ウマ娘とかいう種族に転生した話   作:史成 雷太

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前半はラックが消えてから少し後の話です。


The Black Traitor

「ブライアン! ナリタブライアンはどこだ!!」

 

エアグルーヴは大声でそう叫んだ。

ナリタブライアンは生徒会の仕事をほっぽり出してどこかへ行ってしまったのだ。

しかも、ナリタブライアンの担当の仕事で、彼女がいないと始まらないものだ。

エアグルーヴはため息を吐いてナリタブライアンを探しに行くことにした。

 

あれから数年、学園は落ち着きを取り戻し、トゥインクルシリーズも後ろの暗くないエンターテイメントになった。

スターたちもスターの卵たちも学園に入学し、毎日を切磋琢磨している。

 

ナリタブライアンは有望視されているウマ娘だ。

姉のビワハヤヒデと共にもしかしたら姉妹三冠を取れるのではないかと言われるほどだ。

今はエアグルーヴと共に生徒会副会長をしている。

顔も知れているので、エアグルーヴは近くにいた生徒に話しかける。

 

「すみません、ナリタブライアンを見ませんでしたか?」

「あら、グルーヴちゃん。見たわよ、確かリギルの方へ行ったわよ」

 

そのウマ娘はエアグルーヴがきっかけで生徒会室に来るようになったウマ娘だった。

そのウマ娘たちは今も生徒会の仕事を手伝ってくれている。

 

「ありがとうございます」

 

エアグルーヴはリギルに向かった。

 

リギルはエアグルーヴ、ナリタブライアン、シンボリルドルフ、マルゼンスキー、ヒシアマゾンやフジキセキの所属するチームだ。その実力から国内最強のチームだと言われている。

今ではタイキシャトルやグラスワンダー、テイエムオペラオーをチームに迎え、その地位を不動のものにしている。

そして、ブラックトレイターのライバルのスズカコバンが推薦して入学してきたサイレンススズカもチームに入り、過去最高の戦力といえるリギルになった。

スズカコバンは同期の中ではトゥインクルシリーズを一番長く走り、その後はサポート科に転科した。曰く、「将来に不安を抱いている子を支えてあげたい」とのこと。サイレンススズカもそのうちの一人だったのだろう。わざわざ入学の手続きを手伝っていた。それ以降はサイレンススズカが迷惑をかけられないからと一人で頑張っているが。

今はもうリギルにはいないが一時期リボンパックやスイートパルフェも所属しており、彼女たちもトゥインクルシリーズの立役者の一人になった。

特にリボンパックは自分の過去を悔い、必死に努力を重ね、勝利を掴んでいた。

 

エアグルーヴはリギルに所属しているため、ノックなどなしに入る。

 

「こんにちはー」

「ああ、こんにちは」

 

あいさつは基本。

リギルではそういう細やかなところから強くなるのだと教えられた。

 

「エアグルーヴ、今日は生徒会の仕事じゃなかった?」

「マルゼンスキー……ブライアンがサボってな」

「あら! 悪い子ね」

 

声をかけてきたのはマルゼンスキーだった。

マルゼンスキーは『スーパーカー』の異名を持つウマ娘だ。短い距離、特にマイルを開拓したウマ娘で、シンボリルドルフと共に出場した1800mのレースは今も伝説として語り継がれている。

エアグルーヴの知り合いの中で一番先にトゥインクルシリーズを引退してドリームトロフィーリーグに行った。

強敵と走ることを喜びとしているので、充実したレース生活をしているようだった。

 

「で、ブライアンはどこに?」

「さっき、トレーニングに行くって言ってたわ。ターフかしら」

「そうか、ありがとう」

「頑張ってね」

 

ばちこーんとウインクをしてマルゼンスキーは去っていく。

エアグルーヴは静かに廊下を走ってターフに向かった。

 

ターフではたくさんのウマ娘たちがトレーニングをしている。

 

その中には、今をときめくスターウマ娘もいる。

たとえばゴールドシチー。

彼女は皐月賞、日本ダービーと激戦のレースを戦い抜いたのが記憶に新しい。

最初はゴールドシチーに対して観客は懐疑的だった。

モデルをやりながらレースにも出れるのか、と。

しかし、彼女はその実力で自分の実力を証明し続けた。

 

「トレーナー、どうだった?」

「ああ、最高だシチー! タイムも縮まっている。だけど、コーナー少しよろけたな」

「……ま、そうだけど、タイムはいいんでしょ?」

「ダメだ、ちゃんと診せてみろ。怪我をしてたら大変だ」

「あ、そっち……。はいはい」

「そっち?」

「いや、ダメだしかと……っていいの! 診るなら診て!」

「わ、わかったよ」

 

ゴールドシチーは新人トレーナーと二人三脚でやってきている。

今や彼女の実力を疑う者はいない。

トゥインクルシリーズのスターの一人と言えるだろう。

 

他にもスターはいる。

その筆頭はタマモクロスとオグリキャップだ。

二人は国内では知らない人がいないほどの大スターになった。

 

『葦毛のウマ娘は走らない』

 

その通説をぶち壊し、第二次トゥインクルシリーズブームを巻き起こした。

白い稲妻タマモクロスと地方からの星オグリキャップのライバル同士の戦いは見るものを熱狂させた。

 

タマモクロスとゴールドシチーはブラックトレイターがトゥインクルシリーズを出て行くことを知った後、酷く暴れた。

 

 

 

「ふざけんな! あの人がウチらのためにどんだけ尽くしてくれたと思ってんねん! どうしてあの人が追い出されなあかんねん!!」

 

タマモクロスはそう言って、抗議する。

それを止めたのはブラックトレイター本人だった。

ブラックトレイターとタマモクロスは二人だけで話すことになった。

 

「タマモちゃん、怒ってくれてありがとう。でも、僕は大丈夫だよ」

「何が大丈夫や! ウチは……あんたに憧れたんや! 感謝祭に見せてくれた走り……今も目に焼き付いとる! どうして、あんたが出て行かなあかんねん!」

「自分のしたことには責任を取らないと」

「責任なんて、そんなのほっぽり出してええやんか! 出て行くほどのことをしたんか? 違うやろ!」

「タマモちゃん……」

「あんたは、ウチのヒーローなんや!! 仮面なんてなくても、ウチのヒーローや!!」

 

そう言ってタマモクロスは涙を流した。

ブラックトレイターはタマモクロスを抱きしめて頭を撫でる。

 

「ありがとう、タマモちゃん。でも、僕は行くよ」

「そんな……」

「だから、タマモちゃんに頼みたいことがあるんだ」

「……なんや?」

「これから、君はスターになる。この揺れるトゥインクルシリーズの中のスターだ。今度は君がみんなのヒーローになってほしい。そして、君の夢を叶えるんだ。日本一のウマ娘になって」

 

ブラックトレイターはタマモクロスの涙を拭う。

タマモクロスはその言葉にようやく頷いた。

 

「……わかった。姉ちゃんがおらへんここはウチが支える。せやから、見ていてほしい」

「うん、応援してるよタマモちゃん」

 

それからタマモクロスは頭角を現していくことになる。

 

ゴールドシチーもタマモクロスほど直情的ではなかったが、色々なところに抗議した。

あのブラックトレイターは少なくともトゥインクルシリーズに、この国に必要だったはずだと。

だが、それを取り合ってくれるところは今やこの国にはなかった。

だから、ゴールドシチーは本人に直接問いただすことにした。

 

「待ってよ」

「……なんだ? お前か。俺に近づくなって言わなかったか?」

「言ったし、アタシも頷いた。けど、今あんたに聞かないと絶対後悔する」

「なんだよ」

「どうして抗議しないの? あんたは確かに悪かったかもしれないけど、それでも今まで頑張ってきた! どうして出て行こうとするの?」

 

その言葉にブラックトレイターは返答しなかった。

代わりに、ゴールドシチーに問う。

 

「ジャパンカップ、俺の走りはどうだった?」

「……それは」

「答えろ、ゴールドシチー」

「……すごかった。あの時は、正直世界一の走りだと思った」

 

その答にブラックトレイターは笑った。

 

「ありがとう。俺がトゥインクルシリーズにできることはもう何もないんだ」

「でも、そんなの……」

「俺は自分を証明した。次はお前の番だ」

 

ブラックトレイターはゴールドシチーの胸を人差し指で突いた。

 

「頑張れよ。モデルも、レースも」

 

ゴールドシチーは寂しそうな顔でブラックトレイターを見つめる。

それにブラックトレイターは苦笑して言った。

 

「俺だって燃え尽きたわけじゃない。だから、お前は自分のことを精一杯しろ。わかったな」

 

その言葉にゴールドシチーは頷くほかなかった。

 

 

 

「くぉら、オグリ! せめてトレーニング中は食うのやめんかい!」

「しかし、タマ……せっかくクリークが用意してくれたんだ」

「は!? クリーク、どういうことや!?」

「お腹が減ったと言っていたので、カレーを……」

「何やっとんねん!? ターフでカレーを食わすやつがおるかい!」 

「タマ……悪かった」

「わかったなら、はよそれ仕舞って……」

「タマにもよそってあげるから」

「いや、食べたいわけやあらへんで!? イナリ!! イナリどこや!! ウチだけじゃツッコミが追い付かへん!!」

 

タマモクロスはオグリキャップ、スーパークリークやイナリワンと共にいつものように漫才を繰り広げている。

その姿も愛される要因の一つだった。

 

エアグルーヴは周りを見渡す。

だが、ナリタブライアンの姿はない。

 

エアグルーヴはため息を吐いて、近くにいたウマ娘に声をかける。

 

「すまない、ちょっといいだろうか」

「はい。あら、エアグルーヴさん」

「む、メジロマックイーンか」

「はい、ご無沙汰しております」

「ああ、トレーニングか?」

「はい」

 

声をかけたのはメジロマックイーンだった。

メジロマックイーンは今年入学しており、トウカイテイオー共に将来を有望視されているウマ娘だ。

 

「モンスニー先輩は元気か?」

「ええ、逐一連絡をしてくださっています」

「そうか、それは良かった」

 

メジロモンスニーは復帰戦である天皇賞春を終えた後、姿をくらました。

怪我が再発したとか、外国へ移籍したとかの噂が立った。その中には同時期に消えたブラックトレイターについて行ったというのもあった。

どこへ行ったのかは数少ない関係者だけが知っている。

エアグルーヴとメジロマックイーンもその一人だった。

そして、エアグルーヴが敬愛するダイナカールもその一人だ。

 

ダイナカールは同期よりも先にレースを引退し、URAの勝負服メーカーの下で勉強をしている。

とはいえ、トレセン学園を辞めたわけではなく、後続のために色々と世話を焼いているようだった。

メジロモンスニーやブラックトレイターの話を彼女にすると、いつも苦笑して『好きにさせてやれ』と言う。

 

「ところで、ナリタブライアンを見なかったか?」

「ナリタブライアンさん? ああ、見ました」

「本当か! どこへ向かった!?」

「確か、カノープスに行くと言っていたような……」

「カノープス?」

 

そのチームの名前に首を傾げる。

ナリタブライアンがそこに用事があるようには思えなかったが、メジロマックイーンが嘘を吐いているようには思えなかった。

 

「わかった、ありがとう。行ってみよう」

「ええ、ご苦労様です」

「ああ」

 

エアグルーヴは早足でカノープスの部屋へ向かう。

カノープスはニホンピロウイナーが所属しているチームだ。形だけとはいえあのブラックトレイターがジャパンカップ出走時に所属していたチームでもある。

ブラックトレイターの前にはキョウエイプロミスがジャパンカップで2着を取っており、ジャパンカップで有名なチームになっている。

 

キョウエイプロミスは今、必死に医学の勉強をしている。

自分が怪我での引退をしたということもあるが、その知識を南坂トレーナー、そして、走って生きていくウマ娘を支えるのに使いたいと思ったからだ。

南坂トレーナーも週末になるとキョウエイプロミスの勉強を見に行っており、良好な関係を築けている。

 

ドアをノックすると、「はい、どうぞ」という気真面目そうな声があった。

中へ入ると、ニホンピロウイナーと眼鏡をかけたウマ娘がいた。南坂トレーナーもいる。

 

「エアグルーヴさん、どうかしましたか?」

「ええ、少し用が……」

 

と言ったところでエアグルーヴは眼鏡のウマ娘に目を向ける。

 

「新しいチームメイトですか?」

「ええ、イクノディクタスです」

 

南坂トレーナーが言うと、イクノディクタスは眼鏡をくいっと上げてあいさつする。

 

「イクノディクタスです、どうぞよろしくお願いします」

「エアグルーヴだ。生徒会で副会長をしている」

「はい、存じております」

 

イクノディクタスは見たところ短距離選手ではなさそうに感じた。短距離で目立った成績を残したカノープスに入るには少しだけ違和感がある。

だから、エアグルーヴは首を傾げた。

 

「どうしてカノープスに?」

「私の目標は怪我なくたくさんのレースを走ることです。それがカノープスの指針と合致しました」

 

南坂トレーナーはジャパンカップが終わってから『怪我せずに挑戦する』ことを掲げ、育成をしている。

それを聞いてエアグルーヴは納得した。

 

「ところでここにナリタブライアンが来ませんでした?」

「来たよ」

 

エアグルーヴの問いに答えたのはニホンピロウイナーだった。

エアグルーヴの尊敬するシンボリルドルフと同じく『皇帝』の二つ名を持つウマ娘。今はドリームトロフィーシリーズで活躍する短距離走者だ。

ブラックトレイターと友人の関係だと聞いていたが、エアグルーヴはニホンピロウイナーの口からその名前を聞いたことはなかった。

 

「確か、スピカに行くと言ってたね。10分くらい前かな」

「そうですか、ありがとうございます。しかし、どうしてスピカに……?」

「資料を取りに来たとか言ってたよ」

「資料?」

 

エアグルーヴはまた首を傾げる。

そんな仕事なんかあっただろうか。

ともかく、急ぎの仕事をほっぽり出しているのには変わらない。

エアグルーヴはスピカへ足を進めた。

 

スピカをノックしようとすると、派手な音を立てて沖野トレーナーが転がり出てきた。

ドアは自分の役目を放棄し、地面に転がった。

 

「ま、待てゴールドシップ! 何をそんなに怒ってるんだ!?」

「おめーがあんなだせえポスター張ってるから入りたいっつーウマ娘が来ねえんだろうがー!!」

「だ、ダイワスカーレットとウオッカは入っただろ!?」

「まだ仮入部状態だぼけ! うちがどんだけ希望者を逃してきたと思ってるんじゃ!! あのクソダサポスターで来てくれたんだから絶対逃がすなよ!!」

「も、もちろんだ!」

 

その様子を呆然と眺めていたエアグルーヴは我に返って眉間にしわを寄せた。ついでに額に青筋を立てる。

 

「貴様ら……」

「ん? あ、エアグルー……ヴさん……」

「げ、副会長……」

「貴様らのドアを何度修理すればいいのだ!! 何故そんなにドアを壊すのだ!! 言ってみろ!!」

「「ひぃ!」」

 

その般若のような表情に二人は悲鳴を上げる。

そして、同時に言い訳を始める。

 

「ち、違うんだ、ほら、ウマ娘の力だったら簡単に壊れちまうだろ? それにここは元々立て付けが悪かったしな?」

「何回か壊れていくうちに癖が付いちまったんだ! アタシだって壊したくて壊してるわけじゃないぞ!」

「ここよりも出入りが多いリギルでは一度もドアが壊れてないぞ! まったく、少しは反省しろ!! 後で修理の申請書と反省文を提出しろよ」

「「はぁい、おかあさん」」

「誰がおかあさんだ!!!」

 

過去一ブチ切れるエアグルーヴが落ち着いたのは十数分後だった。

エアグルーヴは深呼吸をして言う。

 

「はあ、シービーがいなくなった後のチームに私はこんな説教をしたくないぞ」

「えへへ……」

「誤魔化すな、反省しろ。そういうところはシービーとそう変わらないのがな……」

 

ミスターシービーはトゥインクルシリーズを引退し、マルゼンスキーに続くようにドリームトロフィーシリーズに進んだ。

スピカから完全に離れたというわけではないが、ミスターシービーは積極的に海外遠征をしているため、実質的にはチームにはいなかった。

 

「で、副会長はなんのようなんだ?」

「ああ、そうだった。ナリタブライアンを知らないか? ここに来たと言っていたが……」

「ああ、そっちの副会長さんね。アタシはよく知らないけど、来たぞ。すぐどっか行っちゃったけど。な、トレーナー」

「そうなのか?」

「ああ、ナリタブライアンね。そうだ、資料を取りに来たんだ」

「資料?」

「ああ、今チームに所属してるウマ娘の書類だ。なんでもシンボリルドルフに頼まれたらしい」

「会長が?」

「スピカが最後だって言ってたから今は生徒会にいるんじゃねえかな」

「そうか、ありがとう」

 

無駄足になってしまったとエアグルーヴはため息を吐いた。

 

「行ってみる。ちゃんと申請書を提出しろよ」

「ああ」

「わかったぜ」

「反省文もな」

「「はぁい」」

 

そうして、学園を一周してしまったエアグルーヴは生徒会室に戻ることになった。

生徒会室に入ると、そこにはシンボリルドルフと彼女にまとわりつくウマ娘がいた。

最近入学し、ここに入り浸るようになったウマ娘だ。エアグルーヴは学園でそのウマ娘に出会った時すでにウマ娘を知っていた。シンボリルドルフの日本ダービーの後に出会った……というより、エアグルーヴにとっては見かけたウマ娘だ。

 

「トウカイテイオー、会長の邪魔をするな」

「邪魔してないもん! ね、カイチョー?」

「ふふ、別に支障はないさ。だが、気を遣ってくれてありがとう、エアグルーヴ」

「いえ。……しかし、会長は少し甘やかしすぎです」

「そうか? ……そうかな?」

 

二度首を捻るが、それでも自覚がないシンボリルドルフにエアグルーヴは本日数度目になるため息を吐いた。

 

「会長、ブライアンに仕事を頼んだんですか?」

「ん? ああ、頼んだよ。何か不都合があったかな?」

「あいつ、まだ担当の仕事を終わらせてないんです」

「そうだったか。すまない、私の仕事を優先してくれているようだ。代わりにその仕事を請け負おう」

「いえ、そもそもあいつには時間がありましたから、やらせます」

「しかし……」

「またラックのお説教が必要ですか? 今すぐ帰ってきてもらいますか?」

「……それじゃ、頼もうかな」

 

苦笑するシンボリルドルフにトウカイテイオーは首を傾げる。

 

「ラックって?」

「ああいや、なんでもないよテイオー」

「ふうん?」

 

シンボリルドルフは首を振って誤魔化す。

その内心をエアグルーヴは正確に把握した。

トウカイテイオーの嫌いなものはいくつかある。注射やからかわれること、そして、シンボリルドルフの無敗を終わらせたウマ娘、ブラックトレイターだ。

あまりブラックトレイターのことには詳しくないようで、愛称は知らないのが救いだった。

ラックがブラックトレイターの愛称だと知られた時には頬を膨らませてシンボリルドルフから離れなくなるのは目に見えている。

それも可愛いものではあるが。

 

トウカイテイオーは当初、シンボリルドルフの他にも会いたいウマ娘がいた。

ホワイトローヤルというウマ娘だ。

シンボリルドルフのダービーのことを覚えており、生徒会に来れば会えると思ったのだ。

トウカイテイオーがシンボリルドルフとエアグルーヴに問うと、彼女たちは顔を見合わせてブラックトレイターのことをどう思っているかを聞いた。そして、本当のことを言うことを断念した。

だが、嘘が得意ではない二人が口を噤んだことによって、トウカイテイオーはホワイトローヤルが怪我か何かで引退したのだと勘ぐってしまった。それを訂正する間もなく、トウカイテイオーは涙ぐみながら彼女の分まで頑張って走ることを誓ってしまった。

結局二人は本人が隠しているのが悪いと開き直り、本当のことを伝える役目はブラックトレイターに丸投げしたのだった。

……そんな日が来るかはおいておいて。

 

「それで、ブライアンはどこに?」

「今はトレーナーくん……黒沼トレーナーのところにいるよ」

「黒沼トレーナー?」

「ああ、彼のために集めてもらった資料だからね」

「そうなんですか? なんのために?」

「ようやく重い腰を上げるようだ。後は彼に直接聞くといい」

「わかりました。それでは失礼します」

「ああ、よろしく頼むよ」

「はい」

 

黒沼トレーナー。

それはかつてトゥインクルシリーズを盛り上げたウマ娘、ブラックトレイターの元トレーナーだった。

そのトレーナーのいる部屋はあの時と変わらない。

 

その部屋をノックすると、少しして「どうぞ」という声が返ってくる。

「失礼します」と言って入ると、そこにはナリタブライアンと黒沼トレーナーがいた。

 

「ブライアン、仕事はどうした」

「今やってるだろう?」

「元々あった生徒会の仕事だ! 今日中には終わらせてもらうぞ!」

「……はあ、わかったよ副会長サマ」

「お前も副会長だ。自覚を持て」

「はいはい、ここは退散するとしよう」

「おい」

「ちゃんとやる。心配するな」

 

そう言って、早々にナリタブライアンは退室してしまった。

その様子を黒沼トレーナーは黙って眺めていた。

 

「はあ、あいつは全く。悪かったな、押しかけて」

「いや、いい。それで、用はナリタブライアンにか?」

「ああそうだ。だが、あいつに仕事とは何を頼んでいたんだ?」

「ああ、担当を持とうと思ってな」

「なに? 本当か?」

 

その言葉に黒沼トレーナーをまじまじと見つめてしまうエアグルーヴ。

相変わらずミスターシービーに押し付けられたパーカーを着ている。その下になにも着ていないのはギャグなのだろうかと考えさせられる。もしかしたら、なんだかんだ気に入っているのかもしれないとエアグルーヴは思った。

黒沼トレーナーは復帰してから今まで担当を持たなかった。トレーナーというが、教官のようなポジションだった。彼をトレーナーだと知らないウマ娘も多いだろう。

それがどうしてだと首を傾げる。

 

「ああ、実はあいつが一度帰ってきてな」

「本当か!? それはいつだ?」

「1週間ほど前だ。日帰りだと言っていたからすぐに行ってしまった」

「そうなのか、言ってくれればよかったのに。それで? 何か言われたのか?」

「ああ、俺は一からやり直そうと考えていたのだが、どうやらあいつに担当を持っていないことを知られたようでな、わざわざ帰ってきて説教されたよ。『トレーナーの力が必要になるウマ娘は絶対いるんだからすぐ担当つけて!』ってな」

「そうか、らしいといえばらしいな」

「ああ、俺も担当を持つことに決めた。そろそろしっかりトレーナー業をしたいと考えていたしな」

「それで、良さそうなウマ娘はいたのか?」

「ああ、今から見るところだが……」

 

そう言って、黒沼トレーナーはすでにチームに所属しているウマ娘をリストから除外していく。

そして、ふと手を止める。

 

「どうした?」

「……いや、このウマ娘はチームにも専属もないウマ娘かと思ってな」

「誰だ?」

「ミホノブルボン」

「ああ、ついてないはずだ」

「そうなのか?」

「ああ、結構有名だぞ。短距離適性が高いがクラシック三冠を狙っているらしい。なまじ短距離の才能がある分トレーナーたちは手をこまねいているようだ」

「ふ、そうか」

 

このウマ娘を担当する場合、トレーナーにはデメリットしかない。

夢を叶えさせようとすればどうして短距離に出さなかったのだと言われるだろうし、説得し短距離に進ませればミホノブルボンの夢を裏切ったという罪悪感に囚われる。

どっちにしろ茨の道だ。

 

だが、黒沼トレーナーはその紙を持ったまま立ち上がった。

 

「スカウトするのか?」

「ああ、決めた。俺の方がお眼鏡にかなうかはわからないが」

「理由を聞いてもいいか?」

「無理無茶無謀の夢を抱くウマ娘がいる」

 

黒沼トレーナーは珍しく薄く笑って言った。

 

「――そんなウマ娘の夢を叶えてやるのが、俺の夢だ」

 

 

 

ミホノブルボンは頭角を現していく。

才能をあざ笑うように強くなっていく。

一人のトレーナーと出会ったことによって。

その努力によって作り上げられた見事な逃げは人々を熱くさせた。

 

 

 

 

 

 

 

ずいぶんと時間がかかってしまった。

 

あの後、僕はトゥインクルシリーズを追放され、海外へ行った。

アメリカだ。

それには理由があって、マジェスティーズプリンスさんに誘われたからだ。

 

「ここは実力主義の国、アメリカだ。ここなら走っていい。ここで芝を開拓しよう。お前の話を聞いた。罪を清算したいってなら、ウマ娘のために走れ。アメリカのな」

 

そう言われて僕はまた走る場所を見つけることが出来た。

もちろん、マジェスティーズプリンスさんの言うほど単純な話ではなかったので、髪や名前を変えて出走することになった。演技も必要なかったので、結構素で走ることになった。

それでも評判の悪い僕を匿うことになるので、アメリカのURAにあたる組織からは反対意見が出たが、いろんな人が助けてくれた。

シンボリ家やメジロ家、シンザン会長に理事長。レッドさんや意外にもベッドタイムさんも助けてくれた。

ベッドタイムさんはジャパンカップの後、日本を認めてくれたようで謝罪の言葉を口にした。だが、僕がトゥインクルシリーズから追放されたことを知って激怒した。

 

「このウマ娘を追放するのはバカのすることだ。自分の国の宝をドブに捨てる行為だ」

 

ベッドタイムさんはさらに「追放するなら他に取られてしまえばいい」と言って、アメリカへ渡る手伝いをしてくれた。イギリスに連れてかれそうになったけど、イギリスは日本よりも出走条件が厳しいので、諦めたようだった。

そして、僕はホワイトローヤルとしてアメリカで走ることになった。

 

僕が受け入れられたのにはいくつか理由がある。

一つは世界の実力者が認めてくれたこと。

次にアメリカが芝の開拓をしたかったこと。

もう一つはアメリカはURAのように大きな組織で成り立っているのではなく、いくつかの営利組織で成り立っているので受け入れてくれる場所があったこと。

そして、最後は僕が等速ストライドの継承者だったということ。

 

あのビッグレッドの継承者ということで、僕は大いに期待された。

日本ではトレーナーなどの詳しい人しか等速ストライドに気づかなかったので、僕がアメリカにいることは最初は全くバレなかった。

レッドさんは僕がアメリカに来てくれたことを嬉しくおもったのか、ニコニコしていた。

 

「これでわたしの走った証をまたターフに刻める」

 

とはいえ、順調に行くというわけにはいかなかった。

レースでは勝てるが、そもそも慣れない異国の地で生活が立ち行かないことがあった。

四苦八苦していると、とある人が僕を訪ねてきた。

モンスニーちゃんだ。

モンスニーちゃんは大量の荷物を置くと僕に言った。

 

「わたくしも引退してまいりましたわ。これからはあなたのサポートをします、ラック」

 

僕は仰天したし、戻るように説得したがモンスニーちゃんはそれに応じなかった。

 

「家出してきましたの。置いてもらわないと路頭に迷いますわ。それにあなたと天皇賞を走れましたから。もう悔いはありませんわ」

 

その言葉に僕は何も言えなくなってサポートをお願いすることにした。

モンスニーちゃんは本当に家出をしてきたようで、姉妹とは連絡を取っているようだけど、ファンの間では行方不明という扱いになっているようだった。

 

僕は死ぬ気で走った。

その結果、僕はいくつかの大きなタイトルを取ってアメリカでも成績を残すことができた。

時間はかかったがアメリカでも芝のレースが注目されるようになった。

悪役ロールをしたわけではなかったが、アメリカのウマ娘が僕に負けるかと奮起した結果だった。

そして、その影響でアメリカは前よりも一層外と交流を持つようになった。それから、アメリカの芝のウマ娘がたくさん生まれたことによって、世界中で交流戦が盛んになった。そして、世界中で出走条件が見直されることになり、今よりも自由にレースに出走できるようになった。

……というと、僕が偉業を成した風に聞こえるが、僕がしたのは石を投げて小さな波を立てただけ。実際僕を知る人の方が少ないだろう。

とはいえ、僕にできることはした。

納得できる成果を得ることができたのだ。

 

途中、トレーナーが担当を持ってないことを知って説教しに行ったり、シリウスを引きつれたルドルフがアメリカに殴り込みに来たりするアクシデントがあったりしたが、アメリカは僕の第二の故郷と言えるものになった。

 

ちなみにルドルフはトゥインクルシリーズがあるので帰って行ったが、シリウスはしばらくアメリカに残った。

 

「ルドルフの併せウマだったんだが、ここで成績を残せたからな。実家も黙った。だから、私は好き勝手させてもらうことにした」

 

シリウスはそう言った。

ようやくシリウスの夢の挑戦が始まったのだ。

おめでとう、と言うとシリウスは挑発的な笑みを浮かべる。

 

「悲しんだっていいんだぜ。私っていう強力なライバルが出てきちまったんだからな」

 

その言葉が嬉しくて僕は笑った。

芝が盛んではないアメリカでは僕を叩き潰そうとするウマ娘はいても、本当の意味でライバル視するウマ娘はあんまりいなかったから。

 

そんなこともあって、僕を最初から応援してくれていたファンに居場所を気づかれ、ちょくちょく見かけるようになった。

その人たちはずっと僕を応援してくれていたので、顔も覚えていた。

だから、僕はカメラや注意が僕に向いていない時に一瞬悪役モードで投げキッスをしてみたりした。

……その結果、気絶する人が出てしまい、迷惑をかけることになった。

まあ、その人たちはあの時と同じで僕のことは黙って応援してくれたので居場所がバレることはなかったが。

 

そんな日々を過ごしていると、僕にとある誘いが来た。

日本からドリームトロフィーシリーズで走らないかという誘いだ。その送り元は現URA会長であるシンザン。君の成績なら文句なしに出走できると言ってくれたのだ。

僕は一も二もなくその誘いに乗ることにした。

 

 

そうして僕は日本に戻ってくることになった。

 

シンザン会長は言った。

 

「どうせなら、サプライズで行こう。ホワイトローヤル、良い名前だが、ここで走るならもっとふさわしい名前があるだろう?」

 

いいの、と聞いたらシンザン会長は笑った。

 

「君は自分の罪を清算した。君を知っている者は少ないが、日本も出走条件の見直しができたからな。それから、一からやり直してきた。それは誰もが認めることだ。そして、君は犯した罪よりももっと大きなものを日本に残してくれた。いいかい、君はまだそれに対する賞賛をもらっていない。それでは不公平だ」

 

シンザン会長は嬉しそうにする。

 

「因果応報。それは悪いことばかりじゃないんだ。――それにね、私との約束も守ってもらわないと」

 

 

 

薄暗い廊下には僕の足音だけが響く。

出口に近づくと、誰かが立っていた。

 

「シービー」

「ラック」

 

シービーだ。

シービーはまぶしそうに出口の外を見ている。

声をかけるとちらりと僕を見て、視線を戻す。

 

「今日は特別な日だ」

「特別」

「うん。君との再戦だ、ラック」

 

再戦。

その言葉はなんだか、嬉しい意味を含んでいたように思う。

 

「アタシの調子は絶好調。実力も、今が確実に全盛だ。君は?」

「僕も絶好調。今の僕こそ最強のブラックトレイターだ。きっとこれからもっと強くなるけど、今が最強だ」

 

シービーは笑った。

その意味がわかっているのだろう。

だけど、僕は問う。

 

「どうしてだと思う?」

「日本で走るから?」

「違うよ。君と走るからだ」

 

シービーはとぼけたけど、嬉しそうに僕を見た。

 

「シービー。僕は君と走る時、最強になる。君がいるなら、最強のラックであり続けるんだ」

 

シービーは僕の顔をじっと見つめる。

その髪は薄暗いここでも光っているようで、その中に青く光る瞳が浮いている。

 

「僕は君に勝ちたい。君は?」

「アタシは……」

 

外からアナウンスが聞こえてくる。

 

『選手を紹介しましょう!! 今日のドリームトロフィーシリーズは伝説となります!! マイルのスーパーカー、マルゼンスキー!! 生きる伝説神バ、シンザン!! 永遠にして絶対の皇帝、シンボリルドルフ!! 今日も主役はこのウマ娘をおいて他にいない!! 大英雄、ミスターシービー!!』

 

「アタシも、君に勝ちたい。勝ちたいよ、ラック。ずっとこの時を待ってたんだ。あの時の続きを。アタシを楽しくさせてくれるレースを。それができるなら、もう他になにもいらない。君に勝ちたいんだ」

 

そうだ。

僕もだよ、シービー。

 

さあ、もう一度始めよう。

終わったなら、何度でも始めよう。

 

「シービー」

「ラック」

 

『――そして、そしてあの時の伝説をもう一度!! あなたという反逆の光をずっと待ち続けていた!! あなたとシービーの対決をもう一度!! 魔王は何度でも蘇る!! 我々にその強烈な力を見せつけにやってくる!! ――飛翔する魔王、ブラックトレイター!!』

 

「楽しいレースにしよう」

「いいレースにしようね」

 

僕たちはターフへ踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ル、ルドルフっ!! ルドルフはどこ!?」

「どうしたのさラック、そんなに慌てて」

「あいつ、僕のこと全部話しやがった!! 道理で街中で僕のレースが再放送されてると思ったんだ!! しかもあいつ、僕が帰って来たタイミングで話が広まるようにしてる!!」

「帰ってきてすぐ気づかなかったの? レースの時は普通だったじゃん」

「シービーとかモンスニーちゃんとかスズカとかのレースを流してると思ったんだよ!!」

「あはは、顔真っ赤!」

「し、死んでやる! ルドルフと一緒に心中してやる!!!」

「ダメだよ、ラックはアタシとずっと走るんだから」

「大丈夫、ちょっと知らん種族に転生するだけだから!!!」

「あらら、こりゃ相当錯乱してるわ」

「エーちゃん、助けてエーちゃあああん!!!」

 

 




これで『ウマ娘とかいう種族に転生した話』は完結となります。
100話にわたる作品をここまで続けることができたのは皆さまのおかげです。
読んでくださった皆様、感想をくださった皆様、評価をくださった皆様、誤字脱字を指摘してくださった皆様、本当にありがとうございました。

あとがきは活動報告に載せておきます。
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