見えてはいても、届かない。
それでも手を伸ばすなら。
裏側にある思いは、きっと通じていく。
「――そっか。誕生日、だったのか」
まあ、そうか。あの人にだって、それくらいは有るか。
体育館で女バスの人たちに祝われる千夏先輩を見ていて思ったのは、そんな程度の事だっただろう。
それより大事な話をしてしまったから、印象は薄くなってしまったけれど。
「俺は、千夏先輩の事好きだから」
大喜の真っ直ぐな一言は、とにかく重かったなあ。帰り道にこうして思い出すだけで、へこんでくる。
変な遠慮なんかされたくないけど、でももうちょっと気を遣ってよバカ大喜。
千夏先輩が好きだから、雛とは付き合えない。告白されても困る。そんな風に言われたら、むしろ良かったかもしれない。こんな中途半端な関係にならずに済んだだろうし、三日も泣けば諦めも付くだろうし。
まだ陽も高いうちからベッドに横たわって考えるのは、そんな生産性のない不毛な事ばかり。まったく、為ってないな。
大喜は千夏先輩しか見ていない、それは分かりきっている。そもそも私は、二人を応援する立場だったんだ。大喜に笑顔でいて欲しかった、それが私にとっても幸福なはずだと思っていた。
でも、だ。私は大喜を好きになってしまった、気がついてしまった。私はズルくて弱くて、嘘つきなんだ。大喜を哀しませてでも、自分の心を押し通そうとしている。
これでもし、千夏先輩が嫌な女だったら。大喜を弄ぶ、ろくでもない先輩だったら。私は力尽くで大喜を奪い取ってしまえるのに。でも千夏先輩はスゴく好い人なんだよね、実際。初対面で「彼氏とかいるんですか」とか聞いてくるバカな後輩にも優しく接するし、いつだって真面目で実直だし。栄明を代表する、エースオブエースだ。あの人相手に張り合って勝てる自信はないし、あの人の悲しむ顔も見たくはない。
結局私は、一歩も進めない。
もし大喜が千夏先輩じゃなく、ずっと私を好きだったなら。どんなに幸せだろうか。
あの花火大会だって、もっともっと楽しかっただろうな。それにせっかくの夏休み、あちこち遊びにいったりもしたかった。インターハイがあるとは言え、ちょっと出掛ける時間くらいは作れなくもない。お父さん関係のどうでもいい取材なんか受けるより、ずっと有意義だ。
「海、行きたかったなぁ……」
中学からずっと夏は忙しくて、そういうのは御無沙汰だ。何も考えず、二人で海を楽しみたい。
授業で嫌々着てる冴えない競泳水着なんかじゃなくて、可愛いのを着て。日焼けなんか気にしないで、目一杯遊ぶんだ。
大喜の水着はどんなのかな、ってまあ男子の水着なんてそんなに変わんないよね。そう言えばあいつ結構鍛えてるし、意外と逞しいんだろうかな。……いけないいけない、ついつい
用事はないけど、メールでもしようかな。そう思ってスマホを持ち上げてみるけど、なんとなく指先は泥のように鈍ってしまう。
千夏先輩が誕生日だし、今は家でお祝いの最中かもしれない。邪魔をするのは、やっぱり気が引ける。こういう日だし、私はおとなしくしててあげよう。
あぁでも明日、私からも誕生日祝いをさせてもらおうかな。一日遅れだけど、別に構わないだろう。
「――ぁ、雨降ってきた?」
あれこれ妄想に耽っている間に空模様が変わったのか、窓には雨粒が落ちてきている。しかもそれはどんどん加速し、みるみる内にゲリラ豪雨のような有り様へと発展していく。
ああ、なんか嫌だな。気分が滅入りそうだ。
早く止んでくれないかな、と思いながらカーテンをかけて溜め息を一つ。
明日は晴れると良いな、天気が良い中で大喜に逢いたい。
私は大喜が、好きだ。誰よりも、何よりも。
いつか大喜からも、私をそう思ってくれるように祈りながら。
私は微睡みの中へと沈んでいく。
幸せな夢を見るために。
……雛ちゃん報われないですねえ。