個人差ですから。
でもまあ、あんまりオープンにされても有り難みが無いですね。
隠しましょ隠しましょ。
さて、どうしたものか。
洗濯も済んで乾かし終わった衣類の前で、俺は悩んでいる。まあ普通に着る分だけ出してあとはしまえば良いんだけど、でも。そうもいかない事情があるわけで。
一番上に置かれたトランクスを見ながら、溜め息を吐く。
よりによって、これだ。千夏先輩が触れた、その瞬間を見てしまったこれを。俺は、――穿けるんだろうか。
千夏先輩が実家でどんな生活態度だったのかは、もちろん知らない。でも猪股家での千夏先輩は、ちょっと気遣いが過ぎるんじゃないかと思うくらいに気を回し続けている。母さんの手伝いをして、家事全般の補佐を自ら買って出ているくらいだ。
もううちにお嫁入りするんじゃないか、って感じ。いやまあ来て欲しいけど。でも、だ。千夏先輩がそこまでする事はないと思うんだけどな。居候だから、なんて理由で俺たちに気を遣い続けていたら、いつかあの人だって堪えきれなくなるかもしれない。
そりゃ俺たちは先輩にとって、家族でも何でもない。それは変えようがない事実だけど、一方的に気を遣わせるのは良くない筈だ。
とは言え俺の無い頭じゃ良い手なんか思い付かないまま、ぼんにゃりとウジウジしたまま帰宅することになってしまった。いけないな、こんな顔してたらそれこそ先輩に気を遣わせてしまう。
「ただいまー、っと」
カラ元気も元気のうちだ、形だけでもどうにか取り繕おう。
「あ、大喜くんお帰りなさい」
ヒョコッと顔を出して迎えてくれた先輩、何をしているのかと思えば洗濯物を畳んでくれていた。今日は女子バスケ部の練習が無くて早上がりだとは聞いてたけど、それで母さんの手伝いか。先輩はもっと自分のために時間を使っても良いんじゃないかな、なんて改めて思いはすれども。一方で「新婚夫婦みたいだな」とか思ってしまったり。
なにやってんだろ、俺は。
とりあえず良いや、とバッグを置きに二階へ上がろうとしたその時だった。
俺の目は、先輩の手元に釘付けになってしまう。だって今まさに先輩が畳んでいるのは、俺の――トランクスだったのだ。
いや、良いのかそれは。そんなもの、さわらせて良いのか。驚きすぎて固まる俺の前で先輩は残りもすべて畳み終えて、「はいこれ、大喜くんのね」とこっちに寄越してくれた。まるで何でもないことみたいに、だ。
「あ、の。せんぱ……」
「? どうかしたの?」
からかっているような素振りはなく、先輩はいつものように微笑んでいる。
俺は卒倒しそうになりながら、それでも平生を装って部屋へと上がるしか無かった。
そう言えば千夏先輩、お兄さんがいるって言ってたような。男物の下着なんて、そんなに特別なモノじゃないのかもしれないな。
湯船の中でポケッとしつつ、そんな風に考えてみる。
さっきのトランクスは覚悟が決まるまで棚の奥に封印だ、落ち着こう。
にしても、だ。先輩は俺を、弟みたいにしか思ってないんだろうか。それはそれで、どう扱って良いか分からないな。
俺は千夏先輩が好きだけど、でもそれは向こうからしたら迷惑だろうな。
「あー……」
天井を見上げて、ただ呻くだけだ。なんの生産性も無い、ただの時間の浪費。
距離は近い、気持ちも多分近い。でも近すぎて、恋愛にならない。ラブコメの幼馴染みキャラかよ、俺は。
ここで俺が一気に押していったら、先輩はどうするかな。いやそんなの考えるまでもない、全てがご破算になる。先輩は俺を嫌いになり、この家からも去ってしまうだろう。でも今のままでは、俺は弟扱いから変われない。
何度目かの溜め息を吐き、ふと壁にかかったシャンプーバスケットが目に入った。既にあったコーナーラックだけでは置き場が足りなくて、先輩用に新しく取り付けた奴だ。
すっかり見慣れて浴室の風景になっている筈のそれが、なぜ気になるのか。
「……?」
何かが、いつもと違う。よくよく見れば、いつもとは違う何かがあるのに気が付く。
クシャッと丸められた、何か。薄い水色の、それは布地のような――。
「え"」
脳がそれを分析し理解した瞬間、俺は金縛りにあってしまう。それが何なのか、知ってしまったから。
下穿き。
インナー。
ショーツ。
色々な言い方がある、それはつまり。
「先輩の、……ぱんつ……?」
なぜこんなところにそんなのが、とまず思う。洗濯機じゃなくて、自分の下着は風呂場で手洗いしてるってことになる。俺が知らないだけで、女子は普通にそうするんだろうか。いやそれは今考えるべきじゃない、女子の下着事情なんか俺が知ってどうなるもんでもないんだから。
問題なのは今、ここに先輩のぱんつがあるという事。
もしここで触れてしまえば、俺は最低のド変態に成り下がる。でも、でも。
俺だって、男の子だから。
心臓の鼓動は湯面を揺らすほど高まり、血流が加速していく。
自分の意思よりもずっと強い衝動が、その手を動かそうとしている。
しかしそれに屈しそうになった瞬間、突然聞こえた何かが俺の身体を食い止めてくれたのだ。
「大喜くーん、ちょっとー」
脱衣場から飛んできたそれは、明らかに先輩の声。
ああ、そうか。置き忘れたかもしれない、と確かめに来たのか。
そこに置いてないかな、ええ有りますよ、それで終わる話だ。俺が上がったら、入れ違いに取りに来るだろう。まさか俺に持ってきてとは言わないだろうし。
それが一番平和だろうし、それ以外の選択はない筈だ。
そう思っていた俺はでも、続いてやって来た言葉に戦慄してしまった。
「入るよー」
――入るよ? 何を言うんだこの人は。一体なんで、そんな、それは――!
脳が判断するより早く、身体が敏感に反応する。
咄嗟に壁を向いて湯船に深く浸かり込み、硬く目を閉じたその刹那、一瞬遅くガラリと風呂場の戸が開く音が耳に入ってきた。間一髪、と言って良いのか悪いのか。
「あ、やっぱ忘れてた。いやー、見苦しいモノを御見せしましたー」
あんまり深く入ってるとのぼせるよ、と俺の背中に言い残して。先輩は何事もなかったかのように、立ち去ってしまった。
後に残されたのは、さっきと殆ど変わらない風呂場だけ。たった一つ、丸められた布が無くなった以外、何の変化も無い。
いや、あともう一つあったな。俺の心が、致命傷を受けてしまっている。
なんなんだあれは。弟どころか、俺を自分の子供くらいに思ってないかあの人。
雑だ。何て言うか雑だ、千夏先輩は。
――あの人相手に、俺がどうやったら立ち向かえるんだろうか。あれは魔神だ、人間じゃない。
何を考えても何をやっても、勝てる気がしない。
まあ、良いやもう。考えるの、やめよう。気を遣うのも馬鹿馬鹿しい。
ああいう相手に出来るのは、直線でぶつかることだけだ。
機会があれば、早く告白しよう。考えないで、心のままに。
「先輩、好きです」
面と向かって、そう言うんだ。……頑張ろう。うん。
こんなにガサツではないと思いますが。