とある魔道具店店員の手記   作:シュワシュワ

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前回のあらすじ:
フェイトフォーがやって来たけど、作中での出番は後一回あるかどうか。


5-4 やり直しマッチ

【大道芸人による殺人事件(誤報)】

 大通りにて白昼堂々、人殺しが起きた。平和なアクセルでのまさかの凶行に、街中は一時騒然とした。

 まあ、タイトルにもあるように、勘違いだったのだけど。

 

 なぜこのような行き違いを来したかというと、原因は、大道芸へのカルチャーギャップの一言に尽きる。

 アクセルにおいて、芸といえばアクアだ。

 物を消し、生き物を召喚し、種からあっという間に花を咲かせる。彼女の宴会芸スキルは、人知を超えたものがある。

 そんな神業を度々披露され、次第に観衆の目も肥えた。

 芸の道に不案内なアクセル市民は、アクアが規格外と理解できていない。彼女を基準とし、手練れの大道芸人ならそのくらいは当たり前にできると、誤った認識を持ってしまっている。

 

 他の大道芸人にしてみれば、これは堪ったものではない。

 どれだけ必死に腕を磨こうと、女神クラスと比べられ一様に落胆されるのだから。

 彼らを唸らせる芸人など、アクアを除いて地上には存在しないだろうに。

 彼女の路上パフォーマンスを直に目の当たりにしたがために、心を折られてしまった芸人も一人や二人ではない。

 そういった背景から、アクセルは芸人泣かせの街とその筋では有名なのだとか。

 

 だからこそ、今日の悲劇が生まれた。

 王都から遥々、この街まで腕試しに来たと自己紹介するピエールなる大道芸人は、とある芸を繰り出してしまう。

 物体消失マジックだ。

 先にネタバラシをすると、テレポートの魔法で転移させるだけのトリックだった。だが、これを人間に使ったのがマズかった。

 

 アクアの物体消失マジックは、正真正銘タネも仕掛けもない。にもかかわらず、本当に対象を消滅させる。

 消え去ったアイテムがどうなったのかは、アクア本人にすら判然としない。よって、消失したものは元に戻せない。

 アクセル住民にとって、物体消失マジックとはこれが常識だ。それを人間に適用したものだから、流れの大道芸人が人を殺したと、瞬く間にパニックが伝搬した。

 見回り中の警官がいたために、現行犯として逮捕されそうになっていた。

 ピエール氏にしてみれば、まるでわけが分からなかっただろう。

 

 そんな混沌とした現場に、遅れてアクアがエントリーする。

 賑やかな空気に吸い寄せられたらしい。

 そして付近の大道芸人を視界に入れると、芸人魂に火がついたのだろう。対抗するように芸を始めた。

 それ自体はまあ、恒例行事のようなものではある。そこから、神域の美技を目にした芸人のプライドを無自覚に粉砕して、引退へと追い込むまでが様式美だ。

 

 しかし、今日のアクアは一味違った。

 鞄の中から――鞄よりも大きな初心者殺しを取り出そうとしたのだ。

 他ならぬ彼女が、鞄から飛び出すと断言したのだ。つまらない虚仮威しではない。実現可能なのだろう。

 だからこそそう宣言した途端、見物していた冒険者と、まだ残っていた警官が駆けた。彼らの尽力によって、アクアはすぐさま身柄を取り押さえられる。

 危険なモンスターを街に誘致した、もしくはしようとした容疑だ。

 大道芸人の殺人は誤解だったものの、こちらは誤解ではない。彼女はそのまま、すごすごと署へと連行された。

 芸人として格の違いを見せつけるのかと思いきや、何とも締まらない結末だった。

 

 

【魔王軍に動き有り?】

 どういう思惑かは定かでないが、アクセルに魔王軍のスパイが忍び込んでいる。

 いや実際、こんな辺境くんだりまで何しに来たのだろう? タイミングも場所の選定も、イマイチ釈然としない。

 

 まず思い浮かぶのは、大軍を率いての襲撃か。現に、王都とアクセルを同時侵攻する大々的な計画が明るみになっている。

 そのための偵察ならば、一見すると理に適って映る。

 だが。魔王軍に大規模攻勢を図る兆しがあるとの話は、今のところ耳にしない。

 それだけの軍勢を動員すれば、動きは完璧に隠し通せるものではあるまい。いや、私も軍事は専門外だけど。

 

 まず。当初の魔王軍のスケジュール通りなら今頃は城を発ち、アクセルを目指して元気に進軍しているはずだ。

 そうなっていないのは、魔王軍内にて一時期多大な混乱が生じて、内部の立て直しに注力していたから。

 その間魔王軍の攻めがピタリと止んだことで、ベルゼルグ側は一息ついた。態勢を立て直す貴重な時間が得られた。

 魔王軍がまごついていた合間に、人類は反撃の準備を整えたのだ。噂では、他国にも声をかけて魔王城への進撃を企てているとか。

 今の魔王軍は攻め込むどころではない。タイムロスの遅れを早急に挽回し、敵方の逆侵攻へと備えねばならない。

 この攻城戦の是非が、今後の戦況を左右するだろう。下手をすると、この一戦にて雌雄を決することも十分に有り得る。

 

 だからこそ、こんな大事な時期にアクセルへ何用なのか。間諜を遣わした魔王軍の意図を計りかねている。

 この街に、ベルゼルグの画策する反攻に関する手がかりなどあっただろうか?

 

 すぐに思いつくのは、要人を狙っているとの線だろう。

 だがその対象は、イグニスではあるまい。

 彼は優秀だが、地方領主に過ぎない。どうこうしても、反攻への差し響きは皆無だ。

 

 次点の候補は私。というより、ベルゼルグに潜ませていた魔王軍の間者を撲滅させた、正体不明の旗振り役というべきか。

 その者は明らかにダスティネス家の威を借りていたので、アクセルの在住ではと推理するのは至極当然だろう。

 魔王軍からすると、今の窮状を招いた元凶の身元は、一刻も早く割り出したい。

 

 だが。それは今、優先して取り組むべき課題ではない。

 先にも述べたように、魔王軍はまだ混乱から抜け出したばかり。現在も、ベルゼルグの反攻を挫くために急ピッチで力を注いでいる。

 私の活躍は謀略方面だ。差し当たり、間近の反攻には関係しない。

 そして今の魔王軍に、目先の事象以外にまで余所見する余力はない。

 まあもっとも、あちらは件の犯人をカズマと当たりをつけているようだけど。

 

 最後の候補は、さっき名前を挙げたばかりのサトウカズマ。

 ただしこれは、先述とは別件。数多の幹部を討ち取った、要注意人物としての評価だ。

 とはいえ、これは無いだろう。

 彼個人は、貴族でもない一介の冒険者だ。大局的な観点での影響力はたかが知れている。喫緊の今、彼を差し置いてでも重視すべき相手はいくらでもいる。

 逆に戦略レベルでの脅威と警戒するなら、中途半端なちょっかいは悪手と判断し、あの魔王なら手出しを控えるだろう。

 

 そもそも魔王軍は、謀略担当のセレスディナを調略して寝返らせ、それを足がかりに国単位でスパイを根切りにし、魔王軍を混乱の渦に陥れて戦争スケジュールを遅延させた黒幕が、カズマではないかと疑っている。

 ……こうして羅列すると瞠目する。何だ、この化け物は。

 私でも、こんな神算鬼謀の怪物とは関わり合いになりたくない。それこそ、セレスディナでの失敗の二の舞となりかねない。

 いやまあ、実在しないけども。私もここまではやってない。

 

 他にも思い当たる候補はいなくはないが、憶測なので省く。

 ひとまず発見したスパイは、イグニスへと報せた。彼との同盟はセレスディナへの対処が完了した段で終了しているものの、だからといって縁が切れたわけでもない。

 以後の処理と目的の究明は、あちらが全部やってくれるだろう。

 というかスパイへの対応など、一般人の私が受け持つ案件ではない。

 

 街の防諜は問題ない。

 アクセルは、私が本拠とする街だ。今回のような事態も想定し、長い年月をかけて諜報対策を講じてある。備えは万全だ。

 まして、街を治める領主とは共同戦線を張っている。アクセル限定でなら、私はその能力を十全に発揮できる。

 恐らく、ベルゼルグ国内で最もスパイ活動の難しい地域は、ここアクセルだろう。

 そこへ仕掛けるというのは、準備万端待ち構えて籠城している城へと、ノコノコと近寄るが如き愚挙と言えよう。

 知らないとはいえ、あちらも可哀想に。

 

 

【アクシズ教団のアレ】

 広場にて、アクシズ教団が路上販売しているのに遭遇した。

 連中は場当たり的で、蓄財する理性を欠いている。よって、慢性的な金欠なのだ。

 支部長のセシリーなんて、エリス教団の配給で糊口を凌いでいるくらいだし。

 この街の教会も、今年の夏に改築されるまでは廃屋も同然だったほどだ。

 

 で、そこの売り子面子がまたヘンテコだった。

 まずはセシリー。

 彼女に関しては、別によろしい。アクセル支部の長だし、あんなのでも責任者なのだから。

 次に、めぐみんとゆんゆん。

 こちらも別段構わない。この小遣い稼ぎ、元を辿ると、めぐみん盗賊団の資金源獲得と連動している側面がある。

 もっと言うと、それがセシリーが盗賊団へと加入する契機となっている。

 今となっては盗賊団はもう関係ないが、普通に割の良いバイトなのもあり、ほぼ毎回手伝っているとか。

 

 次いでイリス。

 ……どうして、アイリス王女がこんなところで働いてるんですかね?

 一回だけ、盗賊団の絡みで加わったことがあるのは把握してるけども。今日はその彼女もいた。割りかし楽しそうだった。

 後ほど尋ねると、これまではことごとく日程が合わなくて、泣く泣く参加を見送っていただけらしい。勤労精神旺盛だった。

 

 もしや、魔王軍が遥々この街へとスパイを送り込んだのって、たまにお忍びで遊びに来る彼女が標的だったりするのだろうか。

 私の勘と見立てでは、無関係だとは思うのだけど。

 ドラゴンスレイヤーの称号持ち故か、最近のイリスはほとんどフリーパスで外出できるとか。

 ゆんゆんから耳にした土産話によると、つい先日も王都近郊にある森まで赴いて、キングトードとかいう都市伝説モンスターを一緒に退治してきたそうな。

 

 では最後に、あるえ。

 ……いや、何で?

 私的には、彼女がサラッと混じっていたのに一番ビックリした。

 

 聞くに、多分に偶発的な成り行きだった。

 まず前提として、彼女は魔王軍への防衛戦力との名目にて、紅魔の里からアクセルへ代表役で派されている。

 といっても、やってることは単なる街の観光。しかも、王都のほうで動きがあるとかで、遠からず帰るそうだけど。

 そして同級生のゆんゆんと会った折、今日の集まりを聞き出した。これに彼女は食いつく。

 作家として、ネタ的な意味でこの好機を逃してはならないと直感したそうだ。ゆんゆんが言葉を尽くして引き止めようと試みるも、彼女は一切耳を貸さなかった。

 また、セシリーも初対面のあるえを諸手を挙げて喜んだ。よって、波乱もなく二つ返事で仲間入りを果たすのだった。

 

 そんな彼女らが販売する商品とは『アクシズ教団のアレ』。

 名称が謎過ぎるが、要はところてんスライムの粉だ。

 この嗜好品は本来、子供や老人が喉に詰まらせやすいと取引が禁じられている。

 が、これは、セシリーが改良を施して安全基準を満たした特別製だ。余程ところてんスライムがお好きらしい。

 ……魔改造で生命力が上がったせいで、水に浸したまま放置するとスライムとして復活するケースがある。という真偽不詳の評判も小耳に挟んだけれど。

 ストレートにところてんスライムの名で売り出すと、警察との余計ないざこざが起きる。それを回避するために、ちょっとぼかして『アレ』にしているとか。

 

 この怪しげな物品、売れ行きは殊の外上々だった。あっさりと完売した。

 とはいえ。それだけところてんスライムが人気かというと、何とも言い難い。一定の需要はあるようだけど。

 というのも『とても人に言えない様な製法で作った』だの、『美少女たちが恥ずかしながらもギュッと握り締めた例のアレ』だの、キャッチフレーズが一々いかがわしい。

 客の中にも、わざわざ各売り子の元で買って、毎度手渡ししてもらう輩までいたし。ゆんゆんなんて、終始顔を真っ赤にしていた。

 これ、通報したら何かの罪でしょっ引けないだろうか?

 一応、私も通りがかった義理で購入した。ウィズに食べさせて処分しよう。

 

 このアルバイトを、あるえは良い取材になったと満足げにしていた。

 アクシズ教徒はキャラが立っていて面白い、いずれはアルカンレティアにも旅行したい。と言っていたけど。本気かな?

 小説家としては、これくらい無鉄砲で貪欲なスタンスのほうが大成できるのだろうか。

 

 そういえばイリスから、冒険は歓迎なので、もしモンスターと戦ったりする依頼に心当たりがあれば、また誘ってほしいと伝えられた。前の族長試練みたいに。

 確かにあのときは私の不手際で、うっかり王女を前線に引きずり出してしまったけど。あんなのがそうそうあっては困る。

 この街には、女神やら地獄の公爵やらリッチーやらの大物が多数出没する。探せばイリスの期待する大冒険の糸口とて、見つからないとも言い切れないのが恐ろしい。

 この前も、ホワイトドラゴンとエンカウントしているし。

 

 なお。セシリーは、次回は『美少女が息を吹き込んだ風船』を売りたいとほざいていた。

 この女、今からでも留置所で反省してもらったほうが世のためでは。

 

 

【カズマ邸乗っ取り事件】

 サトウカズマの屋敷周辺が、狼藉者集団の手に落ちた。

 少し前にも似たような騒ぎはあったが、あのときはアクアが家主のカズマを締め出しての不法占拠だった。

 しかし。今度は、アクアも含めて一党全員が叩き出されている。

 そして前回に用いた警察を頼る手は、犯人の出自もあって使用できない。

 どういうことかというと、彼らを武力にて追い払った犯人グループは――庭の畑で、無許可で育てていた野菜なのだ。

 

 どうも、すくすくと育ち過ぎたらしい。

 カズマが、クリエイト・アースで良質な土を用意した。水の女神アクアも、最高品質の水をこまめに撒いた。

 野菜が育て易い初心者向けで、農家ほど本格的ではない、小振りで身の丈に合った農地だったのも奏功しただろう。

 その結果、アクシデントにも見舞われず無事に収穫のシーズンを迎えて、彼らが手がけた野菜は立派に育った――育ちすぎた。

 穫り入れようとする四人を容易く撃退し、敷地から追い散らしてしまえるほどに。

 武装した魔王軍の小隊くらいなら、軽く蹴散らせる出来映えだったそうだ。

 

 そんな群れを所詮は野菜と舐めてかかったために、爆発や植物のツタの巻き付きに一行は手も足も出ず。命からがら、着の身着のまま、自宅から背を向けて逃走した。

 あろうことか野菜に敗北を喫して、武具の大半を自室へ置き去りに追放されたのだ。

 カズマに至っては何を思ったのか、初めから武器すら持たない丸腰だったという。どれだけ油断していたのだろう、あの男。

 爆裂魔法を筆頭に、立地や装備の都合でスキルを制限されているのが痛い。

 

 なお。野菜は逃げ出すでもなく、その場への居座りを選んだ。

 逃亡されると近所に迷惑がかかるから、そこは不幸中の幸いなのだが。これはもう、完全に見下されている。野菜風情に。

 

 管轄が異なる警察は言わずもがな。ギルドへと駆け込んで、不特定多数の冒険者に助力を頼む選択も採れない。

 それをすると、野菜を違法に栽培していたのがギルドにバレてしまう。

 アクアとめぐみんは、高レベル冒険者の農作業は例外的に許されるから、合法と力説したそうだが。この体たらくでは、主張が受け入れられるかは微妙なところだ。

 

 ということで、アクアがドタバタとうちを訪って、大急ぎでウィズを助っ人として連れ去った。嵐のように慌ただしかった。

 それとはまた別口に、ゆんゆんも応援として駆り出されたという。

 こうして魔法使い二人を加え、一同は敷地へ侵入して再戦を挑む。

 一方、呼応して屋敷側からも何者かの援護射撃が飛んできた。おかげで、図らずも相手方に二正面作戦を強いることに成功し、一帯を占領する野菜の撃滅を達成した。

 なお、屋敷側から飛び入りで加勢したのは、地縛霊のアンナだったとか。

 ポルターガイストを引き起こして、石やら酒瓶やらを適当に投げ飛ばしたらしい。そんなことができたのか。

 

 斯くしてリベンジを成し遂げて、住居を奪還する。

 また、助太刀してくれたお礼として、ウィズがお裾分けされた取れたて野菜を持ち帰ってきた。

 コマツナにジャガイモ、ダイコン、ホウレンソウ、ピーマン、そして秋刀魚。

 品目からも見当がつくように、これらは件の下手人だ。日がなお腹を空かせている欠食店主も、これにはご満悦。

 早速調理して食したけど、手強さに見合う程度に味は抜群だった。

 

 なお。アクアとめぐみんは、来年は春キャベツやマンドラゴラに挑戦したいと抜かしているらしい。

 さてはあの二人、ちっとも懲りていない?

 

 

【嘘を吐かずに相手を騙すためのテクニック講座・中級編】

 ダンジョンアドバイザーをしていた頃、カズマの企みに協力するとの約束をした。

 王女の側近であるクレアとレインの二人に、復讐したいという。

 

 そうなった経緯は前に記したため、ここでは省略する。

 ともあれ、私に割り振られた役目は情報収集。ターゲットの別荘の見取り図や警備の状況を、詳らかにすることだ。

 カズマの描く絵図としては、レインには真っ向からお礼参りして、報復のために動き出したことをわざとクレアへ漏らす。

 すると彼女は恐れ慄き、彼から逃れようと秘密の別荘へ雲隠れするだろう。……誘い込まれたとは露知らず。そこを情報アドバンテージを活かして奇襲する。

 プランはあえて私の色を濃くしたから、意表を突けるだろう。

 で、そのための第一歩となる私の下調べが、遂に終わった。

 

 取り揃えた資料は、率直に渡しても良かったのだけど。念のため、少々の小細工を織り交ぜることにした。

 小道具を持ち出して、呼び出したカズマと打ち合わせを重ねた上で、資料を引き渡すための寸劇を文字通りに演じた。

 台本に目を通しつつの雑な棒読みなので、実態は劇と称するのもおこがましいが。

 これは、嘘を感知する魔道具を誤魔化すための芝居だ。誰に見せるわけでもないし、演技力は求めていない。

 クレアの別荘についてどうやって知ったのかと問い詰められた際に、私が共犯者だと辿り着かれないようにする工作だ。

 

 もしもそうなった場合、カズマの受け答えは寸劇に則って概ね以下の通りとなる。

 

『情報屋を名乗る人から買った。名前は〇〇らしいが、偽名だと言っていた。顔もフードで覆われていた』

 

 寸劇でやった内容を語っているだけなので、嘘感知の魔道具は反応しない。

 フードを目深に被って、寸劇中はずっと顔が見えないようにしていたのも事実だし。

 取り調べを躱せるように、偽装用の回答を演出したわけだ。

 ここまでやる必要があったのかというと、十中八九無い。カズマのせいで、向こうは詰問どころのメンタルじゃなくなるだろうし。

 大体、本腰を入れるのなら、キャストや舞台選びにまで気を回して、手間と金をもっと費やしている。

 よって実情は私の戯れというか、半ばレクリエーションだったりする。

 ただ、その辺りの説明を一通り受けたカズマは半眼になって『こいつマジで悪辣だな』とでも言いたげな――もとい、思うだけではなく、実際口に出してきた。

 

 いやいや。結構単純な発想だし、これくらいならとっくに実践している人も探せばどこかにはいるだろう。

 特に、しょっちゅう警察の厄介になっているアクシズ教徒とか。

 とりわけトップのゼスタなんて、一日一回は何かしらの罪状で捕縛されているし。魔道具の仕様は、もはや知り尽くしているはずだ。

 

 さておき。資料を受け取ったカズマは、その後すぐゆんゆんのテレポートで旅立った――というのが、昨日あった出来事。

 その翌日の本日、気持ち悪いくらい晴れやかな笑顔のカズマがやって来て、首尾について報告してきた。

 事後報告を要求した覚えはないが、彼のほうが誰かと分かち合いたい気分だったようだ。

 詳細は――彼女たちの尊厳を慮って、この手記に記述するのは止しておく。

 

 

【やり直しマッチによる観測実験】

 当店には、特段何の役にも立たない神器が置いてある。

 マッチの神器で、『やり直し』という極めて強力な効果を秘めている。擦って火をつけることで過去へと遡り、昔の選択をもう一度やり直すことができるのだ。

 ただし。性能を発揮できるのは、正式な持ち主が使ったときのみ。

 他者が使っても、発動はできる。だが、火が燃え尽きると元の時代へと戻ってしまう。

 つまり、あったかもしれないイフを疑似体験できる贅沢なオモチャだ。神器の趣旨的には、無価値と化している。

 これで回数無限ならまだ使い道を見出だせるものの、消耗品の上にマッチは三本しかない。

 

 なお。マッチという呼称は、見知っているらしいアクアやカズマがそう呼んでいたので、それに倣っている。

 ひょっとすると、元は外国の道具なのかもしれない。少なくとも私は聞き馴染みがない。

 

 これでタイムスリップ前に遡行できないか、と思案したこともあるけど。起動するための工程として、当時の情景を想起する手順が必須なので諦めた。

 記憶に無いから覗けないか、との着想なのに。思い出してから出直せ、では本末転倒だ。

 

 で、その暇潰し用の玩具を、来店したカズマが一気に使い切った。

 元々は騒々しいアクアを黙らせるため、興味を逸らそうとバニルが与えた代物だったのだが。そこのあらすじは省こう。

 彼としては、今と違うパーティーメンバーと組んでいたら、どんな未来が訪れるのかを確認したかったらしい。

 此度は、その別世界における私の動向が話のメインとなる。

 

 一回目と二回目の試行から、カズマが帰還した直後のこと。

 呪われたアイテムよろしく、問題児三人をパージするのに立て続けにしくじったことで、彼は項垂れていた。

 しかし。顔を上げると、徐に私を見つめてその表情を怪訝なものへと変える。

 カズマ曰く。奇妙なことに、私の行動が現実と一回目と二回目ですべてバラバラで、一貫性が見られなかったという。

 

 前提条件から書いていこう。

 まず、カズマが過ごした期間は、現実で言うと冒険者登録をするやや手前から、四人パーティーを結成するまでのおよそ一ヶ月。

 この間、私やウィズとは知り合ってない。

 過去の世界は、カズマが動きを変えない限りは元と同じように経過してゆく。したがって、彼が接触しなかった者の動静には変化が起きない――はずなのだが。

 カズマの視点だと、私だけがそれに当て嵌まっていなかった。現実では出会わなかった場面で、幾度か私と行き合う事例があったとか。

 

 一回目は、気のせいと判じていた。

 彼自身の記憶違いか、バタフライエフェクトによるものだろうと。

 ところが二回目。私の動向が、一回目とも丸っきり違っていた。この段階で、私の立ち回りが何か変だとカズマは察した。

 

 具体的な部分をカズマより聴取すると、理由の推測は立った。

 というより、端から目星はついていた。なので確信を持てた、というのが正しいか。

 これ、向こうの私に、カズマが時間遡行しているのを見抜かれてますね。

 

 不思議な話ではない。私自身がタイムトラベラーなのだ。

 既に前例がある身としては、第二の未来人が登場する可能性は常に念頭に置いている。

 そして、カズマが冒険者登録した日、私もバイトでギルドに居合わせている。遠目に目撃しただけで、話してはいないが。

 私はあのときにカズマとアクア両名に目をつけたのだが、向こうの私はそれに付け足して、彼を未来人と看破したらしい。

 だから注目度が一層上昇して、彼を軸に行動するようになった。当のカズマが都度違うことをするのだから、それに応じて私の行動も変わるに決まっている。

 なおかつ、カズマにとってこれがシミュレートの遊戯に過ぎず、元の私とは交流がある点まで見透かしている。

 だから大胆に動き回っており、見咎めたカズマから不審がられることを気に留めていない。

 

 そんなわけで、三回目のチャレンジ間際のカズマへと、私から過去の私に宛てたメッセージを託してみた。

 こんなこともあろうかと、時間移動専用の特殊な暗号を用意してある。よもや使う日が来るとは思わなかったけど。

 ギルドで私を見つけたら、知人の態で話しかけると良い。初見だが、どうせ私ならアドリブで合わせてくる。

 ちなみに。カズマには明かしてないが、暗号のセリフを復号すると『眼前の男はあなたのご先祖です』という伝言になる。

 これなら私も強い関心を示して、彼に味方してくれるだろう。

 

 それから間もなくして三本目のマッチ棒も焼失し、カズマが現世へ舞い戻る。

 ややあって。どうしたことか、彼は泣きながら私に掴みかかった。親でも殺されたかのような、嘆きと悲しみを溢れさせて。

 結論から言うと、サキュバス喫茶店が私に乗っ取られたらしい。

 

 三回目は、終盤までは大層順調だった。

 アクセルに到着した初日、私からのサポートを即取り付ける。

 それによって、私が引き合わせたウィズにレベル上げを世話してもらい、念願の鍛冶スキルを習得。さらには金子の支援を受けて、序盤の金銭難も解消した。

 二日目にはライターを開発し、ウィズ魔道具店へと卸すラインを確立させる。これが売れ筋となるのを、彼は実体験で知っている。

 それから程なくして大売れし、安定した収入源をゲットした。その上屋敷も入手して、生活基盤を完成させる。

 しかし。ウィズ魔道具店を栄えさせたことが、図らずも仇となってしまう。

 

 店の繁盛により、ウィズは忙しくなった。

 他方、私はそうでもなかった。

 業務は増加すれど、借金の尻拭いに奔走する負担からは解放された。よって、相対的にはむしろ余裕ができたのだ。

 そのゆとりを駆使して、街のサキュバスを支配下に収めたらしい。

 顧客がどんな夢を注文しているかという最大の秘事を、私が逐一押さえた。その弱みをバラすことをチラつかせて、街の男衆をこき使えるようになってしまう。

 実行には移してなかったものの、やろうと思えばいつでもできる体制を築いたのだ。

 今の私には無理だが、あの頃のサキュバスはまだバニルの傘下ではない。気兼ねする謂れはどこにも無かった。

 うちの店では、ウィズが負債を拵えることで、私の悪巧みを抑制するパワーバランスが成立している。それをカズマが崩してしまった。

 こうして、アクセルでは全男性にとっての暗黒期が到来したのだ。

 

 いや。だからって、別世界の私が仕出かしたことで文句を言われても。

 まず向こうの私も、彼がここまでショックを受けるのは予想外だったろう。だって、今の私ですらちょっぴり驚いてるし。

 

 あちらの私は、裏切ったつもりはない。ただ、実験がしたかったのだ。

 現状を泡沫の夢と割り切って風変わりな事業へ着手し、カズマを介してその成果を現実の私へと報告させた。

 やり直しのタイムアップ寸前に乗っ取りをカズマに打ち明けたらしいので、そこも彼の態度から見切ったのだろう。

 そのせいで、別世界の私へとぶつけ損ねた憤りが私へ向いている。

 

 未来の改変とは、容易ならざるものだ。

 世の中とは多角的で、表面的には良くなったように見えても、どこかに皺寄せが来ないとも限らない――と私が締め括ると『お前が言うな』とのお叱りを受けた。

 まあ、そうなりますよね。




・魔王軍のスパイ
正体は、リオノール王女を誘拐するために派遣された工作員先遣隊。
ベルゼルグ王国にて築いた魔王軍の諜報網はズタズタにされたが、ブライドル王国は手付かずなので、そちら経由で彼女のアクセル入りスケジュールが漏洩した。
なお、主人公+ダスティネス家が構築する強固な防諜体制を突破できず、後続も含めて全員シャットアウトされる模様。


番外編は次回がラストです。
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