達也と深雪は、九校戦のメンバーに選ばれた深雪の特訓のために夜の九重寺を訪れていた。そこに姿を現した遥の姿に警戒を示した達也だが、九重が保証する彼女の正体と、会話のそこかしこに見え隠れする彼女のポンコツ具合に多少警戒を解いていた。
その後多少の会話のともに、ギブアンドテイク、という建前で、達也にとってはデメリットが一切無い、そして公安の秘密捜査官である遥からしてみれば調べた情報を雇い主以外の他者に漏洩することなどありえないという当たり前の事実を前提に取引をしたところで、八雲が口を挟んだ。
「さて、実は今日3人に来てもらったのは君たちに紹介しておきたい人がいるからなんだ」
「……どの私達に、ですか?」
「カウンセラーであり公安の秘密捜査官の小野遥と、第一高校の生徒の達也くん、深雪くんにだね」
「あの、それはどういう……」
「うーん、取り敢えず呼べばわかるかな」
珍しく深雪の言葉をスルーした八雲が手を打ち鳴らす。直後に達也は目を見開いた。次いで遥と深雪も、暗闇に包まれた本堂から姿を現した男の姿に驚きを顕にする。
「トリオン・アルバくんだ。彼は少し訳ありでね」
「訳ありのトリオン・アルバだ」
「二つ名みたいに訳ありと言わないでくれ」
出てきて一言目の挨拶に思わず突っ込んだ達也は悪くないだろう。流石の八雲もこの場面で言うかとアルバに白けた視線を向けている。それに本人が気づかないので結局放置して話を進めることになるのだが。
「3人には、彼が訳ありだということを留意しておいてもらいたいと思ってね」
「訳あり、とは?」
「文字通りさ」
遥の問に、八雲はからかうように返す。
「事情を伺わないと留意出来ないじゃないですか」
「事情がある、ということを留意出来ないかい? ほら、第一高校にも十師族がいるじゃないか。彼らが急に学校を休んでも『何か事情があるのだろう』って理解出来るじゃないか」
遥では八雲との言い合いには勝てないらしい。一瞬だけ悔しそうな表情をした遥だが、その後表情を苦笑に変えて八雲の意に沿った問をする。この当たりで八雲の思い通りに問いかけるから八雲のおもちゃにされるのだと達也は思った。
「……訳をお伺いしても?」
「今はまだそれは難しいねえ」
「いえそちらではなく」
遥の質問に対して八雲は言葉尻を捉えて遊ぶ。それに遥は当然のことながらむっとした顔をする。もっとも遥が押しに弱いというのを師として理解しているからこそ無理押しですむと理解しているのだが。
「遥くんには、彼が学校でやらかさないか監視と、春のブランシュのような件で彼が何かやらかしたときには後始末をお願いしようと思ってね」
「やらかす前提ですか」
「やらかす前提だよ」
アルバがそこでむっとした表情をするが、話の最中は黙っておくべきだと口を挟まない。達也と深雪もひとまず遥と八雲のやり取りから情報収集をしようと会話に意識を割いていた。
「……私も公安の捜査官なんですけど」
「アルバくんに関して調べるような指令は今のところ無いだろう?」
「……公安の命令があったら従うしかないですよ」
「それで良いとも」
「……え?」
八雲の短い返答を一瞬理解しきれず遥が固まった。アルバに対して便宜を図れ、情報を漏らさないようにしろという指示かと思っていたのだ。
「極端な話をするとね、彼の学校生活が守られさえすれば良いんだ。公安が嗅ぎ回ったところで、彼の生活に支障が無ければ問題ない。そうだよね? アルバくん」
「今のところは、あれが俺の生活の全てだからな。調べられたところで別に気にはならん。目の端にちらちらされると鬱陶しいがな」
「というわけだ」
「……それならまあ。定期的にカウンセラー室に話しに来てくださいね。トリオンくんは時々問題のある発言をしているので」
「してるか?」
「しています」
「そうか。後で教えてくれ」
ここでこういう発言をすること自体がどこかずれている。そう言いたいのに言えなくて遥はもやもやしたが、そこは一応とはいえ公安の捜査官。感情を表に出さない、と彼女は思っているが実際はかなりわかりやすい。これで本当に秘密捜査官が務まるのかと疑問に思うほどだ。
「さて、達也くんと深雪くん」
「なぜ俺たちにアルバのことを?」
「第一高校で僕が繋がりがあるのが君たちぐらいしかいないからね」
達也の問に、八雲は『あくまで八雲の弟子であることが理由である』という形で、達也たちの秘密を隠す態度を見せた。ここに今日来た遥についても、達也が八雲に師事している、という以上の事実は持たない。達也と深雪の秘密はもっと深く大きなものだが、八雲に師事しているという事実でそれを隠しているのだ。
そうした八雲の言動がわかるからこそ、達也は心配そうに見る深雪に視線を向けた後、八雲に話しを聞く態度を示す。
「俺たちに小野先生のようなことは出来ませんよ」
「学生を相手にそんなことは求めないさ。君たちには、アルバくんの友人として彼を止めてほしくてね」
「ストッパー、ですか」
「うん、ほら、彼かなり突拍子もない言動をするだろう?」
「するか?」
「している」
「しています」
「そうか……」
アルバの言葉に、達也だけでなく静かに聞いていた深雪までもが思わず突っ込んだ。彼の普段の突拍子もない言動や、場の空気をおかしくする言動に特に被害を被っているのは、実は深雪だったりする。生徒会、風紀委員会でともに活動する機会が多く、加えてスルー出来る達也と違って深雪は律儀に止めに入ってしまうために苦労しているのだ。
「そういうことなら、普段からアルバとは話すので止めてみます」
「助かるよ」
「こういうのを釈然としない、というのか?」
何やら言っているアルバだがそれに誰も反応を見せず。
遥と、達也、深雪が八雲からの頼みにうなずいたことで、八雲紹介でのアルバと達也達、遥の対面は終わった。
「すまないな達也、深雪。迷惑をかける」
「いや、それくらいの労力なら問題ないさ」
「あまりこれまでと変わりませんもの」
「……そこまでおかしな言動をしているか?」
八雲からの話が終わったところで、アルバが達也と深雪に声をかける。八雲からの説明だけでなく、改めて自分でも話しておいた方が良い、とは八雲のアドバイスだった。この件を機会に交流を深めることが出来る、と対人関係にまだ疎いアルバに教えたのだ。それを信じたアルバは、達也と深雪に改めて自分からお願いしたわけである。なお遥は八雲に用があって来ていたので、2人でどこかへと去ってしまった。後日改めて話しておこうとアルバは考えて、今は2人と話すことにする。
「しかし……どこか浮世離れしたというがずれたところがあると思っていたが、何か訳があったんだな」
「そうだな。あまり一般的な常識に馴染めていない」
「あの、その訳というのは……? 以前いずれときが来たら、と言っていたのと一緒かしら?」
達也があまり踏み込まずアルバに親切な様子を見せ、深雪が軽く探りを入れる。普段探りを入れるのは達也で深雪はこのような方法は取らないが、この場に3人しかいないことと、深雪の方が達也より人受けが良いことを考えた方法だ。人は好ましい相手には口が軽くなる。
「それについては、今はまだ話すつもりはない。俺は今しばらく、人の社会を楽しみたい」
だが、アルバにはそれは効かないらしい。もっとも達也達もここで本気で探りを入れるつもりはなかったが。八雲の頼みに下手なことをするのは憚られるし何より
「そうか。まあ魔法師というのは隠しごとがあるものだからな。俺たちはもう少し特訓していくが、アルバはどうするんだ?」
「俺は帰る」
「そうか」
「八雲も先に帰っていいと言っていたが、こういうときは帰る際の挨拶をして帰ったほうが良いのか? 普段は八雲がいるからしているのだが」
「帰っていいと言っていたなら良いんじゃないか? 師匠もいつ戻るかわからないぞ」
相変わらず常識に疎い、というよりは、知らないということを知っている、認識している、というべきか。普通人間でも無知なものはいるだろう。だがそんな彼らでも、その無知を普段の日常の中で解消しようとは思わない。
アルバは、それをする。日常の生活、会話の中で、自分が無知であるということを理解した上でそれを周りに尋ねることで解決しようとする。だからこそ、時折奇妙に思える質問をしている節があると達也は今日始めて理解した。
(となると、どこかの機関で生まれた魔法師の可能性がある。常識に疎い代わりに魔法力が高いのも隔離された場所で魔法ばかり仕上げられていたということなら納得が行く。その線で調べてみるか)
「そうだな。では、俺は帰る。達也、深雪、また学校で会おう」
「ああ、おやすみアルバ」
「おやすみなさい。また学校で」
挨拶を交わした後、アルバは歩いて寺の門から立ち去っていった。
「お兄様……アルバさんの事情とはいったい……」
「わからない。だが今すぐ俺達に害をなすものでもないだろう。それなら師匠が見逃さないさ。それに……」
「それに?」
「今から色々と教えてくれるだろう。ですよね師匠」
立ち去ったアルバを見送った後、達也は周囲に姿を見せていない八雲を呼んだ。いないものを呼んだわけではない。隠形が使える八雲は、姿を見せなくてもそこにいることが出来る。現に今も、達也と深雪の後ろの暗がりかた八雲が現れる。
「教えると言ってもねえ。アルバくんに彼について教えるのは止められてるんだ。そんな僕に何を求めるんだい?」
達也をからかうように八雲は言うが、今達也がそれに乗ることはない。達也の顔をちらりと見た深雪はその瞳に鋼鉄の色を見た。
「なぜわざわざ俺たちに伝えたのか」
「ほう……」
達也の疑問に八雲は面白そうに感嘆の声をこぼす。
「アルバは納得していたが、あの程度の理由で師匠が俺たちに『彼には事情がある』などという形で伝えるわけがない」
「そこに理由がある、といいたいのかな?」
「違いますか?」
「違わないよ」
達也の言葉をそうそうに認めた八雲は、あえてアルバと達也を、この場で引き合わせた理由を、達也に伝えたい部分に絞って話し始める。
「と言ってもね、大したことではない」
「九重先生の大したことの基準がわかりませんが……」
「ふふ、気になるかい? 僕のいう大したことがどんなことか」
「師匠」
思わず尋ねた深雪に八雲は人のいい笑みを向ける。達也と深雪に対して、八雲の態度は大きく変わる。優秀でからかいがある弟子とかわいい弟子の違いと言ったところだろうか。
「わかったよ」
観念したような言葉を吐きつつも、八雲の表情はいつもの笑みから変わらない。
「今回の件は、彼ではなく君たちに働きかけるものだった」
「俺たち、ですか」
「そう。極端な話を言ってしまうとね。彼が求めているのは心地いい住環境を崩されたくないというそれだけの話だ」
「それがこの話にどう」
「逆に言えば」
達也の言葉を遮るようにして八雲は続ける。
「彼は、あくまで趣味嗜好として、人の側に留まっている」
「……それは、どういうことでしょうか。まるでアルバさんが、人の社会から離れるかのような」
人に使うとは到底思えない、『趣味で人の側にいる』という表現。あるいは人間ながら人間嫌いなどあるかもしれないが、それならば趣味という表現はおかしい。
「だから彼に対して私がどうこう働きかけたことで大した意味はない」
「……アルバは一体何者なんですか?」
「人類の救世主」
「えっ?」
唐突な八雲の言葉に深雪が小さく声を漏らす。冗談かと思った達也はじっと八雲を見つめるが、その表情からは読み取れない。
「と言ったらどう思うかな?」
「信じがたいですね。国ならともかく、人類となると想像がつきません」
「そうだね。今はそうだ」
思わせぶりなことを言う八雲だが、それについて説明することはない。
「君たち2人に頼みたいことは単純だ。彼と良好な関係を持っていてほしい」
「……仲良くしているつもりですが」
「彼を疑い、敬遠するようなことが無いようにしてほしい。極論、彼を信じてくれという話だ」
「信じる、ですか」
「今はそうとしか言いようが無いね」
あまりにも情報不足だ。八雲の真意がどこにあるのか、全く読めない。
ただ、アルバに何か重要な秘密があることはわかった。そしてその秘密は、いずれ何らかの形で明らかになる。そのときに、達也と深雪、特に達也が彼を信じ彼の側につくことを八雲は望んでいる。
「わかりました。心に留めておきます」
「うん、今はそれで良いよ。もっとしっかり情報を明かしたいんだけどね。アルバくんには僕も慎重になってるんだ」
「それほど大きな秘密なんですか?」
「そうだね。特大の秘密だ……うん、例え話ぐらいなら大丈夫かな」
何やら一人で納得した八雲は、ニヤリと悪どい笑みを浮かべる。
「ある日、君たちの前に宇宙人が落ちてきた」
突拍子の無い話だが、例え話という前提を聞いているので2人とも黙って続きを待つ。
「その宇宙人は言うんだ。『悪い宇宙人が地球に攻めてくる』。って。そしてその証拠を見せてくれた」
さて、君たちはどうする?
その問いに、2人は答えることが出来なかった。
帰り際。特訓をもう一度してから帰る達也と深雪に、八雲は再び声をかける。
「達也くん」
「なんでしょうか」
「君のお家のことで困ることがあったら、彼を頼ってみるのも良いかもしれないね」
「……」
「では、またおいで」
達也と深雪の家。それは彼らの名字である司波ではない。司波ではない家の話に彼を巻き込めと。裏を知っている八雲とは思えぬ言葉だ。
そのまま八雲は、達也と深雪の返事をまたぬままに姿を消した。
「お兄様……」
「今まで通りの生活をすれば良いさ。向こうが俺たちの秘密を知ってるわけでもない。頼られていると考えれば、問題はないさ」
「そう、ですね。確かに、結局アルバさんをよろしく、という以上のことではありませんでしたけど……九重先生は思わせぶりなことを言ってましたけど」
「何か大きな秘密があるのは間違いないだろうね。ただ今すぐどうこうは出来ない。今は師匠とアルバを信じるしかないさ」
深雪を安心させるように言いつつも、達也自信は警戒を怠るつもりはない。自分たちの立場はそれだけ不安定なのだ。
作者のパソコン破損記念に投稿。
まーボタンが外れただけなんですけどね?
それが自分じゃ嵌めれない外れ方だし修理すると1万超えるし。
結局親がそういうのいじるの得意なのでお願いすることにしました。
しばらくノーパソ無しで執筆や。
親がクロームブックくれるらしいけど、あれ使い方あんまりわからんのよな。