別れは必ず、やって来るから。
でも大丈夫、いつかは必ず来る。
形はどうあれ、必ず。
「――ちょっと、用があるから」
二人並んで歩く夜道で不意に立ち止まりそう呟くと、千夏先輩はふらりと脇道へと入っていった。
卒業式も過ぎてもうじき同居も終わる三月末、色々とあるんだろう。逢う人も言うことも。
そう思ったから俺は、特に何も言わないままその背を見送った。
そして、それきり。
先輩は何処へ行ったのか、帰ってこないまま一ヶ月が過ぎた。
事前に手配されていた通りに先輩の荷物は猪股家から搬出され、連絡の手立てもない。俺は俺で三年生として忙しくなり、千夏先輩を心配してばかりもいられない。
母さんたちも何も聞いていないらしいけど、「千夏ちゃんなら大丈夫でしょ」と明るく構えている。まあ向こうの親が特に騒いでいない以上、俺たちがあれこれと動くのもお門違いかな。
面と向かって別れるのが辛いから、なんてのは考えすぎだろうか。
とは言えよく考えてみてもみなくても俺は結局、千夏先輩の事をそこまで詳しく知らないから。察することなんか、出来る筈がないんだけどさ。
鹿野千夏先輩、栄明女子バスケ部のエースで知られた有名人。何事もそつなくこなすように見えて、意地っ張りでポンコツ。変な所が天然で食いしん坊、すぐ拗ねる。一回寝ると朝までは梃子でも起きないし、寝起きがとても悪い。
そして。――魔性の人たらし。
思わせ振りなその仕草に、何度ドキマギさせられたか。自分が美人の範疇に入ると分かっているとしか思えない、俺をからかって遊ぶ性悪さん。
まあ、それはそれで快感だったけど。俺はドMだしな。
「んー……ホントに使われてないんだな……」
記憶の底から以前聞いた住所を掬い上げ、嘗ての鹿野家へやってきた俺はため息を一つ。
鍵さえかかっていない、何処か荒れた空き家。こんな場所が千夏先輩の家だったのか、とさえ思う。先輩のお母さんが一時帰国した時、わざわざマンスリーマンションなんか借りたのがなんとなく違和感あったけど、日本を経つ時点でもう住居としての役割は終わらせてしまっていたんだな。
約二年前、千夏先輩はどういう思いでここを出たんだろう。猪股家へ向かう道で、何を考えたんだろう。
俺は実家を出て長く過ごした事なんかない、だからきっと先輩の気持ちなんか分からない。
それでも、それでも。知りたいと思うし、支えになりたいと思う。
……先輩にとって俺は、そんなに気を許せる相手じゃなかったみたいだけど。俺じゃまだまだ、足りなかったんだ。
あの人に相応しい男になれていたら、いやせめて告白出来ていたら、もうちょっと結果は変わっていただろうに。
未練未練、だな。こんなだから俺は、さ。
そんな風に
「山茶花……いや椿? どっちだっけ?」
と言うかこんな時期に咲くのかな、椿って雪の中にあるイメージだけど。
――と。
その一つが、ポトリと地面へと落ちていった。まるで、打ち首にあったように。
「……あれ?」
土に落ちた椿の花は、何故か赤くは見えなくなっている。
しかしその色だけではなく、切れ落ちた根本は赤黒く肉の断面を思わせる。
俺へと転がってくるそれは、椿の花。その筈なのに。
椿にしては、大きい。
椿にしては、歪だ。
椿にしては、似すぎている。
椿にしては、あまりにも――!
戦慄する俺を嘲笑うように次から次へ転がってくる、
一瞬の硬直の後、バドで鍛えたバネを駆使して俺は跳ね上がるように駆け出していた。
ゼーゼーと荒い息を吐きながら、冷や汗を拭う。
いったい俺は何を見たんだ、そう思いながら恐怖を振り切って元の場所へと戻ると。
――そこにあったのは、枯れ果てた植木の残骸だけだった。
花なんかどこにもない、あるわけがない。誰も住まない空き家の裏庭にある植木を世話するほど、近所の人も暇じゃないだろう。そもそも時期がやっぱりおかしい。
狐狸物の怪に化かされる、っていうやつだったんだろうか。この21世紀に、なんてレトロな経験をしてるんだ俺は。
「まさか、なあ……」
掘り返してみようかとも思ったけれど、止めにした。
あの魔人がそう簡単に埋められるわけがないし、もし埋まってたらあんな程度で済むものか。もっともっと面倒で、厄介な事を起こすに決まってる。だって千夏先輩なんだから。
用がある、と言って出掛けていったんだ。もう帰ってこないかもしれないけど、用が済んだら戻ってくるかもしれない。
俺は自分がやるべき事をこなして、待っていよう。
いつかまた会った時、呆れられないように。
俺は今もまだ、千夏先輩が好きだから。
微妙にオカルトテイストです。