなまさか、デートみたいな事を。
ふむ。夜は猪股家の面々が集ってクリスマス会だけど、それまでは時間があるからね。23日から冬休みで学校もない、部活も休みの時期。暇をもて余すくらいなら、まあ何かしてる方が生産的か。別に良いけどね。
しかし大喜くん、どうせなら蝶野さんを誘えば良いのに。そういうところだよ。
……いや、違うかな。私が居づらいかもしれないから、連れ出してくれるんだろうか。
夏休みはインターハイやら何やらで忙しかったけど、冬休みはそうもいかないから。居候として、一日ずっと隠ってるのはちょっと……ねえ。大喜くんも大喜くんで、考えてくれてるのかな。
家族のイベントも大事だろうに、気を遣わせてるな。まったく、見下げ果てた先輩だよ私は。
街にはちらほらと粉雪が舞う、クリスマスイブ。
私たちは二人、寄り添い歩いていく。傍から見たら、カップルにも見えるだろうか。ま、違うんだけど。
特に何も決めないまま、ただ足の向くまま気の向くまま。
何処か行きたいところがあるんじゃなくて、一緒に出掛けたいだけなんだろうか。それこそ、カップルみたいだな。
でも――こういうのんびりしたのも、悪くないな。通りすぎる幸せそうな家族たちを、少しだけ羨みながら、それでも。それでも、そう思える。
去年までは、私の人生がこうなるなんて考えた事も無かった。家族と離れ、住み慣れた家も出て。居候として、知らない家で寝起きする事となって。
人生は、波瀾万丈だな。まったく、大変だ。
来年の今頃には、もっと馴染めているだろうか。でも再来年の春、私は猪股家からも出ることになる。その先の私は、どうなっているんだろう。まだ、見当もつかない。
私は幸せになるのが、少しだけ苦手だから。どうなることやら。
「あの、千夏先輩。寒くない、ですか」
ふと気づくと立ち止まった大喜くんが、ちょっと不安げな顔をしている。
ああ、またやってしまったな。表情に出すなんて、功夫が足りないな私は。後輩を心配させちゃいけないってのに。
「ん、大丈夫。大喜くんこそ、気を付けなよ? また風邪引いて寝込むかもしれないし」
あれからもう何ヵ月も経つけど、あれは結構大変だったな。看病なんて滅多にしないから、勝手が分からなくて。
心底ガサツで雑把だからなー私は……。
冬の陽は早々と傾いて、ただでさえ厚い雲に覆われた街は既に色とりどりの灯りが輝いている。
もうそろそろ、帰る頃合いかな。
何をしたわけでもないけど、楽しかったな。こうして誰かと過ごすのは、良いもんだ。
願わくば、大喜くんもそう思っててほしい。いやいや、でもなあ。大喜くんには、蝶野さんがいるから。そうはいかないかな。
「……千夏先輩。聞いてくれますか」
白い息を吐きながら、私に向き合う大喜くん。
なんだろう、何かあっただろうか。ざっと脳内をスキャンしても、大喜くんが改まって私になにか言う理由が思い当たらない。
はて。一体なんだろうか。
愛の告白とかだったら、さすがに笑うかもしれない。
「ん。大喜くん、どうかした?」
一応年長者の矜持として、笑顔を作ってはみたけれど。
大喜くんの真剣な視線に、息が止まる。
粉雪が大喜くんの頬に舞い降り、涙に変わる。その一瞬が、まるで永遠のようにさえ感じられてしまう。
「千夏先輩、――好きです」
凍てついた気配が、その一言に熔けていくのが分かる。
たった、一言。その、一言が。全てを込めた、大喜くんの勇気そのもの。
その瞳が、その声が、私を射抜いていく。
いつしかその手が、私の手を強く握りしめていた。
「引退しても、卒業しても、いつまでも側にいてください。……ずっと、ずっと、俺と一緒にいてください」
大喜くんは本当に、そう思っていたのか。私は何処までも、見下げ果てた先輩だ。
気づきもしなかった、別の子を好きなんだと思い続けていた。
居候だから、考えないようにしていた。
それが大喜くんを傷付けるなんて、思いもしなかった。
私は、好きになっても良かったんだ。大喜くんを、好きでいても許されるんだ。
冬の空、煌めき出した星が私たちを包んで。
粉雪のクリスマスイブに、二人。私たち二人は、ただ。見つめあって、泣き続けた。
何度経験しても、この日が近づくと毎年心が踊って仕方ない。もう大人なのになあ。
今日は待ちかねたクリスマスイブ、テーブルには定番の料理がスタンバイ。
でもメインは食後、全力メルヘンなデコレーションケーキが冷蔵庫で出番を待っている。
私の好きな、クリスマス。私たちの好きな、クリスマス。
ああ――忘れちゃいけない、プレゼント。今年は取って置きだ。
まあまだ私のお腹の中で、出てくるのは半年くらい先だけどね。
来年からは、もう一人追加してのクリスマスだ。きっともっと楽しいだろう。
さて、と。さっき来た帰るコールのタイミングからすると、そろそろだな。
さぁ、もうすぐだ。もうすぐ、帰ってくる。
私の大好きな、私を大好きな、大喜くんが。
扇町さんの母もそんな感じでした。
美味しいけど地味なんよ…。