とある魔道具店店員の手記 作:シュワシュワ
フェイトフォーがやって来たけど、作中での出番は後一回あるかどうか。
【大道芸人による殺人事件(誤報)】
大通りにて白昼堂々、人殺しが起きた。
平和なアクセルでのまさかの凶行に、街は一時騒然となった。
まあ、タイトルにもある通り、ただの勘違いだったのだけど。
なぜ、このような行き違いが生じたのか。原因は大道芸に対するカルチャーギャップ、その一言に尽きる。
アクセルにおいて、芸といえばアクアだ。
物を消し、生き物を召喚し、種からあっという間に花を咲かせる。彼女の宴会芸スキルは、もはや人知の及ぶ領域にない。
そんな神業を幾度となく目の当たりにしたことで、観衆の目は次第に肥えていった。
芸の世界に不案内なアクセル市民は、アクアが規格外であることを理解できていない。
彼女を基準に据え、『腕の立つ大道芸人なら、そのくらいは当たり前にできるのだろう』と誤った認識を抱いてしまっている。
他の大道芸人にしてみれば、これは堪ったものではない。
どれほど腕を磨こうとも、女神クラスと比較され、一律に落胆されるのだから。
彼らを唸らせる芸人など、アクアを除いて地上には存在しないだろうに。
実際、彼女の路上パフォーマンスを直に目にしたせいで心を折られた芸人は、一人や二人ではない。
そういった経緯から、アクセルは芸人泣かせの街として、その筋では名が通っているのだとか。
だからこそ、今日の悲劇が生まれた。
王都から遥々腕試しに来たと自己紹介する、ピエールなる大道芸人が、とある芸を披露してしまった。
物体消失マジックだ。
先にネタバラシをすると、テレポートの魔法で転移させるだけのトリックである。
だが、これを人間に使ったのが不味かった。
アクアの物体消失マジックは正真正銘、タネも仕掛けもない。
にもかかわらず、本当に対象を消滅させる。
消え去ったアイテムがどうなったのかは、アクア本人にすら判然としない。そして消失したものは、二度と戻らない。
アクセル住民にとって、物体消失マジックとはそういうものだ。
それを人間に適用したものだから、『流れの大道芸人が人を殺した』というパニックが瞬く間に伝搬した。
たまたま見回り中の警官が居合わせたために、現行犯として逮捕されそうになっていた。
ピエール氏にしてみれば、まるでわけが分からなかっただろう。
そんな混沌とした現場に、遅れてアクアがエントリーする。
騒ぎを嗅ぎつけて寄ってきたらしい。
そして付近の大道芸人を視界に収めると、芸人魂に火がついたのだろう。対抗するように、不意に芸を始めた。
それ自体はまあ、恒例行事のようなものだ。
そこから、神域の美技を目にした芸人のプライドを無自覚に粉砕し、引退へと追い込むまでが様式美である。
しかし、今日のアクアは一味違った。
鞄の中から、鞄よりも大きな初心者殺しを取り出そうとしたのだ。
他ならぬ彼女自身が、鞄から飛び出すと断言している。つまらない虚仮威しではない。実現可能なのだろう。
だからこそ、そう宣言した途端、見物していた冒険者とまだ残っていた警官が駆けた。彼らの迅速な対応によって、アクアはすぐさま取り押さえられる。
危険なモンスターを街に誘致した、もしくはしようとした容疑だ。
大道芸人の殺人は誤解だったが、こちらは誤解ではない。彼女はそのまま、すごすごと署へと連行された。
芸人として格の違いを見せつけるのかと思いきや、何とも締まらない結末だった。
【魔王軍に動き有り?】
どういう思惑かは知らないが、アクセルに魔王軍のスパイが忍び込んでいる。
……いや、実際のところ、こんな辺境くんだりまで何をしに来たのだろう? タイミングも場所の選定も、イマイチ釈然としない。
まず思い浮かぶのは、大軍を率いての侵攻だ。現に、王都とアクセルを同時に襲撃する大規模計画が明るみになっている。
その事前偵察と考えれば、一見筋は通る。
だが、魔王軍に大攻勢の兆候があるという話は聞かない。
それだけの兵力を動員すれば、動静を完全に秘匿するのは至難のはず。……まあ、私も軍事は専門外だけれど。
そもそも当初のスケジュール通りなら、魔王軍はとうに城を発ち、アクセルへ向けて元気に進軍しているはずだ。
そうなっていないのは、魔王軍内部が一時期、深刻な混乱に陥っていたから。その収拾と再編に、掛かりきりだったのである。
その間、魔王軍の攻勢はピタリと止み、ベルゼルグ側は一息つけた。態勢を立て直す、貴重な猶予を得たのだ。
魔王軍がまごついていた隙に、人類は反撃の準備を整えた。噂では、他国とも連携し、魔王城への進撃を企てているという。
今の魔王軍に、攻め込む余裕などない。タイムロスを挽回しつつ、敵の逆侵攻に備えねばならない。
この攻城戦の帰趨が、今後の戦況を左右する。場合によっては、この一戦で雌雄が決しかねない。
だからこそ、理解に苦しむ。
こんな大事な局面で、アクセルに何の用事があるというのか。間諜を遣わした魔王軍の意図が読めない。
この街に、ベルゼルグの反攻計画へ繋がる手がかりなどあっただろうか?
真っ先に思いつくのは、要人を狙っているという線。
だが、標的はイグニスではあるまい。
彼は有能だが、所詮は地方領主に過ぎない。どう手を下したところで、反攻への影響はない。
次点の候補は私。
より正確に言えば、ベルゼルグに巣食っていた魔王軍の間者網を壊滅へと導いた、正体不明の旗振り役というべきか。
その人物は明らかに、ダスティネス家の威を借りて動いていた。ならばアクセル在住者であると推理するのは、至極当然の帰結だろう。
魔王軍からすれば、現在の窮状を招いた元凶の正体は、一刻も早く突き止めたいはず。
だがそれは今、優先すべき課題ではない。
先にも述べたように、魔王軍はようやく混乱から脱したばかり。現在もベルゼルグの反攻を挫くべく、急ピッチで防衛に力を注いでいる。
私の活躍は謀略方面。差し当たり、目前の反攻とは直接関係しない。
そして今の魔王軍に、目先以外へ意識を割く余力はない。
……まあ、もっとも。あちらは
最後の候補は、そのサトウカズマ。
ただし、これは先述とは別件。数多の幹部を討ち取ってきた、要注意人物としての評価だ。
とはいえ、これはないだろう。
彼個人は、貴族でもない一介の冒険者。大局的観点での影響力はたかが知れている。
喫緊の今、彼を差し置いてでも重視すべき相手はいくらでもいる。
逆に戦略レベルの脅威と見做すなら、中途半端なちょっかいは悪手と判断し、あの魔王なら手出しを控えるだろう。
そもそも魔王軍は、謀略担当のセレスディナを調略して寝返らせ、それを足がかりに国単位でスパイを根切りにし、魔王軍を混乱の渦に陥れて戦争スケジュールを遅延させた――その黒幕がカズマではないか、と疑っている。
……こうして羅列すると、思わず瞠目する。何だ、この化け物は。
私でも、こんな神算鬼謀の怪物とは関わり合いになりたくない。それこそ、セレスディナでの失敗の二の舞になりかねない。
いやまあ、実在しないけども。私もそこまではやってない。
他にも思い当たる候補はいなくもないが、憶測の域を出ないため割愛する。
ひとまず、発見したスパイはイグニスへと報せておいた。
彼との同盟は、セレスディナへの対処が完了した時点で解消されている。とはいえ、縁が切れたわけではない。
以後の処理と目的の究明は、あちらが担ってくれるだろう。
というかスパイへの対応など、一般人の私が受け持つ案件ではない。
街の防諜は問題ない。
アクセルは私が本拠とする街だ。今回のような事態も想定し、長年かけて諜報対策を講じてある。備えは万全だ。
まして、街を治める領主とは共同戦線を張っている。アクセル限定でなら、私はその能力を十全に発揮できる。
恐らく、ベルゼルグ国内で最もスパイ活動の困難な地域は、ここアクセルだろう。
そこへ仕掛けるというのは、準備万端待ち構えて籠城する城へ、ノコノコと近寄るがごとき愚挙と言える。
知らぬこととはいえ、あちらも可哀想に。
【アクシズ教団のアレ】
広場にて、アクシズ教団の路上販売と遭遇した。
連中は刹那主義で、蓄財する理性を欠いている。故に、慢性的な金欠だ。
支部長のセシリーなど、エリス教団の配給で糊口を凌ぐ有り様である。
この街の教会も、今年の夏に改築されるまでは廃屋同然だった。
で、そこの売り子の面子がまたヘンテコだった。
まずはセシリー。
彼女に関しては、別によろしい。アクセル支部の長であり、あんなのでも一応は責任者なのだから。
次に、めぐみんとゆんゆん。
こちらも取り立てて言うことはない。この小遣い稼ぎは、元を辿ればめぐみん盗賊団の活動資金確保と結び付いていた。
さらに言えば、これがセシリーの盗賊団加入の契機でもある。
今となっては盗賊団は無関係だが、普通に割の良いバイトということもあり、ほぼ毎回手伝っているとか。
次いで、イリス。
……どうして、アイリス王女がこんなところで働いているのですかね?
一度だけ盗賊団絡みで参加したことがあるのは把握している。だが今日はその彼女もいた。割りかし楽しそうだった。
後ほど尋ねたところ、これまではことごとく日程が合わず、泣く泣く参加を見送っていただけらしい。勤労精神旺盛だった。
……もしや、魔王軍がわざわざこの街へスパイを送り込んできたのって、たまにお忍びで遊びに来る彼女が目当てだったりするのだろうか。
私の勘と見立てでは、無関係だとは思うけど。
ドラゴンスレイヤーの称号を得て以来、最近のイリスはほとんどフリーパスで外出できているという。
ゆんゆんからの土産話によれば、つい先日も王都近郊の森まで赴き、キングトードとかいう都市伝説モンスターを一緒に退治してきたそうな。
そして最後に、あるえ。
……いや、何で?
個人的には、彼女がしれっと紛れ込んでいたことに一番ビックリした。
事の次第は、多分に偶発的な成り行きだった。
まず前提として、彼女は魔王軍への防衛戦力という名目で、紅魔の里からアクセルへ代表として派遣されている。
といっても、やっていることは単なる街の観光だ。
しかも王都方面で何やら動きがあるとかで、遠からず帰郷する予定とのこと。
そこへ同級生のゆんゆんと顔を合わせた折、今日の集まりを聞き出した。これにあるえが食いついた。
作家として、この状況を見逃す手はない。ネタの匂いを嗅ぎ取った彼女はそう直感したらしい。
ゆんゆんが言葉を尽くして引き止めようとしたものの、彼女は一切耳を貸さなかった。
加えて、セシリーも初対面のあるえを諸手を挙げて歓迎する始末。
斯くして、波乱もなく二つ返事で売り子の仲間入りを果たしたのである。
そんな彼女らが販売する商品とは、『アクシズ教団のアレ』。
名称が謎過ぎるが、要はところてんスライムの粉だ。
この嗜好品は本来、子供や老人が喉に詰まらせやすいとして、取引が禁じられている。
が、これはセシリーが改良を施し、安全基準を満たした特別製だ。余程ところてんスライムがお好きらしい。
……魔改造で生命力が底上げされたせいか、水に浸したまま放置するとスライムとして復活するケースがある、という真偽不詳の評判も小耳に挟んだが。
ストレートにところてんスライムの名で売り出すと、警察との余計ないざこざを招く。それを避けるため、あえて『アレ』とぼかしているそうだ。
この怪しげな代物、売れ行きは殊の外上々だった。あっさり完売した。
とはいえ、それだけところてんスライム自体に人気があるのかは何とも言い難い。一定の需要はあるようだけど。
というのも、『とても人に言えない製法で作った』だの、『美少女たちが恥ずかしながらもギュッと握り締めた例のアレ』だの、キャッチフレーズがいちいちいかがわしい。
客の中には、わざわざ各売り子の元を回り、毎度手渡ししてもらう輩までいた。ゆんゆんなんて、終始顔を真っ赤にしていた。
……これ、通報したら何かしらの罪でしょっ引けないだろうか。
一応、通りがかった義理で私も購入した。ウィズに食べさせて処分しよう。
このアルバイトを、あるえは『良い取材になった』と満足げに総括していた。
『アクシズ教徒はキャラが立っていて面白い。いずれアルカンレティアにも旅行したい』とも語っていたが。……本気かな?
小説家としては、これくらい無鉄砲で貪欲なスタンスのほうが大成できるのかもしれない。
そういえばイリスから、冒険は歓迎なので心当たりがあればまた誘ってほしい、と伝えられた。
前の族長試練のときみたいに。
……確かにあのときは私の不手際で、うっかり王女を前線に引きずり出してしまったけども。あんなのがそうそうあっては困る。
この街には女神、地獄の公爵、リッチーなどの大物が多数出没する。
探せばイリスの期待する大冒険の糸口とて、見つからないとは言い切れないのが恐ろしい。
実際、この前もホワイトドラゴンとエンカウントしたばかりだ。
なお、セシリーは次回、美少女が息を吹き込んだ風船を売りたいとほざいていた。
この女、今からでも留置所で反省させたほうが世のためなのでは。
【カズマ邸乗っ取り事件】
サトウカズマの屋敷周辺が、狼藉者集団の手に落ちた。
少し前にも似たような騒動はあった。あのときは、アクアが家主のカズマを締め出しての不法占拠だった。
けれど今度は、アクアも含めて一党全員が叩き出されている。
おまけに前回のように、警察を頼る手も使えない。犯人の出自のせいで。
どういうことかというと。彼らを武力で追い払った犯人グループとは、庭の畑で無許可栽培されていた野菜なのだ。
どうやら、すくすくと育ち過ぎたらしい。
カズマがクリエイト・アースで上質な土壌を用意し、水の女神アクアも最高品質の水をこまめに撒いた。
初心者向けの育てやすい品種であったこと。農家ほど本格的でない、小振りで身の丈に合った農地だったことも奏功したのだろう。
アクシデントもなく無事に収穫のシーズンを迎え、彼らが手がけた野菜は立派に育った――育ちすぎた。
収穫しようとした四人を難なく撃退し、敷地から追い散らしてしまえるほどに。
武装した魔王軍の小隊程度なら、軽く蹴散らせる出来映えだったとか。
『所詮は野菜』と侮ったのが命取りとなった。
爆発や絡みつくツタに手も足も出ず、一行は命からがら着の身着のまま自宅から逃走した。
あろうことか野菜相手に敗北し、武具の大半を自室へ置き去りにして追放されたのである。
カズマに至っては、最初から武器すら携帯していない丸腰だったという。
どれだけ油断していたのだろう、あの男。
爆裂魔法を筆頭に、立地や装備の都合からスキルを制限されているのも痛い。
なお、野菜は逃亡もせず、その場への居座りを選んだ。
近隣へ被害が拡大しなかったのは不幸中の幸いだが、これはもう完全に見下されている。野菜風情に。
当然、警察は管轄外。
ギルドに駆け込んで、不特定多数の冒険者に助力を乞う手立ても採れない。
そんなことをすれば、違法栽培の事実がバレてしまう。
アクアとめぐみんは『高レベル冒険者の農作業は例外的に合法』と力説したそうだが……。この体たらくで、その主張が通るかどうかは甚だ怪しい。
そんなわけで、アクアがドタバタとうちへ押しかけ、大急ぎでウィズを助っ人として連れ去った。嵐のような慌ただしさだった。
別口では、ゆんゆんも応援に駆り出されたらしい。
こうして魔法使い二人を加えた一同は敷地へ突入し、再戦に臨んだ。
呼応して、屋敷側からも何者かの援護射撃が飛んでくる。
図らずも二正面作戦を強いる形となり、一帯を制圧していた野菜は殲滅されたのだった。
ちなみに、屋敷側から飛び入りで加勢したのは、地縛霊のアンナだったとか。
ポルターガイストで、石やら酒瓶やらを手当たり次第に投げつけたらしい。
……そんなことができたのか。
斯くしてリベンジを成し遂げ、住居を奪還した。
助太刀のお礼として、ウィズが取れたての野菜をお裾分けされて持ち帰ってきた。
コマツナにジャガイモ、ダイコン、ホウレンソウ、ピーマン、そしてサンマ。
品目からも瞭然なように、これらは件の下手人。日がなお腹を空かせている欠食店主も、これにはご満悦の様子だった。
早速調理して食したが、手強さに見合うだけのことはある。味は抜群だった。
なお。
アクアとめぐみんは来年、春キャベツやマンドラゴラに挑戦したいと抜かしているらしい。
……さてはあの二人、ちっとも懲りていない?
【嘘を吐かずに相手を騙すためのテクニック講座・中級編】
ダンジョンアドバイザーをしていた頃、カズマの企みに協力すると約束した。
王女の側近であるクレアとレインの二人に、復讐したいのだという。
そうなった経緯は前に記した通りなので、ここでは省略する。
私に割り振られた役目は情報収集。ターゲットの別荘の見取り図と、警備状況の洗い出しだ。
カズマの描く筋書きはこうだ。
まずレインには真っ向からお礼参りを敢行し、その動きをわざとクレアの耳へ入れる。
すると彼女は恐怖に駆られ、秘密の別荘へと雲隠れするだろう。……誘い込まれたとも知らずに。
そこを、情報アドバンテージを活かして急襲する。
プランには、あえて私の色を濃く滲ませてある。意表を突けるはずだ。
そして、その第一歩となる下調べが、遂に終わった。
取り揃えた資料は、そのまま渡しても良かった。だが念のため、小細工を少々織り交ぜることにした。
小道具を用意し、呼び出したカズマと打ち合わせを重ねる。
そして資料を引き渡すための寸劇を、文字通り演じた。
台本を片手に雑な棒読みなので、実態は劇と呼ぶのもおこがましい代物だったが。
これは、嘘を感知する魔道具への対策だ。誰に見せる芝居でもないので、演技力は求めていない。
クレアの別荘の情報をどうやって得たのかと問い詰められた際、私という共犯者まで辿り着かせない。そのための工作である。
仮に追及された場合、カズマの受け答えは寸劇に則って概ね以下の通りとなる。
『情報屋を名乗る者から買った。名前は〇〇と言っていたが、本人曰く偽名らしい。顔もフードで隠されていた』
寸劇でやった内容を、そのまま語っているだけだ。だから嘘感知の魔道具は反応しない。
フードを目深に被り、終始顔を見せなかったのも事実。
つまり、取り調べを想定した偽装用の回答を、あらかじめ仕込んでおいたわけである。
ここまでする必要があったのかと問われれば、十中八九ない。カズマのせいで、向こうは詰問どころのメンタルではなくなるだろうし。
大体、本腰を入れるならキャストや舞台選びにまで気を配り、もっと手間と金をかけている。
つまり実情は、私の戯れ。半ばレクリエーションだったりする。
ただ、一通りの説明を聞き終えたカズマは半眼になった。
『こいつ、マジで悪辣だな』とでも言いたげな――もとい、思うだけに留まらず、実際に口へ出した。
いやいや。発想は結構単純だし、とっくに実践している人も探せばいるだろう。
特に、しょっちゅう警察の厄介になっているアクシズ教徒とか。
とりわけ教団トップのゼスタなど、一日一回は何かしらの罪状で捕縛されている。魔道具の仕様は知り尽くしているはずだ。
さておき。
資料を受け取ったカズマは、その足ですぐにゆんゆんのテレポートで旅立った。
――ここまでが、昨日の出来事である。
そして翌日。
気味が悪いほど晴れやかな笑顔を引っ提げ、カズマが首尾を報告しにやって来た。
事後報告を求めた覚えはないが、彼のほうが、誰かと分かち合いたい気分だったのだろう。
詳細は――彼女たちの尊厳を慮り、この手記への記述は控えておく。
【やり直しマッチによる観測実験】
当店には、特段何の役にも立たない神器が置いてある。
マッチの神器で、『やり直し』という極めて強力な効果を秘めている。
火を灯すことで過去へ遡り、かつての選択を再びやり直すことができる。
ただし、その性能を十全に発揮できるのは正式な所有者のみ。
他者が使っても発動はする。だが、火が燃え尽きれば元の時代へと引き戻される。
つまるところ、あったかもしれないイフを疑似体験できるだけの、贅沢なオモチャだ。神器本来の趣旨からすれば、無価値と化している。
これで回数無限であればまだ用途を見出せるものの、消耗品の上にマッチは三本しかない。
ちなみにマッチという呼称は、これを見知っていたらしいアクアとカズマがそう呼んでいたので、それに倣っている。
ひょっとすると、元は異国の道具なのかもしれない。少なくとも私には聞き馴染みがない。
これを使って、タイムスリップ以前の過去を覗けないものか――そう思案したこともある。
だが、起動には遡行先の情景を具体的に思い浮かべる工程が必須なので、断念した。
記憶にないから覗きたいのに、思い出してから出直せ、では話にならない。本末転倒だ。
で、その暇潰し用の玩具を、来店したカズマが一気に使い切った。
元々は、騒々しいアクアの気を逸らすためにバニルが与えた代物だったのだが――まあ、その辺りの経緯は省こう。
カズマとしては、今とは異なるパーティーメンバーと組んでいたら、どんな未来が訪れていたかを確かめたかったらしい。
此度の話のメインは、その並行世界における私の動向となる。
一回目と二回目の試行を終え、カズマが帰還した直後のこと。
呪われたアイテムよろしく、問題児三人のパージに立て続けに失敗した彼は、項垂れていた。
が、ふと顔を上げたかと思うと、
カズマの言によれば。奇妙なことに、現実と一回目、二回目とで私の行動がすべてバラバラで、一貫性を欠いていたという。
前提条件から整理しよう。
まず、カズマが過ごした期間は、現実に即して言えば、冒険者登録をするやや手前から四人パーティーを結成するまでのおよそ一ヶ月。
この間、私やウィズとは面識がない。
過去の世界は、カズマが介入しない限り、元の歴史通りに推移する。したがって、彼が接触しなかった者の行動は変化しない――はずだった。
ところが、カズマの視点では私だけがその法則から外れていた。
現実では出会わなかった場面で、幾度か私と鉢合わせる事例があったとか。
一回目では、気のせいだろうと気に留めなかった。
彼自身の記憶違いか、あるいはバタフライエフェクトによる誤差だろう、と。
ところが二回目。私の動向が、一回目とも大きく食い違っていた。そこでようやく、カズマは私の立ち回りに違和感を覚えたという。
カズマより詳細を聴取したところ、理由の見当はついた。
というより、
これは――向こうの私に、カズマが時間遡行していることを見抜かれてますね。
別段、不思議な話ではない。何しろ私自身がタイムトラベラーだ。
既に前例のある身としては、第二の未来人が出現する可能性は常に念頭に置いている。
そしてカズマが冒険者登録をした日、私もバイトでギルドに居合わせていた。遠目に見かけただけで、会話はしていないが。
あのとき私はカズマとアクアの両名に目をつけたわけだが、向こうの私はそれに加えて、彼を未来人と看破したらしい。
だから注目度が跳ね上がり、カズマを軸に行動するようになった。
当のカズマが試行のたびに違う動きをするのだから、それに応じて私の行動が変わるのは必然だ。
さらには、カズマにとってこれがシミュレートの遊戯に過ぎず、元の私とは交流がある点まで見透かしている。
だから大胆に動き回り、怪しまれることを意に介していない。
そんなわけで、三回目のチャレンジ直前のカズマに、過去の私宛てのメッセージを託してみた。
こんなこともあろうかと、時間移動専用の特殊な暗号を用意してある。
……よもや、使う日が来るとは思わなかったが。
ギルドで私を見つけたら、旧知の態で話しかけると良い。初対面ではあるが、どうせ私ならアドリブで合わせてくる。
ちなみに。
カズマには伏せているが、その暗号のセリフを復号すると、『眼前の男はあなたのご先祖です』という伝言になる。
これなら過去の私も強い関心を示し、彼に味方してくれるはずだ。
それから間もなく三本目のマッチ棒も焼失し、カズマが現世へ舞い戻る。
ややあって、どうしたことか、彼は泣きながら私に掴みかかってきた。親でも殺されたかのような形相で、全身から悲嘆を迸らせながら。
――結論から言うと、サキュバス喫茶店が過去の私に乗っ取られたらしい。
三回目は、終盤までは大層順調だった。
アクセル到着の初日、早々に私からのサポートを取り付ける。
それによって、私が引き合わせたウィズにレベル上げを世話してもらい、念願の鍛冶スキルを習得。
さらには金銭面の支援も受け、序盤の資金難も解消した。
二日目にはライターを開発し、ウィズ魔道具店への卸売ルートを確立。これが売れ筋になることを、彼は実体験で知っている。
案の定、程なくして大ヒット。安定した収入源をゲットした。
その上屋敷まで手に入れ、生活基盤を完成させる。
しかし、ウィズ魔道具店を繁盛させたことが、図らずも仇となる。
店の盛況により、ウィズは多忙を極める。
他方、私はそうでもなかった。
業務こそ増えど、借金の尻拭いに奔走する重圧からは解放された。相対的には、むしろ余裕が生まれた格好だ。
そのゆとりを駆使して、街のサキュバスを支配下に収めたらしい。
顧客がどんな夢を注文しているかという最大の秘事を、私が逐一掌握した。その弱みをチラつかせることで、街の男衆をこき使える体制を築いてしまう。
実際に実行へ移したわけではない。だが、やろうと思えばいつでもできる状態になってしまった。
今の私には到底無理だが、あの頃のサキュバスはまだバニルの傘下ではない。気兼ねする謂れはどこにもなかった。
そもそも、うちの店ではウィズが負債を拵えることで、私の悪巧みを抑制するパワーバランスが成立している。
それをカズマが崩してしまった。
こうして、アクセル全男性にとっての暗黒期が到来した。
……いや。だからといって、別世界の私が仕出かしたことで文句を言われても。
そもそも向こうの私も、カズマがここまでショックを受けるのは予想外だったろう。今の私ですら、ちょっぴり面食らってるくらいなのだから。
あちらの私は、裏切ったつもりはない。ただ実験したかっただけだ。
現状を
やり直しのタイムアップ寸前に乗っ取りを打ち明けたらしい。彼の反応から、そこも逆算して見切っていたのだろう。
おかげで、別世界の私へぶつけ損ねた怒りの矛先が、こちらに向いている。
未来の改変とは、容易ならざるものだ。
世の中は多角的で、表面上は好転したように見えても、どこかに皺寄せが生じないとも限らない――と私が締め括ると、『お前が言うな』とのお叱りを頂戴した。
まあ、そうなりますよね。
・魔王軍のスパイ
正体は、リオノール王女を誘拐するために派遣された工作員先遣隊。
ベルゼルグ王国にて築いた魔王軍の諜報網はズタズタにされたが、ブライドル王国は手付かずなので、そちら経由で彼女のアクセル入りスケジュールが漏洩した。
なお、主人公+ダスティネス家が構築する強固な防諜体制を突破できず、後続も含めて全員シャットアウトされる模様。
番外編は次回がラストです。