どうして私はこんなところにいるのだろう。大勢の黒いフードを被った集団と、壇上に立ちその集団の視線を一身に受ける妹の姿を見ながらそう思った。
私がいるのは薄暗いホール。そこにある舞台の裏。丁度カーテンで隠れている辺りだ。学校の体育館を思い浮かべてもらえれば早いと思う。
そこには精確な数字はわからないがだいたい300人ほどの黒いフードを被る集団が集まっていた。その集団は隊列を成し、一言も声を上げず、ただその爛々とした視線を、壇上に立つスポットライトに照らされた我が妹に向けている。はっきりいって気味が悪いし意味が分からなかった。
しかし壇上に立つ妹はこの状況を、その視線が、当然であるかのように不敵な笑みを浮かべていた。スポットライトに当てられた銀髪が煌びやかに光を反射し、白い光の中、黒を基調としたドレスが人形のように整ったその顔を際立たせていた。いや事実この状況は当然なのであろう。お姉ちゃんとしては現在進行形で寝耳に水の出来事だったし、なんかもうお腹がずっと痛いが。
「傾聴!!!」
『Yes!!!
妹が声を上げるとそれに呼応するように黒いフードの集団が叫んだ。いやなんだ
「今日はお前たちにある人物を紹介しようと思う。出てきてくれ!」
ああ。ついにお呼びがかかってしまった。帰りたい。どうしてこんなことになってしまったのか。私は現実逃避をのために過去へと思いをはせた。
「ねぇお姉ちゃん。ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
リビングのソファーで寝ころびながらアイスを食べていると後ろから春香が話しかけてきた。
思えばその時点でおかしかったのだ。普段であれば了承など取らずにさっさと本題に入っていただろう。というかそのくらいの仲を怪しげな集団の前で私は思っている。まぁ今思えば、という微かな違和感でありその当時の私はそんなことを露とも気にせずテレビに目を向けながらんーと唸り続きを促した。
「ねぇ、お姉ちゃんって大勢の前で演説するのって得意?」
「は?」
思わず振り向いた。私たちが30代を超えた政治家を目指す熱き中年であればいざ知らず、齢18の私に16の妹が向けた問いとするならば些か唐突過ぎる問いだったからだ。いや政治家を目指していたとしても驚いただろう。演説って何だ演説って。ふつう大勢の前で話すとか発表するとかだろう。
春香はニヤニヤと笑みを浮かべながら私の返事を待っているようだった。
「えーいやうーん。まぁ生徒会とかやってたこともあるから人前で話すことは不得意ではないかな。うん。」
その笑みに促されるように答えた。この様子を見る限りふと思い立っての質問というわけではなく何か狙いがあっての質問だったようだ。え?私もしかして演説するのか?そういう質問をされるってことはそういうことでしょ?え?誰に?なんで?何を?
私が困惑の表情を見て取ったのか春香はニヤニヤとした笑みを崩さないままどうどうと家畜を落ち着かせるかのように手のひらを見せた。
「まぁまぁ落ち着いてよお姉ちゃん。内容は私が書いたものをそのまま読めばいいから。それに相手の顔も見えないと思うしそんな緊張しないって!」
あ、やっぱ演説するんだ……。
んー演説、演説かー。何を、何故、いつ、どこで、誰にするのか全く分からないけど。まっ、可愛い妹の頼みだし?いっちょ一肌脱いでやりますかー。こういう無茶ぶり今に始まったことじゃないしね。
「よし!わかった!いいよ。やってやりますよ!ってことで詳細カモン!」
決意を固め答えると春香は感極まったかのように抱き着いてきた。
「流石お姉ちゃん話が早い!じゃ、出かけるからついてきて~」
うへへへへ可愛い奴め~。……え?今から???
「はいここだよ!」
春香に連れられてたどり着いたのは恐らく今はもう誰も使っていないであろう廃ビルだった。
「……ここなの?」
ここに連れてこられるまでの道中、行き先やこれからすることを聞いても着いたらわかるの一点張りで、そして到着地点が不良や幽霊の一匹や二匹出てきそうな廃ビルとなれば私はちょっと、いやかなり不安な気持ちになっていた。
「そうだよ?さあ!入って入って~」
そんなことはお構いなしと春香はぐいぐいと手を引っ張っていき、私はなされるがままにそのビルへと入っていった。
ビルの中は案の定といった形で、椅子一つなくコンクリートがむき出しの寂れた空間であった。ほこりっぽい臭いと褪せたコンクリートからここが使われなくなってから長い間経過していることを感じさせた。一つ気になったのはここがあまりにも人がいた痕跡がないことだ。不良や浮浪者などがいないであろうことは安心できるが、何かしらの目的地として連れてこられた場所としては違和感しか感じなかった。
そのままどんどんと進んでいき、電源のついていないエレベーターの前で止まった。
「ここが学校から一番近いお姉ちゃん専用の入口だよ?魔力を持っていないお姉ちゃんを転送させる装置を作るのは大変だったんだから」
「え?まりょく?まりょくってあの英語で言うとマジックポイントの魔力?」
「正確には
……やはりそうか。薄々気がついてはいたけど春香は病に侵されていたのか。中二病という病に。いやおかしいとは思っていたのだ。いつ頃か髪を銀色に染めていたり、フリルのついた黒色のドレス、いわゆるゴシックファッションを好むようになったりしていてちょっと気にはなっていたのだ。可愛いからいっかとか思っていた私がバカだった。
まぁ別に悪いことではないと思う。別に日常生活に支障をきたしているわけでもないしなんだかほほえましいではないか。うんうん、私は春香がどうなっても大好きだぞ。
私が子供を見るおばあちゃんのような慈愛に満ちたまなざしを向けていると春香は胡乱げな表情で言った。
「お姉ちゃんがどんなことを考えているか大体わかるけどとりあえずボタンに手をかざして適当な文言を言ってみて。それでわかるから」
……うん。こうなれば腹をくくろう。私も乗っかろう。そして大人になったら一緒にあの頃は若かったねと笑い合おう。春香だけの黒歴史にはさせないからね!
「開門せよ!我が名は
するとエレベーターの扉が緑色に発光し始めた。ガチンと何かがはまる音とともに扉が開き、何もないと思っていた扉の先には緑色の渦が形成されていた。
「は???」
「おお~お姉ちゃんノリノリだね~。そこで天使とか言っちゃうあたり流石お姉ちゃんというかなんというか。とりあえずそれが認証パスワードに設定されたから入るたびに言わないとダメだからね?」
何かとんでもないことを言われた気がしたがそんなことに気を回せないほど目の前の光景に目を奪われていた。
「え?なにこれ……」
ホログラムというには妙にリアルで現実だというにはオカルトすぎた。
思わず手を伸ばした。すると、
これが実在しているのだと実感した。
あははははと春香はいたずらが成功した時の子供のように笑った。
「魔術だよ魔術。ささっ!入って入って!色々説明するから!」
緑色の渦をくぐった先にあったのは洋風な作りの大きな広間だった。調度品は赤で統一されており。さながら吸血鬼の館みたいだなと思った。
「なんかもうお腹がいっぱいなんだけど。なにここ……」
「秘密結社明けの明星。その本部の5階。私たち専用の居住区だよ」
聞いたことを後悔した。もうほんとにお腹一杯なのだ。これ以上情報を詰められても入らないのだ。そうか夢か。夢だよな。私は頬をつねった。……ただ痛いだけだった。
「とりあえずお姉ちゃんの部屋があるからそこにいこっか。そこで色々この世界のことを教えてあげるよ」
私はその言葉にうなずくことしかできなかった。
通された部屋はその一室だけで我が家程度の広さはあり。カーテン付きのベッドや見るからに高そうなソファー、なんかよくわからない絵画などが飾ってあった。西欧のお姫様が住んでいるような部屋だと思ったしなぜ 私がこんなところにいるのかと切に思った。
「どう?お姉ちゃん。気に入った?」
「……いやーお姉ちゃんはもうちょい庶民的な部屋が好みかなー。ねぇ、今から家に帰らない?」
「だめだよ?お姉ちゃんはこの組織のNo,2になってもらわないといけないからそれなりの箔がついた格好をしてもらわないといけないし。帰るにしてもみんなの顔見せが終わってからだよ?」
……………………
「あ、お姉ちゃんがパンクしちゃった。おーい!もしもーし!」
……………………はっ!
「大丈夫?」
危ない危ない。思わず現実逃避してた。いやこれが現実だとは到底思えないんだけど。
……よし!うん。とりあえず話を聞こう。話を聞いてから考えよう。もしかしたらここからドッキリ大成功のプラカードをもって誰かが現れるかもしれないし。むしろそうであってほしい。
「落ち着いたみたいだね?じゃあ話すけど、この世界は普通の人間が暮らしている裏で能力者がこっそりと暮らしています」
ほうほう。
「能力者は皆思い思いに暮らしていて、国に準ずる者もいれば力をひた隠しにして潜む者、己の自由のために使う者なんかもいる」
……ふむふむ。
「あとは人知れず人に害を与える妖魔の存在もいてその発生は能力者だったら感じ取れる」
…………なるほど。
「んで私は、世界征服を目指す秘密結社明けの明星の総帥をしている」
………………うんうん。ん?
「お姉ちゃんにはその組織の栄えあるNo,2。参謀の任についてほしい。役職としては元帥ね」
……………………はい?
「とりあえずその野暮ったい服を着替えて準備して?もうすぐ集会が始まるから」
…………………………は?
「えちょっとまってどういうこと???」
「それじゃデミ。あとはよろしく」
その後どこからともなく表れたメイド服の女性にあれよあれよと間に、今まで着ていたグレーの部屋着から黒い豪華なドレスに着替えさせられた。このドレスは今も春香が着ているようなゴシック調の黒いドレスで、綺麗だが動きづらく重かった。春香はいつもこんな窮屈なものを着ていたのかと感心してしまった。
そして私は妹がたつ壇上の舞台裏で待機しておくように言われ、今に至るというわけだ。
つい一時間前まで家でアイスを食べていたとは思えなかった。というか一時間前の私に教えてやりたいくらいだ。貴方の妹は世界征服を狙う秘密結社のトップで貴方は一時間後にはその構成員の前で演説しなければなりませんよと。
うだうだとしているとここまで連れ添われていたメイドさんにドンッと背中を押され、そのはずみでカーテンの陰から追い出されてしまった。
スポットライトが私を照らす。爛々とある種の狂気すら感じる視線が私に集まっているのを感じた。とりあえず春香の隣に立たなきゃ。そんな思いで足を動かした。
だが、思ったように前に進まない。やばい。めっちゃ緊張してる。それにやっぱこの服めっちゃ動きづらい。早くいけよと視線から訴えかけられているかのように感じる。
たかだか6m程度の距離を何十秒とかけて歩き、ゆっくりとホールへと向いた。
あれはじゃがいもあれはじゃがいもあれはじゃがいもあれはじゃがいも。
大丈夫。ジャガイモ畑で渡された原稿を読むだけ。大丈夫大丈夫。……あれ?そういえば原稿は?
すると春香が紙を渡してきた。
よしよし。これを読めばいいのね。
……んーなになに?親愛なる我が妹の下僕どもよ。我は………ってんなもん読めるか!!!
思わず原稿を握りつぶした。なんだいきなり現れて下僕呼ばわりって。しかも一人称我だし。無理無理無理無理!
するといままで静寂を保っていたジャガイモたちがざわつき始めた。
のっそりと現れた女がいきなり渡された紙を握りつぶしたのだ。驚くのも無理はないだろう。
だが許してほしい。私もいっぱいいっぱいなのだ。わけもわからずここまで連れてこられ、わけのわからない説明をされて、わけのわからない集団の前に立って話をしろと言われているのだ。あと熱い!とにかく熱い!私は今ビックリするほど真っ黒のコーデなのだ。頭の先からつま先まで真っ黒で、しかも舞台からは白色光のライトが私を照らしているのだ。そのうち発火するのではないかというくらい熱い。
どうしようかと頭を悩ませていると私の隣で腕を組んでいた春香が一歩前に進んだ。
「諸君。私は傾聴と行ったのだが?」
瞬間、騒めいていた会場は一瞬で静まり返った。
「ごめんねおねえちゃん。うちの部下共の躾がなってなくて」
「いや、いい。今のは私が悪かった」
今ので私も落ち着くことができた。とりあえず今を乗り切ればいいのだ。秘密結社のリーダーとしてふるまう妹のように、私も役を演じる。今を乗り切ったら春香と話す時間も取れるし、いろいろ考えることもできるだろう。
「私はそこの黒の女王の姉。参謀役としてこの組織に在籍することとなった。位は元帥だ。名は……そうだな
私は話し終えると登場とは打って変わって軽快な足取りで舞台裏へと引っ込んだ。私は何とか乗り切ったという思いでいっぱいだった。あとで春香に問い詰めよう。新参者がいきなり現れてNo,2になりますって言っても春香以外がそれを許さないだろう、ああいう風に言っておけばもし本人に言い辛かったとしても私に言えるし、そしたらにやっぱこういう意見もあるしお姉ちゃんは出来ないって説得できるはず。春香たちが何をしているのかは知らないけどとりあえずダメなことをしていたら止めて悪いことじゃなかったらまぁちょろっと手伝うくらいはしてやろう。世界征服って具体的に何してるのかもわかんないし。とりあえず今日はもうさっさと着替えて帰ってお風呂入って寝よう。
数日後
『おはようございます元帥!』
「お、おはよう」
私は道行く構成員に敬礼をされながら執務室に向かっていた。
なんで?????
◇
side とある一般団員
今日の集会は重大な発表があるらしい。皆がそう噂していた。普段見慣れない支部に所属している幹部連中や、我が組織の最大戦力である四天王まで今日の集会のために召集されているらしい。俺が組してる組織は明けの明星。日本最大クラスの秘密結社で構成員は3000人以上いる。そんな組織の重大発表。一体なにが発表されるのか。本格的に世界征服のために動き出すのか?それとも勢力を二分とする
集会が始まること3分。ようやく我らが総帥。黒の女王が現れた。総帥は見た目はまるで精巧な西洋人形のように可憐な少女だが、その苛烈な性格は広くしられ、対立した組織を一人で壊滅させただとかSクラスの妖魔を一人で消滅させたとかその武勇伝には事欠かない。癖の強い力自慢どもをまとめ上げ、その若さ、数年という速さで組織を日本最大クラスまで押し上げたそのカリスマ性は見た目で侮っていると地獄を見るであろう。
「今日はお前たちにある人物を紹介しようと思う。出てきてくれ!」
なんだ?誰が出てくるんだ?そう焦れているとゆったりとした動作で一人の少女が現れた。
腰までかかったあでやかな黒髪に全身を覆う黒いゴシックドレス。
その時俺はゾッとした。
視線が、まるで、俺たちを、人扱いしていないのだ。まるで心底どうでもいいかのように俺たちを見渡し、総帥から何か紙を受け取っていた。
女は視線を紙へと移した。俺はほっとした。ああも冷酷な目で、世界のすべてが憎いといった表情で上位者に見られると身体の芯から竦んでしまう。
しかし、ほっとしたのもつかの間、あろうことか女は総帥から手渡されたものを握りつぶしたのだ。俺は、いや、俺たちは思わず息をのんだ。誰かが終わりだ……とつぶやいた。同感だった。あの総帥がそんな無礼を許すはずがない。誰もがこれから始まるであろう戦いに身をすくませていた、が、そんなこと一向に起こらなかった。
総帥は騒然とした我らに殺気を交えて黙らせると、驚くべきことを言った。
黒い女のことをお姉ちゃんと呼んだのだ、
え?総帥がお姉ちゃんって言ったのか?しかもってことはあの女は総帥の姉なのか?
言われてみれば顔立ちはどことなく似ているし何より同じような服を着ていることにも得心がいく。
女は
普通だったら親族とはいえいきなりNo,2になると言っても反感が出るものだろう。しかし彼女はそのすべてを自分で叩き潰すと豪語した。すべてを見下したあの目、総帥の殺気をものともせず対等に立ち回るその姿、少なくとも総帥と同程度の力はあるであろう者にそんな姿を見せつけられたのでは歯向かう者などいないだろう。
俺はこれから起こる大波乱の到来を予感し冷や汗をかいた。
side 早金春香
「あははははははは、あーおかしかった。」
本日の集会は非常に面白かった。お姉ちゃんを組織に引き込むことと、部下に周知させることが目的だったのだが、まさかあいつらがお姉ちゃんを私と同格の力を持っていると勘違いするとは思っていなかった。言われてみれば鳴り物入りで入る私の姉がただの一般人とは思えないよなとは思ったがそれにしても笑えた。
肝心のお姉ちゃんはというと普段の格好、場所が落ち着くとかで自宅に帰ってしまった。まったく困ったものだ。まぁその辺の感覚はいずれ慣れてくるだろうけど。
「あなたもそう思わない?デミ?」
「左様でございますか。……お嬢様。一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「え?どうしたの?」
デミが私に質問をしてくるとは珍しい。メイド服を着たこの女は非常に優秀で有能で信頼のおけるやつなのだが唯一の欠点としてコミュ障なのだ。コミュ障というか従者とはこうあるべきといった形で陰に徹する。ありていを言えば自ら発信しないのだ。自我があるのか疑ったこともある。デミから話しかけることはほとんどないし、部屋で寝ていた時、起きる前と起きた後で全く同じ場所でじっと立っていたこともある。流石に引いた。
「なぜ彼女を引き入れたのですか?いままで力のことや組織のことを隠していられたのに」
「ああ。まあ理由はいくつかあるけど信頼できる人間に組織を任せたかったってのが大きいかな。ぶっちゃけ暴力としての力だけだったら私とあとデミくらいで事足りるけどそれだと支配は出来ないしおもしろくもない。今後大きく組織を動かしていくうえで絶対に信頼できる人間に組織の運用を任せたかったって感じかな。」
「よいお姉さまなんですね」
「ええ。私の自慢のお姉ちゃんだよ。それに、お姉ちゃんは何かと
次回は世界観の説明と妹の目論見。主人公の活躍となります。
※3/29妹視点を追加しました。
書きたいシーンまで到達するのが難しい!1のシーンを書きたいがために文章量が10にも20にも膨れ上がる!創作って大変やなって
あと誰か東リベの明石武臣前世持ちSS書いてくれあのポジション美味しすぎるし無理なく完全ハッピーエンドいけそうやと思うわ。