「ガノトトスの尾の下に広がる異空間に飲み込まれ、この村に来た」

小さな村に突如現れたイミフな証言をする老人と、経験の浅いハンターのお話。

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粗い魚竜の尾の下で見た夢

 

 

 

 目を閉じれば、潮の香りと穏やかな波の音、遠くから聴こえてくる海鳥の鳴き声。

 そこに子供のはしゃぐ声と大人の会話。

 

「めちゃ平和」

 

 なんとなく出た言葉は端的な感想になった。

 

「何1人でぼーっとしてんだ。暇なら他の人の手伝いしてこいよ」

「私は今休憩中。父さんこそ手伝いしてきなよ」

 

 人が平和を堪能していたのに、空気の読めない父の声がした。いつの間に隣にいたんだ。

 サボりを咎めるような物言いに少しいらっとしながら言い返せば、

 

「わしはいいんだよ。戦力外通告もらったしな!」

 

 誇らしげにめちゃダメな報告をしやがった。

 

「かわいそう」

「淡々と言うぐらいなら慰めろ……」

「自業自得じゃん。いつも街まで行って遊び呆けて……お腹も腕もたぷんたぷんの贅肉だし」

「さわるなさわるな。高貴な肉だぞ」

「高貴とかウケる。街まで出荷しないとだ」

「ウケるなウケるな。父を出荷するな」

 

 そんな他愛のない会話をしていたら正午を告げる鐘の音が響いた。

 

「お、もうそんな時間か。わしは仕事に行ってくる。帰りは早ければ4日後くらいになるかもなぁ」

「はいはい。今回で一段落つきそうなの?」

「いんや、調子が悪そうだからなぁ。帰ってもまたすぐに出る必要があるかもしれん。祭りに出れないかもなぁ」

「りょーかーい。街で楽しんでまた太ってら~」

「ほ、ほんとに仕事なんだからな!」

 

 いい歳して不貞腐れたような物言い。まあ実際仕事であることは知っているけど。

 父は街で編集の仕事をしている。しかし、打ち合わせや校正のために街まで行っているのだが、日に日に太っているあたり空き時間は絶対豪遊していると思う。

 

「というかお前もたまにはわしを見習って働け」

「んな!! 私はちゃんと働いて……いる……よ?」

「負い目が溢れた返事だな。これだから臆病ハンターは」

「うっさい! さっさと行ってこい!」

「反抗期反抗期」

「はやく行けデブ!」

「弱虫が泣く前に行くか。村の手伝いくらいはちゃんとするんだぞ~」

 

 なんてムカつく父なんだろう。あのデブ親父め。最近はデブという単語に開き直りつつあるし厄介だ。最初の頃は傷ついていたのに……

 まああんなデブ親父のことは忘れよう。別にデブの言葉なんてどうでもいいけど、近くの島まで狩りにでも行こうか……いや、それより祭りの準備を手伝おう。この辺りは本当にモンスターが少ないし、狩りに行こうものならただの散歩で終わってしまうし。

 

 そんな考えから村人が集まっているとこに向かえば、なんだか奇妙な雰囲気だった。

 作業中というより、なんだか審議中? 何か囲って話し合いをしているようだ。

 

「何かあったんです?」

 

 そう声をかけながら集団に入れば……

 

「え、し、死体……?」

 

 老人の死骸があった。

 

 状況が飲み込めない。なんでみんなで死体を囲んでいるんだ。というかこの死体は誰だ。この村の人のではない。でも何故だか見たことあるような気がする。というかこの死体はどこから出たんだ。ほんのちょっと前まではなかったはずだ。

 

「落ち着いてメタちゃん。死体じゃないよ、この人」

 

 メタちゃん、とは私のことだ。いつまでもちゃん付けなのは恥ずかしいが……って今はそんなことどうでもいい。

 

「いや、どう見ても死体にしか……あ、動いた。死体が動いた!? ゾンビ!?」

「だから落ち着いてって。ぞんび?ってやつじゃないよきっと」

 

 ゾンビじゃない? でも死体が動くのはゾンビでは。あ、そうか、ゾンビなんて言葉、街で流行ってる空物語譚にしか出てこないからこの村じゃ伝わらないのか。知らず知らずに父の影響が。くそ、あのデブ親父め。私に架空知識を植え付けやがって。

 

「いつの間にかここに倒れてたのよ。さっきまでいなかったのに。それに、何かの病気を持ってるかもしれないから触るに触れなくてねぇ……」

「骨と皮だけに見えるんだ。ただ痩せた爺さん、には見えねえよ。呼吸してるみたいだから生きてはいるんだろうけどな」

 

 周囲でそんな意見が出る中、意識が覚醒してきたのかゾンビが、もとい死体一歩手前の老人がゆっくりと顔を上げる。

 

「うぅ……わしは……生きている、のか……?」

 

 老人の口から出たしゃがれ声は死骸のような容姿もあって不気味に聞こえる。失礼な感想すぎるか。

 どう声を掛けたものかとみんな悩んでいるのだろう。誰も何も言わず老人の出方を伺う。かくいう私もその1人だ。

 すると脳裏にデブ親父の声が浮かんだ。

 

『これだから臆病ハンターは』

 

 ここにいないのにあのデブめ! 私は臆病じゃない! 平和すぎて狩りに出れないだけだ!

 

 そんな謎反抗心が私を動かした。ここにあのデブはいないというのに。

 

 老人の上体を起きれるよう支えながら声をかける。

 

「大丈夫ですか? 身体は動かせます?」

「あ、ああ……ありがとう。少し意識を失っていただけで大丈夫だ」

「意識を失う時点で大丈夫じゃないんだけど……」

 

 普通に暮らしていたら意識を失う場面とか出くわさないよ。大丈夫とは言えないよ。

 

「メタちゃん、変な病気持ってるかも知れねぇんだ。すぐ離れた方が……」

「そうですね、みんなは道を開けてください。体力が有り余ってる私がこの人を看ますんで!」

 

 やや離れて見る村の人たちに宣言。反対の声はあがらない。

 

 とりあえずこの人を家まで案内しよう。幸い私の家は私しか住んでいないし、この人を連れていっても誰にも迷惑をかけない。デブはなかなか帰ってこないしね。

 

「ちょっと身体起こしますよーっと。よいしょー」

「すまんな……」

「いいってことよ」

「ふ、フフ……」

 

 最近見た笑譚の返しをしたら老人が笑った。マイナーなやつだから伝わらないと思ったのに、案外この老人は読書の虫かもしれない。

 

 にしても、めちゃ軽い。この老人の体重がだ。見た目通り骨と皮だけではと思ってしまう。

 まるで骸のようだ。

 

 家までおぶりながら連れて行き、居間の椅子に座れるように下ろす。

 

「ここ、は……」

「私の家です。お水持ってきますね、少し待っててください」

「ああ、ありがとう」

 

 喉が乾いているだろうと思って台所に向かう。

 結構意識ははっきりしてそうだし、これから色々尋問タイムだ。

 

 水を持って戻れば家の内装をじっくり見ている老人。そんなにじろじろ見ないでほしい。掃除はたまにしかしてないんだ。

 

「それにしても、似ている……」

「何がです? あ、はい、お水どうぞ」

「いんや、わしの知っている家と似ていて……。お、お前は……!?」

 

 老人が目を見開き、勢いよく立ち上がった。その拍子に椅子が倒れる。

 しかし椅子には見向きもせず老人は私に詰めよって来る。

 

「へぁ?!」

「メタリア! メタリアか!?」

「え、あ、そ、そうですけど!?」

「今までどこに! いったいどうしていたんだ!!」

「ちょ、ちょっと待ってください! おちついて! おちついてー!」

「落ち着いていられるか! よかった! 本当によかっ────」

「落ち着いてってば! 落ち着いてくださいお爺さん!」

「────お爺さん?」

 

 急に老人が止まった。

 なに、こわいこわいこわい。え、お爺さんは禁句だった?

 

「今、わしを、お爺さんと……」

「え、あ、はい……。も、もしかして、実は若かったり……?」

「……」

 

 まじか。無言ってことはまじで若いのか。

 

「す、すみません! そ、その、言い訳になるんですが私の父さんより老けて見えるからお爺さんとしか呼びようがなくて! あ、フォローになってないねこれ!? いや、ほんとあれなんです! うちのデブ親父が年上は敬えって、うるさくて、お爺さんって言うのは敬いからですね、えっと、つまりデブ親父が悪いんで!」

 

 必死の弁明。

 私は悪くないという言葉に老人は、

 

「……そうか、違うんだな。当然か……」

 

 私の弁明が伝わった?

 よくわからない反応だった。

 

「メタリア……いや、お嬢さん。突然騒いですまなかった」

「は、はい?」

「……詫びにはならんかもしれんが、これを受け取ってくれんか」

「これは……」

 

 なんだこれ。お守りっぽい見た目だけど、デザインが頭おかしい、もといめちゃダサい。

 剣に竜が巻きついている姿が描かれたお守りだ。身に付けてると恥ずかしさが込み上げること間違いないだろう。

 ぶっちゃけ要らない。けど要らないですって言ってまた興奮されたら怖いので穏便に受け取ることにした。

 

「ど、どうもです……」

 

 と、そんなことより尋問タイムだ!

 お守りはとりあえずポケットに突っ込んで、老人の椅子を直して座るよう促す。そして対面に私も座った。

 

「ええっと、お爺さ……あーっと、旦那さん?」

「お爺さんで大丈夫だ。呼びやすいように呼んでくれ」

「じゃ、じゃあお爺さんで。これは敬いであってですね!」

「そうやってすぐに自己弁護に走るのはどうかと思うがな。わしはお爺さんで大丈夫だから気にするな」

「は、はい……」

 

 急にめちゃ落ち着いたな、この爺さん。

 

「えっと、お爺さんはどうしてあそこで倒れていたんです?」

「あそこと言うと?」

「村の真ん中です。急にお爺さんが現れたんだとか」

「……なるほど」

 

 少し思案して、爺さんは語った。

 その表情には一切の冗談などなく、真剣そのもので。

 

 

「わしは、ガノトトスの尾の下に広がる異空間に飲み込まれ、この村まで飛ばされたのだ」

 

「バカじゃないの?」

 

 

 思わず素でつっこんでしまった私は悪くない。本当に悪くない。

 

 なんだその意味のわからない展開は。デブの編集している空物語譚でもそんな展開あり得ないっての。

 

「信じられないのも無理はない。わしも言っていて半信半疑だからな。しかし、本当にそうとしか言えんのだ……」

「頭打ったのかもですねー」

「本当にガノトトスに襲われて、尾の下の空間に飲まれたんだ……思えばあのガノトトス、不思議な質感をしていたな……」

「重症ですねー」

「もしくは……これは末期の夢なのかもな。未練がましいわしに天が見せてくれた夢……」

「現実でーす。急にアンニュイに、ポエミーにならないでくださーい」

 

 なんだこの爺さん。

 とりあえず村にどうやって来たか不明、と。

 

「んじゃ次に……あ、そうだ。何かの病気とか持ってます?」

「ないはずだ」

「その痩せっぷりは生活習慣によるもの?」

「……そうかもしれんな」

「なるほどなるほどー」

 

 病気はなし。ただの激痩せ爺さん、と。

 

「あ、名前聞いてませんでしたね」

「…………」

「……えっと、お名前は?」

「その前に、ひとつ聞きたい」

「はい?」

「君のお父さんの名前は何かな」

 

 何故そこでうちの父の名前。まあ意味がわからないけど隠す理由もないし普通に答えるけど。

 父の名前を聞いた爺さんは、特にこれといったリアクションはなく、静かに一言。

 

「そう、か」

 

 と呟いただけだった。

 

 ………………いや、爺さんの名前はなんなの?

 

「それで、ほかに質問は」

「いや!? だからあなたのお名前は!?」

「ああ、そうだったな」

 

 何普通に話を進行しようとしてるんだこの爺。

 

「わしの名前は……ない」

「いや、んなわけないでしょうに」

「ここにわしの名前を呼ぶ者はいない」

「隙あらばポエミーになるのやめてくれません?」

「わしの名前などいいだろう。他に聞きたいことはないのか」

 

 なんなんだこの爺!

 

「このっ……それじゃあ他のこと尋ねますね!」

「うむ」

「えっと……」

 

 ……もう尋ねることなくね?

 病気は持ってないそうだし。自称だけど。

 なんで村に来たのか、は聞いたし。答えは意味不明だったけど。

 名前はないらしいし。絶対嘘だろうけど。

 

「ないのか」

「ない、ですね……」

「では、わしから聞きたい。最近、近くの海岸に白いラギアクルスの死骸が打ち上げられなかったか?」

「へ? いや、そんなことないですけど?」

 

 なんだその質問。

 白いラギアクルスって双界の覇者とも呼ばれるラギアクルス亜種のことだろう。そんな危険な存在が近くの海岸に? そんなことがあったら村は大騒ぎだ。

 あ、でもラギア亜種の死骸なら騒ぎにならない……? いや、騒ぎになるわ。そんな大物の死骸が出る=もっとヤバイ大物がいる。ということになりかねない。老衰するにしても人目がつくような場所で最期を迎えるとは考えづらいし……

 

 まあ、とにかくそんな出来事はなかった。

 

「そうか。まだまだ先なのか……? それともあんな事は起きないのか……?」

「あ、尋ねなきゃいけないことあった! 出身どこです? 近くなら送りますけど。こう見えてハンターですし、道中の安全は確保できますよ。たぶん」

 

 狩り経験全然ないけど。たぶん大丈夫。ファンゴぐらいになら勝てる。

 

「ん? ああ、わしの出身は……故郷は、ここにはない」

「この村じゃないのはわかってますって。んでどこに?」

「……なくなった。古龍に襲われてな」

「……あー、それはなんというか……すみません」

 

 この村は質素なところだから古龍どころか大型の竜にも狙われにくい。だからこそこの村には私しかハンターがいないのだ。

 でも他の村や街はそうもいかないのだろう。発展していればその分資源が多くなる。竜の縄張りに入っていなくとも、気に障って襲われる、なんてこともあるだろう。

 

「……帰るあてがないなら、この村に滞在します?」

「いいのか?」

「まあ、何もないような、めちゃ質素な海辺の村なんで退屈かもですが。空き家は……あ、今年はないや。んーーー、うちに空き部屋ありますし、そこ使います?」

 

 デブ親父の部屋は空き部屋みたいなもんだし。

 

「しかし……」

「遠慮せずにほら。うちは無駄に広いですから。父が帰ってきたら父には母の部屋を使ってもらいますから」

 

 たぶん父さんは反対しないだろう。身寄りのない老人を見捨てた、と言った方が怒りそう。たぶん。あのデブ性格はよろしくないが。それにきっとこの爺さん、父さんと気が合うと思う。きっと読書家だ。この人は。

 それに、初対面のはずなのに何故か懐かしいような、以前会ったことのあるような、とにかく危ない人ではないとなんとなく直感した。

 見た目はゾンビみたいで怖いけども。ゾンビというよりスケルトン?

 

「…………」

「まあ、他に行きたいところがあるなら無理にとは言わないですけど」

「いんや、この村に居たい。この村が好きだからというのもあるが……気になることがある」

 

 この村来たのついさっきでしょうに。なのにもう村が好きとかチョロ爺さんかよ。目が覚めて最初に見た村が大好きになったとか刷り込みかよ。

 

「ひよこ爺さん」

「……それはわしのことか」

「あ、口に出てた!?」

 

 呆れたようなため息をつくな、ひよこ爺め。

 

「呼びやすいようにと言ったのはわしだから構わないが」

「ま、まあとりあえず! この村に、ってかこの家に滞在ってことでいいですね!?」

「うむ。まあ、なんだ。よろしく頼む」

 

 こうして、奇妙な老人が同居人となった。

 村の人からは大丈夫かと心配されたがそこは私の人柄と職による説得力。

 爺さんが暴れてもハンターな私ならあっさり取り抑えれると思うし、人柄も尋問タイムでそんな危なくないと判断しましたと伝えた。

 

 

 

 

 

 その日から、4日後。

 

 父が戻ってくる予定の日だ。

 

「というわけで、今日は私の父さんが戻ってくる日です」

「ふむ」

「デブです」

「……何も言うまい」

「とりあえず爺さんは、素直に自分の事情を話せばいいと思う。ガノトトスがーとかいうあれ。たぶんそれでうちのデブはおもしれー爺さん、って気に入ってくれると思う」

「……否定しづらいな」

 

 面白爺さんとしての自覚があるようでなにより。

 

「まあ、予定通り帰ってくるか怪しいけどね。半々ってとこ。そんなわけで普段通りでいきましょう。はい、いつものように村の手伝いです。今日は網の修繕です」

「う、うむ……。たまにはわしも祭りの手伝いをしたいのだが」

「無理でしょ。爺さん不器用だし」

「網も難しいのだが……」

「慣れたら大丈夫。あ、私は狩りに行ってきます」

「ほう? 珍しいな」

 

 珍しいとか言うな。まあ珍しいけども。

 

「祭りにお肉提供できるようにね。当日にも用意する気だけど、とりあえず干し肉確保して豪勢さを出すためにね」

 

 泳いで魚を獲ることも考えたけど、たまには村の人たちもお肉が食べたかろう。なのでアプトノスやケルビ、ブルファンゴを探してみようと思ったのだ。

 

「それに、うちのデブ親父にちゃんとハンターしてるところをアピールしないとだから! あいつ、私のことを臆病ハンターとかほざいたんだから!」

「お、おう……」

「私が狩りに行かないのはこの村にハンターの需要がないだけだし! まあそりゃ? 大型どころか中型のモンスターの狩猟経験もないけども? 狩った中で一番の大物は大きめのブルファンゴだけだけど?? 機会がないだけで私は臆病ではなく!」

「落ちつけ落ちつけ」

 

 いかんいかん、熱くなりすぎた。

 

「そんなに弁明しなくとも大丈夫だ」

「いや弁明とかじゃなくて!」

「大丈夫だ。お前は臆病なんかではない。誰よりも勇敢だとわしは知っている」

「え、あ、うへへ……」

 

 なんだ急に褒めて。そんな風に褒めてもなにもでないよ。全部干し肉にする予定だったけどひとつくらい持って帰って脂たっぷりなお肉でも晩餐に出そうか。

 

「テレるなテレるな。お前は事実勇敢だ。だが実力がないだけだ」

「上げて落とすのやめてくれます???」

「しかし事実だからなぁ……わしの依頼を達成してくれたハンターたちと比べるとどうしてもな……」

「どんな依頼か知らないし、どんなハンターと比べられたか知らないけどムカつく!」

 

 私の言葉に爺は、ごそごそと鞄から束ねられた羊皮紙を取り出した。

 

「なにそれ」

「わしの依頼の達成報告書だ。狩猟の様子が事細かに書かれていてな。そのハンターたちは4人で狩りをしていたようだが……まあ、実力は確実にこの者たちの方があるだろなぁ」

 

 報告書はパッと見でも丁寧な加工がされた上質な紙だとわかる。ひょっとしてかなり大口の依頼を出していたのかこの爺さん。

 こんな立派な報告書、大型の竜どころか古龍関係の依頼ではないだろうか。見たことないから想像でしかないけど。そんな依頼を達成できちゃうハンターと比べるのはダメだろう。敵うわけないじゃん。

 

「……」

「まあ、物事には順番がある。お前も順番をきちんと踏めば彼らに並べる力を持てたかもな。今は勇敢なだけだが蛮勇ともいうのか?」

「褒めてんのか貶してるのかわっかんないんだけど」

「褒めてるだろうに」

「蛮勇は絶対褒め言葉じゃないからね」

 

 まあ、勇敢というのは嬉しいけども。

 でもこの爺さん、私の何を見て勇敢って評したんだ。4日間勇敢さなんて一切見せたことないけども。

 

「まあ、もう行くね。ちゃんと網の修繕しといてよー?」

「う、うむ」

「修繕が終わったらモリーさん家の赤ちゃんの面倒見てあげて。育児疲れと祭り準備に追われて大変そうなので。あ、メインは網の修繕だからね!」

「わかったわかった。気をつけて行ってきなさい」

「はーい!」

 

 そんな1日の始まり。

 

 なんてことのない、いつもの日常。

 

 村の祭り……豊漁祈願の祭りが近いため色々と準備があるけども、ほぼいつもの日常だ。

 

 だけど、日常から外れる予兆のような出来事があった。

 父さんはその日帰ってこなかったが、これはいつものことだ。もともと早ければ4日後という話だったし、それはいい。

 

 私が村に戻り、モリーさんの家で爺さんと赤ちゃんを見てた時……空が茜色に染まり出した夕方頃。

 

 ひときわ大きな波の音と地響きが村に届いた。

 

 音の発生源はすぐに見つかった。

 

 

 

 村の近くの海岸に、白いラギアクルスの死骸が打ち上げられていた。

 

 

 

 

 

「これはまた、すげぇなぁ」

「大きな竜だねぇ、初めて見たよ」

「こんな大物が近海にいたってことか。今までよく無事だったよな、うちの漁船」

 

 ラギア亜種の死骸の前にて、村人たちが各々に話している。

 大小の差はあれど、驚きの表情がほとんどだ。

 かくいう私も驚いていたが、たぶん村の人たちとは違う驚きも含んでいる。

 

 

『近くの海岸に白いラギアクルスの死骸が打ち上げられなかったか?』

 

 

 未来予知のような爺さんの言葉。

 爺さんの方を見れば────

 

 

「ひっ……」

 

 

 この世のものとは思えないような恐ろしい形相で、ラギアクルスの死骸を……

 いや、ラギアクルスの向こう。茜色に染まりつつある海を睨んでいた。

 

 今まで見たことのない表情をしている爺さんに、恐る恐る話しかける。

 

「ね、ねえ。これって……」

 

 しかし爺さんは私を無視してラギアクルスの死骸の前に立ち、大きな声をあげた。

 

 

「今年の祭りは中止しろ!! そして全員街まで避難するんだ!!」

 

「え、ちょ、ちょっと爺さん!?」

 

 

 いきなり何を言い出すんだ。

 突然の指示に村人たちは戸惑う。私も戸惑いまくる。

 

「祭りを中止って何を勝手に」「避難って何から」「何の説明もなくそんなこと言われても」

 

 みんなの言葉はだいたいこんな感じだ。

 

「これは予兆だ! 海に怪物がいる!! 村はもうじき飲み込まれて滅びる!!!」

「爺さん落ちついて! いきなりそんなこと言われてもみんな困るって!」

「ラギアクルスを餌としか、道具としか見ていない怪物が迫っているのだ!! やつは道具の回収ついでにこの村を食らい尽くす!! 老人も幼子も関係なく、何もかもだ!!!」

 

 ダメだ、すごく興奮していて止まらない。

 

「何言ってんだあの爺さん」「そんな怪物がいるならハンターズギルドから連絡が来るんじゃないのか? 避難しろーって」「だよなぁ」「なんだっけ、古龍監視所?とかいうとこが危ないの見張ってるんだろ?」

 

「ハンターズギルドも古龍観測所もやつの存在にまだ気づいていない! やつは狡猾にも正体を隠しているからだ……!」

「爺さんほんと落ちついて! ね!? さっきから顔がすごい怖いんだよ! とにかくあっち行こ! みなさんご迷惑おかけしましたー!」

「5日後だ! やつが来る5日後までに避難しろ!!」

 

 怒号のような声で喚き続ける爺さんを引きずって、みんなのもとから離れた。

 

 

 

 

 

「落ちついた?」

「……本当なんだ。ラギアクルスの死骸が打ち上げられて5日後、やつが来る……」

 

 さっきよりは落ちついているようだけど……

 

「えーっと……ひとつずつ聞くから、答えてくれる?」

「……ああ」

「爺さんって占い師?」

「違う」

「……これからの未来がわかってます、みたいな発言は何?」

「占い師ではないが、わしにはわかるんだ。わしは知っている……」

 

 ううーん。

 

「占い師って言ってくれた方が信じれるんだけどなぁ」

「……村の者たちは、避難してくれるだろうか」

「……うーん」

 

 たぶんしないんじゃないか、って正直に言っていいものか。

 

「せめてハンターズギルドから避難勧告が出ればまだしも……難しいかなぁ」

「…………メタリア、ハンターズギルドに掛け合って避難勧告を出してもらえないか! ハンターのお前が言えばあるいは!」

「一応ハンターズギルドに報告はするけど……」

 

 海岸に打ち上げられたラギア亜種の件をだけど。まあ一応、爺さんの発言も報告はしてみるか。

 

「急いでも往復で丸1日かかるんだよね、最寄りのハンターズギルドって……」

「5日後までに間に合えばいい」

「……でも避難勧告が出るかは怪しいと思うんだけど」

「どうすれば避難勧告がでる」

 

 えぇ……

 

「えっと、古龍の脅威が迫っているとか……災害が起きうる場所にいるとか……?」

「古龍が海にいるのだ……」

「だとしたら古龍観測所から連絡が来ると思うし……」

「彼らとて全て把握しきっているわけではない……!」

「んー…………、でも冷静に考えて? よくわかんないお爺さんと古龍観測所、どっちを信じるってなるとどう判断するか」

「…………」

 

 爺さんは長い沈黙の後、ぼそりと言った。

 

 

「村に竜を誘き寄せて暴れさせるか」

 

「待って。何テロ予告してんの。いや、ほんとに待って」

 

 

 何危ない発想してんだこの爺さん。

 

「……モンスターを誘き寄せる方法を知らないか?」

「知ってても教えないからね!?」

「本当に必要なことなんだ。最悪を避けるためにも」

「その最悪がただの妄想である可能性を考えてくれない!?」

「妄想ではない。ただのわしの妄想であってほしいが、違うんだ」

「そんなの信じようがないって──」

「…………明日、お前の父が戻ってくる。それから3日間村に残り、5日後の昼にまた街に行く。そのタイミングでやつが海から現れる」

「また予言……占い師ならまだしも……」

「わしは未来がわかる占い師ではない。ではないが、断言する。これは外れない。確実だ。お前の父は、帰ってきてまずお前に土産を渡そうとするが、土産を買い忘れてしまったと言う」

「めちゃ具体的だね……」

「違う結果になったらわしのことは信じなくていい。だが、今の予言と同じ結果が出たら……その時はわしに協力してほしい。頼む……!」

 

 まあ、めちゃ具体的予言だし、外れてたら諦めもついてくれるだろう。

 

「そこまで言うなら……わかったよ」

「ありがとう……! ではわしは行ってくる」

「え、ちょ、どこに!?」

「やらねばならぬことができたのだ。予言の結果は明日の正午にはわかる」

「いや、どこに行くの!」

「ラギアクルスの死骸のある場所だ」

「何しに!」

「確認しに」

 

 なんの、と聞く前に家から出ていった。

 なんなんだ、あの爺さん。

 

 まあモンスターを誘き寄せる方法は知らないだろうし危ないことはしないだろう。そのうち戻ってくると思って放置することにした。

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 

 

「メタリアー、高貴な父が帰ってきーたぞー」

「うわぁ」

 

 爺さんは戻ってこず、代わりにデブ親父が家に戻ってきた。

 

「なんだその出迎えの言葉は。わしの帰りが不満みたいな」

「第一声の図々しさにひいてんの。伝わらない?」

「反抗期が本当に長いなまったく。まあいい。それより街で面白いものを見かけてな」

「村はごたごたなのにいいご身分で」

「何かあったのか?」

 

 海岸まで見に行ってないのか。家に真っ直ぐ向かってきたのか。

 

「海岸にラギアクルスが打ち上げられたんだよ」

「なんでまた」

「わかんない。死骸だったけども……大型の竜が村の近くにいたってなると不安も多くなるだろうから、こう、ね?」

「祭りが中止になるかも、か」

 

 そうはならないと思うけども。まあ中止推進派が1人いるけども。

 

「そんなわけで私はギルドに報告するため街に行くことに。死骸とはいえ竜関連はこんな辺鄙な村だとほんと面倒で嫌になる」

「ふむ……」

「あ、で何だっけ。街で面白いもの見つけたって」

「あ、ああ。お前への土産に買おうと思ったんだが……その、なんだ。買うのを忘れてしまってな」

「…………まじか」

「すまんなぁ」

 

 まじか。

 土産を忘れたことにショックを受けていると思われたのか、何度も謝ってくる父。

 別に土産が欲しかったわけではない。それより爺さんの予言が的中したことに驚いているのだ。

 そしてダメ出しのように。

 

「お、ちょうど昼か。たまにはわしが何か作ってやろうか」

 

 正午を告げる鐘の音が鳴った。

 

 

『予言の結果は明日の正午にはわかる』

 

 

 ……恐ろしいほどに的中している。

 時間まで正確とか、これで占い師じゃないってじゃあなんなんだ。

 

「父さん、ちょっと出てくる」

「うん? もう街に行くのか?」

「いや、ご飯食べてからだけど。あ、作るなら3人分用意しといて」

「3人?」

「あとで説明するから、んじゃ行ってくる」

 

 爺さんはラギア亜種の死骸の場所にいるんだっけ。あれからずっと? まあとにかく向かってみるか。

 

 ラギア亜種のいた海岸には爺さんがいた。

 手にはナイフを持って仰向けに倒れている。

 

「……何やってたの」

「ああ、メタリアか。ラギアクルスの解体をしようとしていたのだが……難しいな。全然バラせない」

「普通のナイフじゃそりゃ無理だよ」

「そうなのか?」

 

 竜の解体となれば普通のナイフじゃ刃がすぐにダメになる。解体用の、剥ぎ取りナイフじゃないと。

 未来のことは知っているのにそういう解体知識はないのか。なんとも不思議な爺さんだ。

 

「それで、予言はどうだった」

「……当たってた」

「やはりそうか」

「…………ほんとに海に怪物がいるの? 村を滅ぼすような」

「いる。間違いない」

 

 昨日までは全く無かった信憑性が、今はとても高い。その信憑性のせいでろくでもない未来が迫っている恐怖を感じる。

 

「そいつはどんなやつなの」

「双頭の骸」

「……なにそれ」

「双頭骸骨の龍……そう、思っていた」

 

 双頭ってだけでも信じがたいのに、骸骨の龍? そんなゾンビみたいな存在が実在するとでも言うのか。

 

「自らの正体をひた隠し、他者の亡骸を利用して犠牲者を増やし続ける古龍。憎きその名は……オストガロア。骸龍、オストガロアだ」

 

 聞いたことのない古龍の名だ。私の勉強不足というのもあるかもしれないが。

 

「報告書の通りなら、おそらくやつはラギアクルスの死骸を……この背中の甲殻を狙ってやってくる」

「背中の甲殻……背電殻? 龍が背電殻を?」

「やつは他者の亡骸を武器にするそうだ。肉を貪り、骨を利用し、どこまでも他者の尊厳を踏みにじる……! 報告書を読めば読むほど、反吐が出る生態だ……!!」

 

 また爺さんが恐ろしい形相になっている。

 

「わ、私はその存在がいることをハンターズギルドに報告すればいいの?」

「ああ、頼む。だが動いてくれるかどうか不安だ。だからいくつか用意してほしいものがある」

「えっと、何?」

 

 まさかモンスターを誘き寄せる何かとか?

 

「モンスターの鳴き声を大きな音にして再現できるものと、大量の火薬。それと大量の肉。肉は腐っていても構わない。とにかく多くだ」

「い、一応聞くけど、なんのため?」

「村の近くに危険なモンスターが出たと村人に錯覚させたい。やつが来る日に村を無人にしたいからな」

「なるほど」

 

 村をモンスターに襲わせるーとかじゃなくて良かった。さすがにテロ行為は躊躇するし。

 

「ハンターズギルドから避難勧告が出れば一番なんだがな……」

「……爺さんも私と報告に来ない? 色々知ってそうだし」

「いんや、わしはここで備えておきたい。報告はメタリアに任せる」

「備えるってどうすんの」

「コイツをバラす」

 

 そう言ってラギア亜種を指差す。

 

「……どうやって?」

「……金槌で刃が立てればいいんだがな。とにかくやらなくてはならん」

 

 ……仕方ない。

 

「剥ぎ取ってから街に行くよ。爺さんだけじゃ4日後に間に合わないよ」

「しかし報告が遅れては……」

「剥ぎ取り用のナイフがあるから丸1日掛かるなんてことないから。1時間も掛からないよきっと」

「そうなのか」

「まずはご飯ご飯。デブが3人分作ってくれてるからお昼食べよ」

「……せっかくだが、わしは遠慮しておこう。バラすこと以外にもやりたいことがあるからな」

「腹が減ってちゃ動けないと思うんだけど」

「泥水をも啜って生きてきたわしの生命力をなめるな」

「生き汚そう」

「すまんが、ラギアクルスは持ち運びやすいようにしておいてくれ」

 

 本当にお昼ご飯はいらないのか、いくつかの工具を手に爺さんはどこかへ向かっていく。

 

 てか持ち運びやすいようにって……バラバラにまで解体しろと? え、鱗とか甲殻とかを剥がすだけじゃなく?

 

「……激務じゃん」

 

 

 

 

 バラバラにまで解体なんてしたことがなかった。私が経験の浅いハンターだからだろうか。というか普通ハンターはそういうことしないと思うんだ。

 しかし、なんというか……ハンターっぽくない行為だったのにハンターとしてめちゃ勉強できた気がする。どの部位が柔らかいか、どう刃を差し込めばより効率的に深く刺せるか、そんな勉強ができてしまった。

 まあ、勉強後は猟奇的なものだけど。

 いい経験になったけど、昼ご飯を食べてから1時間どころか半日も掛けてしまった。今から街に向かうのは時間的に厳しい。街の門は閉まっているだろうし、明日の早朝に出るか……

 

 爺さんは……どこに行ったかわからない。まあお腹がすいたら戻ってくるだろうし、デブ親父に爺さんのこと伝えてっと。

 

 ちなみに父さんは爺さんの話を聞いて「おもしれー爺さんだな。話してみたいな」と気に入ってた様子。発言が予想通りすぎて少し笑ってしまった。

 

 

 

 

 そんなこんなで翌日、早朝に村を出て、街についたのは昼過ぎとなった。

 

 街についてすぐにハンターズギルドに向かい報告する。

 本当はギルドマネージャーとかに話したかったが、まずは受付嬢を通さないとというわけで。

 

「ラギアクルス亜種の死体が海岸に、ですか」

「はい。何かと交戦したのか、身体はあちこちボロボロで、解体したら全身の骨が折れていました」

「なるほど、骨が……え、解体?」

 

 うん、普通は解体しないよね。一部位だけとかでなく全身だからね。竜の全身解体なんてそういう研究所とかじゃないと普通はないよね。

 

「それと……何か知ってそうな方がちょうど村にいまして」

「はぁ」

「村の近くに、海に古龍が来ている、と。すぐに避難するべきだと言ってまして。だけど村の人たちは避難に前向きじゃなくて……それでギルドから避難勧告を出してほしいんです」

 

 この報告にたいしてハンターズギルドは。

 

 

 

 

 

 

「やっぱりこうなるよねぇ……」

 

 ラギア亜種については気になる点ではあるが、避難勧告を出すほどのものか現状判断がつかない。海の古龍についても真偽不明なため観測所に連絡し、観察を行うから判断は待ってほしい、と。

 

 まあそんな予感はしていた。経験も実績も全くないハンターと、出自不明の爺さんの報告では難しいだろうとは。

 

 となれば、村人に自主的避難をしてもらうしかない。それはつまり、近隣に危険なモンスターが出たと錯覚させる作戦。

 

「そのための物は……買うしかないかぁ」

 

 必要になるものは、鳴き袋や火薬、それに大量の肉……。肉ってほんとに必要なの? 鳴き袋と火薬はわかるけども。

 まあ所持金の問題から肉は村に戻る道から逸れたところにある森で頑張って狩ろう。勝手な狩猟としてギルドから怒られそうだけど。

 

「ハンター資格剥奪もありえるかなぁ……嫌だなぁ……。い、いや! 構うもんか!」

 

 ええい、優先順位を間違えるな私。

 私の職か村の人たちの命、天秤にかけるまでもないだろうに。

 

「よし! まずは大量の火薬だ!!」

 

 気合いを入れ直して宣言すれば、周りから危ない人を見る目で見られたので慌てて言い訳。

 

「か、崩れた洞窟を火薬でこう、ね! そのために、ね!!」

 

 危ないやつを見る目は変わらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 村に戻ったのはさらに翌日の朝。つまり古龍襲撃まで残り2日しかない。

 

「うお、すごい大荷物だな。報告に行っただけじゃなかったのか?」

「まあ、ね……ちょっと気になるものが多くて……めちゃ重たい……」

 

 家に大荷物で戻れば父さんの出迎え。村の入り口まではアプトノス車に荷物を積んでいたが、家までは自分の力のみ。めちゃしんどい。

 火薬に肉に鳴き袋だけでなく、自分なりに必要かなと考えて買ったものもいくつか。音爆弾や角笛。あとから考えたら関係なさそうなケムリ玉や閃光玉、捕獲用麻酔玉。

 

 うん、余計なもの買いすぎたかも知れない。

 

 それはそうと、村の様子は普段通りだ。祭りの準備は着々と進んでいる。いや、普段より少し人が多いかもしれない。祭りが近いからか、出稼ぎに出ていた人たちも戻ってきているのかも。

 見える景色は平和そのもの。あの爺さんの言葉は世迷言だと思えてしまう。だけどそんなことないのだろう。

 

「父さん、爺さんは?」

「わからん。何度か家に来たんだが、飯を食ってはすぐどっかに行ってなぁ。全然話せてないんだ」

「まあ今は少し不味い状況だからね」

 

 のんびり談笑なんてしてられないのだろう。

 

「……あと2日でこの村が消えるって言ったら、信じられる?」

「は? ……ふむ、なかなか面白い導入だな。未来を知って抗う主人公。なかなかいいじゃないか。わしは好きだぞ、そういうの」

「物語譚のネタとかじゃなくって……」

 

 ダメだこのデブ。

 そもそも父さんが信じてくれたとしても何も戦力にはならないか。

 

「カカカッ。2日後か。わしはちょうど街に行く日だな。わしは無事に逃げれるわけだ」

「はいはい、羨ましい限りで」

「その時はお前もわしと一緒に逃げるか?」

「私はハンターなんで~、抗うんで~」

「臆病なハンターの抗いで解決できるならたいした危機ではなさそうだな。安心だ!」

「めちゃウザい!」

 

 臆病臆病とうるさいデブだ。こんなデブは無視して動こう。

 家に荷物を下ろすよりラギア亜種の死骸のもとまで運ぼう。これをどう扱うかは爺さんが考えているだろうし。

 

 そんな考えからラギア亜種の死骸があった場所に行けば……

 

「あれ? ここじゃなかったっけ……」

 

 死骸がなくなっている。どこかへ運んだのだろうか。運びやすいように解体って言ってたし。

 

「メタリア、戻ってきたか」

「あ、爺さん。ラギアクルスどうしたの」

「村から遠ざけた。それにしても……わしが頼んだとはいえすごい大荷物だな」

「頼まれてないものも結構混ざってるけどね」

「わしはハンターではない。ハンターのお前が役に立つと考えたものなのだろう。ありがたい」

 

 無駄遣いと言われるかなと思ったけど優しい。この優しさをうちの父は見習うべきだ。

 

「わしの方でも村で使えそうなものを探してみた。場所を変えて作戦会議といくか」

「ん」

 

 そう言って海岸に沿って村から離れていく。

 

 しばらくして、ラギア亜種のバラバラになった身体が見えてくる。それに地面に散らばるさまざまな道具。

 振り向けば村は随分と小さく見える。

 

「めちゃ……遠くに、運んだん、だね……」

「だ、大丈夫か?」

「さすがに、この荷物、を、運び続けるのは、めちゃしんどい……」

 

 荷物を下ろしてバターンと砂浜に倒れた。

 

 あー、空がめちゃ青い。風が気持ちいい。

 

「くさーい」

「うむ、腐臭がひどいな」

「こんなの食いに来るの? その古龍って」

「骨を利用しに来る。肉はおまけだろうな」

 

 骨を利用……

 

「なんでそんなことするんだろうね。ってか本当に骨がメイン目的なの?」

「……わからん。肉がメインで骨はついでかもしれん。どちらにせよ、ここに骨も肉もあれば小さな村に気づかないかもしれない」

 

 そのための大量の肉ね。

 

「だが念のためにも村の者には避難してもらいたいからな……」

「んじゃ、めちゃ大きい音を鳴らして、それを私が確認しに行って、村にヤバいやつが来たからみんな逃げろーって騒げばいけるかな?」

「そうだな。わしがやるより説得力が高いだろう。それでいこう」

 

 私の演技力次第でもあるけど、まあやり遂げないとだ。古龍とやり合わずに済むためにも。まあ私じゃやり合うことなんてできずに殺られてしまうだろうけど。

 

「それにしても……ほんと臭いなぁ」

「メタリアは村に戻っていいぞ。あとはわしだけで大丈夫だ。明日、この付近で轟音を鳴らす」

「そこにハンターの私が確認に向かって、危険なモンスターがいるよ大作戦だね。おっけ」

 

 私の本番は明日だ。それまでに轟音予定地でこそこそしてるのがバレたら変な疑念が生まれてしまうかもしれない。だから素直に村に戻ろう。

 まあぶっちゃけ、荷物運びに疲れたから休みたいって気持ちの方が大きいだけだけど。

 

 爺さんを残して村へと歩みを進める。一瞬影が私を通りすぎて行った。

 

「……?」

 

 しかし見上げても何も見当たらない。鳥がちょうど重なったのかな?

 そんなに大きな影じゃなかったし、まあどうでもいいか。

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 

 古龍襲撃まで残り1日を切った。

 

 今日で村のみんなを避難させる。

 

「いよいよ、か……」

「どうしたメタリア。そんな張りつめた顔して、似合ってないぞ」

「デブは気楽でいいなぁ」

「今、お前はわしだけでなくあらゆるデブを敵に回した」

 

 具体的な時間は決まってないが、今日で轟音が鳴る。

 轟音が鳴ったらまずは村の人たちに、私が確認しにいくと伝えなくては。ただの鳴き袋や火薬の爆発だと誰にも悟られてはいけない。つまり轟音現場を目撃されてはいけないのだ。

 

 音がなったら、初動が肝心。誰よりも早く動かないとだ。

 

 いつ鳴るんだろう。あー、緊張がヤバい。気が休まらない。

 

 自分の心音がうるさく感じていた時だった。

 

 

 ずしん。

 

 

 文字にすればシンプルな音。それが大きな地響きと共に村を……いや、近くの海岸を襲った。

 

「お、おおぅ!? なんだ今の音は!?」

 

 父さんの慌てる声に、私は逆に冷静になれた。先ほどまでの緊張はなくなり、今の轟音はついに来たスタートの合図にしか聞こえなかった。

 

「私、見てくる!」

「メタリア!?」

 

 まずは村の中心にいかないと。他の村人が音の発生源へ行こうとする前に纏めないと────?

 

 

 自然と足が、止まった。

 

 

「なに……あれ……」

 

 

 海岸に巨大な龍がいた。

 

 その姿は双頭の異形。本来肉や皮、鱗が覆うであろう胴体は骨が剥き出しになっており、長く伸びる首もやはり剥き出しの骨。

 

 骸の異形龍。そうとしか形容できない存在が、遠目からでもわかった。

 それはつまり、遠目からでも異形の龍とわかる大きさだとも伝えていて。

 

「な、なんだよあれ……」

「化け物……」

 

 当然、村の人たちも気づく。怪物の存在に。

 そして誰もが唖然としている。

 

 なんで、どうして。

 明日じゃないのか。あれが現れるのは。なんで今日。

 

 いや、それよりも……あの龍はどう動くんだ。

 

 落ち着け。落ち着け私。

 あそこはきっとラギア亜種の死骸があった場所。つまりやつは死骸目的で来たんだ。この村を狙ってではない。

 村の存在にはまだ気づいていないはずだ。目的のものを回収したならそのまま海に帰るはずだ。

 

「────っ!?」

 

 骸龍の双頭はこちらを見ていない。首の向きは村を見ていない。

 

 だけど、直観した。

 

 

 見られた。

 

 気づかれている。

 

 

「っみんな! すぐに逃げ──」

 

 

 言い切る前に、龍の胴体から奇妙な液塊が村に向かって発射された。

 

 阿鼻叫喚。

 それまでの唖然と、現実味のない悪夢を見せられていたかのように立ち尽くしていたみんなが、悲鳴をあげてパニックに陥る。

 

「全員逃げろ、逃げろ!!」

「だ、誰か! これを剥がしてくれ!! ひっついて取れないんだ!」

「逃げるってどこに!」

 

 粘液塊に殺傷力はあまりない?

 いや、これは捕縛目的のものだ。獲物を逃がさないための網だ。

 

「メタリア! 何ボサッとしているんだ!! 早く逃げるぞ!!」

 

 騒ぎに外へと出てきた父が私の手を掴み逃げるよう言った。

 

 そうだ、逃げないと。

 あれはダメだ。挑んではダメなやつだ。

 

 みんなで逃げないと、じゃないとみんな死んじゃう。

 

 

 ────でも、あれから本当に逃げきれる?

 

 

 無理だ。きっとあれからは逃げられない。

 あんな存在、見たことも聞いたこともないんだ。あんな目立つものが。なのに情報が今までなかったなんて、目撃者は誰も逃げることが叶わず散ったということじゃないか。

 だから逃げられない。普通に逃げることは絶対に無理だ。

 

「メタリア!」

「父さん、は、みんなと一緒に、逃げて」

 

 ああ、ダメだ。声が震えてしまう。

 でも、そうだ。私が一番可能性があるんだ。私しかできそうにないんだ。

 

 

「わた、しが、あいつの注意を……引くから……」

 

「メタリア、何を言っている!!」

 

「大丈夫、私は、負けないから。勝つから」

 

「メタリア!!!」

 

 

 普段やる依頼と一緒だ。メインターゲットさえ達成したらいい。

 

 今の私のメインターゲットはなんだ。大事な目標はなんだ。

 

 みんなを逃がすことだ。

 

 

「メタリア! バカな真似はよせ!!」

 

「早く逃げてよ!」

 

 

 父さんの止める言葉を振り切り、龍のもとへと走る。

 爺さんは無事だろうか。あの龍の近くにいたはずだ。彼も逃がさないと。

 

 向かう途中も何発もあの粘液塊が村に向かって発射される。

 

 向かってくるやつは無視して、逃げようとする人たちを優先するなんて、反吐が出る。

 

 ハンターカリンガだからってなめるなよ。

 私にはラギア亜種を解体した経験があるんだ。首長の竜の解体経験があるんだから。

 

 そんな自己暗示しつつ、走る速度をあげていく。もうどれだけの粘液塊が村に撃たれたかわからない。いくら殺傷力が低いとはいえ、何発も撃ち込まれていいものではないはずだ。

 

 焦燥感ばかり胸中に募らせながら、ようやく龍のもとへとたどり着き、首の根元にハンターカリンガを突き刺そうとした。

 

 大丈夫、甲殻を避ける要領で刺せばいい。露出している骨の隙間を狙えばいい。

 

 そう考えて突き刺した感触は、予想と違う手応え。

 

「……っどこまでも気持ち悪い!」

 

 骨の下の感触は、肉だ。筋肉の感触。骨と肉の配置が逆になっている。生物としてありえない。

 

 いや、そうだ。あの爺さんは言ってたじゃないか。

 

 

『自らの正体をひた隠し、他者の亡骸を利用して犠牲者を増やし続ける』

 

 

 この外の骨は、犠牲者の骨。

 

 骨の下にこいつは隠れている。嫌悪感が激しくなる。

 

 自然と睨みつけると、気づいた。

 この怪物が動かなかった理由がわかった。

 ラギア亜種の死骸を貪っているだけではない。私の用意した肉を貪っているだけではない。

 

「そこが本当の口って、気持ち悪い……!」

 

 骸の胴体の下に隠していた口が見えた。その口で、新たな血肉を貪っている。骸頭とは反対側の、背中側と思っていた位置にある口で。

 新たな血肉の正体はガブラスだ。腐肉、死肉を貪るガブラスだ。

 こいつらがきっと、ラギア亜種や肉に群がっていたのだろう。そしてそこにこの異形が来た。

 あの爺さんは、初撃でやられたのだろうか。見当たらない。準備中のところに、急に来たのか。

 

 ガブラスは不吉の予兆と言われているのは知ってたけど、予兆も予言もバカにできないものだと体感できるなんて。

 

 骸の下に隠れた奴の本当の目が、私を捉えた気がした。

 さっき突き刺した者にようやく気づいたのか。

 

 

 しかし、この怪物はまたも、村に向かって粘液塊を発射した。

 

 

「な!? この……っ!」

 

 まだ私を無視して村を狙いやがって。

 私を無視できないようにその目にカリンガを突き立ててや───!?

 

 横から強い衝撃が襲い、吹き飛ばされる。

 その拍子にハンターカリンガを落としてしまった。

 

 見れば骸の頭が鎌首をもたげていた。

 

 あー、ムカつく。無視してたわけじゃなく、いつでも潰せるからって放置してた感じか。気持ち悪い。

 

 まるで腕を振りかぶるように、骸頭が掲げられる。せめてもの抵抗にと手に取ったものを確認せずに投げた。

 

 途端、耳が痛くなるような高音が発生。音爆弾だったようだ。

 

 言ってしまえばただの音。

 そんなただの高周波音によって、骸頭が苦しむように悶え伸び、骨がぼとりぼとりと剥がれ落ちた。

 

 無理やり纏わせていた骨だから? 高周波が有効? それとも大きな音?

 

 なんだっていい。これはいい情報だ。

 

 痛む身体を無視して起き上がり、音爆弾を持てるだけ持つ。これなら勝てる。

 

 そう確信し、もう1本の骸頭に音爆弾を投げれば、一瞬怯んだような動きを見せた。しかし、少しばかり骨が剥がれた程度だ。

 

 ダメージには全くなっていない。だが変化があった。

 

 さっきまで粘液塊を発射していた背中の穴。そこから蒼いガスが噴出しだした。そのガスは怪物を覆うように包む。ガスは薄く、霧のようにも見えるが噴出孔から離れすぎると空気の中に散っていっているようで、どう見ても村に届きそうにない。

 効果があるとしたら、近くにいる私にだけだ。

 

 

 やっと、狙いを村から外してくれた。

 

 

 やっと勝負になる。やっとメインターゲットの達成が見えてきた。いや、まあまだスタートラインだけど。

 

 見られている。目の前の怪物に。

 放置していたら面倒な敵として……いや、放置していたら面倒くさいことをする餌として、見られている。

 

「く、くふ……」

 

 圧迫感と恐怖の中、何故だか笑いがこぼれた。

 私を、臆病なハンターと呼ばれる私を無視できないなんて、たいした化け物だ。

 

 骸頭から蒼く激しい水流のようなブレスが吐き出された。それは地面を抉りながら迫ってくる。

 避けるよりまず出鱈目に音爆弾を投げた。するとブレスの軌道が音の発生源へと修正される。

 

「私をこれだけ意識しといて、それでも直視する気はないもんね」

 

 これでは私だけじゃなく、この怪物も臆病者じゃないか。骨に隠れて顔を隠して。臆病者同士仲良く……なんて無理だけど。

 

 それにしても、呼吸がしづらい。身体がベタつく。潮風のせい、ではなさそうだ。遥かに不快なベタつき。顔を腕で拭えば腕に蒼い液が付着していた。

 

 ……この蒼いガスの影響だろうか。

 長くここにいたら不味い気がする。村の人を逃がさないようにしていた粘液塊と同じ成分だとすれば、いずれ動くことができなくなる。その前に窒息だろうか。呼吸器系にまで間違いなく侵食しているし。

 

 確実に迫っている死に、気が狂いそうになる。

 視界はガスのせいで蒼い霧に包まれ、眼前には骸の龍。そばには肉を貪られた骨だけの死骸。

 

 まるで異界だ。人が足を踏み入れてはいけない地だ。

 

 

 みんなは私を覚えていてくれるかな。

 

 この恐ろしい場所から逃げてくれたかな。

 

 ああ、めちゃ逃げたいなぁ。

 

 でも、

 

 

「私は臆病だけど、こんな私を勇敢って言ってくれた人がいたんだ」

 

 

 私を臆病と言う者はここにいない。勇敢だと言ってくれた人もいない。でも、言ってもらえたのだ。

 

 だから、逃げるなんてありえない。

 

 私はここで戦い、そして勝つ。

 

 みんなが逃げれたら私の勝ちなんだ。

 

 

「臆病な怪物め。私とここでずっと戦い続けよう。私の命つきるまで、ずっと」

 

 

 砂浜を割りながら、巨体が私に向かって突き進んでくる。

 ブレスではなく質量で、面で押し潰す気か。

 

 かっこよく口上を述べたのに、もう幕を降ろそうとしてくるなんてひどい怪物だ。でもそんな簡単に幕が降りると思うな。

 縺れそうになる脚を叱咤して走る。音爆弾を投げながら。さすがに胴体を守る骨は剥がれそうにない。

 

 そんな抵抗も虚しく、巨体の突進を避けきれずぶつかってしまった。だけど我武者羅に骨の突起を掴んだ。

 せっかく触れあえたんだ。もっと深いお付き合いといこう。

 

 背中の骨の穴。ガスを噴出させている孔に剥ぎ取り用ナイフを突き立てた。

 それは深く、深くへと突き刺さる。腕も孔へと入るほどに。

 

 ビクリと巨体が揺れた。そして嫌がるように激しく暴れ、私を振り落とす。

 

 無視できないほどに痛かったか。ざまあみろ。

 

「痛み分け……には、割りに、合わないかなぁ」

 

 ナイフを突き立てた右手を見れば粘液まみれ、その粘液に付着した骨が動きを阻害している。もっとも、響くような痛みから付着した骨の下で私の骨が折れているだろうけど。だから使い物にならないことは確定だ。

 

「右利き、なん、だけどなぁ」

 

 ここからは左手で音爆弾を投げるか。というか、めちゃ息苦しい。やっぱり噴出孔への攻撃は無茶が過ぎたか。そうとうガスを吸ってしまった。

 でも、

 

「まだ────」

 

 まだやれる。

 そう続けようとした時、骸の双頭が赤黒く、輝きだした。

 

 これまでと全く質が違う攻撃が来る。脳裏に激しい警鐘が鳴る。避けないと、これは絶対に当たってはいけない。音爆弾で誘導できる? そもそもどういった性質の攻撃がくる?

 

 

 ────あ。

 

 

 骸頭から赤いブレスが吐き出されたのが見えた。

 それは地を薙ぐように、小細工など許さないと告げるように、骸頭を、いや、胴体も動かしながら、ブレスの死角に入れさせないように工夫をしながら。

 

「さいあく……」

 

 そんな手を残してたなんて、ずるっちい。

 やがて襲う衝撃に怯えながら目を閉じる。

 

 でも結構時間を稼げただろう。きっと、私の勝ちだ。

 

 

「メタリア! 耳を塞いで伏せろ!!」

 

 

 骸のようにしゃがれた声が、聞こえた。すぐさまに、

 

 

 どっかん。

 

 

 口にすれば間抜けな響き。実際は夥しい火炎が、爆発が起きた。その爆発の威力は凄まじく、風圧となって私を襲う。あっさりと吹き飛ばされ地を転がってしまった。右手が半端なく痛い。

 

 誰が来たのか、なんて考えるまでもない。

 

「爺、さん!」

「伏せろと言っただろう! バカ!」

「ば、バカってひどくない!?」

 

 あんな状況でいきなり対応できるわけないじゃん!

 

「バカにバカと言って何が悪い! 今回も無謀なことをして……!」

「てか今そんな話してる暇はないんだけど!? 爺さんは早く逃げ……えぁ?」

 

 怒鳴り合いそうになってしまったが、今は怪物の眼前なのだ。

 だから慌てて怪物の姿を確認すれば、盛大に横転している姿が見えた。

 

「地面に埋めていた火薬が全て爆発したからな。骨の下に、地中に本体を隠していたやつには響いただろう」

「な、なるほ、ど? ていうか爺さん、今までどこにいたの!」

「最初の一撃で吹き飛ばされてな……ずっと意識を失っていた」

 

 横転していた巨体がぐらぐらと動き出す。ダメージはあったようだが致命傷までにはまだいかないようだ。

 

「爺さん、逃げて!」

「生憎わしは逃げるわけにいかん。わしは村の仲間たちを、そしてお前を、ずっと、助けたかった」

 

 怪物の巨体が起き上がる前に、少しでも遠くへ逃げてほしいというのに。

 

「やつへの怨嗟を抱き続け、仇を討ってもらったあともずっと引きずっていた」

「爺さん、いいから早く逃げて! じゃないと私はなんのために頑張ったかわからなくなる!」

「大丈夫だ。臆病者に、戦う覚悟はない」

 

 巨体の身体は起き上がり、再び双頭が持ち上がった。

 

 だがその全体像は最初に見た頃と大きく異なっていた。

 骸の下の肉が完全に露出している。まるで烏賊の触腕のようなものが……

 背中の骸もところどころ割れており、その下の肉が、やつの本体の一部が見える。

 

「あれが、隠していた姿……」

 

 本当の姿をわずかに見せた骸の龍は、ゆっくりと海へと進みだす。私たちを狙わず、村にも向かわず。

 

「やつの身を守る鎧が剥がれ、鎧を補充する骸もここにある分では足りない。となれば当然、臆病者は逃げ帰る」

 

 つまり、撃退に、成功した……?

 

 海へと完全に姿を消した骸龍。だけど未だに実感が湧かない。

 だって、古龍の撃退をしたって、私が? ランポスすら怖く感じる私が? 古龍を?

 

「……意味わかんな──痛ぁぁい!!」

 

 気が抜けた途端、全身のあちこちから痛みが走る。

 

「え、ちょ、痛い! めちゃ痛い! 私死んじゃう!」

 

 さっきまで使命感的なものに燃えて痛みに鈍感だったのだろうか。

 めちゃ痛い痛いと喚く私を爺さんは無視して海を見ている。

 

「爺さーん、私が苦しそうに見えない? ねえ?」

「……迎えが来たようだ」

「はい?」

 

 突如、海から大きな竜が飛び出してきた。

 今度はなんだと慌てる私とは対照的に、爺さんは落ち着いている。

 

 海から飛び出てきたそれは、ガノトトスだ。

 

 だがどこか普通のガノトトスと違う気がした。なんだろうか、身体が、なんだか、変だ。まるで絵を貼り付けたかのような身体。いや、絵というにはまた違うだろうか。でも絵としか言えない。なんというか、粗い? 鱗とかが粗いというか、なんか雑というか……

 とにかく、生物とは違った質感を持っていそうなガノトトスだ。

 

「な、なんなのあれ……」

「メタリア、わしの渡したお守り、持っているか?」

「え? あ、ああ。あのめちゃダサいお守り? 持ってるけど」

「ダサかったのか……気に入ると思ったのだが……」

 

 ショックを受けるな。てかそれが何。

 

 奇妙なガノトトスは突っ立ったままで、暴れる様子はない。

 

「まあいい。あのお守りを返してくれんか」

「えと、ポケットに……うぎ……と、とれたぁ!」

 

 腕が痛ぁい。

 

「すまんな」

「べ、別にいいけど……このお守りがどうしたの」

「お前にこのお守りを渡すのは、わしではダメだろう」

「?」

「わしの娘はお前ではないのだから」

「??? そりゃ、そうでしょ」

 

 爺さんはダサいお守りを受け取り、無防備にガノトトスへと向かっていく。

 

「爺さん!?」

「言っただろう。これはわしの迎えだ。わしの未練を解消してくれた者の使いだ」

「何をイミフなこと言ってんの!」

 

 爺さんのもとへ走るために起き上がろうとしたが、身体が痛んで全然動けない。

 

「爺さん!!」

「慌てるな、メタリア。わしは帰るだけだ。皆のもとへとな。皆と同じ天の輪を巡るためにも帰らねばならん」

 

 錯乱したのかあの爺!

 こんな時に何をポエミーな!

 

 言いたい文句はたくさん浮かんだ。

 

「ではな。父と仲良くしてくれよ」

 

 その言葉を最後に、ガノトトスが動き出した。

 

 力を溜めるように身体をくねらせ、弓が矢を絞り放つように、一気に力を解放して横身でのタックル。

 

 爺さんはそのタックルに当たらなかった。当たってないはずだ。だって、彼はガノトトスの尾の下にいた。尾の下の隙間にいた。

 

 なのに。

 

 

「消え、た……?」

 

 

 爺さんの姿はどこにもなくなっていた。

 吹き飛ばされたとか、肉塊になったとか、そういうのではなく、跡形もなく消えてしまった。

 

 ガノトトスは残った私に目もくれず、海へと飛び込んで姿を消した。

 

 

 何も理解できないまま、全身の痛みと緊張の糸が切れたことにより、私は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから2週間後。

 街の診療所にて。

 

「メタリアー、生きてるかー?」

「めちゃ生きてるよ」

 

 病室に父さんがふざけた言葉と共に入ってくる。

 

 私は入院生活を余儀なくされた。

 あの日の犠牲者は1人だけ。ほぼ全員が街まで無事に逃げきることができた。

 犠牲者の1人は出自不明の老人だけ。ということになった。

 

「なら良し。どうだ? 入院生活は退屈だろう? 退屈しのぎに何か書いてみないか? そして作家デビュー、うむ。わしの娘ならできる!」

「やらないって」

 

 あれからずっと父さんはこの調子だ。何かと私に作家デビューさせようと……いや、ハンターを辞めさせようとしてくる。

 

「当分はハンターを辞める気ないから」

「……爺さんの件はお前の責任じゃないんだぞ。気負いすぎるな」

「そういうのじゃないよ、辞めない理由は」

「……そうか」

 

 きっと私は意固地なのだろう。あと跳ねっ返りな性格なのだろう。

 

 父さんに臆病と言われた時は、自分は臆病ではないと喚きに喚いて。

 

 そして、爺さんには勇敢と言ってもらえたけど、実力がないと言われた。

 だから、いつか再会したとき、私は実力も備えたハンターであることを見せてやるんだ。そのためにもまだ辞めない。

 

「……そうだ、前に街で買った土産をまだ渡してなかったな」

「いきなり何? 別にいいよ、父さんのセンスって微妙なこと多いし」

「編集者のわしのセンスを疑うとは……」

 

 デザインセンスが壊滅してそうなんだもの。

 

「ほれ、これだ。変わったデザインのお守りだろう。これには人と竜の加護が秘められているとかなんとか」

「これ……」

 

 渡されたものはお守り。

 あの爺さんが私に渡して、そして最後には返したあのお守りと同じデザインだ。

 手にとってじっくり見ても、相違点はない。いや、ボロさの違いはあるか。爺さんのはところどころ解れていて、これよりもっと古びていた。

 

「お、気に入ったか。いいデザインだろう?」

「……めちゃダサい」

「ダサいのか……気に入ると思ったのだがなぁ」

 

 父さんの言葉に、荒唐無稽な想像が頭によぎった。

 

「……ねえ」

「うん? どうした?」

「いや、やっぱいいや。あの爺さんはあの爺さんで、父さんは父さん。それでいいや」

 

 たとえ、万が一、想像通りだったとしても、あの爺さんは家族のもとへ帰った。私はあの爺さんの娘ではない。あの爺さんの娘は、彼が帰った場所にいる。それでいい。

 

「なにかの謎かけか?」

 

 頭に疑問符を浮かべる父を見て、やっぱりデブだなぁと思いながら一言。

 

 

「父さんはデブのままでいいからね」

 

「なっ!? わしにダイエットが無理とでも言いたいのか! 性格が悪いぞメタリア!」

 

 

 私の言葉にぷんすか怒る父が面白くて、あまりにも平和な時間すぎて、ついつい笑ってしまった。

 

 

 

 

 






爺さんはMHXXのとあるクエストの依頼主です。
気になる方は依頼を受けて回ろうね!


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