綾小路清隆。全くもって接点のない他クラスの男子。
だけど私はあいつのことをよく知ってる。
というか多分私だけじゃなくこの学校に通う生徒ならみんなあいつのことをよく知っているはずだ。
目を引く刺青のせいでいくつも根も葉もない噂をされている。
人付き合いに興味がない私の耳にも届くくらいなのだからよっぽどだ。
気に障った人間をこれまでで56人殺したとか、超高校級の半グレとしてコロシアイを勝ち抜いたとか、あの刺青は実は徳川埋蔵金のありかを示しているだとか、とある秘密の施設によって育てられた最高傑作だとか、もう何でもあり。
いつだかうちのクラスの椎名があいつと一緒にお茶してたことが知れ渡るとクラス中は阿鼻叫喚。
いつもは本の虫として1人で過ごしている椎名の周りにも人だかりができてすごく心配されていた。
いや、心配というより野次馬根性の方が正しいか。
「ねえ椎名さん!昨日パレットで綾小路くんとお茶してたよね!?」
「あとDクラスの女の子もいたんでしょ?どういう関係?」
「綾小路くんと鈴音さんですか?お二人はお友達です。とても面白い人たちですよ」
あれが面白いやつなんてのは見たらわかる。
こいつらが聞きたがっているのはどういった経緯であのDQNとお茶するなんてことになったのかだ。
「カフェでたまたまお二人が本の感想についてお話ししているのを耳にしまして、思わず声をかけてしまったんですよ」
すっご、自分から行ったのかよ...
普段の休み時間なんかはずっと本を読んでばかりの椎名がそんな行動力を発揮するなんて想像もつかない。
物静かなタイプの椎名が仲良くできるということはそこまで騒がしい感じの奴ではないのかも...
いやでもそんなやつがあの見た目になるか?
ダメだ...もうあいつの人となりが全く掴めない...!
「あーッ!!!なんで私がこんなに悩まなきゃいけないんだよ!」
あれもこれも全部龍園のせいだ...!
あれは試験2日目の深夜、スパイ活動の現状を伝えるためポイントで購入したトランシーバーで定時連絡をしていた時だった。
今思うとあの時のあいつの様子はどこかおかしかった。
普段の傲慢さを隠しもしない威圧的で挑発的な言動はどこへやら、やけに慎重で重苦しい口調。
一瞬この通話の先にいるのは本当にあの龍園なのかと疑ってしまうほどだった。
「そうか...潜入は問題ないか。なぁ伊吹...お前に一つ警告しとくことがある」
「警告?」
「…綾小路だ」
「綾小路?あのチンピラ崩れがどうしたってのよ」
「チンピラ...ね。クク、ただのチンピラだったらいいんだが...」
なんだよこいつ...やけに思わせぶりな言い方だ。
「なに?なんかあったの?」
「…別になにもねぇよ。今日はとりあえずここら辺でいいだろう。明日からもしっかりやれよ」
「言われなくてもっ——」
ツー、と通話の終了を知らせる音。クソっあいつ言いたいことだけ言って勝手に切りやがって!
結局綾小路がどうしたってのよ...!
ただあの龍園がここまで警戒心をあらわにしているところを私は見たことがない。
とりあえず明日以降は綾小路をマークしてみることにする。
そして3日目。クラスメイトたちが早々にリタイアする中私は綾小路の尾行を開始した。
どうやら堀北と2人で行動するらしい。そういえば昨日もそうだった気がする。
軽口を叩きながら迷いなく森の中を行進していく2人。
するとなんとそこにあったのはスポットだった。
——認めたくないが仕方がない、やはり龍園はすごいやつだ。ものの2日でDクラスのリーダーを割り出してしまったのだ。
私は急いでポケットの中のカメラを取り出す。
Dクラスの連中が寝てる隙に荷物を漁る予定だったがそれはリスクが高い。ここでリーダーの証拠を掴めるのは大きい...!
シャッター音がオフになっていることを確認し、その決定的な瞬間を待つ。
綾小路は周囲をグルグルと見回して監視の目がないか確かめているようだ。しかしそれは索敵というには随分おざなりで形式的なものに映った。
「よし!周りには誰もいないみたいだ」
「そう...」
ここにいるんだよバーカ。適当な見回りで済ませる綾小路もひどいが堀北も大概だ。もう少し警戒心というものを持った方がいいんじゃないか。
すると以外にもリーダーの証であるカードキーを取り出したのは堀北だった。
そのままカードをスポット端末に触れたところでシャッターを切る。
よし...!ひとまず最優先の目的はクリアできた。
あとは適当にDクラスを引っかき回してさっさとリタイアすることにしよう。
4日目。早朝に音を立てないよう注意してテントを抜け出す。龍園への定時連絡だ。
「リーダーは堀北だった。綾小路はニアピンってとこね」
「クク...そうか、写真は撮れたか?」
「バッチリ。それでこれからのことなんだけど...」
「そうだな、もうリタイアしてもらっても構わねえんだが...最後にもう一仕事してもらうか」
「はいはい、で何すればいいの?」
「適当な女のパンツ盗んで男の荷物に入れてこい」
———!?!?
「はぁ!?パ、パンツ盗めって...それ犯罪じゃない!」
「うるせえな...バレなきゃいいだろうが」
「キモっ!きんもっ!!!」
「スパイやるって立候補したのはお前だよな?ならそんぐらいのことはやってもらわねえと困るぜ。それにこの数日間潜入して分かっただろ?Dクラスの団結は脆い。男女間で対立を煽ってやれば崩壊まで秒読みってやつだ」
こいつの言うことにも一理ある...のか?
くそっ、死ぬほどやりたくないがクラスのためだ...渋々下着泥棒を受け入れることにした。
問題は誰の下着を盗み、誰の荷物に紛れ込ませるかだ。
気の弱そうな女子たち...ダメだ。周りに相談できない可能性がある。ただメソメソ泣かれるだけではこっちの気分も最悪だ。
気の強い女子をターゲットにしよう。このクラスで1番気の強そうなのは...堀北か。
ダメだな堀北が男子を糾弾しても女子が誰も味方についてくれなさそうだ。
男女間での対立を煽るという目的において1番ダメな選択肢だ。
下着を盗まれたら男子を糾弾できるくらい気が強くて周りの女子を確実に味方につけられるやつ...軽井沢だな。
あいつなら周りの取り巻きたちが絶対に男子サイテー的なことを言ってくれるはずだ。
よし、女子は軽井沢に決定。じゃあ男子は...?
綾小路でいいか、別に誰でもいいし。よし決定。
早速その日の深夜に軽井沢のパンツを盗み、綾小路の荷物に紛れ込ませた。
すると翌日、5日目。狙い通り女子が騒ぎ出した。
平田が荷物チェックに応じ、綾小路もそれに続く。
こいつバカなのか?この下着泥棒が他クラスからの攻撃によるものだと一切考慮していない。
そして案の定パンツは見つかり綾小路は青ざめる。
ただ綾小路が軽井沢と仲良くしていたことが原因なのか、それとも綾小路にビビってなのかあまり女子からの罵詈雑言は飛んでこない。
そして平田が女子を諌めることでなんとか収集はついたらしい。
思ったよりも大事にすることはできなかったがまあいい、これで男女間には決定的な溝ができた。これからの試験はもうガタガタだろう。
…そろそろ下着泥棒の疑いが男子から他クラスである私に向く頃だろうし、今のうちにリタイアしてしまおう。
すると真っ青な顔をした綾小路がフラフラと歩き出した。なんだ、龍園があれほど警戒していたからどんなやつかと思ってみれば案外ヤワなやつだったな。
最後にあいつの様子を観察してこの試験を終えるとしよう。
「——ぉえっ...」
Dクラスの拠点からかなり離れたところでいきなり立ち止まったと思えばなんとゲロを吐いた。
そんなに追い詰められていたのか...悪いことをしたな———っ!?
今、綾小路と目が合った...?いや気のせいか?なんだか拍動がやけに速い。全身の毛が逆立って震えていることに気づく。
こちらに向かって迷いのない足取りで距離を詰めてくる。
大丈夫だ...バレていないはず...!
そう自分に言い聞かせる。
———しかし私はいつの間にかその場から逃げ出していた。
なんで?私は今なぜ逃げている?ウデには自信がある。そんじょそこらの男子に襲われたところで簡単に返り討ちにしてやれる。
なのになんで...!?
ガシッ...と左の手首を掴まれる感覚——嘘だろもう追いつかれた!?
ものすごい力で後ろに引き寄せられる。
こうなったらもうやるしかない...!引っ張られた勢いを利用して振り向きざまに上段蹴りを放つ。
しかしそれはアッサリと回避される。するとその瞬間、腹に今まで感じたことのないような衝撃を受けた。
「———っ!…ひゅ...ぅ...っ」
肺から全ての息を無理やり押し出されるような感覚。
「あれ?ちょっとズレたか」
ズレた...?クリーンヒットだよクソっ...!
「く、はっ……っごぼ……おえぇ……!」
続け様に2発目。今度はさっきよりもやや左下に拳を叩き込まれる。
胃の奥底から酸っぱい感覚が逆流してくる。
すると次第に殴られた箇所に痛みがやってきた。あまりの激痛にうずくまって丸くなることしかできない。
「はい、これでおあいこね。分かってる、分かってるんだよ。俺の荷物にパンツを入れたのは翔の命令だったんだよね。伊吹ちゃんも仕方なかったってやつだ。オレもそれは理解してるんだけど...どうしてかな、心の中で折り合いがつけられないんだよ。さっさと切り替えてみんなのところに戻る、そして身の潔白を証明することが第一優先だ。なのに今オレはこうして君に報復行為に及んでいる。これは成長だよ。だってこんな回り道する必要がないじゃないか。激情に身を任せて人を殴るなんて...1年前のオレなら絶対にしなかった!機械的な成果主義からの脱却、人間らしさってやつをオレは今猛烈に実感している!あれもこれも全部翔のおかげだよ。こうして試練を与えて次のステージに導いてくれた。No pain, no gain、痛みなくして成長なしってやつさ」
あまりの激痛に意識が飛びそうだ...早口で捲し立てられても何言ってるかわかんねえよ...!
「……っく...!」
「ここで一つ提案があるんだけどいいかな?といってもこれは完全にそっちの——Cクラスのための提案ね」
私の前髪を引っ張り上げながらそう囁いてくる。
「頑張ってた伊吹ちゃんには悪いんだけど、Dクラスへのリーダー指名をやめてほしいんだ」
「は...ははっ、やめるわけないだろ。お前らの努力は全部水の泡なんだよっ...!」
「いや、そうなることはないよ。リーダーは変更できるからね」
…リーダーが変更できる?そんなはずは...いや待て、こいつはなんで私たちCクラスが残ってリーダー指名を狙ってるって知ってるんだ...?
「惚けた顔しちゃって...全部わかってたよ。3日目に伊吹ちゃんがオレたちのこと着けてたのも、カメラで撮ってたこともね」
「え...なんで...」
「オレって人の視線には敏感なんだよね。あんな尾行じゃせいぜい風邪っぴきの鈴音ちゃんくらいしか騙せないよ」
「わかってて放置してたのか...っ」
「まあね。それでどうする?そっちがリーダー指名をやめてくれないって言うならこっちもCクラスのリーダーくらいは当てないといけなくなっちゃうんだけど...翔の足を引っ張るようなことはしたくないなぁ」
龍園が潜伏してるのもバレてる...いや待てよ?
「なんであんたが龍園が残ってることを知ってるのかはわかんないけど...残念だったな、こっちもリーダーを変更すればいい!そうすればそっちはリタイアで30ポイントマイナス、こっちは元々0だから損するのはDクラスだけだ!」
「えーっとね、まずリーダーの変更にはリーダー本人が教員のいるテントまで行ってリタイアを申請する必要があるんだ。そして代わりにリーダーになる人もまたテントで申請する必要がある。これがどういうことかわかる?」
どういうことって...別にバレないようにこっそりリタイアして変更しにいけば...
「残念だけど3人しか残っていないCクラスがリーダーを変更する場合はオレたちの目を逃れることは不可能なんだ。まず教員テントを見張るだろ?そこに翔と別の誰か...伊吹ちゃんか、Bクラスでスパイをやってる生徒が来たらそいつが次のリーダーだ。
これが何十人もいれば誰が次のリーダーか特定するのは難しかったんだけどね、候補が2人だけなら簡単だよ。それにしっかり監視しておけば君たちスパイはB・Dクラスから抜け出すことも難しいんじゃないかな?」
く、くそっ、詰んでるじゃんかよ...どうすれば...
「でも安心してほしい。さっきも言った通りこれはCクラスのための提案なんだ。そっちがリーダー指名をしないならDクラスもCクラスのリーダー指名はしない。約束するよ」
「…それって、Dクラスに何の得があるんだよ」
「ないよ。むしろリーダー指名をしないことはマイナスだ。本来もらえるはずのポイントが減って敵のクラスがより多くのポイントを得るんだから」
「は...?じゃあなんで?」
「オレはね、蹴落とし合いがしたいわけじゃないんだ。ただこの試験を通してクラスが一致団結してみんなで努力したという過程が得られればそれでいい」
「…はぁ?」
「友達とテントを張って、焚き火を囲んで、寝る前には恋バナをして...それさえあればオレは充分なんだよ」
…こいつマジで頭がおかしいんじゃないか?
「伊吹ちゃんにやってほしいことは一つ。翔に"Dクラスのリーダーは変更されたから指名は無理だ"って伝えてほしいんだ。心配しないで、リーダーは確実に変更する。元々その予定だったからね」
「…わかったよ」
「よし!じゃあ契約は成立ってことで!大丈夫?立てる?ちょっと強く殴りすぎたよね」
「うっさい触んな...」
「本当は1発で吐かせてあげるつもりだったんだけど...オレもまだまだだね」
「別にそれは気にしてない...ケンカして私が負けたってだけの話だ...」
「…あ、そう?じゃあ下着泥棒の件なんだけどさ」
「あれは...悪かったよ。どうしてもやらなきゃいけないことだったんだ...いやだから許してってわけでもないんだけど」
「うーん...じゃあ貸し一つってことで後々返してよ」
ノリ軽っ...こいつどんだけ頭お花畑なんだ?
下着泥棒の冤罪かけられてるんだぞ?仕掛けた側の私が言うことじゃないけどこれって結構ブチギレるべき事案じゃないのか。
「それじゃあオレはみんなのとこに戻るけど...伊吹ちゃんはどうするの?」
「私はリタイアする...最後に龍園にさっきのやつを伝えてからな...」
そう言うと綾小路はさっきまでゲロを吐いていたとは思えない軽快な足取りで元来た道へ帰っていった。
…はぁ...散々な目に合った。落ち着いたらズキズキとまた腹が痛み出してきた。
嫌でも実感させられる。私は負けたのだ、完膚なきまでに。
龍園の忠告は正しかった。綾小路には手を出すべきじゃなかったのかもしれない。
ただ、私の中の負けず嫌いな部分がその弱腰な自分を許さない。
いつか絶対リベンジしてやる...!やられっぱなしは性に合わないんだよ...!
———そういえばあいつ龍園のことを翔って呼んでなかったか?
……なんかキモっ。
感想をいっぱいいただきたい。
彼女になるのは誰なんーだい!
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佐藤
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軽井沢
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堀北