時間軸でいうとハリー達がホグワーツに入学した頃。
その日は俺の何度目かの誕生日だった。
世界の秩序と平和を守るために象徴であり、神に近い存在となった俺の誕生祭はそりゃあもう魔法界でもマグル界でも盛大に開催されて、俺はヴォルやアブラクサス達と三日三晩世界中を飛び回りなんとか招待された催しに全て参加した。
落ち着いた世界で忙しく飛び回るなんて久しぶりであり、なかなか大変だった。ほぼ不眠不休で魔法薬と回復魔法をフルに使いなんとかこなした──けど、アブラクサス達は俺とヴォルとは違い他の人と同じように歳をとっている。加齢による老いには勝てず、もう昔ほどの無茶はできないようでヨレヨレになってたなぁ。
「はあーー……なんとか終わった」
家に帰り、暖炉前にあるソファに深く腰掛け大きくため息をこぼす。肉体的にはそれほどの疲労感はないが、脳だけは疲れているというか、薬と魔法のせいで変にハイになってクラクラするなぁ。
1週間は大きな仕事はないはずだし、暫くゆっくりしよう。ってかゆっくり回復魔法かけなきゃ一瞬で寝落ちしそう。
「毎年の事ながら、大変だったね」
「まぁ…世界を統一した時と比べればマシだけど──何それ」
俺の隣に座ったヴォルは目の前のローテーブルに大きな箱を乗せた。真っ赤なリボンがあしらわれているその箱はどうみてもプレゼントらしい箱だが、ヴォルがこんなものを用意するなんて初めてだ。
「誕生日おめでとう」
「おっ、ありがとう!ヴォルから貰えるなんて思わなかったなぁ、初めてじゃね?」
ヴォルは今まで俺に誕生日プレゼントなんて用意していなかった。何でもない日に高級なものを買ってきて「あげる」と素気なく言いながら渡してくることはあっても、だ。
わりと大きな箱だけど、新しい服か何かだろうか?靴とか?ヴォルってセンス良いんだよなぁ。全体的に黒い服ばっかだけど──なんてワクワクしながら赤いリボンを外す。
隣にいるヴォルは杖を振りお気に入りの赤ワインとグラスを2つ出現させ美味しいワインを飲んでいた。
「ん?──タオル?」
蓋を開けたら中には白いタオルが詰められていた。綺麗に折り畳まれているわけではなく、何かを包んでいるようにぐちゃりとなっているタオル。うん?割れ物──だとしてもタオルで包むか?梱包材にしちゃ変だなぁ。
「な──」
ぴらり、とタオルをめくってみれば、中にはちっちゃな白い手があった。いや、手だけじゃない、その中に収められているのは、どうみても人の赤ちゃんだ。
「……ま、魔法道具…?」
精巧に作られた愛玩人形かと思って恐る恐る腕をつんつんしてみたが、その赤ちゃんらしきものはすやすやと眠り続けるだけだ。どうみても、多分、普通の赤ちゃんである。
「──ヴォル!お前まさか誘拐したのか!?元いたところに返してきなさい!」
「まさか、誘拐したわけじゃない。僕の子どもだ」
「……はぁ?」
にっこりと笑ったヴォルはタオルの中にいる赤ちゃんに向かって杖を振る。ふわり、と浮かんだ赤ちゃんはオムツは履いているが、服は何も着ていない。
魔法で宙吊りにされていても全く起きる様子はなくて、流石に異変を感じて浮かんでいる赤ちゃんを恐々抱き上げて調べてみれば眠り魔法がかけられていることがすぐにわかった。
「赤ちゃんに魔法かけるのは良くないって……っていうかさ、結婚したなら言えよ!スピーチくらいいつでも──」
「結婚なんてしてない、女に縛られるのは面倒だから」
「はぁ?」
「でもスリザリンの血は残すべきだからね。純血の女を適当に選んで作らせたんだ。ノア、きみは子育てをしてみたいって言ってただろう?そのささやかな願いくらいは叶えてあげようと思ってね」
「は…?」
「だから、誕生日プレゼントは僕の子ども」
赤ワインを飲みながら軽く言うヴォルの言葉に沈黙していると、ヴォルはにっこりと笑い俺の分の赤ワインを注いだ。
「ハッピーバースデー、ノア。勿論、名付け親にもなってくれるよね」
これほど祝う気持ちがなさそうなハッピーバースデーを俺は前の世界含めて初めて聞いたぞ。
「……いやいや──」
いや、ちょっと待ってくれ。そう言いたかったが、それを言う前に眠り魔法を解呪した赤ちゃんが火がついたように泣き出してしまった。
いや、うるさくはない。だってめちゃくちゃちっちゃいもん、まじでこれ産まれてすぐくらいじゃないか?──え?
「い、いつ産まれたんだ?」
「さあ?2週間くらい前だったと思う」
「…ミルクとか、おむつは?」
「何で僕が用意しなきゃいけないんだ?」
「……上級騎士!全員集合!」
ちっとも悪そびれず言うヴォルに、仕方がなくもう就寝してるだろう上級騎士であるベインとアブラクサスとマートルとミネルバに魔法で号令をかける。
数分も待たずそれぞれ寝巻きに着替えている4人が戸惑いながら姿現しをして現れる。俺がこうやって呼び寄せるなんて、何年振りだろうか。
「ノア様?いったいどう──」
現れた4人は俺の腕に抱かれた赤ちゃんを見るとびしりとその体を硬らせた。
「いつのまに産ませたんですか!?」
「どこのどいつですか!?」
「そんな!ノアの子どもなんて…前世にどんな徳を積んだらなれるんだい?」
「うっ……せ、聖母…!」
詰め寄って嘆いたり興奮する4人に、頭が痛くなりつつ一度「説明するから黙って」と、黙らせて俺の子ではないがとりあえず育児に必要なものを買ってくるように頼んだ。すぐにアブラクサスとマートルが買い出しに行き、赤ちゃんの世話をした事があるベインに赤ちゃんを抱かせた──が、赤ちゃんはまったく泣き止むことはなく、ほにゃほにゃと泣きっぱなしだ。
「ノアさん。最後のミルクはいつですか?」
「え…いつだ?」
「さあ」
「……おそらく空腹なのでしょう。さすがに私も産まれて間もない赤子を育てたことはありませんが、数時間おきに飲むものだと聞いていますよ」
ミネルバは涙を流さず泣き声を上げる赤ちゃんを心配そうな目で見る。俺もそれは知っているが、ここには母乳が出る人もいないし粉ミルクも無い。
泣き続ける赤ちゃんをどうにかしなければと焦る俺たちを無視してヴォルだけが涼しい顔をして赤ワインを飲んでいた。
くっ…殴りたいとか考えたらだめだ。血の誓いで俺が傷付くだけなんだから!──と、必死に赤ちゃんのことを考えてヴォルへの苛立ちを脳の奥に押し込み見ないふりをした。
「最高の誕生日プレゼントだろう?」
ワイングラスを緩く回し、目を細め、自信たっぷりに足を組み替えて笑うヴォルを見て、俺はつい「な、殴りたい」と本気で思ってしまい──。
「いててててっ!!」
「ノ、ノアさん!」
血の誓いが攻撃だと裏切りだと勘違いして俺の腕は結局、締め上げられるのだった。
赤ちゃんが俺の家にやってきて3日が経った。
アブラクサスとマートルに大量に買ってきてもらったベビーグッズやミルクやオムツなどを使い、2人に指導されつつなんとか俺はお母さんをしている。
──いやいや、おかしいだろ!
「おいヴォル!テオが泣いてるだろ!さっさとミルク作れミルク!」
「はー……面倒くさい」
「ううー…うぇーん!」
「ああ!テオー泣くなー大丈夫だぞー」
「きゃっきゃっ!」
泣いたテオの体を横抱きにしながらふらふらも体を揺らせば、ぴたりと泣き止んで白い頬を真っ赤に染めて笑う。うん、激カワ。
ヴォルはため息をついて杖を振り、哺乳瓶に水を入れた。初めて知ったのだが、魔法界の子育ては俺が微かに覚えているマグルの方法とはちょっと異なるようで、魔法哺乳瓶に水を入れれば500回分のミルクが作られるらしい。水の量を変えればかってにちょうど良い濃さであり、適温のミルクが出来る。もう面倒なミルク作りに翻弄しなくてもいいわけだ!マグル界でもこの魔法哺乳瓶は流通していて、ミルク派のママさんは大助かりなんだとマートルが教えてくれた。
テオ──テオフィーと名付けた赤ちゃんは黒髪に陶器のような白い肌、そして灰色の目というなんともミニチュアトム・リドルくんである。この子も感情が昂ったら赤い目になるらしく、めちゃくちゃ泣いた時にちらりと目の色が変わっていたところから間違いなくヴォルの子だなんだろう。
俺の朧げな前世の記憶では、たしかヴォルの子どもは女の子だったはずだが、まぁ、生まれてくる時期が違うから多分──この世界でのヴォルデモート卿の子どもは男児なのだろう。
テオに哺乳瓶を近づければ小さな口で必死にむしゃぶりつき、ごくごくと音を立てて飲む。うーん……めちゃくちゃ可愛い。結局俺は休めないしで薬漬け魔法漬けの日々だけど、普通に癒される。
「子育てって面倒なんだね」
「そりゃ、ほっといたら死ぬからな。でも──多分、俺たちもこうやって護られて育ったんだぜ?」
ミルクを飲んだテオを縦抱きにしてトントンと背中を優しく叩きながら言えば、ヴォルはなんだか嫌そうな顔をして鼻で笑った。
「テオは可愛いけどさ、俺は自分の子を抱いてみたかったんだよなぁ……まあ、もう普通に誰かと結婚するなんて無理だとわかってるけど」
すやすやと寝てしまったテオを抱いたままヴォルの隣に座る。ヴォルの子どもは可愛いし、普通に幸せに育ってほしい。結局ヴォルは誰との子なのか言う事は無かったが、まぁヴォルが好きな純血といえばかなり絞られてくる。中身はもうかなりいい歳だが、見た目は30代なわけで、イケメンだし地位もある。あの純血家も喜んで娘を差し出しただろう。
「そう?なら、これは返品する?」
「物じゃねーんだぞ。お前もちゃんと育てろ」
「返して、僕との子を作ってみる?」
「はあ?」
ヴォルはニヤリと笑い、テオの頬を指先で突きながら「いい案だと思うけど」と怪しく囁く。
「この前外国で興味深い魔法を見つけてね。まだ成功した者はいないようだけど、理論的には間違ってはなさそうだった。人を創り出す事は僕とノアならば、不可能じゃない」
「……」
ホムンクルスかよ。それはちょっと世界が違うんじゃねぇか。と内心でツッコミつつ首を振る。
「いや、そんな怪しい魔法でつくるんじゃなくて、俺は家族が欲しかったんだよ」
「なんだ、そうだったのか」
ヴォルは拍子抜けしたように言うと、机に置いてあったワイングラスを取り、赤ワインを一口飲みながらにこり、と完璧な笑みを見せた。
「なら、もう夢は叶っているじゃないか」
「はぁ?」
「僕がいる」
自信たっぷりに告げられた言葉に、呆気に取られ──普通の女の子なら感動するだろうが、俺は騙されないぞ。
「そんなこと言っても今晩のテオの夜泣き対応担当は変わらないからな」
「……チッ」
何十年付き合ってると思ってんだ!そんないい話風にまとめられて納得する俺じゃない。
──いや、嬉しくないといえば嘘にはなるが。
多分、ヴォルは俺にとって唯一の親友であり、重要な部下であり、兄弟のようなものだ。
平和になったが象徴として長く生き続けなければならない俺に付き合ってくれるわけだし、まぁ──家族といえば家族なのかもしれない。
「テオ、きみの人生に幸福がありますように」
寝ているテオの頭を優しく撫で、小さな体を包み込むように守護魔法をかける。白い光に包まれたテオは、相変わらずすやすやと心地よさそうな寝息を立てていた。