抜きゲの鬼畜竿役に転生したけど、ヒロインの子に不束者ですがよろしくお願いされてしまった。 作:ソナラ
――静まり返ったリビングで、神妙な顔の風加さんと、落ち着かない心持ちの俺が席について向かい合っていた。不思議なほど静謐に満ちたその場所では、呼吸一つが精密に相手へと伝わってしまう。
不思議な緊張感に、俺と風加さんは包まれていた。
そして、テーブルの上に載せられたそれを、風加さんはじっと見つめている。それはすでに数分にも及び、まるで相手の隙を伺い一瞬で切り捨てる仕合のさなかの武士かなにかのようで。
言う慣れば、それを待つ俺はまな板の上の鯉だった。
やがて、カッと目を見開き、風加さんは叫んだ。
「木竹さん!」
「はい!」
思わず、声が上ずってしまう。絵面にすれば二十代のおっさんに片足突っ込んだ男が、十代の学生相手に緊張している情けない状況なのだが俺たちの間にその絵面は関係がなかった。
なにせ俺と風加さんは、前世も合わせればすでに三十から四十近い年齢を重ねているわけだからして。
それでも、緊張するものは緊張するのだ。なにせこれは――
「バグがめっちゃ多いです!」
「……だよなぁ」
「はい! そりゃ通しでプレイできるようになった段階ですからね!」
――季節は夏。風加さんと共に暮らすようになって数ヶ月、俺たちは何と同人ゲーム制作を行っていた。というのも、風加さんは絵が描ける。普通に商業でもやっていけるだろうってレベルだ。
そして俺は暇である。風加さんのおかげでいろいろと前向きになれたものの、外に出て働くには俺の名前は障害が多すぎる。
手続きをして名前を変えるか、自宅でできる仕事をみつけるかの二択に陥った末、俺は自宅でできる仕事――同人ゲーム制作に乗り出したのである。
まぁ、同人ゲーム制作は風加さんの提案なのだが。せっかく抜きゲの世界に転生したんだから抜きゲを作りたい。とのこと。
相変わらず風加さんは変なことを考えるな。
「む、何か失礼なことを考えていますねー!」
「失敬な、俺はいつもと同じことしか今は考えてないぞ」
「それっていつも失礼なことを考えてるってことじゃないですか!?」
「ははは」
「否定してください!!」
ともあれ。
今の時代、ゲーム制作の主流はADVではなくRPGである。早速俺はRPG制作ツールを買って、風加さんとああだこうだいいながらゲームを作ったわけなのだが――
とりあえず、土台はできた。
だが、そこまでだった。とりあえずある程度形になったゲームを、風加さんにプレイしてもらっている段階。
残念ながら、風加さんはエンディングにたどり着くことができなかった。
「どうやってもイベントが繰り返し再生されて進行がとまります!」
「俺が通しでやった時は、こうはならなかったんだがなぁ?」
とはいえ俺はゲームのイラスト以外をすべて担当しているので、ゲームのクリア方法を知っている。当然と言えば当然の結果だった。
「後、戦闘の難易度が高すぎます!」
「ああ、一応俺もそう思って、EASY難易度を用意しようと思ってたんだが……」
「これがNORMAL!? ……これをHARDにして、NORMALとEASYは新しく用意しましょう」
とか、いろいろとダメ出しを受けた。
これもまたゲーム制作あるある、制作の想定したNORMALはHARD相当。しかしなんとも、ちょっとプレイしただけで、出るわ出るわ改善点とバグ。
デバッグと調整には、果たして何ヶ月かかるかな……と少しだけ気が遠くなってしまった。
だが――
「でも、うん」
「何だ? 俺のライフポイントはすでにゼロだぞ?」
風加さんのダメだしで、精根尽き果てていた俺は、そんなことをふざけて返す。普段なら、そのままボケが帰ってくるのだが、今回は違った。
「……アタシ、このシナリオ好きです」
「――」
思わず、飛んできた直接的な好意。俺は一瞬押し黙ってしまった。
「って、もお! そういう時に黙ると、アタシまで恥ずかしくなっちゃうじゃないですか!」
「い、いや……悪い」
思わず二人して照れてしまった。お互いに恋愛経験値がゼロなので、こういう時クリティカルヒットを受けると自然と連鎖的に恥ずかしくなってしまう。
数ヶ月の付き合いでも、こればっかりは改善されない欠点だった。
「とにかく、ですね! 主人公の女の子が、親に売られて最悪な状況から、少しずつ環境を改善して周りに仲間を増やしていくっていうストーリーは、すごく王道でいいと思います」
「まぁ、最初に作るからにはシンプルにやりたかったしな」
「っていうか、女の子がかわいい! 木竹さんって実は女の子を可愛く描く天才なんじゃないですか?」
「いやぁ……」
――別に、俺に女の子をかわいく描写する才能はない。
だって、ほら。
「……目の前に、実例がいくらでも転がってるし」
「ふぇ?」
――ふぇ? なんて素で言う美少女が、可愛くないはずがなかったのだ。
とはいえ、正直これは口にしなければよかったな、と俺は後に思った。
だってそこからいろいろとヒートアップしてしまった風加さんをなだめるのに、その日は丸一日を消費してしまったのだから――
◆
それから数日、俺たちは空いている時間に、デバッグ作業へ没頭していた。
イラストに関しては、基本CGはすでにすべて完成していて、後は必要に応じて差分を書き足せばよい状況。とりあえずデバッグを先に終えて、そういった細かい手回しは後に回そうということになったがゆえの、二人がかりのデバックだった。
とはいえ、基本的には黙々とバグを見つけては潰す作業。バグが見つからなかったりして、暇になったりする時は有る。
集中力が切れて、息を入れ直す必要が出るときもある。
そんな時に、ふと風加さんは零したのである。
「……アタシたちって、どうしてこの世界に転生したのでしょう」
「…………さぁ?」
正直、皆目見当もつかなかった。なにせ、俺はこの世界に転生して以来、転生以外の超常現象に見舞われたことがないのだから。
「もちろんアタシも、チートでツエーした経験はございません」
「ある意味、今の環境はチートそのものだけどな」
将来を気にする必要なく、好きに同人活動に没頭できるなんてどれほど幸運な環境だろう。こればかりは原作の安易な設定とクソ両親に感謝だ。
風加さんとて、クソみたいな環境を抜け出してここにやってきた身、当然異論はなかった。
「でも、実はこの世界の裏には創作物みたいなあれやこれやがまかり通っていて、アタシたちはそれに気付いていないだけかもしれないのです」
「……例えば、実は俺たちのゲームは別のゲームと世界観を共有していて、その設定が転生に影響してたり……とか?」
「かもですね。まぁ、アタシはこのゲームしかプレイしたことは無いのですが」
「俺もだよ。あーでも、シナリオライターの名前は別の場所でも見たことがあったような……」
うーむどこだったか……
いや、まぁ思い出すのは無茶なのだが。もう既に前世の記憶は二十年以上前のもの、覚えている記憶のほうが稀有だった。
「……でもさ、別にそれでもかまわないんじゃないか?」
「と、いうと?」
「ぶっちゃけ転生モノって、転生したことに理屈がつかないものの方が多いだろ」
もしくは、それが重要ではない場合。
神様転生なんて、あまりにも有り触れすぎていて、それそのものがありふれた“テンプレ”になってしまっているくらいなのだから。
「俺からしてみりゃ、そもそも転生できただけ御の字。どれだけクソみたいな来世でも、死んじまった前世よりは現状マシなんだから」
「それはまぁ……そうですけど」
むしろ、それに関しては風加さんの方が強く感じていることのはず。病弱だった前世と比べて、健常な今がどれだけ人生楽しいことか。
伊達に、親の虐待を推しへの愛だけで乗り切ったわけではない。
「だからしいて理由をつけるなら……そうだな」
「そうだな?」
小首をかしげる風加さんへ、俺は。
「――俺と風加さんが出会う運命がそうさせた、ってことでいいんじゃないか?」
それはもう、気障ったらしいセリフを、風加さんにぶつけてみることにした。
なぜって?
そういう気分だったから。
「――――」
停止する風加さん。
もともと、雑談でデバッグの手はお互い止まっていたけれど、これで完全に風加さんは停止してしまっていた。もしかしたら、俺は時間停止能力に目覚めたのかもしれない。
家の外に出ないから、時間停止モノのAVくらいにしか使い道はないのだが。
「こ、」
「こ?」
十秒程度、たっぷり停止した風加さんは、そして。
「この、卑怯者ー!!」
ばたばたと、その場を逃げ出してしまうのだった。
なお、夕飯は風加さんの当番だったが、一品俺の好物が増えていた。
◆
かくしてそれから、しばらくのデバッグ作業と各種調整の後発売された俺たちの同人サークル「ウィンド&バンブー」の処女作。
「奴隷都市と絶対にへこたれない元令嬢」は、無事に販売された。
内容は手堅くまとまった、短めの同人RPGであるものの、風加さんのイラストは中々にキャッチーで、初めての作品にも関わらず四桁以上のDL数を得ることに成功。
俺たちは、自分たちの作品が世に認められたことへ安堵するのだった。
内容は、いろいろな事情から奴隷都市なる場所へ送られてしまった元令嬢が、身体を使ったり拳で敵を叩きのめしたりして、仲間を増やして下剋上を図るというもの。
最初の案では、とりあえず技術習熟にフリーの全年齢ゲームを作ろうという案もあったのだが、風加さんの「アタシは男と女の裸が描きたいのであって、中二なかっこいいスチルが描きたいわけじゃないのです!」という鶴の一声により、成人向けのRPGとなった。
お値段は最初の作品ということで700円ちょい。
プレイ時間は概ね三時間程度。
そして基本CG枚数は――
好評、発売中だ。
この二人、放っておくと無限にいちゃついてますね。