SCP-000『オール・イン・ワン』 Object Class: Thaumiel / Apollyon   作:アママサ二次創作

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第23話 幸運を 見送る者より敬礼を

 扉から出現した何かを見て動きを止めていた八百万に声をかけて武器の生産を頼んだ要は、動揺から一足早く復活してカインに詰め寄っているウワバミのところに向かう。

 

「いったいどんなヴィランなの? さっきの光景からして物質を透過するのかしら。それに彼、心臓を取られて大丈夫なの?」

「私達も特性を掴みきれてはいないのですが、物理的な接触は透過するようです。ただ、地面を通り抜けることは無いようなので何か条件があるのでしょう。彼は体内器官を自由に生成することができるので、囮の心臓を作ってヴィランを引き寄せてもらっています」

 

 ウワバミからヴィランに対する対処に関して尋ねられているカインは、今のところはある程度情報をぼかし、相手を個性を悪用するヴィランと思わせるような返事をしていた。戦力は十分なのかといった質問もされているが、それに関しては当事務所で十分であるとしか言えない。

 

 ウワバミが色々と問い詰めているのもわかる話ではある。そもそもアベル事務所は表に出ている情報が少ない。それは市民向けだけでなくヒーローに向けても同じである。といっても情報を積極的に秘匿しているというわけでもなく、ただ大きな成果を残しておらず、またそういったものを共有することもほとんどしてきていないというだけの話なのだが。情報が存在しない場所はたとえどれだけ見たところで情報になり得ない。

 

 だからこそ、ヴィランの対処にこれ以上の応援は必要ないのか、という確認と、同じ現場に対処するヒーローとして情報の共有を求めているのである。

 

「カイン、俺たちは何をしておくべきだ?」

「職場体験生は私達の後ろに控えていてください。ヴィランへの対処は適正のあるグランガチを中心に、戦闘になった場合は私が動きます。まもなくアベルとビルダーベアも現着しますので」

「了解した」

 

 あえて割って入るような形でカインに声をかけた要は、返事に答えるとすぐに武器を作っている八百万と、それを見守っている拳藤、ブライトの化身達のところへと戻った。目的は追及の邪魔をすることと、職場体験生としての立場を見せておくことだったので。

 

「何の話だったのかな?」

 

 真っ先に声をかけてきたのはオリジナルのブライトである。他の2人は八百万が作った端から弾丸を弾倉へと込め、装備したタクティカルベストへと装着していく。軍で使うほどしっかりした装備ではなく、上はジャケット、下はジーパンという軽装の2人だが、そこにタクティカルベストを纏うことでサバゲーをしているような様相を呈している。

 

「俺たちはどうしておくべきかという話を聞いてきた」

「ああ、なるほどね。たしかに、君たち職場体験生は下がっておくべきだ。前に出ても役に立たないからね」

「ああ」

 

 オリジナルのブライトに答えておいて、要は分身2人へと近づいていった。

 

「これを。カインから任務の内容だ」

『おお、ありがとう。暗記しておいたほうがいいのかな?』

「できることなら。流石に書いたやつと同じようにペンライトで文章を確認する余裕ぐらいはあると思うが、光をつけないのが最善であることに変わりない」

『オーケイ、完璧に覚えてみせよう』

 

 それは、カインと要が互いの持っている情報をすり合わせて、SCP-1983に関する情報をまとめたものである。元の報告書、収容プロトコルが書かれていたものから、読み取った内容を整理して実際にそれと対峙し、葬るためのものへと書き換え、余計な情報を省いて注意事項をまとめてある。八百万らが到着するまでに作っておいたのだ。

 

「あの、結局これどういうヴィランなの? それに銃なんて、まさかヴィランに使うわけじゃないよね」

 

 流石にプロヒーローの任務の内容を覗き見ないだけの分別があった拳藤は、書類を読み込んでいるブライトの分身の方を気にしつつも要に問いかけてきた。それを受けた要はどうすべきかとブライトに視線を送るものの、ブライトはそれに対して肩を竦めることで答える。対応を丸投げしてきたのだ。そのあたり、つまり、オブジェクト由来の個性を持った人間ではなく、本物のオブジェクトが確認された場合プロヒーローや同級生らに対してどの程度真実を話すかというのはこれから考えていこうと思っていたので。まさかいきなり遭遇する羽目になるとは考えていなかったのである。

 

 ひとまず敵の特性を、あくまで個性の説明だと誤解させるように説明することにした要は、わずかな間の後に敵の説明をする。

 

「分身体を作る能力を持っていて、その分身体を作るために心臓を使う。自分の心臓じゃなくて他者、あるいは動物の心臓だけどな。比率は1対1。そして分身体は外部からの接触を基本的に透過するが、人体に対して接触したときは皮膚や筋肉を透過して心臓だけを掴んで引き抜いていく。さっきグランガチがやられたことだな」

「それ……めちゃくちゃ危険なヴィラン、だよね」

「確かに危険だな。加えて、分身体を止めるには祈りをこめた銀の弾丸しか通じない」

 

 ごまかす内容を考えつつ応えたために少々不自然な言い回しになったが、結局今要がしたかったのは、『このヴィランが心臓を使って増える何かを作る個性の持ち主』であり、『それを倒すには八百万の作った銃と銀の弾丸が不可欠』であるという勘違いを納得させることだった。そうすれば、全てが嘘というわけではないが、敵がヴィランではない『ナニカ』であるということを知られずにすむ。

 

 どうせ八百万が冷静になれば不自然なところに気づくのだろうが、今はこの場で混乱されて無駄に時間を使われることのほうが問題なのでちょっとした時間稼ぎをさせてもらったのである。

 

「それで、なんで、えっと……」

 

 ブライトの方に視線をやりつつ拳藤が口ごもる。

 

「ブライトがどうかしたか?」

「ブライトさん、って言うんだ。なんでブライトさんなのかなって思ってさ。ほら、銃と銀の弾丸で倒せるなら、皆で対処したほうがいいんじゃないの?」

 

 作戦の内容について尋ねる拳藤は、職場体験で初めてのヒーロー対ヴィランの現場で、学べる限りのことを学ぼうとしていた。要はそんな拳藤の内心を知っている訳では無いが、ここでブライトの分身を突入させる意味はブライトの個性をはっきりとは知らない要でも十分に理解できる。そしてそれは財団に限った話ではなく、ヒーローとして普通に必要となる知識だ。

 

「いくらプロヒーローが優れているといっても何が起こるかわからないからな。その点ブライトの分身なら何かがあっても装備の損失だけで済む」

「何か、って……」

「今回の件で言えば、触られたら心臓を抜かれて確実に終わる。心臓取られて死なないのなんてグランガチぐらいなもんだ。警戒するのは当然だろう。ヒーローは体を張るのも大事だが、少しでもリスクを減らすのも努めだ」

 

 ヒーローは、現代社会の軸となっている。それは治安維持だけでなく、人々の心の拠り所であり、エンタメであり、支えである。だからこそヒーローは、少しでもリスクをへらす考え方をしなければならない、と要は考えている。実際にはヒーローは体を張るものという考えをする人が多いのだろうが、だからといってヒーローは傷ついていいわけではない。自分達も、守るべきものも傷つかないというのが理想なのだ。たとえ守れたとしても、ヒーローが傷つくだけで人々は不安になり、社会は揺らぐ。

 

「……そっか。そうだね。私の考えが浅かった」

「ちなみに、ブライトの個性はどんなものなんだ?」

 

 少し考えた納得した様子の拳藤に、今度は要がブライトに問いかける。カイン、アベルはオブジェクトとしての能力をほとんどそのまま持っているようだったが、ブライトだけは元はオブジェクトの影響を受けていたただの人間だったのでその限りでないのである。

 

「私の個性は『デッド・マンズ・ボディ』だね。見ての通りただの分身じゃなくて、既に死んでいる実在の人間の身体を再現してそこに私の人格が入るようなものさ」

「そ、れは……なんていうか……」

「悪趣味だな」

 

 どう答えるべきか言葉に詰まった拳藤をよそに、要はブライトに辛辣な評価を送る。このあたりは、ブライトは他者からの評価を気にする人間ではないという要の知識と、要は自身のことを知識としてよく知っているというブライトの相互認識があって成り立つ距離感だ。それが拳藤からはおかしなものに感じられたのか、わずかに引きつった笑みを要へと向けている。

 

「特に使っている上で困ることは無いからね。大した問題ではないよ」

 

 ブライトの方も要に対して、そう言って肩を竦める。実際はブライトの個性は本人にとってデメリットが存在しているのだが、それをあえて拳藤の前で言う必要は無いと判断してここでは言わずに済ませたのだ。『不死の首飾り』は、『上書きするもの』である、とだけ言えばわかるだろうか。

 

 ともあれ、今回の件に対処するにあたっては、ブライトが適任なのである。

 

 

 

******

 

 

 

 しばらくして八百万が武器と弾薬の生産を終え、ブライトの分身達がそれらの確認と装着を終えた。タクティカルベストに加えてベルトに食料や水をある程度用意しているのは、場合によっては長期戦になる可能性があるからだ。実際報告書の中でも、SCP-1983が無力化されるまで半日程度かかっている。

 

「では今後の打ち合わせを。突入はミスター・ブライトの個性で作った分身、それぞれα、βと呼称します。α、βは突入後、室内を探索、目的を達成してください。我々アベル事務所はその間警察と連携してこの場を死守します。ウワバミさん、そちらは?」

「最後まで見守らせてもらう、と言いたいところだけど、スケジュールが詰まっているから戻らせてもらうわ。本当に大丈夫なのよね?」

「はい。予備もクリエティに作っていただけましたので。報告書はデータを送ります」

「そう、わかったわ。なら私達は突入まで見守った後撤退します」

 

 現在ここにいる事務所の代表、アベルとウワバミ、そして警察の代表の3人で行われる会議を他のメンバーは後ろから見守っていた。会議といっても突入作戦の内容はカインが考案しブライトα、ブライトβに直接指示したことになっているので、ここで確認されるのはそれ以外のそれぞれの組織の役目だ。

 

「本当に突入はそっちの2人で大丈夫なのか」

「あの扉の様子からして何らかの個性で室内が覆われている可能性があります。被害を出さないためにも分身でまずは偵察を。分身が行動可能かどうかは個性の持ち主としてブライトが判断します」

「……わかった。あんたらに任せる。我々はこの一帯の封鎖を行う。南西に走っている道路の封鎖は必要無いんだな?」

「距離がそれなりにありますのでその前に対処します」

 

 軽く打ち合わせが行われ、カイン主導で話が進んでいく。こうしたヴィランに対応する現場の場合、大抵は警察よりもヒーローに主導権が与えられていることが多い。主導権というよりは自己裁量権というべきだろうか。ヒーローは各自の判断で対応するので、警察がそれに合わせる必要が出てくるのである。戦闘になった際に矢面に立つのがヒーローである、というのも力関係の理由だ。

 

 それはこの場合も一緒で、警察は周囲に被害が及ばないように封鎖や見張りなどの、言わば裏方を。そして直接ヴィランと対峙する役目をヒーローであるカイン達が担っている。

 

「では作戦開始とします。α、β、準備はよろしいですか?」

『ああ、もちろん。存分に役目を果たそう』

『任せてくれたまえ』

 

 それぞれに装備を固めた2人は、ニヤリと。ブライト本人のように緊張を感じさせない表情で笑う。

 

 そんな2人の前に、十影や八百万らと一緒に後方で控えていた要は進み出た。その動きにウワバミらが何をするのかと疑問を抱く中、要は口を開く。

 

「『Good luck(幸運を). Morituri te salutant(死にゆく貴方に敬礼を).』」

 

 突如として要の口から放たれたのは、古い言語。もはや使う者の存在しない言語の、祈りの言葉。死にゆく者と見送る者の間で交わされる畏敬の言葉。

 

 要の言葉に一瞬キョトンとしたαとβは、続いて笑い出した。奇妙な者を見る目でウワバミらや警察が見守る中、彼らは口を開く。

 

『なるほど。私達を『銀の弾丸(シルバーバレット)』にするのか』

『粋なはからいだね? では、私達からも君に返すとしよう』

 

『『Good luck(幸運を). Morituri te salutant(死にゆく者より敬礼を).』』

 

 

******

 

 

 

 SCP‐1983の報告書には一枚のメモの内容が添付されている。というより、そのメモこそが、このSCP-1983の正体を暴く手がかりとして保存されていた。

 

 それは、SCP-1983が発見された際に“先の無い扉”へと突入し、命を落とした1人の隊員が残したメモ。

 

 心の臓を奪う怪物が住まう暗闇へと踏み込んだ彼ら。怪物に抗う手段は唯一祈りを込めた弾丸のみ。引き返せば光に溶ける身体にもはや撤退は許されず、恐怖から敵を葬るに十分な祈りを込めることも出来ない。

 

 そんな彼らに対して怪物は牙を剥いた。暗闇から染み出す、いや、暗闇そのものの怪物は、光の中でこそ実体を持ち隊員たちに襲いかかる。仲間の心臓が奪われ、あるいは仲間がまるごと連れ去られ。

 

 恐怖の果てにメモの主は、彼らの巣を。彼らの中心部、まさに“心臓”たる場所を見た。

 

 だが、それを見た彼にはもはや抗う力は無かった。恐怖が彼を支配していた。敵を打ち破る程の祈りを、弾丸に込めることは叶わなかった。

 

 だから彼は、ただ1人。生き残った己の命を使ってメモを残した。

 

 暗闇の中でわずかなペンライトの明かりを頼りに。時折迫る怪物の気配に怯えてクローゼットに隠れて。

 

 彼は託した。後から来るものに。自分に続く者に。

 

『奴らを、怪物を。その祈りと銀の弾丸を持って殺してくれ』、と。

 

そのメモの最後、一文が残されている。

 

Good luck(幸運を). Morituri te salutant(死にゆく者より敬礼を).』

 

 死にゆくメモの主が、それを読むであろう人物に残したただのメッセージに思えるそれ。

 

 だが、思い出して欲しい。

 

 このSCP-1983の。“先の無い扉”に住まう怪物を打ち払うのに必要となるものは、なんだったであろうか。

 

 銀の弾丸と、祈り。

 

 それを持つのは、メモの主から先を託された、メモを読み、怪物を打ち払った者。それはもちろんそうであろう。だからこそ報告書ではSCP-1983の無力化が確認された。

 

 だが。

 

 

 “本当にそれだけだったのだろうか”

 

 

 西洋では、銀の弾丸、即ち『Silver bullet(シルバーバレット)』にはこんな意味があるらしい。

 

 曰く、『状況を打破する特効薬』である、と。かつて伝承や信仰において、銀の銃弾が狼男や悪魔に有効であると言われたことから使われるようになった言葉だ。

 

 その意味を持つからこそ“銀の銃弾”は、ただの物質的な銃弾以上の意味を持つことが出来た。

 

 

 特効薬、それ即ち。メモを読み、メモの主の意思を遂行するもの。『怪物を打ち払わんと、銃を手にするその者自身』。

 

 そんな“Silver bullet”に、メモの主は最後の祈りを込めたのだ。

 

 “Good luck(幸運を). Morituri te salutant(死にゆく者より敬礼を).”

 

 誰でもいい、このメモを読んでいる者よ。怪物に心臓を奪われぬようにこれから命を断つ私の代わりに、怪物を殺してくれ、と。

 

 そうして、祈りでもって放たれた“銀の弾丸”は、たしかに、怪物の心臓を食い破った。

 

 

******

 

 

 要達の見送る先で、武器手にした2人の男女が扉の前に立つ。

 

『準備は良いかな? 私』

『もちろんだ。奴らに対峙するのに、こんなにしっかりと準備が出来たことは殆ど無いだろう?』

『違いない』

 

 黒々と口を開ける扉を前に、2人は足を止めて軽口を交わす。そんな2人に、自然と。意識することなく要は姿勢を正していた。そして自然にウェポンを胸の前に下げ、右手の指先を揃えて伸ばし、額に当てる。

 

 あくまで生まれ自体は一般人でしか無い要は敬礼の正しい所作等知らない。

 

 それでも。彼らには最大限の敬意を込めて見送らねばならぬと感じる。

 

 彼らは、ブライトの個性から生まれた分身かもしれない。

 

 ブライトがオリジナルで、自分たちは消えても問題のない模造品(レプリカ)だと、理解し、無意識下でも納得しているのかもしれない。

 

 だが、それでも。

 

 彼らは今から、正常を離れ。異常の領域へと踏み込む。

 

 そこは、生きて帰れぬ人外の領域。たとえ目的を達成しても、彼らが返ってくる確率は万に一つあるかないか。もともと未帰還が前提の作戦である。

 

 そこに彼らは、己の存在を賭して進む。

 

『人類が健全で正常な世界で生きていけるように、他の人類が()の中で暮らす間、我々は暗闇()の中に立ち、それと戦い、封じ込め、人々の目から遠ざけなければならない』

 

 財団の理念が正しくそれだ。

 

 人々の正常なる、健やかなる生のために。財団は異常へ立ち向かい、死へと突き進む。

 

 一人残らず、暗闇の中で死んでゆく。

 

 ただ人々の、正常なる明日のために。

 

 そこにいるすべてが、要にとっては敬意の対象なのだ。




長らくお待たせしました。先のない扉はここで終わりとなります。後日談などはちらほら出てきますが。




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