__初代妖精王グロキシニアに転生した。
今の俺を一言で表すとそういうことになる。赤いサラサラの髪の毛にエルフのように長い耳、背丈はまるで子供のように小さく、少年とも少女とも呼べる中性的な顔立ちで、背中には身体の何倍も大きいアゲハ蝶のような色鮮やかな羽がついている。それが今の俺だ。
”初代妖精王グロキシニア”。それは「七つの大罪」という漫画に登場するキャラクターの一人で妖精族を束ねる王だ。妖精界に悠然と佇む神樹に選ばれた存在で妖精族の安寧と妖精王の森を守護している。
「あ、妖精王様だ!」
「妖精王様~!」
俺がしていることも変わらない。妖精界の神樹様から王の証である”霊槍”を賜ったものだから、現代日本じゃまず見たこともないような植物や生き物が跋扈している妖精界の森をうろつき、皆の生活を見守っている。
今も空をふよふよと飛行して森を見回っていた俺に、二人の妖精が話しかけてきた。一人はティンカーベルみたいな手のひらサイズの女の子の妖精、もう一人はハリーポッターに出てくるような小柄な鬼みたいな妖精だ。
同じ種族なのにその姿には結構違いがあるが、それも妖精族の一つの特徴である。ドワーフみたいなのもいればエルフみたいなのもいる。共通しているのは背中に生えた昆虫のような羽くらいだ。これは、妖精族は森の木の又から生まれてくるので人間のように遺伝的に似るということがないためだと考えている。
ともかく、声をかけられたので笑顔で手を振ってみる。
「やぁ皆。今日は朝早いッスね」
俺の喉からソプラノ調の声が奏でられる。この軽くて親しみやすい何ともいえない口調は原作のグロキシニアを真似ている。
「えへへ、西の森のベリーが採りごろなんです♪」
「前に妖精王様が教えてくれたジャムを皆で作ろうと思って」
俺が声をかけると二人はきゃっきゃと嬉しそうに喋る。手のひらサイズの女の子がくるくると俺の周りを楽しそうに飛び、肩へと腰かける。
「よろしければ後で妖精王様もいらしてください。美味しいジャムをご馳走しますから」
「……それは楽しみッスね。じゃ、後でアタシもお邪魔させてもらうッス」
彼女と頬同士をすりすりと擦り合わせると、彼女ともう一人の妖精は西の森へと飛んでいった。彼らを見送って巡回に戻ろうとすると、ポスっと誰かが背中に抱きつく感触がした。
「ん~? 何してるんスか、ルシアン?」
「……えへへ♪」
見ると俺の背中に、見た目3才の子供のような少年の妖精が抱きついていた。くせっ毛な金髪をしたこの子はルシアン、最近森から生まれた末っ子の妖精族だ。
「グロキシニア様~!」
「妖精王様~!」
「おはようございます!」
「あらら、何なんスか皆でぞろぞろと」
ルシアンの頭を撫でているといつの間にか森にいた皆が集まってきたようだ。木の影や草むら、空からたくさんの妖精達が俺の元へ集まってくる。
「妖精王様、おとぎ話の続きを聞かせてください」
「またッスかルシアン? 昨日の夜眠れないからって聞かせてあげたばっかじゃないスか」
背中に抱きつきっぱなしだったルシアンを抱っこしてあげる。すると周りに集まってきた妖精達が矢継ぎ早に詰め寄ってくる。
「だって妖精王様のお話が面白いんですもん!」
「ボク達、続きが気になって気になって……今日の夜まで待てません!」
「お願いします妖精王様! 端っこだけでも!」
わーわーと騒ぐ妖精達に困ってぽりぽりと頬をかく。
ジャム作りにおとぎ話。これらはグロキシニアに転生してから俺がやらかしたことの一端だ。俺は転生してからというもの、このだだっ広い森の中で前世の記憶を思い出して料理をしてみたり、漫画やアニメをおとぎ話として仲間達に読み聞かせたり……まぁ色々やってきた。
何せとてつもなく暇なのだ。妖精族は非常に長寿な種族で軽く千年以上は生きる。そのくせ周りにあるのはどこまでいっても森ばかりだし、異世界に転生したといっても妖精王としての責任があるからおいそれと森の外へ探検しにいくわけにもいかない。加えて妖精界はとても平穏な世界だし、妖精族の皆もぽやぽやとしてるからトラブルとか危険なこともほとんどない。妖精王の責務ったってせいぜい森をぐるぐる見回るくらいしかやることがない。
純粋な妖精である皆はそれでいいとして、人間としての感覚を持つ俺にはとても耐えられなかった。永久の退屈というのは想像以上に精神にくるし死にたくなる。
だからこそ思いつく限り色々やったのだ。森の資源を使ってジャムやパンといった食べ物を作ってみたり、前世の物語を書き起こして皆に読み聞かせて楽しんでもらったり、そこら辺に生えてる薬草を何年もかけて交配を繰り返して秘宝級の治癒効果のある薬草にしてみたり…。
その結果、俺は妖精王でありながら妖精にない知恵や知識を持つ類まれな存在として敬われることになった。ごく普通の一般市民だった俺には王という肩書すら恐れ多いのに、前世から引っ張ってきた知識でこんなにも慕われるのは身分不相応な気がして肩身が狭い。
「わかったわかったッス。じゃあ皆、西の森に行ってクルミ達のベリー摘みとジャム作りを手伝うッス。アタシは彼女らの食事会に招待されてるッスから、皆でジャムパンでも食べながら話すッス」
クルミというのはさっきの手のひらサイズの妖精の名前だ。俺が彼女達が向かった西の森の方を指差すと、皆は元気よく飛び出していった。
「やった~!」
「行ってきまーす!」
「約束ですよ! 待っててくださいね~!」
「気を付けていくんスよ~」
ビュンビュンと空気を鳴らして飛んでいく彼らを手を振って見送る。あれだけの人数が一斉に飛行する姿は中々壮観である。見た目こそ可愛らしい彼らだが、一人一人がその身体に潤沢な魔力を宿しており、そんじょそこらの人間の戦士では敵わない力を持っている。差し迫った脅威もない現状でそんな彼らを見ていると、ますます
「ん? ルシアン、きみは行かないんスか?」
そんな中、俺に抱っこされたルシアンは彼らと飛んでいくことなく俺の腕にしがみついたままだった。気になって声をかけると彼は俺の顔をじっと見つめている。
「? ルシアン?」
「……妖精王様、大丈夫? 何だか元気ない」
ルシアンは身を乗り出して心配そうに俺の顔を覗き込んで手を伸ばした。俺は少しだけ目を見開いて驚いてしまう。
フッと笑みを浮かべて彼の頭を撫でる。心情を見破られて心配をかけてしまって申し訳ないと思う気持ちが半分、もう半分はこの子が他人のことを気遣える優しい気持ちを持っていたことの嬉しさがこみ上げてきた。
「大丈夫ッスよ。ちょっと疲れてるだけで至って健康体ッス」
「…ほんと?」
「ほんとッス。心配してくれてありがとう」
そう笑いかけると彼は安心してくれたようだ。俺に手を振って元気よく西の森へ飛び立っていく。俺だけになったこの場所に、ふわっと優しい風が吹き抜ける。
「…………」
小さくなっていくルシアンの後ろ姿を、俺はじっと静かに眺めていた。
▽
その日の夜、俺は神樹を昇って大きな枝の上にいた。結構な高さまで昇ってきたが、神樹は天まで届くかというほど巨大な大木。妖精界全体が見渡せるほど高い場所まで来ても、まだまだ中腹といったところだ。
「さてさてさーて、できてるッスかねぇ」
神樹の大きな葉っぱをどかし、枝と枝の間にできた空洞を覗き込む。そこには赤い木の実が熟成してできた天然のお酒が溜まっていた。
「おぉーっ♪ いい感じじゃなッスか」
木で作ったコップですくい上げて香りをかいでみる。神樹に守られながら上手いこと発酵してくれたようで、なかなか完成度の高いお酒になっている。大成功だ。
「後はここにカルモカの葉っぱを……」
コップの半分くらいまですくったお酒に、森で採取してきた葉っぱを入れる。すると葉っぱからブクブクと炭酸水があふれ出して、たちまちコップはお酒で満杯になった。
「完成っ! グロキシニア特製のほろよい酒ッス!」
カルモカという植物は酸素を蓄えるために水と一緒に葉っぱに溜め込む。あらかじめ神樹で果物を発酵させておき、そこへカルモカの葉っぱを入れれば炭酸水で割ったいい感じのお酒ができると思ったのだ。一口飲んでみるとベリーの甘さと炭酸の刺激がいい感じに溶け合って、後からほんのりとアルコールがやってくる。前世で良く飲んでいたチューハイにそっくりな味だ。すごく懐かしい。
「…兄上、何をしているのですか」
ふと声をかけられて振り返ると、俺と同じくらいの背丈の少女の妖精がいた。ウェーブのかかった亜麻色の髪に白い肌をした美少女。今世の俺の妹で、妖精王の補佐をしてくれてるゲラードだ。
「ゲラード、いいところに来たッスね。美味しいお酒ができたッスよ」
「お酒? また何か作ったのですか?」
「まぁね。今度のは中々力作ッス」
もう一個持ってきていた木のコップを魔力でふわふわ浮かせ、ゲラードへ手渡す。ゲラードはコップと枝の間に溜まったベリー酒を見比べ、すくって恐る恐る飲んだ。コップから口を離すと彼女の顔がほわぁと綻ぶ。どうやら口に合ったらしい。
「これがお酒…、美味しいですね」
「木の実なんかをああいう閉鎖的なところに置いて、発酵させて作るんス」
「発酵? 腐らせるということですか?」
「う~ん、本質的には同じなんスけどそうじゃなくて。腐る時とは別のやり方で発酵させてるからアルコールという成分ができて、それがただの果汁をお酒にしてくれるんス」
俺の話に相槌を打ちながらこくこくとベリー酒を飲んでいくゲラード。作り方についてはあまり伝わってないような気がしたけど美味しく飲んでくれてるならよしとしよう。妖精は森に生ってる果物とかをそのまま食べる場合が多いから、こういう加工して食べるということに馴染みがないのだ。
見上げると空に満月が浮かんでいた。ここは地球とはまったく違う異世界だけど、月は前世と同じ形だ。それが何だか嬉しくて、懐かしくて、ノスタルジックに浸ってしまう。
「…………」
「…兄上、どうかされました?」
「…いや、月を見上げながら自然の中でのんびりお酒を飲むのは何とも乙だなぁ、なんて考えていただけッス」
「……兄上、もしかして何か心配事でも?」
「…え?」
「最近の兄上は何か元気がないです。今のように時折ぼうっとすることも増えましたし……」
ルシアンに言われたことをゲラードにも指摘され、驚いてしまう。隠しているつもりなのだがそんなに表に出てしまっているだろうか。
「…心配事というか、うーん、少しね………」
この世界に転生してから随分長い年月が経った。具体的な数なんて覚えていないが、数百年、いや千年を超えたかもしれない。それほどの年数をこの世界で生きた。
転生した当初はそれなりに大変だった。わけも分からないままグロキシニアになって、神樹から妖精王に選ばれて、王様らしく振舞おうと頑張ったり、皆を守れるように魔力を鍛えたり、暇になったら前世の記憶を頼りに何か作ってみたり物語を書いてみたり……。そんなことをしている内にいつの間にか人間だった頃には想像もできないような時を生きた。
「兄上……?」
それだけ長いこと生きてくれば、もうここは俺にとって第二の故郷だ。今更日本に帰りたいとか言うつもりはない。だけど時々、やっぱりあの頃が恋しくなる。学校に行ったり、仕事をしたり、家族や友達と遊んだり、たまにマンガやアニメに浸ってのんびり息抜きをして過ごしていたあの頃が……。
グロキシニアやゲラードといった七つの大罪原作キャラがいるものの、ここは七つの大罪の世界ではない。よく似たファンタジーの別の世界だ。もしここが七つの大罪の世界だったなら、原作を追体験できることにテンションが上がって、こんな気持ちを味わうこともなかったかもしれない。
だけどここは全く違う異世界だから。ゲラードや皆を守らなきゃいけないとか、妖精王としての責任とか、そういったものだけが肩にのしかかって潰れそうになる。
何にも知らない異世界で、俺はただ一人ぼっちなんだって考えて常に孤独感が付きまとう。それがただ、少しだけ怖い。
「__兄上」
「……っ」
いつの間にかゲラードが、手が触れ合うほど近くに来ていた。俺の隣に腰かけて、クスッと笑いかける。
「またルシアン達にお話をなさったそうですね」
「…あぁ、いつものおとぎ話ッス」
「私にも聞かせてくれませんか?」
「君が? 珍しいッスね」
「フフッ、兄上のお話、私も結構好きなんですよ」
そう言って彼女はふわりを身体を浮かせた。両手が俺の頬に触れ、優しく持ち上げられて彼女と目が合う。
「皆好きなんです、貴方のことが。ですから、そんな寂しそうな顔をなさらないでください」
彼女の言葉が、何の抵抗もなく俺の中に入ってきて、冷えた心を温める。たったそれだけの言葉が、俺はここにいてもいいんだということを真摯に伝えてくれる。
「……そう、ッスか。ありがとう、元気が出たッス」
「フフッ、それは良かったです」
「お礼にとびきり面白い話を聞かせてあげるッス。お酒の肴にもぴったりッスよ!」
「楽しみですね、どんなお話なんですか?」
月明かりが照らす二人だけの夜。俺は大切な妹に楽しんでもらうため、彼女が寝入ってしまうまでお酒を片手に語り続けた。
「___その昔、この世のすべてを手に入れた人間の男がいて、その男は死に際にこんな言葉を残すんス!」
__俺の財宝か? 欲しけりゃくれてやる! 探せ! この世のすべてをそこに置いて来たっ!