んふっ、マスター?
とんでもないゲテモノと契約済みですのね、アナタの悪食がここまでとは思いませんでしたわ♡
獣狩りでありながら、獣を完全に籠絡する魔性。
調教者ではなく、群れのボス個体と称した方がよろしいかしら?
残念。フリーであれば我がサーカス団に……いえ、流石に冗談。こちらから願い下げですわ♡
私が本気で取り込もうとすれば、彼女もまた私を喰らいそうですものね。無論、負けるつもりはさらさらありませんが?
ふふふふふ、マスターが良ければ試してみますか?
最もフィジカルで、
最もプリミティブで、
最もフェティッシュなやり方で屈服させて───。
え?
駄目?
『同族嫌悪』
動揺の間に、砲弾が放たれた。
戦場の異常を察知したメディアはアステリオスを弾き飛ばし、船首にて防御を展開する。
着弾と同時、爆風に晒されながらもヘラクレス(?)は拘束されたエウリュアレへと不格好に駆ける。
イアソンは動かない。否、動けない。彼の心は既に牙によって砕かれている。
「ちょっと
「■■■■■■■■■―――!!!」
エウリュアレを拘束する鎖は魔術により編まれたもの。術者たるメディアに敵対する者が触れれば自動的に反撃を行う。ヘラクレス(?)は構わず腕を伸ばした。身を焦がす苦痛に呻きながらも鎖を引きちぎり、自陣のアステリオスへと彼女を投げ飛ばした。
アルゴノーツの計画は阻止された。
だが偽者は止まらない。勢いそのままに茫然自失のイアソンへと再び駆け出す。
メディアは焦りながらも杖を構える。然し、魔術が放たれることはなかった。右腕を矢が貫き、杖は宙に投げられていたのだから。
苦悶を上げながら矢の飛来した方向を見れば、得意気に笑う月女神と熊の姿。
「が……ッッ!??」
「やったれ! !」
巨腕から振り下ろされる石斧に対し、イアソンは腰に携えた剣を反射的に構えた。
その一撃はあまりにも軽かった。
心を砕かれたイアソンですら拮抗出来る程に。そんな貧弱な存在が『ヘラクレス』を演じていたこと。なにより友人たる己が気付けなかった事実が彼の精神を更に掻き乱す。
鍔迫り合いながら、ヘラクレス(?)の顔面が溶ける。右側がドロドロと、巌の貌から覗いたのは蠢動する眼球群と剥き出しになった獣牙。
神話より帰還したのは女だった。
「なぜだ……!?なぜ貴様が戻ってきた!?」
「おいおいおいおいおいおいおいおいアンタそんな馬鹿じゃあねぇだろ!信じたくねぇか?信じたくねぇよな!お前が信じてやまねぇ最ッッ強の大英雄様は化け物に喰われちまったんだからなぁあぁぁぁあ?!?!」
「そんなわけが……あるか!」
余裕も無ければ、品も無く。ただし諦めの悪さだけは一級品。得意の真似事すら半端になりながらも、彼女は血を吐き、剣を押し込む。
イアソンが相対しているのは残り滓だ。保有する命のストック全てを使い切り、自身の霊核すらもヘラクレスに砕かれた。抜け殻の外殻を辛うじて令呪のバックアップが繋ぎ止めている。
「崇めろよ讃えろよ!咽び泣き嘆いたあの日々はこうして報われる!ご都合主義の伽話を今紡げ!諦めなければいつか辿り着く。朝日はまだお呼びじゃねェ!」
イアソンの耳を劈く台詞、喚き、叫び。狂言を撒き散らす様は決して伝承に語られる華々しい姿ではない。
彼女の名は、この世界の人類史にのみ存在する万夫不当の大英雄と同一のモノ。然し、知られざる原典に一切の快勝は無し、敵は常に格上。その内にあるものは脆く、あまりにも平凡だった。
だからこそ、
虚勢はいつだって大声で。
口に出して己を騙せ。
恐怖を誤魔化せ。
私は英雄だと、必ず勝てると言い聞かせろ。
泥臭くとも、醜くとも、怪物のようでも、
挫け立ち止まるよりはずっとマシだろう?
「勝つ……!勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ!!勝って皆のもとへ戻ってみせる!敗けねぇ、死なねぇ、殺されねぇ!!私の命は軽かねぇぞ!!」
「お前が…!お前如きがっ……!」
拮抗も長くは続かない。
サーヴァントとしてのステータスは同程度だが彼の心は既に折れたも同然、そうして生まれた隙を逃す彼女ではない。そうやって勝利を収めてきた、その嗅覚だけは優れていた。
決着が訪れる。
強いて、敗因を挙げるとするならば。
『慢心』だろうか。
イアソンは彼女を英雄の贋物と舐め腐っていた。
取るに足らぬと、彼の障害にはならないと。
……ただし、いずれ魔女となる天才は違った。
一目で本物の怪物だと信じ侮らなかった。
どうしようもなくなった時の最終手段。
用心に、用心を重ね、多少のリスクは承知の上で最悪の事態だけは避けるように。
獣の末路なぞ、罠に掛かるのがお似合いだ。
「……マジかよ、くそ。……まぁ、そう、くるよな…ァ」
イアソンの口の中から伸びた
アルゴノーツに刃が届きうると、慢心したのは女の方だった。
凡人の全力が天才の全力に敵う筈も無し。
敗北を認識した瞬間、退去までの僅かな時間。 アテー は己の行動の軽率さに漸く気づき、最悪を避ける為の行動を開始する。
ここで消滅する事は構わない。
その覚悟を持って立ち向かったのだから。
人類最後のマスターの傷になることすら受け入れた。
だが、この死に様はだけは駄目だ。
彼にはまだ早すぎる。
立ち直れる保証が無い。
バーサーカー・アステリオスの退場。
その別れはきっと、藤丸立香がこの先前に進むための重要な分岐点だと。直感的に、本能的に、そして羊の囁きが告げていた。
それを酷く個人的な感傷で、役目を奪った。
私ならば問題ないと。
違った、大きな間違いだ。
藤丸立香は人間だ。
だから尺度が単純だ。
共に過ごした時間が長い者の死を、そう簡単に受け止めることは出来ない。
ならばせめて、退場の演出は考えないと。
そういう風に、見せなければ。
「ギリシャはもうこりごりだ~」とか言おうか?
親指を立てて脚元から水面に沈んでみようか?
何でもいい、どうせくたばるのならば、後で彼がマシュと茶化して笑えるような死に様をさらせ。
もう一度、幻を掛けなければ。
何千と何万と繰り返した動作をなぞろうと、指を翳せば漸く気付いた。
「……ぁ」
見慣れた視界だった。
先程よりも低い視点と、剥き出しの義手。
ヘラクレスを演じる誰かではなく、いつもの自分へと戻っていた。
とっくに限界を迎えていた。
令呪の力も尽きたし、魔力もすっからかん。
「アテーノ……?」
(さっさと敗けたほうがマシだったな)
意識が沈む瞬間。
少女が聴いたのは少年の慟哭。
少女が目にしたのは少年の絶望に染まる表情だった。
◇◇◇◇
幻滅しましたか?
悠々自適に振る舞い、「英雄だから」と根拠の無い自信を口にして、貴方を依存させて来た彼女が無惨に殺される姿を見て。
まぁ、ですが貴方も目を背けてきたのですよね?
ここまでの短い旅路でも、既に気付いているのでしょう?
貴方にとっての最強のサーヴァントは決して強い英雄ではないのだと。
彼女は、強く振る舞う英雄なのです。
は、ははは。
はははははははは。
はははははははははははははははは。
タチが悪い、本当に最悪です。
強く振る舞うクセに、そのフリが中途半端に上手いせいで。最後の最後に最悪の形で露呈する。
弱い、故に英雄らしからぬ平凡さで人を惹きつける。
弱い、故に惹きつけた人を容易に傷付ける。
悪意は無いのです。
ただ一生懸命に戦って、当然のように敗北する。
負けて負けて負けて負けて負けて負けて負けて負けて負けて負けて負けて負けて一つの勝利をもぎ取ってくる、そんなどうしようもない女の子。
信じられないかもしれませんが、
自分は貴方を責めているわけではないのです。
彼女がそう振る舞い、貴方はそれを受容しただけなのですから。
で、ですから、です、から。
身勝手な、話ですが。
貴方もどうか、どうか、彼女を責めないで。
生前からアテーノは、己の命を軽視していない。
悪戯に命を投げ出すことだけは決してない。
自分の死に様を見せたいわけではないのです。
アテーノの役割は無二のもの、死ねばそこで世界は滅びを迎える。
例えば、そうですね。
絶壁の断崖から落ちる寸前の子がいるとしましょうか。
助けようとはするでしょうね、必死な顔で死に物狂いで子へ駆け手を伸ばすでしょう。
でも、そこまで。
落下した子を追って、身を投げ出す事はしない。
当たり前です。人の命は一つなのですから。
そこで死んでしまえば、いずれ救える大勢や世界が救えなくなってしまう。なんて、当然の話ですよね。
無力を知っているからこそ、生存を第一としている。
そんな彼女が、君の前で命を賭けた意味は。
それは、ほら。君も言っていたでしょう?
カッコつけたいんですよ、好きな人の前で。
でも弱いから、失敗してしまった。
……?
……あぁ、最もな疑問です。
ええ、自分の言葉と彼女の性能が矛盾しています。
彼女の生命、一つじゃない筈だって。
確かに生前にアテーノは何度も殺されている。
ただ、嘗ての旅路にて、彼女自身に無数の命の自覚は無かった、それを知覚することは許されていなかったのです。
だって、生前の話ですよ。
生きてたんですよ。
自分が死んでたなんて、死にながら戦ってたなんて、認めたら人間どうなっちゃいますか?
彼女自身の防衛本能か、
宿主を失いたくない獣共の悪知恵なのかは分かりませんが。
死ぬ度、死んだ事を忘れ。
一度死ぬ事に怯えて戦っていたのです。
皮肉なものですよね。
己が生きる為に諦めた命が幾つもあったのに、
実は何度でも死ねたなんて。
そんなの、
本当は見殺しにしていたみたいじゃないですか。
と、まぁ、脱線もこの具合にしておきましょう。
腑に落ちない点もあるでしょうが、君はこの先もあの客席に座るのだから。そこで語らい、直接聴くのが良いでしょう。
ではいつも通り、少年少女の旅路を紡ぎましょう。
語りましょう人類最後のマスターの物語を。
第三特異点オケアノスにて、彼らカルデアの描いた軌跡について今一度。
アテーノは敗北した。
宿敵であり、天敵であるヘラクレスを乗り越えた彼女は欲をかき、己が手で特異点を修正しようと試みた。宝具───聖剣を振るえば結末は違ったのでしょうが、それは無理な話です。
英雄アテーノの第二宝具『神討の奔流』は、第一宝具『序章 忘れじの夜』の発動下で初めて顕現する。ヘラクレスという〝悪役〟を倒した時点で、固有結界は役目を終えていた。
───敵サーヴァント全員を引きずり込めば良かったのではないか?
ははは。無理な話ですね。確かに、あの宝具は何故か現代の映画館を象っているので400人ほどまでなら収容可能でしょうが、〝主役〟が弱すぎる。
如何にパワーアップし聖剣を握ろうとも、元々が貧弱極まるので、ヘラクレス単騎に勝利しただけでも大金星。そこにメディアが加わればいよいよ勝機はなくなっていた。
イアソン?
はは、侮りますよね正直。
ただヘラクレスと同じ戦場に閉じ込めると怖い。
更にアレは窮地で真価を発揮する。だから立ち直る間も与えぬよう彼の一番を陵辱し、徹底的に心を叩き潰した。
そうして最善を尽くして、魔神柱に貫かれた。
流石は天才メディア。
魔神フォルネウスの顕現を前倒した。
英雄アテーノの退去と同時。
ダビデとアタランテ、二騎のサーヴァントが合流。おそらく本来の道筋とは異なる形で魔神柱、並びにメディアを打倒し、カルデアは目的である聖杯を回収した。
彼らがカルデアのもとに辿り着けたのは、五匹目の獣によるものでしょう。
癪ですがアイツは頭が切れる。
アテーノは自分を異分子と信じ込み、カルデアの旅路に影響を及ぼすことを恐れている。おそらく、アイツは彼女が恐れる不調和を起こさぬよう動いている。
───では、本特異点の総括を。
この大海は人の〝勇気〟を知る旅路でした。
化け物であれと願われた少年と、英雄を演じる少女が、己が愛のために大英雄ヘラクレスに抗った。
今を生きる海賊は旅人に言った。
〝だからアタシたちは、そんな恐怖を
───いつでも笑って誤魔化すのさ〟
離別を、傷付くことの恐怖を克服する必要はない。恐れながら進むのだと。
そして、フランシス・ドレイクはマシュに大切な在り方を残して本特異点の修正は完了した。
というわけで第三特異点、封鎖終局四海 オケアノス。
これにて閉幕です。
望みを自覚出来るのか……。
人間、誰だって望みは持っているんだよ。望みがない人間は生きていられないからね。
ただ、それを自覚して生きるのか、一生自覚できないかの違いがあるだけなんだ。
星の開拓者と呼ばれる人はそう言った。
自分は望みを持った。
そのせいで許されざる間違いを犯した。
我が片割れ、我が恋。
貴女は。
望みを見つけられたのでしょうか。
本当は
ハッピーエンドなんて望んでいなかったのではないですか?
正義は勝つ!負けたら悪者!