九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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妖獣たちの休息

 自警団ないし術者たちによる事情聴取から源吾郎たちが解放されたのは、午後二時半を回るか回らないかと言った所だった。土星猫たちの襲撃があったのが十二時過ぎの事だったので、かれこれ二時間以上拘束された事になる。

 源吾郎たちやサカイ先輩、そして望玉蘭などは、紅藤の命によって事務所に戻る事が許された。ずれ込んだが休憩を取り、その後仕事をこなせば良いとの事である。

 その命を下した紅藤たちは、事務所には戻ってこなかった。現場の復旧に清掃、そして今後の打ち合わせ。上層部は上層部で、行わなければならない事が山積みなのだ。何より源吾郎たちは解放されたとはいえ、自警団の連中はまだいるようだ。廃車同然に破壊された車に関する説明や、補償に関する話し合いなども含まれているのだろう。

 いずれにせよ、不用意な襲撃が起きたら大変な事になる物だ。倦み疲れた頭で、源吾郎はそう思うのがやっとだった。

 

「あれ、島崎先輩。ようやく昼休みになったのに、お昼ご飯は食べないんですかぁ?」

 

 物思いに耽る源吾郎の側ににじり寄り、雪羽は問いかけた。雪羽が面白がっているように見えるのは、心が疲れてささくれ立っているからだろうか。いや、確かに雪羽の口角は上がっているではないか。

 

「色々あって、食欲なんて吹き飛んだよ。むしろ雷園寺君が、二度目の昼食をモリモリ食べている所を見て驚いているくらいさ」

「俺は雷獣だし食べ盛りだからね。ちょっとやそっとの事じゃあ食欲は吹き飛ばないぜ。時間が時間だから、お腹もペコペコだったしね」

 

 厭味っぽい物言いになってしまったが、雪羽は気にせずに応じている。彼の態度に、源吾郎は安堵し、またおのれの心がやさぐれているのだと再確認した。

 先のやり取りの通り、昼休憩に入るや否や、雪羽は昼食である弁当を平らげた。ショッキングな事があると、度々食欲が失せる源吾郎とは好対照である。

 

「雷園寺君は育ち盛りで食べ盛りだもんなぁ」

 

 当たり障りのない事実だけを口にした。実際問題、雪羽は妖怪的に少年期であり、丁度育ち盛りの時期にある。出会った頃には五キロ程しかなかった体重も、ここ三、四年ほどで十キロまでに増加した。それに伴い、大柄な猫ほどだった体躯――本来の姿での話だ――も、柴犬ほどの大きさに成長している。

 また、雷獣は食い溜めをする習性を持たず、活動する際に消費するエネルギー量が極めて多い。ゆえに雪羽も、こまめに食事せねばならない体質でもあるのだ。一日五食というのも、雪羽では珍しくないし、事務所内でも特段問題視されていなかった。センター長たる紅藤からして、雉妖怪ゆえにこまめに食事を摂る妖物《じんぶつ》だから尚更だ。

 

「食欲が吹き飛んでいても、何か口に出来るものは口に入れておいた方が良いっすよ。ただでさえ、先輩ってば事あるごとに絶食してるんですから。それで痩せたら、米田の姐さんや先輩のご家族も、大層心配するっすよ」

「ぐ」

 

 頭の中では反論の言葉や、理論だった説明は浮かんでいた――雪羽が米田さんの名を口に出すまでは。米田さんの事を引き合いに出されてしまうと、源吾郎は何も言えなかった。米田さんに要らぬ心配はかけたくなかった。そうでなくとも、彼女は源吾郎の事を色々と気にかけてくれているのに、だ。

 気まずさに黙り込んでいた源吾郎だったが、話の流れを変えるべく口を開いた。

 

「俺の昼食の事は別に構わないだろう。夜になればきっとお腹もすいて、食欲も戻っているだろうからさ。それよか雷園寺君。何で君は本来の姿に戻っているんだい? お弁当を食べている時は人型だったんだから、まさか妖力切れとは思えないし」

 

 源吾郎もまた、雪羽に対して抱いていた疑問をぶつけた――すなわち、何故変化を解いて本来の姿に戻っているのか、についてだ。

 四足歩行の、白銀の毛皮に覆われた獣の姿のままで、雪羽は三本ある尻尾をふるふると揺らした。

 

「もちろん妖力切れなんかじゃあないさ。人型の変化くらい、連続して十六時間くらいはキープできるんだからさ。ただ、望小姐さんは、変化が解けて本来の姿に戻ってらっしゃるでしょう。だから俺も、合わせて変化を解いていた方が良いかなって思っただけだよ」

「あら、そういう事だったんですね」

「まぁ、雷園寺君ったらや、優しいのね」

「……」

 

 雪羽の言葉に、センター内に残る女性陣――サカイ先輩と玉蘭だ――から声が上がった。ウサギ姿の玉蘭は、何処か納得したような表情で雪羽を見つめている。サカイ先輩は、やはり感じ入る所があるらしく、暖かな眼差しを雪羽に向けていた。

 雪羽としては、彼なりに空気を読んだつもりなのだろう。玉蘭の今の立場を思うとけったいな判断ではある。しかし雪羽らしい行動だと、源吾郎は漠然と思った。チンピラ小僧のように思われる事が多い雪羽であるが、空気を読む事や、相手の気持ちに沿う事が恐ろしく上手なのだ。悪ガキだった頃の雪羽は、オトモダチと称して若く幼い野良妖怪を大勢従える事が出来たのは、彼のこうした心配りも大きかったのかもしれない。オトモダチの中には雪羽を利用しようとする者もいるが、純粋に彼を慕っている者の姿もあるのだから。

 と、近付いてきた雪羽が、源吾郎の左足に抱き着いてきた。互いに毎日顔を合わせ、戦闘訓練すらも行う間柄だ。それでも、雪羽が本来の姿でいる事が少ないためか、獣姿で抱き着かれると新鮮な気持ちになった。

 ピンク色の小さな鼻と、先端が僅かに折れた耳をピクピクと動かしながら、雪羽は言葉を続ける。

 

「てか先輩。先輩も人型じゃあなくて狐の姿になりましょうよ。俺だって雷獣本来の姿になってるんですからぁ」

「すまんな雷園寺君。俺は人型が本来の姿なんだよ。雷園寺君や望小姐さんは、それぞれ雷獣やウサギの姿が本来の姿みたいだけれど」

 

 お前も狐の姿になれ。同調圧力丸出しの雪羽の言葉に対し、源吾郎は淡々と切り返す。妖狐としての自我を具える源吾郎であるが、骨格や外観の面では人間に近かった。変化術を使えば狐の姿を取る事も出来る。しかし獣妖怪と違い四足歩行は不慣れなため、長時間狐の姿を取る事は出来なかった。

 雷園寺とて、俺と付き合いが長いんだからそれくらい知っているだろう。今回はじゃれ合った一環でそんな事を言っているだけだから、くどくど説明しても意味はないだろうか。

 そんな事を思っていると、玉蘭が再び声を上げた。

 

「私がこんな事を言うのもなんだけど、島崎君たちって、本当に優しくて品の良いお坊ちゃまたちですよね」

「……?」

「それってどういう意味ですか、望小姐さん」

 

 唐突な言葉に、源吾郎も雪羽も首をひねる。雪羽に至っては、直接玉蘭に問いただすほどだ。玉蘭はブドウ色の瞳でこちらをじっと見つめながら言い添える。

 

「ほら、今の私って研修生でも食客でも無くて、一応雉鶏精一派の捕虜って事になっているでしょう。しかもあなた方を騙した形になっているし。もちろん紅藤様たちは、私に無体を働くつもりはないみたいですけれど、それでも特段嫌がらせとかそういう事をなさるつもりはないみたいですし」

「……別に俺たちも、そういう事は苦手だしなぁ」

「……うん。そうだな雷園寺君」

 

 ある意味冷静に状況を把握しているとも言える玉蘭に対し、源吾郎と雪羽は半ばたじろぎながら頷くのがやっとだった。

 源吾郎たちは、玉蘭に対して何がしかの働きかけをせよなどと言う指示を、紅藤たちから受けている訳ではない。ただ事務所に戻ったら仕事をせよと言われているだけだ。

 もっとも、仮に嫌がらせの類を行うように言われていたとしても、それを遂行できるかと言えば別問題であるが。

 ぼんやりと思案に暮れていると、雪羽が思い出したように声を上げた。何事か。呼びかけると、雪羽は首をぐるりと巡らせて源吾郎に視線を合わせた。

 

「そう言えば先輩。今回は俺たちの職場でウサギと土星猫か何かが大暴れしていたけどさ、ラス子たちもその現場を目の当たりにしたって言っていたのを思い出したんだ」

「何だって。それっていつの話だよ」

 

 源吾郎の叫びに、雪羽は気圧されたように耳を倒した。首を軽く振り、右前足を顎に添えながら言葉を紡ぐ。

 

「望小姐さんが研修に来る前後とかじゃあなかったっけ。でもな、俺も昨日か一昨日くらいにラス子から聞いたんだってば。あいつも忙しいし、何時でも何処でも連絡しあっている訳でも無いんだからさ」

 

 雪羽の言葉はやや弁解がましい所があったが、源吾郎はそれでも頷くほかなかった。ラス子は雪羽と交流があるが、彼の正式な配下ではないためだ。しかも両者ともに五十年近く生きた妖怪である。時間の感覚が、人間のそれとはズレていてもおかしくはない。毎日の連絡だと、正直うざったいと考える可能性とてあるだろう。

 ああだけど。雪羽は尚も言葉を続けた。

 

「よくよく思い出すと、ラス子の話以外にも、気になる事は幾つかあったかな。萩尾丸さん所のシロウさんが、ここ最近家を空けている事が多かったしね。戻って来ても、毛が抜けていたり、何処かピリピリしている感じだったから……」

「シロウさんというのは、地球上の猫かしら」

 

 月のウサギたる玉蘭が、雪羽に問いかけた。

 

「まぁね。というかシロウさんは猫又っすよ。三尾でめっちゃ強いんです」

 

 地球上、と敢えて言及した事に半ば戸惑いつつも、雪羽は頷いた。玉蘭は左耳の手入れをしたのちに、小さく頷いた。

 

「それならば、彼もきっと土星猫と闘っていたのでしょうね。家を空けていたのも、ピリピリしていたのも土星猫との闘いで神経を尖らせていたからだわ。まぁ、私たちはシロウという猫又とはまだ遭遇していないんですけれど」

 

 事もなげに語る玉蘭を見やりながら、源吾郎と雪羽は、静かに顔を見合わせた。

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