全部私のせいだと女性は言った。
夢の中で生きていたかった。幸せで都合のいい事ばかりで、それで死んでしまうなら夢を見ながら死にたかった。
どうせ
いつかは死ぬし
それなのに誰かに手を引かれた気がしたと、目覚めた女性は言ったのだ。
突然、上から大きな手のようなものが降りてきて、無理やりに自分だけを掴み、離さず、引き上げて。その手は冷たく痛く、暖かな所にいたいと足掻いても離してくれなかったと。
大好きな人に手を伸ばした。暖かな心地よい場所に手を伸ばした。でもそれは離れると歪み、美しい鳥が向こうに見えて。
鳥は、私を見ていた。その目には私が映っていた。
全部私のせいだと女性は言った。
罵声、怒声。それらが並べたてられて、私の頭上に降ってくる。それを医務室でぼんやり聴きながら、痛みだけは感じながら。私はただひたすらに、ダニーさんのことを考えていた。
どうして、置いてきてしまったのだろう。今も尚、ダニーさんはあの夢の鳥に蝕まれているのだろうか。
私が顔を上げると、女性はより眉間のシワを深くした。その目に映る私は、酷く間抜けな顔をしていたのだろう。
スローモーション。女性の腕は振りかぶって。私はもう一度殴られる。
バシィッ!!
と。強い音がした。と思ったら女の人が吹っ飛んだ。え?は?
思わず涙も引っ込みポカーンと口を開ける。新たな衝撃は私のところには飛んでこなかった。倒れた女性と、ユージーンさんを見比べる。
「あ、ごめん女の子なのに顔叩いちゃった。」
「ヒョッ」
この人思いっ切り女の人叩いた!?!?!?
あまりの発言に私の喉から変な声が出たほどである。ユージーンさんはヒラヒラと手を空中で動かして、軽く女性に謝る。しかし軽く吹っ飛んだ女性は床でうめくばかり。彼女も何が起こったのかわかっていないのか、叩かれた頬を抑えてパクパクと口を動かした。
「ごめんごめん。俺女の子でも叩けるタイプだからさ。でもお腹にすればよかったね。」
「そういう問題……!?」
女の子でも叩けるタイプってなに!?人間ってそんな分類があるの!?
「落ち着いた?歯は折れてない?とりあえず腫れが長引かないように冷やそうか?」
「ひぃ!」
ユージーンさんが女性に手を伸ばすが、ささっと身体を引いて逃げられた。そりゃそうだよ!!怒ってるより怖いよ!!この人DV男か!?
ユージーンさんはごめんごめん、と再び軽く謝って穏やかに微笑む。
「……えーと。痛いよね?君はそれをユリさんにやったんだよ?ちゃんとユリさんに謝らないとさ。」
「い、いや。」
威力が違うだろ。と、多分私も女性も同じことを思ったが、声には出せなかった。
女性は数歩後ずさり、私たちから距離をとった後に私を強く睨みつける。それを見て私は流石に怪我を心配してしまった。
だ、だってすっごい腫れてる。そんなりんごみたいに丸く赤く顔がふくれあがることって本当にあるんだと恐ろしくなる。
女性はなにか言おうとしたのがわかるが、口を開けた瞬間苦しそうに頬を抑える。「ぐっ、ぁ、」声が出せないのか、ひしゃげた音だけがその喉から出てきて。
「て、手当!手当しないと!本当に顔歪んじゃいますって……!!」
「そうだよね、とりあえず保冷剤と塗り薬で応急処置かな。かかりつけ医とかいる?」
「そんな他人事みたいに!?」
ユージーンさん貴方加害者だからね!?
流石に女性も危険を感じたのか、手当は素直に受けてくれた。かなり睨まれたけれど……。
しかし、この出来事のおかげで私もだいぶ冷静さを取り戻した。ユージーンさんは女性が私に謝罪をしてないと言ってくれたが、あのパンパンに腫れた顔をわざわざ動かしてまで謝って欲しいとは思わない。安静にしててほしい。
かなり痛そうだったし、横になることを提案したが女性は黙って出ていってしまった。勢いよく閉められた扉に肩をすくめる。怒ってはいるようだ。痛みより怒りが上回っていることに、私は少し安心した。
「……あの、ユージーンさん。私状況がよく分かってなくて……。」
「え?そうなの?なんか謝ってたじゃん。」
「あ、いや。それはそうなんですけど、私の予想でしかないというか。」
女性の言葉で夢で起こったことを思い出した。
そしてダニーさんが目覚めない原因が私のせいかもしれない……のは。今でも思うけど。
「私、さっき意識を取り戻して。その前の記憶がよく分からないんです。私、夢を見ていて。その内容ははっきり覚えていて……、正直どこからが夢だったかわからないんです。いつから眠っていたかが、曖昧で。」
いつから眠っていたのか、わからない。
私は仕事をしていたはずで。それなのにどうして医務室にいるのか。家族のことは夢だったとはいえ……もしかしたらもっと前から夢だった?
ユージーンさんは私の言葉に数秒黙った。そしてその数秒で話をまとめてくれたのか、「なるほど、じゃあ施設の状況から話そうか。」と切り出してくれる。
「簡単に言うと、エージェントにいい夢をみせるアブノーマリティがいて。そのせいで夢から覚めたくないエージェントが沢山いて、最終的に死んじゃってたりするって感じ。これだとわかりにくいかな?」
「とてつもなくわかりやすいです。」
要点をまとめすぎだとは思うがとてつもなくわかりやすい。
ユージーンさんの今の言葉だけで察した。つまり私はそのアブノーマリティのせいで眠っていたのか。
さっきの女性の話からして、彼女もそうだったのだろう。私と違って目覚めたくないと思っていたようだけど。
おそらくダニーさんも……。
「どうやったら目覚めさせられるんですか?」
「それは俺が聞きたいかなぁ。」
「あ……わからないんですね……。」
「そう。わかんないのにさ。……ユリさんはなんで、皆のこと起こせたの?」
「え?」
その時目が合った、ユージーンさんのその顔に。
私は寒気を感じた。責められているような、見透かされているような、なにか、真っ直ぐと強い力のある視線で。
「自発的に目覚めてしまったというエージェントは何人かいたけど、こんな集団で目覚めたのははじめてらしくてね。その理由とか方法を聞くために、俺がここに派遣されたって訳。」
「え、あ、えっと、でも私が何かしたとかじゃ……」
「でもみんな、君のせいって言ってるよ?」
「え……」
ユージーンさんは満面の笑みをうかべる。あまりにも口角の上がったそれは、分かりやすい作り笑いだ。
ユージーンさんの手が、私に伸びる。私は思わず目を瞑る。怖い。頭によぎる、叩かれる?掴まれる?なにか酷いことをされるような気がして。
「っ、」
「興味があるんだよね。」
でも、そのどれも違う。ユージーンさんは私の顎をつかみ、無理やりにうえをむかされた。
それは。少女漫画とか、アニメで見るような。素敵なものでは全くなくて。
ミシッと。顎が歪むんじゃないかと言うくらい強い力で、あと数センチで首だって掴めるぞと言われているような。
瞬きもせずにじっと見つめるユージーンさん。その瞳に映る私の姿が鏡のようにくっきりとしている。
「君ってなんなの?人間だよね?」
「ぅ、え。」
人間。
ではないと、疑われている。
「にんげん、です。」
「そうだよね。」
そう言ったら、パッと手を離された。ジンジンと痛む顎。ユージーンさんは微笑む。
「顔の骨って柔らかいところが多いからさ、痛かったかな。ごめんね。」それは……どういう意図で言ってるんだろう。
「でも君がエージェント達を助けたのは本当だし。なにか特別なことをしたんだよね?」
「そんな。私は何もしてません。本当に、ただ……夢の中で、食べられている人を見たから、それをとって、逃げました。その後は多分オーケストラさんに助けて貰って。」
「オーケストラ?」
そこまで言ったところで私はハッとした。
「そうです!みんなを助けたのはオーケストラさんで私じゃありません!」
「オーケストラは……静かなオーケストラのことで合ってるかな?」
「そうです!オーケストラさんが私の夢で声をかけてくれて、そっちに走ったら目が覚めた……はず、です!」
これなら納得してもらえるだろうと、私はほっとした。オーケストラさんが理由なら当たり前の結果だ。オーケストラさんは、すごいもん。
ユージーンさんは私の言葉に目を伏せてなにか考え込む。数度の瞬き、私を見て、また目を伏せて。
数秒の間のあとに、ユージーンさんはにっこりと笑って私の手を取った。「え?」「行こうか?」
どこに?と、返事をするまえに腕を引かれた。
「オーケストラのとこなんて行くの久しぶりだなぁ。扱いめんどくさいんだよねぇ。ユリさんがいるなら、大丈夫かな?」
「あっ、オーケストラさんのところ行くんですか?」
慌てて私は靴を履く。ジャケットもはおりたかったのだが許されず、シャツにスーツという中途半端な格好で出ることとなった。靴下を履いてないことに気がついて、これは後でスニーカーの中が大変臭くなることに違いない。
※※※
腕を引っ張られて、靴下がないぶん緩く、足と靴に隙間を感じなら私はユージーンさんについて行く。
前にある背中はダニーさんとはまた違う。同じ支給のスーツでも、ユージーンさんのジャケットはシワが目立った。
私も医務室にジャケットを取りに行かないとなと思ったところで気がつく。よく考えたら、私タブレットとかも置きっぱなしだ。作業用のウエストポーチも何も持ってきていない。
仕事の指示の通知が飛んできていたらどうしよう。そう気がついたのは、オーケストラさんの収容室前だった。
「あの、報告とかって。」
ちゃんとしてくれたのかな、と思ったが。返事をするまでにユージーンさんは収容室の扉を開けてしまう。
そしてずかずかと遠慮なく入っていくので、私も続いた。いつも通り見慣れた、オーケストラさんがいる。私はホッと息をついた。
「オーケストラさん……!よかった、オーケストラさんも無事だったんだね……。」
───ユリさん。
───それは私の台詞です。ご無事で何よりです。
「うん、私はオーケストラさんが助けてくれたから……、」
オーケストラさんの手が私の前にきて、頬を撫でる。
こうやって頬を撫でられるのは久しぶりな気がした。オーケストラさんの本体とは離れても動く、宙を浮かぶ手。いつも思うけれど、体と手が繋がっていないとはいえ離れて動いても痛くないのだろうか。
───その男は?
「あ、この人はユージーンさん。私の先輩で、仕事仲間なの。ユージーンさん、オーケストラさんです。いつも助けてくれて、優しいんですよ。私よりユージーンさんの方が、もしかしたら詳しいかもしれないですけど……。」
「…………いや。」
ユージーンさんは一瞬黙ってしまった。視線が私とオーケストラさんを行き来して、言葉を選んでいるのか、何か考えているのか。
「……静かなオーケストラって、男?女?どっち?」
「え?うーん。どっちなんですか?」
───性別という概念はよくわかりません。
───私は私ですから。
「まぁ、そうですよね……。アブノーマリティに性別って、そもそもあるんですかね?アイはそりゃ可愛い女の子だけど……。」
「……ふーん。じゃあオーケストラの弱点とかってあるの?」
「えっ、な、なんですかその質問……。答えなくていいですからね!オーケストラさん!」
───……。
「あぁほら!!ユージーンさん謝ってくださいよ!」
「ごめんね。」
「オーケストラさん、私からもごめんなさい……。」
───ユリさんが謝ることではありません。
───……まぁ、いいでしょう。
「ユリさんって、オーケストラと本当に話せるんだね。」
「え?どういう意味ですか?」
「俺にはなんにも聞こえないしわかんないけど。聞いてもらえるかな。それはユリさんが特別なのか……オーケストラが意図しているのか?」
「……えっ!?」
オーケストラさんを見る。
え?どういうこと?今だって会話していたはずで。
───;5#yuca+-8#=
「?今なんて……」
「っ……!……は、はは。ごめん、ごめんなさい。ただの好奇心で意味は無いから、許して。ここで俺が死んだら、ユリさんが怖がるよ。」
「ユージーンさん……?」
「でも、それが答えだよね。……意図して、ユリさんと話している。意図して他の人間と話していない。」
「あの……なにを……」
───((-?!*#5782@@89!=[!&#%8=;9;%@
「酷い言われようだなぁ。……まぁ、殺さないでくれるだけ、感謝しないとだね。」
───cn*79@3'\$?;??+/@8ol(;
「ユリさん。」
「は、はい。」
「静かなオーケストラに、ダニーくんだっけ。彼を助ける方法聞いてみてよ。」
「え。」
「ユリさんにしか、多分教えてくれないから。」
「………。」
確かに、そうだ。
私を夢の中から救い出してくれたのはオーケストラさんで。だから、オーケストラさんに相談をするのが一番だと思う。
でもなんだか、オーケストラさんの雰囲気が怖いというか。
ピリッと張り詰めた空気は、私の言葉を詰まらせる。ユージーンさんはオーケストラさんと会話をしていたのだろうけど、私には何を言っているかわからなかった。
オーケストラさんを見る。言い出しにくいけれど、迷っている時間もない。意を決して私は口を開いた。
ユージーンさんはずっと、オーケストラさんを見ている。
つまりだ。
「No pain, no gain.って、日本語でなんて言うの?」
「えぇ?……うーん、同じ意味なら、虎穴にはいらずんば虎子を得ず。ですね。」
「虎?なんで?」
「さぁ……。」
私とユージーンさんは、結局元凶のアブノーマリティの元へに乗り込むこととなったのである。
非常に怖いけれど。ダニーさんがこのまま死んでしまうなんて絶対に嫌だ。
大丈夫。オーケストラさんに相談して、ユージーンさんに作戦を考えてもらった。ちゃんとXさん達にも報告して、監視してもらえるようになっているはず。そこも全部ユージーンさん任せだけれど。
……収容室の扉が開く。
目の前には、羊の形をしたアブノーマリティがいる。
私たちの出した答えは。
「もう一度、夢を見せて欲しいの。」
オーケストラさんは言った。
結局それらは、夢でしかないから。
本人が起きようとしないといけないのだ。起きようと思えば起きることが出来るが夢なのだと。
人は寝て、起きる。起きる方法を人は知っているから目覚めるが、それらを無意識にしている。
心臓の動かし方を知っているように。
私たちの体は夢から目覚める方法を知っている。
───いちばん大切なのは
───アレの力は結局夢でしかないことです。
───夢は自分の意識だと気がつくことが大切です。
───相手がいなければ使えない力は
───本人でどうにでもなることが多い。
ユージーンさんと私は、じっとそれを見つめた。
どくどくと、心臓がうるさい。どうしてユージーンさんは堂々としていられるのだろう。
「大丈夫だよ。」
「え、」
「助けたいんでしょ。それを見失わければ、大丈夫。」
その言葉は私の背筋を伸ばした。ふぅ、と息をつく。力を抜く。……体が重くなっていく。抵抗なく、私たちは堕ちていく。
大丈夫、大丈夫……。
忘れてはいけない。全部、全部夢だって。
大丈夫、大丈夫……。
「……?」
……あれ……。
「……眠れない、ね。」
「……ユージーン、さん。」
その声で私は目を開いた。
体の重さは一瞬で。次の瞬間には直ぐに元通り。
隣のユージーンさんは困ったように頭をかく。
「警戒されてるのかな。」
「そんな……。」
「別の方法を探そうか。」
「…………。」
その言葉に頷く。落ち込んだ私の様子に、ユージーンさんは軽く方を叩いて励ます。
結局何も出来ずに、私たちは部屋を後にした。