男の案内に続いて私も部屋の中に入る…既に何度も通った場所でも有るが、その厳重さにいつも圧倒される…建物そのものも厳重な上…入るにも毎回多くの手続きを踏む必要が有るが…最奥のこの部屋もセキュリティはガチガチだ。
手前六つの扉でそれぞれ、数時間毎に変化するパスコード…関係者用カードキー、指紋認証、声紋認証、網膜認証…そして虹彩認証…それらを漸く潜り抜けた先に銀行の金庫並の重厚な扉と言う…最後にして、最大の関門が待ち受けている…
その扉の奥に彼は、居る…
私に背を向ける形で一心不乱にパソコンのキーを叩き続けるスーツ姿の男性…私は彼の背に声を掛けた。
「…須郷さん。」
彼がこちらに振り向いた。
「あー…もうそんな時間ですか、少し待って貰えますか?」
そう言って、彼は再びパソコンに向き直り…何度かキーを叩いた後…パソコンの電源を落としてもう一度こちらに振り向いた。
「お待たせしました。」
この数ヶ月でそれなりに良く顔を合わせる間柄になってしまったものの…本当に少し前まで、彼と面識自体は全く無かった…とある事件の前、彼は一躍有名人になった事は有ったが…あくまで架空の世界を構築するゲームクリエイターで有る彼と、実際に現実の世界で起きた事件を主に扱う雑誌社のしがない記者でしかない私との間で…本来接点など出来る筈も無かった。
本当に、その筈だったのだ…
それが変わった切っ掛けは、先程言ったある事件。
彼と同じくゲームクリエイターにして、量子物理学者…茅場晶彦。彼、須郷伸之の直属の上司と言う事にもなっている件の茅場晶彦が恋人の神代凛子と共に自殺したあの事件…
その記事を書く為に第一発見者で有る彼、須郷伸之へインタビューを行ったのが正しく私だった…と言っても、あの当時彼は相当に参っており…色々聞き出すのにかなりの時間が掛かってしまい、私が粘って記事は何とか掲載はされたものの…世間の興味は既に、彼が完成を引き継ぐゲームの話に移ってしまっていた…何なら、他に比べて目新しい内容も聞けなかった為…ほとんど目に止まる事も無かった様で…
こうなると私としても今更引き下がれず、その後は畑違いも良い所の彼が引き継いたゲーム…ソードアート・オンライン…通称『SAO』の特集記事を書く事に…あの事件以来、嘗ての茅場晶彦の様にメディア露出がほぼゼロと言っても良い状態だった彼の元にある意味では恋焦がれるかの如く、本当にしつこいくらいには足繁く通い続け…結果、ある意味で独占状態で記事を載せる事は出来たが…
まぁ、茅場晶彦の自殺の件が尾を引いてるのと…加えて、ずっと徹夜が続いてる所為なのか憔悴状態の彼から聞けた話はほとんど無く…結局頭を冷やせと言う意味なのか、私は望まぬ休暇を与えられてしまった…
もうあの頃は踏んだり蹴ったりな気分では有ったが…実際に当時一番迷惑を被ったのは…何度も何度も私の相手をさせられた彼の方だと言う所に考えが及ばないくらいあの頃の私は焦ってたんだから、必要な措置だったとも言えるだろう…寧ろあれだけ社の意向に逆らって、当時良くクビにならなかったものだ…
そして…ここからが私のターニングポイント…休暇中の暇潰しとして私が手に取ったのが、ナーヴギアと件のゲームソフト…ソードアート・オンライン…ま、元々話のタネにはなるかと思って倍率の大きいそれを完全に駄目元で予約して…届いた時には長期休暇…と言うか、実質自宅謹慎の措置を取られていて…暇を持て余すなと思ってた所で届くんだから何とも皮肉なモノだ…と言うか、本来で有れば手に入った所でほとんどプレイする時間なんて無かっただろうし…何なら、私はクジ運が昔から頗る悪い…そう考えると本当に奇妙で、何処か運命的…
ゲームなんて子供の頃に少しやったくらいで…最近のオンラインゲームの事情だってほとんど知らなかったのに…ま、そんな状態で上司に散々噛み付いて…今まで積み上げた信頼を自分で滅茶苦茶にしてまで、新作のオンラインゲームの特集記事を書こうとしてたのも後で考えれば不思議な話では有る…冷静になってしまえば、本当に意味の無い迷走を続けていたと自嘲するしか無い。
そして迎えたサービス開始日のあの日…私は仮想世界に閉じ込められてしまった…軽い気持ちで参加してしまった事を酷く後悔し、私は彼…須郷伸之を呪った…まぁ、そもそもの話…当時散々彼の数少ない休憩時間を削った私が、彼に復讐されるのは当然の話だったのかも知れないが…
「ふぅ…貴女もしつこいですね…今更、僕の話なんて聞いてどうするんですか?」
「私は、真実を知りたいんです…記者としてでは無く 、あの時の当事者の一人として…」
彼には会って聞かれる度にそう答えているが…実際、今更意味が無いのも事実だろう…仮想世界から解放され、目を覚ました私は…その後に突き付けられた現実に愕然とした…一年も前に出されていた懲戒解雇の勧告…そして、両親の死…ここまでで私は、既に打ちのめされていた…一応幸いだったのは、SAO事件被害者たちの入院費用は政府が全て払っていてくれた事…が、それでも…私の貯金はほとんどがろくに付き合いも無かった親戚に多くを吸い尽くされてしまっていた…まぁ、これに関しては私が社会に出て以来ろくに実家に連絡もしなかった事と…両親が亡くなった事で一人残されてしまっていた妹に原因が有るのだが…実際は彼女は現在もまだ学生で、怒るに怒れない事でも有った…
残り少なくなっていた貯金を切り崩し、その一部を彼女に渡し…残ったお金を無為に消費してでも尚、私にはやめられない事が有った。
「真実、ですか…それを僕に聞いて分かるとでも?」
「貴方がほとんど何も知らないのはもう分かりました…ただ、それでも…貴方が語る事がその手掛かりを知る一因になるかも知れないと、私はそう思っています…」
「…それが、貴女自身の未来を潰してまでやる事だと?」
「ええ…その価値は有るかと。」
嘘だ。別にそんな物は感じていない…が、もう私に出来る事は何も無い。私がここで聞いた事だって、世に出る事は絶対に無いだろう…そもそも、その条件で私はここに出入りする事が許されているのだから尚更だが。
「じゃ、本日も宜しくお願いします…始めましょうか。」
メモ帳とペンを取り出す…レコーダーは元より、端末の一台も持ち込めない取材は不便では有るが、それでも構わないと…そう言ったのは私で…何より、私にはもうあの事件の事を知る以外…この世にはもう何の興味も無いのだから…