万魔殿の主〜胡散臭いトレーナーとウマ娘たちは日本を驚かせたい   作:仙託びゟ

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大変おまんたせいたしました。


乗りこなす、乗り越える

 秋も深くなってきた10月、世間は色めき立っていた。昨月は日本で二度目の凱旋門賞勝利を、初勝利者であるアイネスフウジンと同じチーム『ミラ』のナリタタイシンが勝ち取り、その翌日のスプリンターズステークスでは、同じくチーム『ミラ』で優勝候補だったビコーペガサスを打ち破り、ヒシアケボノが蹄跡を刻みつけた。

 さらに9月半ばは、ナリタタイシンと因縁深いイズミスイセンが南部杯で勝利し、さらにGⅠ・JpnⅠの勝数でナリタタイシンを超えるまで引退しないことを表明し、ローカルファンを沸かせた。

 どの話題にも、中心にはチーム『ミラ』の姿がある。そして当然、今年のクラシック路線大トリを飾る菊花賞でも、いや、ミスターシービー・シンボリルドルフ以来の2()()()()()()()()がかかっているからこそ、話題を席巻するのは現在二冠を頂いているチーム『ミラ』所属ウマ娘、マーベラスサンデーだった。

 

 特筆すべきは、過去に類を見ないほどに大規模な"領域(ゾーン)"。コース全体はおろか観客席まで包み込み、なおかつレース序盤から終盤まで維持され続ける規格外な、まさに異能と言える力を前にして、菊花賞の出走バ数は30年以上ぶりとなる一桁を記録していた。

 そもそも菊花賞自体、クラシック路線を歩むうえで長距離レース未経験のまま挑まなければならない長距離GⅠレースという最大の壁であり、実力次第では天皇賞のほうが勝ちやすいとさえ言える難関レースだ。

 無茶苦茶とも言えるマーベラスサンデーの"領域(ゾーン)"と、レースそのものの過酷さから、かつての"スーパーカー"のレースを彷彿とさせる出走回避が相次いでいた。

 

 されとて、それでも出走するというウマ娘も存在する。例えばそれは『菊花賞への出走』、あるいは『マーベラスサンデーとの対決』というレースそのものを記念としてであったり、皐月賞、日本ダービーと出走した惰性であったり様々だが、中には当然、マーベラスサンデーに勝利することを目標とする者もいた。

 

「どうだマヤノ、いけるか?」

 

 レース直前、羽原がマヤノトップガンに声を掛ける。天皇賞に出てもマヤノトップガンなら勝ち目があると考えていた彼だったが、マヤノトップガンが菊花賞に、正確にはマーベラスサンデーに対する勝利にこだわったためここを選んだ。

 羽原にはあの"領域(ゾーン)"の攻略方法はまだわからない。だが、マヤノトップガンは"領域(ゾーン)"の攻略方法自体はわかっているのだという。だから、羽原はマヤノトップガンを信じ、自身にできる最高の仕上げをおこなってこの菊花賞の舞台に立たせた。

 

「ダイジョーブ! トレーナーちゃんに菊の盾、プレゼントするから! トレーナーちゃんは信じて待っててね! ユーコピー?」

 

 マヤノトップガンの態度に気負いはない。いつも通りの自然体だ。ならば、自分が変にプレッシャーを与えないほうがいい。そう判断し、羽原はマヤノトップガンをただ送り出すことにした。

 

「アイコピー! なら、勝ってこいマヤノ!」

 

「アイコピー! イエッサー!」

 

 

 

 ゲート入りはすぐに済んだ。やはり、普段の半分程度しか出走者がいないというのは大きい。マヤノトップガンが意識を向けるマーベラスサンデーは流石の調子良好。長丁場とはいえ、途中で"領域(ゾーン)"が切れることは期待できない。

 だが、マヤノトップガンにはマーベラスサンデーの"領域(ゾーン)"に対抗する自信があった。それは自分と、あるいはナイスネイチャ辺りにのみ許された秘密作戦。

 

 ゲートが開き、"領域(ゾーン)"が広がる。菊の舞台が、マーベラスサンデーの世界に侵食される。その中で。

 

「(無線封鎖、チャフ散布……)」

 

 マヤノトップガンは息を潜める。彼女の感じ取ったマーベラスサンデーの"領域(ゾーン)"の正体。それは、規格外の感受性と共感能力。その場の雰囲気を掴み、主導権を握り、自分の世界に巻き込み、空気を我がものとし、自分のノリで誰もかもを乗せていく一種の人心掌握術。

 そんな才能にウマソウルの起こす共有幻覚という"領域(ゾーン)"の特性が乗ることで相乗効果を起こし、自身と相手をリンクさせることで、広範囲、高強度での幻覚を可能としている。

 であればその対抗策とは『共感しないこと』。空気を読まず、冷笑的に一歩距離を置く。あるいは心を閉ざす。相手のノリに付き合わないこと。

 

「(これ、結構難しいんだけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()!)」

 

 それこそが秘策。マーベラスサンデーは雰囲気を掴むという才能によって"領域(ゾーン)"を運用しているが故に、日常的に"領域(ゾーン)"が展開されるという異常事態が起こっている。

 故に、マーベラスサンデーに親しい者であれば、その"領域(ゾーン)"を体験し、対抗策を練習する機会は多い。

 

「(あとはこのまま走れれば普通のレース……純粋な実力勝負だよ! マベちん!)」

 

 問題はここから。持久力に定評のあるチーム『ミラ』を相手に長距離レース。本来ならそれだけでも非常に厳しい勝負になるのだが、マヤノトップガンは日本ダービーの時期からここを見据えてトレーニングを積んできた。

 一方、観客からは、"領域(ゾーン)"の中をマヤノが自由自在に走っているように見えている。正直、マーベラスサンデーの一強だと思っていた観客は予想外の健闘に興奮し歓声が上がる。

 

「うわぁ、言っちゃ悪いけど流石マヤノだわ……どうすんのトレーナーさん?」

 

 関係者観覧席のナイスネイチャが網へ尋ねる。マーベラスサンデーは"領域(ゾーン)"こそ規格外だが、レースへの対応力はそれほど高くない。トレーニングを積んではいるものの、ことレースにおいて天才的と言えるマヤノトップガンを相手にどこまで戦えるのか。

 

「まぁそれ以前に、マヤノトップガンなら知っているでしょうが、別にマーベラスサンデーの"領域(ゾーン)"は、全員に同じ強度でなければならないわけでもありません」

 

 マヤノトップガンの足元にクレバスが現れる。チャフ粒子が足場となり、マヤノトップガンがその上を走り抜ける。倒壊する遺跡はマヤノトップガンへ迫る前に粒子と消え、ヒグマはチャフに怯み逃げる。

 あくまでもそれは幻覚に過ぎない。しかし、そこで起こっているのは精神力の激しいせめぎあいだ。怒涛のように押し寄せる障害物の波は、マーベラスサンデーがマヤノトップガンを"領域(ゾーン)"へ引きずり込もうとしている証左。

 他の出走者に割かれていたマーベラスサンデーの意識リソースが、マヤノトップガンに集中する。もはや、精神がガリガリと削れていっているようにさえ感じる高負荷の中で、マヤノトップガンは笑う。

 その様子を、羽原は関係者観覧席で祈るように観ていた。

 長距離の適性だけならマヤノトップガンの方がマーベラスサンデーより上。しかし、一度マーベラスサンデーの"領域(ゾーン)"を受けてしまえば、それだけで勝負はひっくり返る。

 

 そして最終コーナー直前、そのときが訪れる。

 大高波の幻覚にのみこまれるマヤノトップガン。観覧席からは落胆の声があがり、羽原は見ていられないとばかりに目を覆う。

 しかし、それで終わりではなかった。

 

 それはマーベラスサンデーの、他者影響の極地ともいえる"領域(ゾーン)"とは正反対。ある意味では、もっとも『()()()』に近い領域。

 

「マヤ、わかっちゃった」

 

 景色が止まる。情報が減速する。常人ならまずもって理解しきれない量の情報は、マヤノトップガンの特殊な思考のショートカットをもってランディング(乗りこな)される。

 マヤノトップガンが導き出し続けるのは常にその場の最適解。彼女自身の才能を補助するように、マヤノトップガンの構築した"領域(ゾーン)"はただひたすらに彼女の集中力を高めていく。

 思考回路の異なる相手に共感など通用しない。もはや、"領域(ゾーン)"の優位性は完全にひっくり返った。

 

『これは番狂わせ! 下馬評を覆し、マヤノトップガン!! マーベラスサンデーは追いつけない!! 最終直線、先頭で突っ込んでくるのはマヤノトップガンだ!!』

 

 2年連続の三冠は成らず。

 しかし、マヤノトップガンを批判する声はあがらないだろう。それだけのものをマヤノトップガンは乗り越えたのだ。

 

 菊花賞、勝者はマヤノトップガン。

 マーベラスサンデーはその日、再び挑戦者になった。

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