【完結】妖精國に落ちた超越者が、妖精騎士たちにほんの少しだけ救いを与えるお話【挿絵有り】   作:ロウシ

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第六話:歴史が始まる前、人はケダモノだった

 

1.

 

 

 なんと言ったのか、この男。

 いや、この神は。

 

 ツングースカに差し掛かるストーム・ボーダー中のシャーロック・ホームズ。

 ツングースカのど真ん中のNFF本社の中のタマモヴィッチ・コヤンスカヤ。

 

 二人は、存在する時間が異なりながらも、()()()

 同じ男から同じ言葉を聞き、同じように反応した。

 

『コヤンスカヤと契約する……ですか』

(ワタクシ)と契約する……ですと?」

 

 唖然と繰り返すのも、同じであった。

 知恵者共通の反応ということかと、ゴローはその類似性にくすりとこぼし、満面の笑みで顔を逸せてうん、と言った。

 景気のいいハナシでしょ?

 白い歯を見せて、そう続けた。

 だが、流れた雰囲気は、さめざめと冷ややか寄りであった。

 

「……ン? あれ? なンか、俺……そんなに変なコト言ったかい?」

「イヤ、変だとかおかしいとかそういうことではなくてだね! 何を言ってるのか自体が、よくわからないのだがね!?」

 

 ゴローがきょろりと見渡す。

 ゴルドルフは言葉に酸素を乗せすぎたのか、あんぐりと口を開けて白目気味になり顔を青ざめている。

 キリシュタリアとプロフェッサーは、どこか納得を示しつつ、理解し難いと渋い顔であった。

 太公望は「本当に言っちゃったよこのヒト……」とでも言いたげな、ちょっと信じられないものを見る顔を作っていた。

 

 ()()()()()片眉を釣り上げて、口を閉ざし、さもありなん……と飲み込んでいた。

 

 それらを視線でぐるりと見て回って、ゴローはへへ、と笑った。

 してやったり。

 童心に帰ったような、無邪気な笑みであった。

 

「別に、カルデアにコヤンスカヤと契約して欲しい、って言ってるワケじゃねェよ」

「な、なに──で、では……まさか……!?」

 

 ゴルドルフの身体はびっしり湿っていた。

 反してゴローは、好奇心溢れる口調であった。

 それは、真新しい得物を手にした狩人のようだった。

 突きつける銃口の先、スコープで覗く先に、コヤンスカヤがいる。

 尤も、そこから放たれるものは鉛玉ではなく、言葉であるが。

 

「そうさ、コヤンスカヤ(ホームズ)。俺のヤりてェこたァ、俺個人とNFF社で契約するってことさね』

 

 太陽のような顔で、ゴローは言った。

 やっぱりー!!!

 と言葉を聞いた瞬間には、ゴルドルフは顔を伏せて膝から崩れ落ちていた。

 拳を作って床を叩いている。

 予想していた言葉と表情を、全く予想通りの言葉と表情で放たれたのだった。

 

「ちょっと……ちょっとまってくださいませ……」

『ふむ、それは、アナタを中継したカルデアとNFF社の業務提携……ということですかね? ミスター・ゴロー』

 

 ゴローの紡ぐ言葉が噛み砕けなかったか。

 あるいは、その輝かしいデカい顔に気圧されたのか。

 コヤンスカヤは頭を抱えてふらふらと、その心までもが揺らいだ。

 ゴローの言葉を噛み砕き、その一歩先まで読み切ったホームズは、理想の形を言葉に綴った。

 

 ゴローはいずれにせよ、うんうんと頷いて見せた。

 

「なァに、悩むようなコトでもあンめぇ。コヤンスカヤの力と知恵。何よりその哲学にゃア、俺ァ大いに敬意を払うよ。実際この子、敵にまわしゃア鬱陶しいが、味方にすりゃア頼もしいでしょ?」

 

 ちら、と見るのはゴルドルフである。

 彼はすかさず、

 

「イヤイヤイヤ! ちょっと、ちょっとほんとマシで待ちたまえよマッスル・(ゴッド)くん!? コヤンスカヤに対する処置は太公望による宇宙打ち上げ大作戦で結論が出たのではなかったのかね!?」

 

 ゴルドルフは言いながら、太公望に視線をやる。

 おかしいでしょ!?  

 アンタからも何か言いなさいよ!!

 と無言で促す。

 が、

 太公望は細めた目で、朗らかな顔であった。

 緊張感のかけらもない。

 驚嘆の色もない。

 むしろ、ゴルドルフの困惑を楽しんでいるようである。

 ゴルドルフは速やかに察した。

  

 あっ、これ裏でゴニョゴニョした話が済んでるヤツだ。

 

 と。

 

「いやね、太公望さんの計画(プラン)に反対ってワケじゃアないのよ」

 

 現状、コヤンスカヤがビーストに成ることを止める方法はない。

 成体となれば、もはやコヤンスカヤの意思に関係なく、その存在は()()()()だけで、人類を害する獣と成り果てる。

 そして、いずれは人の手によって討たれるであろう。

 だから、人類の存在しない外宇宙に、コヤンスカヤを固有結界(ツングースカ)ごと旅立たせること。

 そして、そのためにもカルデアは『異星の神』を倒し、出立の準備を終える必要があること。

 この点はゴローとて説明を受け、納得したはずだった。

 

 過去──ストーム・ボーダー内で既に、太公望と手紙のやり取りにてこの計画の全容を把握していたゴローは、会話のとっかかりとしてホームズにも同じ説明をしていたのだった。

 ホームズは特に反対もしなかった。

 むしろ、計画をより深く、緻密にしようと身構えてくれていた。

 ここでネタばらしをする、ということは、そのもう一段どんでん返しがあることを察してくれたのだ。

 

「つまりさ、計画の要点は最終的な『コヤンスカヤと人類の距離』ってコトで。そりゃあつまり、コヤンスカヤがビーストに成る時の『巣と人類の距離』なワケじゃン?」

「そうだとも。ええおっしゃる通りだともマッスゥーゴッドくん! だから、その時にはTVコヤンスカヤと人類は離れている必要が……」

『そうですね。人類無き世界であるなら、ビーストとして羽化しても問題はない。それはこの計画(プラン)の『WHY(なぜ)』に当たるでしょう』

 

 だったら、思うンだ。

 それ。

 俺ン中の宇宙でよくない?

 

 

 ────は?

 

「いや、だからさ」

 

 俺が持ってる破片宇宙を、いっこ。

 コヤンスカヤにあげるってハナシさ。

 

「──?」

「?」

「!?」

「!!?!?!!?!?!?」

 

 ──はい!?

 

「……ごほん! 今、トンデモないジョークを聞いた気がするがね。聞き流してやろうじゃないか! 私はこう見えても魔術師として家柄はそれなり故に、冗談や誇張したホラ話などはいくつも聞いてきた。だからその手の話には他の魔術師に比べると、幾分か寛容であるという自負はあるのだ……いいかいマッ神くん。この世界では例えどんな偉大な創世神話であったとしても、それはそのテクスチャの上での話であってね……」

「いや、だからァ。()()()()()()だからさ、そもそも基盤の法則性がこの宇宙とは別モンだし、内在宇宙だからこの宇宙に馴染ませてるわけでもなくて、その存在も歴史もテクスチャの上のモンじゃねェのよ。小せえ破片じゃァあるが、歴とした物質宇宙なンだって」

「──……マジ?」

 

 マジだよぅ。

 俺ン過去の話はしたじゃない。

 俺の出身の宇宙が寿命で砕けて、その残骸に『鉄槌』かまして俺がビッグバン起こして、いくつか宇宙創ったって。

 その際に、物質宇宙になりきれなかった破片宇宙をいくつか体内に収めて育ててたって。

 あれ、冗談って思われてたンかい?  

 ひょっとして。

 

「逆に聞くけど、なんで私たちが本当だと思ってると思われてたの……?」

『なるほど。アナタが内包することで、アナタという同一点にありながら、この世界と隣接するわけでもない別次元の宇宙ならば……この世界に在りながら、根源の渦を要点とするこの宇宙の法則事象に完全に寄り添う必要のない、独立した宇宙として存在できているということですね?』

 

 おうさ。

 ゴローは呼応するようだった。

 二面的に展開するどちらにも、同じ態度である。

 

「ほれ、手、かしてみ」  

 

 すい、と音もなく、ゴローはコヤンスカヤの前に歩んだ。

 その小さな手を、とても柔らかな心で下から支え、持ち上げた。

 どきりとする動きであった。

 壊れないように壊れないようにと、蝶に触れるがごとく、丁重にモノを扱う柔和なそれであったからだ。

 大切に扱われている、という意思表明に、コヤンスカヤはどきりとした。

 心に呼応して、すらりと伸びた指が美しいその手が、ふるりと震えた。

 掌を上に向けられた。

 コヤンスカヤは少し腰が引けていた。

 岩のような握り拳が掌の上にある。

 それは、ちょっぴり怖かった。

 握りを開いた彼の手から、ころん、と落ちるものがあった。

 

「──まあ!」

 

 指輪であった。

 ブリリアン・カットの施された、光を散りばめた黒い宝石が付いていた。

 ブラックダイヤモンドと思った──が、すぐにそれが普通の宝石ではないと、コヤンスカヤは気づいた。

 他の者が覗き込む。

 宝石の黒は、渦巻いていた。

 その渦の中に、ぽつぽつと光が散りばめられている。

 それが、渦の動きに従って、瞬いていた。

 宝石ではない。

 

「直径三七億八二〇〇万光年。直径一〇万光年サイズの銀河が約三四〇〇億個、太陽系相当の恒星系一兆と二〇〇億六〇〇〇万個、そのうち地球型惑星を約三八〇億個含む、小っせえ宇宙だよ」

 

 点、線、面、立体までの三次元領域を基盤に。

 宇宙の力場を構成する九八パーセントは暗黒物質(ダークマター)

 この世界の時空との時差は一〇の八八兆七〇〇〇億分の一秒以下。

 魔素の濃度も性質も極めて近い。  

 自然法則も四つの力を原則としてほとんど一緒。

 当てはめるカタチは『フラスコの宇宙』じゃア味気ないンで、『指輪の宇宙』ってワケさ。

 

「新天地を探すにゃア、過不足のない世界だと思うがね。どうだい? こんなモンで」

 

 こ、こんなものを、わ、私に……!?

 

「……ネックレスとかの方が良かった?」

「そうじゃなくてですね!!?」

 

 こんなものを渡されても困ります!

 いや、もう言いたいこと(ツッコミ)がパンクしてますわ!

 でも、NFFの社長として、言わせていただきます。

 わ、私、困ります。だって……

 

「だって?」

 

 だって、(ワタクシ)、対価を払えませんわよ。

 こんな、その……

 世界を丸ごとひとつ、プレゼントされても……

 

「へっ? 『肩たたき券』、やったじゃねぇの」

「──えっ?」

「うん、だから肩たたき券──」

「あ、あれは、ケルヌンノスの時に──」

「うへぇ!? まさか、あんなモンで消化できる程度だと思われてたの? あのチケットを!? 俺がおまえさんにあげたモンは、掛け値なしに、全能者に奇蹟を起こさせる『権限』なのよ!?」

 

 あんなモンで奇蹟を使い切られたと思われるぐらい、俺って、みみっちい神サマに思われてたンか!?

 

 ゴローが慌てた表情でキリシュタリアたちに振り返る。

 その顔に小賢しさはない。

 自分が今言っていることを、本当にその通りに思っている顔であった。

 

 コヤンスカヤは眉をひくつかせた。

 驚き、呆れ、苛立ちがいっぺんに顔に出てしまい、却って表情が作れていなかった。

 ただ、この神が掛け値なしの全能者であることを、改めて読みきれていなかったことを自覚した。

 

 尺度(スケール)が違いすぎる。

 それは、能力の大きさだけではない。   

 能力に基づく影響の大きさでもない。

 桁違いだったのは、根本的な意識の差。

 そもそも、住まう世界の常識の尺度の差であったのだ。

 

 コヤンスカヤは知る由もないが、かつてゴローの秘める背景(スケール)の巨大さを大まかに推し量れていたのは、両手指で数える程度である。

 ブリテンを担当したクリプターのベリル・ガット。

 ブリテンの王であったモルガン。

 そして、星の機構そのものでもあったウッドワス。

 他にはマーリンとメリュジーヌ、オベロンぐらいである。

 いずれも錚々たる面々。

 コヤンスカヤとて、ブリテンにおいてもう少しゴローと近しく接していれば、その時点で察することはできただろう。

 

「太公望は、反対ではないのですか?」

 

 聞いたのは、キリシュタリアであった。

 太公望は、ええ、と返した。

 

「彼に説得されています……というのも、『その人のために用意した花束を、そっくりさんに渡しちまって、その後もし本人に会ったら、どう言い訳すンだい?』とまァ、痛いところを突かれちゃいましてね」

 

 アナタを想うあまりに、

 アナタのために用意したデートプランと花束を、

 アナタのそっくりさんに、我慢できずにあげちゃいました。

 

 こんなン、その女性当人に言ってみなさいよ。

 拷問死させられてもモンクは言えねェぞ。

 特に、自身の美と格にプライドを持ってるタイプならなおさらね。

 

「うわー……確かにー」

 

 プロフェッサーがムスッとした顔で言った。

 ほのかな怒りと呆れを言葉に含めていた。

 

「捧げる愛は本命にとっときなよ。真実に愛ではなく、同情で愛を捧げられちまったら、コヤンスカヤも可哀想さ……ってねぇ。俺ァ、そう言っただけさね」

 

 まぁ、

 

 そう言って、コヤンスカヤに向き直る。

 デカい顔が、上から真っ直ぐに覗き込む。

 瞳の黒い引力が、その意識を吸い上げる。

 どん、と胸を叩いて、ゴローは続けた。

 

「他に手がないンなら、それでもいいさ。ケドよ、今、ここにやァ()()()()モンよ。余計なお世話が大好きな、暇人の全能者がね」

 

 そして、間髪入れず、ゴローはゴルドルフに振り返る。

 彼に向かって歩を詰める。

 ゴルドルフは心中ではきっと後退りしたかっただろう。

 だが、真っ向から受け止めんと足に力を込めた。

 自らの頭二つ以上高い上背が、するっと縮まった。

 ゴローはゴルドルフに膝を折っていた。

 頭を下げていた。

 

「何のマネかね……」

 

 恐々と、ゴルドルフが聞いた。

 コヤンスカヤは宇宙を受け取った。

 と、ぽつりぽつりと語り出した。

 

「ひとつ、カルデアの総司令官はあなただ」

 

 顔を伏せたまま、よく通る、訛りのない真摯な声であった。

 

「ひとつ、コヤンスカヤともっとも近しかったのは、あなただ」

 

 だから、あなたの認証が欲しい。

 コヤンスカヤに世界を渡し、俺が、彼女と契約することへの認可が欲しい。

 他ならぬ、あなたの口から。

 そうしなければ、この契約は無効にする。

 太公望の案にのっとり、コヤンスカヤと世界(ツングースカ)は揺籃と時空の狭間を漂い、そして、時がくればこの星から消える。

 

 どちらか──あなたにこそ、選んで欲しい。

 

「…………」

 

 ゴルドルフの胸中にこだましたもの。

 その脳裏に浮かんだものは、果たして何であるのか。

 きっと、彼女との思い出なのだろう。

 きっと、彼女の誠実さであるのだろう。

 きっと、彼女の腹黒さなのだろう。

 清濁がぐるりとめぐったはずだ。

 それを、ゴルドルフは飲み込んだ。

 

「ひとつ……条件がある」

 

 まだ、ゴローは顔を伏せている。

 微動だにしない。

 ゴルドルフはまばたきをした。

 そうして、言った。

 

「彼女がもし……途中でビーストとなり、我々に牙を立てよう時は、きみが責任を持って彼女を排除すること……それだけは約束してくれたまえ」

 

 ゴローは立ち上がった。

 ゴルドルフを見る目に、力が漲っていた。

 それは、明るい力であった。

 爽やかさすら感じられる光を放っていた。

 

「わかった」

 

 そうならないようにします。

 と、言った。

 

 

2.

 

 

「では──よろしくお願いしますわ」

 

 コヤンスカヤは観念したと息を吐いて、丁寧に義務的に頭を下げた。

 彼女は、手の中にある指輪を見る。

 うっとりとした表情があった。

 ほんのりと頬が紅潮し、瑞々しい厚みを持つ下唇を舌先でほんの少しなぞった。

 目を、かすかに細めている。

 誰にも見せない、恍惚とした顔であった。

 吐く息ひとつが、艶やかであった。

 

 顔を持ち上げた時に、彼女はキリッと、表情を引き締めていた。

 

「それでは、ここに契約は果たされましたので、不肖、(ワタクシ)タマモヴィッチ・コヤンスカヤはNNFF──ニュー・ナイン・フォックス・ファウンデーションの()()()()()()()()()()()ゴローさまの専属秘書として、誠心誠意努めさせていただきます☆」

 

 ────はい?

 

 ……ん?

 ………んん?

 ……………あれェ!?

 

「ちょっ!? 何ィ!!? 何言ってんだいこの子ァ!?」

 

 コヤンスカヤの言葉に一同言葉を失くし、真っ先に取り戻したのはゴローであった。

 

 ニュー・ナイン・フォックス・ファウンデーション!?

 俺が代表取締役!?

 なンのこったい!?

 

「あら、旧NFF社長の(ワタクシ)からの勅命でございましてよ、ご不満なのですか?」

「いやいやいやいや、不満とか言う次元じゃないでしょうが!! あんたァ、あくまで俺ァ俺個人としておまえさんと契約したンだぞ!?」

「ハァイ、そうですね! で──失礼ですが、ゴローさまのこの世界での……というより、カルデアでのお立場、役職はどちらになりますか?」

「役……職……だと……?」

 

 ゴローのカルデアでの立ち位置、役職。

 ……無い。

 ゴローが日がな一日カルデアでやってること。

 図書館に入り浸って本を読んで、飯食って、寝てる。

 

「……あっ!」

 

 そう、完全に、

 

「なるほど、穀潰しですね!」

「キリシュタリアくん!? はっきり言わんといてくれるかい!? てか、それならそういうおまえさんたちだって……」

 

 キリシュタリア・ヴォーダイムたちは捕虜ですわ。

 ゴルドルフ・ムジークは所長。

 レオナルド・ダ・ヴィンチは技術顧問。

 シャーロック・ホームズは経営顧問。

 ネモシリーズは土地や移動船の土地主兼船長。

 ムニエルは操舵手もとい運転手。

 藤丸立香とマシュ・キリエライトは現場社員。

 サーヴァントたちは、いわゆる派遣スタッフ。

 

「……で、アナタの立場は? 箔は? 格は?」

 

 せいぜいが、カルデアの客人でございましょう?

 私、腐っても民間軍事会社NFFの社長でございましてよ? 

 力の差は置いておいて、社会的な立場で言えば、私とゴローさまでは対等な立場で契約とはいきませんよねぇ?

 

 アナタ、神でありながら、一応人類なのでしょう? 

 敢えてアナタの側から言うなら、仕事とは『至高者』が人類に与えた罪と罰。

 つまり、神の論点から言って、地に足をつけた仕事について、責務をこなして初めて、アナタは人間でもあると胸を張れるのではなくて?

 

「そ、それで、役職与えようってかい? そ、それにしたってよぅ。後援会会長とかさァ、もっと、ふさわしいのがあるンじゃ無いの?」

「アナタと契約すると言っても、今のアナタの立場からして、それ、所詮カルデアと契約しているようなものじゃないですか。アナタ、隠れ蓑(ダミー会社)じゃありませんの、それじゃ」

 

 結果的には契約違反ですわ、それじゃ。

 そうなりそう、って気はあったのでしょう?

 ゴローさまにも。

 だって、本当に()()()()()()私と契約するのなら、いちいち()()()()()ゴルドルフ新所長に確認、とる必要ないじゃありませんか。

 

 痛いところを刺されている。

 うぐうっ!? とゴローは唸った。

 

「ですから、ゴローさまには私が今、この瞬間に立ち上げたNNFFの代表取締役に収まってもらいます☆ というか、もうそういうことに決めちゃってたので変更も返品(クーリング・オフ)は効きませんよ〜! 諦めて責任、とってくださいまし?」

「じ、事後承諾は契約違反にゃァならねぇのかい?」

「ハイ! だって(ワタクシ)、契約の際にその手の話、なぁんにも聞いていませんもの」

 

 ──ぷっ!

 

 とこぼしたのは、太公望であった。

 彼は、ニマニマと笑いながら、ゴローの背中をぱんぱんと叩いた。

 

「アナタの負けですよ、ゴローさん。大人しく年貢を納めた方がよろしいかと」

「な、納得いってねェが……穀潰しと指摘されちゃァしょうがねぇか……」

 

 しょんぼり眉を落として、まいったねぇ、とぼやくゴローを見て。

 コヤンスカヤは得意げにふふんと鼻を鳴らした。

 人界に留まらない愛嬌が、いつぶりか、表に出てきていた。

 

 

3.

 

 

 目を開ければ、夢が始まる。

 

 

 草原の上であった。

 風が柔らかい。

 降り注ぐ陽光がふくよかである。

 近くの川のせせらぐ音が心地良い。

 時間でさえ、ついつい耳を傾け心を預け、その居心地にたゆたうような世界であった。

 

 そこに、彼らはいた。

 意志を持つものたち。

 命。

 形を違える命たち。

 ひとりは、獣。

 ひとりは、人。

 ひとりは、神。

 彼らの大地は彼女が生み出した。

 ひとつの世界が世界の上に寝転がっている。

 そのまん中に、彼女はいた。

 安らぎの中であった。

 味わうように息をしていた。

 目を、閉じていた。

 瞼の裏の暗闇にすら、なんの恐怖もない。

 

 ここは、いい世界だ。

 怨嗟の声は届かない。

 深淵はどこにもない。

 祝福の音色が艶やかに命を包み込む。

 明日に恵まれ、未来が満ちていた。

 ひと握りの愛だけが、()()ある場所であった。

 張り巡らされるものに、底知れぬ奥行きと深みがある。

 

 彼女の世界の片隅で、

 彼女の世界のまん中であった。

 

 

 コヤンスカヤは指輪の中の宇宙(せかい)に降り立ち、そこで早速、ひとつの星の上で世界を広げた。

 

 同席するものとして、ゴローと、太公望が立っている。

 

 広がりゆく大自然。

 無人無命の星の上を、彼女の世界が満たしていく。

 

 さながら、創世の光景であった。

 その中で、二人の視線の先で、コヤンスカヤは恥も何も無く、草原と花風の舞う中に、大袈裟にごろんと寝転んだ。

 

「これで、一件落着ですかね」

「ン──まだ、ニ、三やるこたあるがね。ツングースカというか、この件は終わりだねぇ」

 

 意味深な言葉を吐いて、ゴローは顎を撫でる。

 太公望は特に何も言わない。

 神の深慮とはいえ、太公望はそれに最も理解が及ぶ、人類の知恵者のひとり。

 この後の彼の行動を、ある程度読んでいるのであった。

 

「あんまり、彼女を危険なところに連れ回さないでくださいね?」

「そりゃア了承しかねるね。してやられちまったし、こうなりゃア地獄の底まで付き合ってもらうしかねぇさ」

「私怨混じりはみっともないですよ?」

「愛を理由の無鉄砲は許されて、怨痕を理由の無鉄砲が許されねンのは、ちと不平等じゃねぇかい? どっちもヒトを狂わせるにゃア充分なモンだろうに」

「いいえ、僕はそう思わないなァ」

 

 だって、愛は尊いじゃないですか。

 

 太公望の視線の先に、愛に包まれる獣がいる。

 確かに、アレは尊い。

 確かに、アレは儚い。

 確かに、アレは美しい。

 増悪に転げる獣であれば、ああはならないだろう。

 

 確かに。

 とゴローは言った。

 

「本当のところは、貴方に嫉妬してます」

 

 最適解を導き出せる知恵ではなく。

 最適解を強引に引き出せる力に。

 

「それァ、正常だよ」

 

 だけどね、と続ける。

 太公望さん。

 

「たまたま、俺がこの世界でそういうことができるってだけさね」

「…………」

 

 慰めにはならない言葉である。

 当然だ。これは慰めではなく、戒めの言葉なのだから。

 

「コヤンスカヤを、よろしく頼みます」

 

 太公望の言葉に、ゴローは静かに頷いた。

 




作中のゴローの過去話
即死【https://syosetu.org/novel/280941/29.html】参照。
肩たたき券について、ケルヌンノスの〜の話
日曜日よりの使者②【https://syosetu.org/novel/280941/44.html
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