とある魔道具店店員の手記   作:シュワシュワ

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第三章
3-1 感謝祭①


【開催決定】

 我らがウィズ魔道具店は、経営方針の大転換を余儀なくされた。

 これまで収益の柱だった商品群を含め、サトウカズマから格安で買い取った知的財産権を一挙に転売したせいで、店の主力収入源がごっそり消えたのだ。

 

 中々に思い切った決断ではあったが、あれ自体は誤りだったとは思わない。

 集めた資金でアクセルにカジノを建設するという壮大な展望があったし、そのための道筋も整っていた。

 ……その原資を丸々ドブに捨てられ、すべてが水泡に帰した。それこそが完全な誤算だった。

 

 ウィズの痛恨のミスにより、仮面悪魔が描いていた未来図はおじゃんとなった。

 代わりに店に残ったのは、山積みのガラクタばかり。

 今の喫緊の課題は、差し迫った店の家賃をどう工面するかだ。何とも財布が寂しい。

 恐らく、今月の私の給料は未払いになるだろう。

 

 そういえば。

 最後の最後でウィズに売上を使い込まれ、構想が頓挫したわけだが。この点で補足がある。

 バニル曰く、あれは『見通す力で楽をして金を稼ごうとしたこと』への反発の可能性があるという。

 

 以前も、謝礼金目当てで銀髪盗賊団の居所を占おうとして失敗したことがあった。

 今回も、強大な異能で荒稼ぎした末に、その利益を丸ごと喪失している。

 強い力に頼り切ると、どうやらそれに見合ったしっぺ返しが必ず来るらしい。

 

 私も間接的ながらバニルの計画に便乗していた。だから、その反動を巻き添えで食らった可能性がある。

 要するに、最終的に躓くことは確定していたわけだ。

 今後は力の使い方を見直す、とバニルは静かに語っていた。

 

 さて、そんな折。

 例のアレを遂に実行に移すと、仮面悪魔から協力要請が入った。

 え、本気でやるので? ……まあ別にいいけど。

 

 例のアレ。

 正式名称を『ウィズお誕生日おめでとうサプライズパーティー計画』と言う。

 

 この計画が立案されたのは、アクセルにデュークが現れ、店がまだドタバタしていた頃。

 仕事をサボったウィズへの罰として、私とバニルが合同で策定したものだった。

 

 彼女は、独り身であることに強烈なコンプレックスを抱えている。

 そのせいで、老いとは無縁なアンデッドであることを良いことに『永遠の二十歳』などという噴飯ものの戯言を平然と口にする。

 それを正す――いや、当てつけるための計画だった。

 ただし当時はさすがにやり過ぎだと評され、バニルですら仏心を出してお蔵入りとなった経緯がある。

 

 それを、今度こそ実行に移すという。

 莫大な富をすべて溶かした店長へのお仕置き――というのが悪魔の表向きの言い分だ。

 正直、私たちはもうそこまで気にしていないが、普通の人間なら心がポッキリ折れてもおかしくなかった。

 それくらい、巨額の損失による転落劇は凄惨だった。

 

 ただ、これは口実に過ぎない。

 好機が到来したから、もう我慢できない――というのが悪魔の本音らしい。

 計画の方策はとうに定まり、名分も手に入った。次のチャンスが来る保証はどこにもない。

 上げ膳据え膳の完璧なシチュエーション。それをみすみす不意にするのに、悪魔は耐えられなかったのだ。

 

 協議の末、パーティーは一週間後に開催することが決まった。

 内輪だけでなく、多数の関係者を巻き込む必要があるため、根回しの時間を確保せねばならなかったのだ。

 

 断っておくが、その日はウィズの誕生日とはこれっぽっちも関係ない。

 あくまでお仕置きが目的で、日程は完全にこちらの都合優先である。

 この点についてウィズがツッコんでくるのは目に見えているが、『なら本当の誕生日にもう一度パーティーをやろうか?』と切り返せば、あちらも黙らざるを得ないだろう。

 

 日取りの根拠はいくつかある。

 まず、間を置きすぎるとお仕置きの鮮度が落ち、タイミングを逃す。

 次に、エリス祭が近い。これは商店街が総出で協力する一大イベントで、商売人にとっては大事な書き入れ時だ。余計な案件は、早めに片付けておきたい。

 

 最後に、これは私的な理由だが――とある風変わりなバイトの誘いを受けている。

 バニルのレンタル悪魔を指揮して奔走していた頃に話が来て、返事を保留していたのだが……どうせ当面は店も閑古鳥だ。いい機会かもしれない。

 何より、誕生日パーティーでブチ切れたウィズから雲隠れするには、ちょうどいい逃亡先にもなる。

 

 形式上は『ウィズ二十一歳の誕生日を祝う会』という体裁を取る。

 実年齢の公開はしない。情けをかけたわけではなく、そちらは牽制用の切り札として温存しておきたい。

 ……ガッツリ鯖を読んでいるのだから、今さら三つや四つ増えても誤差だろうと私は思う。

 だが、この理屈はウィズには絶対に通じない。

 

 さておき。

 謀議を終えて店に戻ると、当のウィズがまたしても赤字を量産していた。

 

 遊びに来ていたアクアが自信満々に披露した『画期的な儲け話』を、欠陥だらけと気づかずノリノリで実践していたのだ。

 リッチーとして寿命に縛られないことを強みに、土地転がしをしようとしたとか。

 いずれ人口が増えて土地の値段が上がるのを見越して、先に買い占めておくという算段らしい。

 土地の元手や維持費、税金などの概念は一切考慮されていない。

 

 この暴挙に気づいたのは、アクアを迎えに来たカズマだった。

 彼が二人を説教して引き止めてくれたものの、時既に遅し。

 ポンコツコンビは有り余る行動力を発揮し、土地購入の軍資金をあちこちの金融機関から借りまくった後だった。

 直ちに返金したものの、一日分の利子だけでも馬鹿にならない額に膨れ上がってしまった。

 

 これには仮面悪魔も大いに憤慨する。

 即座に殺人光線を撃つ構えを取る――が、深いため息と共にその手を下ろした。

 

 雷が落ちなくて助かったと、ウィズは胸を撫で下ろしていた。

 とんでもない。

 あれは怒りを解いたのではない。後日のお楽しみに、憤怒をまとめて叩き込もうと思い直しただけだ。

 

 


 

 

【歴史の闇に葬るべし】

 ウィズが新しい魔道具を開発した。

 帽子型のアイテムで、被った者の心の声がダダ漏れになり、周囲に筒抜けになるという代物だ。

 モンスターや動物と会話できるように――というのが開発コンセプトらしい。

 

 なるほど、革新的な発明だ。それは認める。性能面で欠点がないのも素晴らしい。

 だが、その上で一言だけ言わせてもらいたい。

 よりによって、なぜ私の天敵みたいな道具を作った。

 

 謀略家とは、秘密主義で底を見せないことを性分とする人種だ。

 ところがこの帽子は、そんな在り方を真正面から否定してくる。

 もちろん、ウィズに悪意があったわけではないだろう。私が断固として試着を拒否すると、彼女はあっさり引き下がった。

 だが、もし被らされた日には、確実に洒落にならない事態になる。切実に遠慮願いたい。

 

 結局、その帽子は暇を持て余して遊びに来たカズマの手に渡った。

 夏場で薄着のウィズに上目遣いで頼まれた彼は、下心をモチベーションに大喜びで試着を引き受けていた。性欲に忠実すぎる。

 

 ただし、店内での着用だけは固く禁止した。

 店長の胸元を舐めるようにガン見する思春期少年の心の声など、私は一切聞きたくない。耳が穢れる。

 しかも驚くべきことに、カズマ本人はチラ見のつもりらしい。自分を客観視するのは、斯くも難しい。

 

 この判断は、後に英断だったと証明された。

 カズマが去ってしばらくすると、街では警察の見回りが強化されたのだ。

 道行く女性を眺めながら、とんでもないセクハラワードを垂れ流す帽子姿の変質者が出没したらしい。

 ……果たして、何を考えながら歩いていたのやら。

 

 正直、このような代物が世に出回っては困る。

 ウィズの想定通り動物と話すためなら構わないが、例えば警察の取り調べで使われたらどうなるか。

 万一私が捕まった際、確実に迷惑する。

 

 しかも、帽子から得られる恩恵など私にはほとんどない。

 心の声を聞く必要など、そもそもないのだ。

 持ち前の観察力と推測力で、相手の思考は大体読める。言わば、劣化バニルのような特技を標準搭載している。

 

 ――さて、どう話を持っていってあの帽子を処分させるか。

 そんなことを思案していた矢先、私が動くまでもなく事態は呆気なく解決した。

 

 ウィズが、余った帽子を『動物用に』と肉牛農家の知人に渡してしまったのだ。善意で。

 ……アホの所業としか言いようがない。

 

 その結果、罪もない牛農家のおじさんが家業を電撃引退するという、尊い犠牲こそ生まれたものの。

 大きなショックを受けたウィズは、商品開発を全面凍結したのだった。

 めでたし、めでたし。

 

 なお、余談。

 その日の夕食は、珍しくバニルが奮発して買ってきた、ちょっぴりお高い牛肉のハンバーグだった。

 美味しかった。

 

 


 

 

【まさかの展開】

 何と今年の感謝祭は、まさかのエリス教団とアクシズ教団の共同開催だという。

 それに伴い、名称も『女神エリス&アクア感謝祭』に刷新された。

 

 ……一体何をトチ狂ったのか。

 第一報を耳にしたとき、私は祭りを取り仕切る商店街の正気を疑った。

 だが詳細を追うと、意外にも筋が通っている。彼らなりの損得勘定の末の決断らしいと分かってきた。

 

 まず、運営委員の役員に新たにサトウカズマの名前が連なっている。

 これはどう見てもアクアが事の発端で、カズマは巻き込まれた側だろう。

 彼とアクシズ教団支部長が商店街会長に直談判し、認可をもぎ取ったらしい。

 この二人に接点など聞いたことがない。アクアがきっかけで結成された急造タッグと見做すのが妥当だ。

 

 それにしても、あの迷惑集団をよくもまあ受け入れさせたものである。

 まあ大方、金絡みだろうけど。

 カズマの得意分野だし、会長も一廉の商売人。利があると踏めば手を打つのは想像に難くない。

 商店街主導の祭り運営に、一介の冒険者に過ぎないカズマが参与している。それこそが何よりの証拠だ。成金男の手腕に、余程期待を寄せているらしい。

 

 共催の条件として、アクシズ教にもエリス教と同様に祭りの開催費用を負担させたと聞く。

 おかげで、商店街側の寄付はゼロで済んだとか。

 ……だが、それだけとも思えない。まだ他にも裏がありそうだ。

 人を陥れる陰謀ならまだしも、こういう正攻法の金儲けは私の不得手。どうも見抜ききれない。

 

 それにしても、カズマがやけに乗り気だ。

 あの男は基本的にぐうたらで、借金に喘いでいるわけでもない。

 一時はバニルの策略で全財産を失ったが、領主が本来補填すべきだった諸々の大金が国から返還され、今ではすっかり裕福な暮らしを送っている。

 

 アクアの話では、最近は夕方の涼しくなる時間帯まで自室に引きこもっているらしい。

 金に物を言わせて買い漁った安物のマナタイトにフリーズの魔法を組み合わせ、部屋を冷やしてダラダラしているとか。

 ……使い捨ての魔力肩代わりアイテムを、またえらく贅沢な用途に使うものである。

 

 ともあれ、そんなヒキニートが珍しく巣穴から這い出してきた。

 単なるお祭り好きなのか。それとも、彼なりに旨味を見出しているのか。

 

 ちなみに、感謝祭では当店も露店を出す予定だ。こちらはバニルが主立って準備を進めている。

 詳細はよく知らないが、仮面を売る屋台とだけ聞いている。

 

 祭りが例年より盛り上がるなら、売上も伸びるだろう。うちとしては、素直に歓迎できる情勢だ。

 カズマには、ぜひ頑張って振興してもらいたいところである。

 

 


 

 

【ハチベエとは、ゴロウコウとは】

 今日は久し振りに、大きな黒字を計上できる――はずだった。

 

 発端は、例の土地転がしで駄犬がやらかした一件。そのお詫びとして、飼い主カズマが妙案を持ち込んできた。

 アクアは触れた液体を浄化できる体質を持つ。

 ならばこれを利用し、水に浸けて聖水――『女神のだし汁』を量産しよう、というのだ。

 

 これが図に当たった。一日で完売という快挙を成し遂げたのだ。

 ……ここまでは、順調だった。

 

 成功に味を占めたウィズとアクアが調子に乗り始めた辺りから、雲行きが怪しくなる。

 『せっかくだから、不良在庫のポーションも聖水に変えて売り捌こう!』と息巻き始めたのだ。

 

 商才がマイナス方向に突き抜けている店主と、お騒がせ女神。

 この二人は、嫌に波長が合う。商いの感性が同レベルなのだ。

 そんなのが揃って増長している。不穏な予感しかしない。

 

 とはいえ、意見自体は道理に適って見える。強く止めるのも難しい。

 それに、やることは所詮アクアで出汁を取るだけ。いくらあの二人でも、大失敗はしまい。

 私はそう楽観し、放置を決め込んだ。もしものときはフォローすればいい、と。

 

 ……結果から言うと、これは大間違いだった。

 

 私が店番をしていると、奥から突如轟音が響いた。

 私はその場を動かず待機する。程なく、ウィズとアクアが煤塗(まみ)れで戻ってきた。

 何事かと思えば、ウィズが弁明した。

 ――開けると爆発するポーションの蓋を、うっかり開けてしまったのだ、と。

 

 その余波で、保管していた物品の大半が瓦礫の山に変わり果てた。

 目を覆いたくなる惨状である。

 毎度毎度オチをつけないと気が済まないのか、この間抜け共は。

 

 ちなみにアクアはといえば、雑な謝罪を一言残すなり『用事を思い出した』と店を飛び出していった。

 返答も待たずに、である。

 ……それで誤魔化せたつもりなのだろうか。

 

 さて、帰宅早々この凶報を聞かされたバニルは、さすがに顔をしかめた。

 しかし意外にも、表向きは寛容な態度を貫いた。軽く叱責しただけで済ませたのである。

 どんな折檻が飛んでくるかと身構えていたウィズにすれば、拍子抜けだろう。

 だが逆に、その穏当すぎる対応を彼女は不気味がった。

 

 そういえば、先の失態の折も、殺人光線を途中で取りやめている。

 ――何かがおかしい。

 ウィズもいい加減、悪魔が腹に一物抱えていることに気づき始めたらしい。

 

 話は変わるが。

 

 出稼ぎから戻ったバニルに、いきなり任務を振られた。

 曰く『審問から逃れんとしていた先代領主の親戚を捕縛するのに助力した。今すぐ領主代行娘のところへ行き、自分の代わりにこの功績で金一封をもぎ取ってこい』とのこと。

 ……なお、それ以上の説明は一切なかった。

 

 何ゆえそんな大捕り物に関わったのか、どんな貢献をしたのか――一切が開示されていない。

 具体的な事情がまるで不明瞭なまま、とにかく交渉して成果を取ってこいと言うのだ。

 ……いやまあ、やれと言われれば出来るけども。

 

 アクセルの出来事なら大抵は把握している私も、さっき起きたばかりの事件まではさすがにカバーしていない。

 事情を問い詰めると、バニルは『一日ハチベエとしての守秘義務がある』などと要領を得ない理由で口を閉ざした。

 

 ……わけが分からない。ハチベエとは、一体何なのか。

 この悪魔が最近始めた副業は、冒険者ギルドでスペースを借りて営む相談屋のはずだ。

 そこを追及すると『ゴロウコウを褒め称えるお調子者でムードメーカーな役職』との返答があった。

 なるほど、さっぱり分からない。

 

 とりあえず今日のバニルは、得体の知れない依頼を引き受けていた――そこまでは辛うじて理解した。

 この悪魔の行動については、また明日にでも調べるとして。

 

 結局ロクな情報も得られないまま、私はアルダープ失脚後の新任領主――その代理の元へ向かうことになった。

 ぶっちゃけ、ダクネスのところだ。

 

 交渉の最中、バニルが言っていた『親戚』の正体がアウリープ男爵だと判明した。

 隠居前は先代領主の下でアクセルの財務を任されていた人物で、前領主失踪のどさくさに、私が家財を買い叩いた相手のひとりでもある。まだ記憶に新しい。

 ……一任するなら、せめて名前くらいは前以て教えてほしいのだけど。

 

 ちなみに、バニルの無茶振りだった『金一封を獲得しろ』というミッションは、きちんと達成した。

 

 


 

 

【大規模狩りの幕開け】

 本日より、冒険者ギルド主導の大規模討伐がスタートした。

 祭り本番に突入する前に、増えすぎたモンスターを一掃するのが目的だ。

 今のうちに駆逐しておかなければ、後々祭りの運営に多大な支障をきたす。

 ギルドもその重要性を理解しており、事業完遂に心血を注いでいる。

 

 報酬は上乗せ、支援物資も無償提供――まさに大盤振る舞いのキャンペーン中だ。

 おかげで冒険者にとっては、絶好の稼ぎ時シーズンとなっている。

 

 当然、ギルドはこれから多忙を極める。即戦力の人手など、喉から手が出るほど欲しい。

 そんなわけで、私も数日間だけギルド職員のバイトを引き受けることにした。

 嘆かわしいことに、今のウィズ魔道具店は閑古鳥が鳴きまくっている。居座ったところでやることはなく、時間を割くのは容易い。

 

 この時期限定のギルド職員の役割のひとつに、大規模狩りの現場統率がある。

 複数の冒険者パーティーを連携させるには、現場で采配を振るう上位者がどうしても必要になるのだ。

 ……まあ、もちろん私はやらないけど。

 

 街の外まで長距離を行き来するスタミナなど私にはないし、場合によってはモンスターから全力で逃げる羽目にもなる。

 例え私でなくとも、これは相当にハードな仕事だ。

 

 そもそも私が出張ると名乗り出たところで、許可は下りない。

 このところギルド職員の間では、『私がネロイドに挑んで返り討ちにされた』という根も葉もない噂が流れており、しかも真に受けているらしい。

 

 ネロイドとは、にゃーと鳴く謎生物である。

 色んな派生種がいて、飲むとシャワシャワする。街の子供たちが小遣い稼ぎでよく捕獲している、アレだ。

 どうやら職員たちは、『私ならネロイドに負けても不思議ではない』と思っているらしい。

 さしもの私も、そこまで虚弱ではない……はずだ。戦ったことがないので、断言はできないけども。

 

 ともあれ、今日のギルドは久々にクエストの熱気に溢れていた。

 女冒険者にはエリス教徒も多い。感謝祭に向けて士気が上がるのも当然だろう。

 他方、男冒険者たちは毎年のことながら、森のクエスト志望率が圧倒的に高い。

 森のクエストとは、蝉取り業者が安全に活動できるよう、モンスターを一掃するためのものだ。

 

 蝉は喧しい。祭りの時期はちょうど羽化のシーズンに当たり、街まで飛来しては大合唱を始める。

 日中の騒音も大概だが、この蝉たち、夜になれば活動を休むといった可愛らしい習性は備わっていない。

 うるさすぎて眠れない。堪ったものではない。

 

 ――つまり、サキュバスの夢サービスも利用できなくなる。蝉の大合唱の中、安眠などできるはずもない。

 男どもが、無駄にやる気を滾らせるわけである。

 

 


 

 

【レアモンスターの出現】

 バイト帰り、近所のドブ掃除に精を出す仮面悪魔と遭遇した。

 

 ただ、その格好が実に珍妙だった。

 ステテコに肌シャツ、そしてサンダル。

 ……衣替えかな?

 しかも仮面だけはいつも通り装着しているせいで、風景に溶け込むどころか、変人オーラがいや増していた。

 

 聞けば、お隣の未亡人が旦那の形見の服を譲ってくれたらしい。

 女手一つで店を切り盛りする彼女は、一張羅のスーツ姿でドブ浚いしていたバニルを見かねたのだとか。

 ……とはいえ、バニルの肉体は服も含めて庭の土が原料である。無用な気遣いも甚だしい。

 

 『似合っているか?』と感想を求められたので、皮肉を込めて『山賊みたいなレアモンスターに見える』と答えておいた。

 ところがこちらの意図とは裏腹に、バニルは満更でもない様子。どうやらレアモンスターは誉め言葉らしい。

 モンスターが蔓延(はびこ)るこのご時世に、わざわざ人間社会まで敵に回し、人間からも獲物として狙われる――そんな珍奇で頭が可哀想な生き物のごとし、という意味だったのだが。

 

 なお、この後ついでにお隣さんの店に立ち寄り、バニルへ服を譲った件を話題に出したところ、なぜか先方がやたら慌てた。

 亡き主人一筋なので、そういうのではない――と。

 見当違いな解釈をされた上、下らない言い訳を早口でまくし立てられた。

 どうやら、私が探りを入れに来たと誤解したらしい。

 

 このところ彼女は、ウィズ魔道具店にて『バニルを巡る恋の三角関係』が生じているという、酷い妄想に取り憑かれている。

 あれは無性別で、仮面が本体だ。

 私のことを、無機物に特別な感情を抱く異常性愛者扱いするのはやめていただきたい。

 

 


 

 

【今日からしばらくよろしくお願いします】

 ウィズの誕生日パーティー当日。

 

 これを書いている今は夜だ。スケジュール的には夕刻にパーティーが始まったはずだが、私は辞退したため首尾は知らない。

 早ければ明朝には、詳細が耳に入るだろう。

 

 呑気に店に居残っていたら、ブチギレたウィズから逃げ切れない。

 なので今日は昼の早い時間に退勤し、そのままこっそり行方を晦(くら)ました。

 バニルには『一週間ほど出張に出る』とだけ伝えてある。

 さすがに一週間も経てば、ウィズの怒りも鎮火し、会話が成立する程度には落ち着くだろう……多分。

 

 店には、差し当たりの稼ぎを仕送りするつもりだ。

 そうでもしないと、あの気紛れな悪魔が面白半分で私の居場所をチクりかねない。

 

 ちなみに、雇用主であるウィズには出張の件を一切知らせていない。

 が、うちの店では最高権力者のヒエラルキーが一番下なので、問題はない。

 むしろ私より立場が下なはずのバイトが、一番偉そうにしているぐらいだ。

 ウィズ魔道具店のパワーバランスは、混沌としていて複雑怪奇なのである。

 

 さて、パーティーの概要に移ろう。

 

 会場は冒険者ギルドの一角を予約して貸し切った。

 情報漏洩を防ぐため出席者は必要最低限に留めたが、同時に『ちょっとした催しがある』と布告しておいた。

 さらに『参加者には一杯奢る』と付け加えたので、賑やかし要員の冒険者が大勢集まったに違いない。

 

 アクセルの冒険者は、余所から来た若手が多い。

 貧乏店主としてのウィズは有名でも、彼女の年齢詐称を知る者は少数派だ。

 だからバニルが『誕生日を祝おう』と言い出しても、大半はタダ酒に釣られてご機嫌で、何の疑問も抱かない。

 ウィズがひとつ年を取ったことを、素朴に祝福してくれるだろう。

 ……それが地雷だとは露知らず。

 

 さらに孤児院にも手を回し、子供たちにお祝いの寄せ書きを用意させた。

 当日は直接手渡しさせ、パーティーにも少しだけ顔を出してもらう段取りだ。

 これはウィズの暴発を抑えるための保険である。

 少なくとも純真な子供たちの前では、怒りを表に出すことはあるまい。年齢ネタで囃し立てられようが、顔を引きつらせながらも我慢するはずだ。

 ……子供たちが去った後のことまでは、知らないが。

 

 実のところ、私も企画の全体像は把握していない。

 噛んではいるが、あくまで部分的に手伝っただけだ。

 当初の計画通りなら、ウィズの元冒険仲間にも招待状を送っているかもしれない。

 ……こんな会場に招けば、逆にウィズの逆鱗を踏み抜きそうだが。

 

 今回の企みは、表向き『バニルの単独犯』ということで話がついている。

 ……が、どうせウィズには私も加担しているとバレる。

 だからこそ、パーティー開始前に速攻で逐電したわけである。

 

 そもそもバニルの仕業にしては、あまりにも手回しが周到すぎる。

 あの反則悪魔は、どちらかといえば能力でごり押してくるタイプだ。予知があるから、細やかに盤面を整える事前準備など不要なのである。

 こういう丹念なやり方は、むしろ私の領分だ。

 

 というわけで、ほとぼりが冷めるまで私はダクネスの実家に転がり込むことにした。

 潜伏先に選んだのは、ちょうど出張先でもあったからだ。

 領主代行を務めるダクネスの補佐――それが当面の私の職務となる。

 

 この話を持ちかけられたのは、ダクネスが領主代行に就任したその日だった。

 新領主イグニスはまだ療養中。悪魔の呪いは解け、回復傾向にはあるが、政務に臨める状態には程遠い。

 そのため、娘のダクネスにお鉢が回ったわけだ。

 

 もっとも、彼女も不慣れな役目に四苦八苦するのは必定。そこで助っ人として私に声がかかったという次第である。

 ちなみに勧誘したのはイグニスで、ダクネスは一切知らされていなかったらしい。

 私が屋敷を訪ねたとき、彼女が酷く困惑していたのは言うまでもない。

 

 事情を話すと、ダクネスは『いつの間に父と知り合っていたのか』と問いかけてきた。

 もっともな疑問だ。だが、それをイグニスを差し置いて私が勝手に答えるわけにはいかない。

 

 ……やはり、あの日の密談について彼はダクネスに一言も語っていないらしい。

 時期尚早と判断したのだろう。

 あの頃は結婚騒動でそれどころではなかったし、今も領主代行の業務で手一杯だ。

 あるいは――今のダクネスでは、私のことはまだ手に余ると踏んだのかもしれない。

 

 ひとまず私は、イグニスは私にとって『友人』であるとだけ答えておいた。

 だが、ダクネスは私の友人の定義を知らない。そのためこの返答に、彼女は釈然としない顔で首を捻ることになるのだった。




・ウィズのお誕生日パーティー
【ウィズお誕生日おめでとうサプライズパーティー計画(2-5)】で仕込んだ、ちょっとした伏線の回収。

・思考が漏れる帽子
原作七巻の描き下ろし短編『たまにはお礼を言いたくて』より。
動物とお喋りするために、ゆんゆんがメチャクチャ欲しがりそうなアイテム。

・『友人』
【友人関係とは利害の一致(2)】及び【友達と書いて同盟と読まない(2-4)】を参照。
ざっくり言うと、同盟相手のこと。
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