南アフリカ、ポートエリザベス。アフリカ大陸の一番下端に位置するこの都市は、南アフリカの東ケープ州最大の都市だ。
「フレンドリーシティ」という愛称で親しまれ、南アフリカの主要観光拠点で、周辺には美しいビーチが点在し、マリンアクティビティ・スポットとして人気がある。しかもヨハネスブルグから空路で約1時間40分という立地だ。観光するにしても、海を楽しむとしてもうってつけの都市である。
夏は30度近くまで気温は上がるが、冬は10度を下回ることはないので気候としてはアフリカの中でも穏やかな気候と言える。
そんな風光明媚なポートエリザベスの郊外。アフリカとは思えない緑豊かな大地の中で、俺はやかましく鳴っている携帯をポケットから取り出す。
「ハイハイもしもし?」
《ジョーカー!てめぇ、今どこにいる!?》
天田南……ココの共犯者であるドクター マイアミを護衛する依頼を受けた俺は、耳に添えた個人携帯を思わず耳から離した。着信履歴二桁を超えそうな勢いで電話してきた相手からの開口一番は、まるで鼓膜を破る勢いだったからである。
▼
《うるっさ。どこって……アンタに関係あるのか?スケアクロウ》
「うるっせぇ!てめぇが今南アフリカにいるのはわかってんだ!そんで、示し合わせたようにココ・ヘクマティアルがメルヒェン社にやってきてる!ジョーカー、お前何か知ってんじゃねぇか!?」
ヨーロッパから旧知の仲であるクラヴィス・トレイン……通称、ジョーカーに電話をかけているのはCIAの工作員であるスケアクロウであった。
アメリカ人である彼は、ドバイで危うく警察に厄介になるところをジョーカーに助けられたことがあり、当時は親切心から助けてくれたジョーカーに工作員らしく仮面を被って接していたが、のちに彼がCIAや政府からも注目されているジョーカーと判明し、数少ないジョーカーと接点を持つ者として、かつジョーカーを追う余分な仕事を押し付けられたこともあってか毛嫌いしつつも、オーケストラと遭遇した際や、パラミリとの戦闘に巻き込まれるなど不幸な目に遭うたびにジョーカーに命を救われていることもあって、今では憎みきれないという複雑な感情を持っていた。
ちなみにスケアクロウにジョーカーことクラヴィス・トレインが個人使用の携帯連絡先を教えているので、マジで数少ない連絡先なのであるが……逆探知やGPS特定にも引っかからない特殊仕様(転生特典品)の携帯であるため、スケアクロウもCIAも偽装携帯と思っている。
技術屋のショコラーデと一緒にココの金の動きを追っていたのだが、その捜査線上にジョーカーが突如として湧き、あろうことか南アフリカ……ココたちと同じ場所にいるとなるとスケアクロウの心中は穏やかではなかった。
ジョーカーは傭兵業を営んでいる以上、その行動範囲は予測不可能だ。ヨーロッパにいると思ったら中東に行き、またヨーロッパで今度は南アフリカだ。一回後を追ってみたらCIAから依頼を受けていたこともあったので、やり手のスケアクロウでも彼の追跡を半ば諦めている。あと傭兵で鉄火場を歩いているくせに武器弾薬の金流れが一切わからないのも気味が悪かった(転生特典である程度弾薬を補充しているため)。
振り回されまくってるスケアクロウに、ジョーカーは電話口から呆れたようなため息をついて言葉を続けた。
《付き合いがあるよしみで言うけど、人のプライベートをあんまり覗かない方がいいんじゃない?俺の場合は仕事だけど》
「仕事だぁ!?やっぱりてめぇ、メルヒェン社にいるな!?」
《ご想像にお任せするよ。俺も守秘義務ってやつがあるんだ。あと、5キロ先で俺らを見張ってるショコラーデに言っといてくれ。もう少し上手く隠れろってな。じゃあな》
そのままプツリと電話が切られる。逆探知してみたものの案の定詳細な位置特定はできなかった。だが、ジョーカーが南アフリカ……しかもポートエリザベスにいるのは確実。
(あの傭兵野郎が……おもちゃ工場の竣工でなんでアイツがいるんだ?あそこには一体なにがあるんだ……)
そもそも、メルヒェン社の第二工場の存在も今になってようやく断片的な情報を手にすることができるようになった。
そう。
〝今になってようやく〟なのである。
その当たり障りのないことが、金の流れに敏感なスケアクロウの違和感へ繋がっている。今になってなぜ?しかも示し合わせたようにココ・ヘクマティアルとジョーカーが同じ場所にいる。
今の限られた情報の中で世界の起爆剤になりかねない人物がおもちゃ工場にくるなんて意味がわからない。
無理矢理にでも口実をつけるとするなら……あのメルヒェン社の第二工場は、「単なるおもちゃ工場ではない」という推測だけだった。
▼
「というわけで、ある程度匂わせといたけどコレでいいの?」
「フフーフ♩上出来さ、ジョーカーくん!広告塔としては申し分ない!」
満足そうに親指を立てるココに俺は肩をすくめてチェストリングに備わる愛銃M4カービンとホルスターに収まるグロック17を持って周辺警戒に当たる。こちらを監視していた気配が消えたので、おそらくショコラーデはスケアクロウの連絡を受けて監視ポイントを変えたのだろう。
さて、ポートエリザベスの郊外にあるメルヒェン社第二工場……否、天田南博士ことドクターマイアミの異名を持つ彼女と、ココ・ヘクマティアルによって作られた牙城の竣工式の警護、という依頼を受けた俺ことジョーカーなのであるが、依頼主であるココの本来の目的は俺という存在そのものを餌にすることだったらしい。念の為フル装備で護衛に当たったのだが、空気感で言えばかなりラフである。ヨナなどの私兵たちも離れたところで談笑しているくらいだ。
まぁ、はたから見れば単なるおもちゃ工場だ。警戒レベルで言えば「おもちゃ会社とすると警備が厳重だ」くらいなのだろう……今のところは。
「プププ。ココも性格悪いよねぇ。けどさぁ、わざわざジョーカーくんまで連れてきて目立たせる必要、本当にあったのぉ?」
「疑い、疑惑というのは呪いなんだよ、ミナミ。疑惑があるだけで人は勝手に疑うし、勝手に推察してくれるし、勝手に妄想を膨らませてくれる。その事に意義がある。これからくる世界にね」
「……あのさ、マスター。俺にそれ話していいわけ?」
普段隣に連れているヨナくんも今は離れているので、インカムをオフにすれば完全に俺とココとドクターマイアミのみである。あからさまに言うココの様子に顔を顰めていると、彼女は飄々とした表情からするりと伸びる鋭いナイフのような気配を発して俺を見据えてきた。
「ジョーカー。君は気づいているだろう?私とミナミがやろうとしていることを」
表情を変えずに俺はココを見る。おぼろげになりつつある前世の記憶だが……確かに俺は「ココ・ヘクマティアルが何をしようとしているか」を知っている。
だが、俺はそれを止めるつもりはない。
止めるなら、天田南を殺し、私兵を皆殺し、ココ・ヘクマティアルを殺すしかないのだから。
俺は彼女が人間として好きだし、私兵たちにも情もある。ドクターも好きだ。
そしてなにより……彼女が作る新世界の先が気になって仕方がない人間でもあるのだから、止める動機もないのだ。
「勘のいい君のことだからね。だから私はガードするのをやめたのさ。それに君が気づいたところでもう遅いし……気づいていて、私の計画が意に反していなかったから、止めていないのだろう?」
「……そこまで俺は利口じゃないさ、マスター」
まるで全てを知っていると言わんばかりの顔でそう言うココに俺は小さく息をついてそう答えた。そう、俺はそこまで賢くはない。彼女のやることを止めた先で、彼女が思い描いた「新世界」を凌駕するような抜本的な世界の特効薬を思いつくこともできない。
俺は全能でも、万能でもない。
できることといえば、本来死ぬはずだった少女と魔女を救いあげることしかできないのだ。
「君はある意味、ヨナの一つの未来なのかもしれないね」
ふと、ココは遠くにいるヨナを見つめながらそんなことを言った。
「戦いを嫌いながらも、途轍もない戦闘力を持つ傭兵。その力でしか生きていく道を切り開けなかった存在。優しさと冷酷さ、情を持ちながらも機械的なまでに合理的になれる感性」
キミはよくそれを保っていられる。常軌を逸してるんだよ。愉快そうに笑みを浮かべてココはそう言う。
「ある人はキミを天秤と呼ぶが……私から見れば君は歪だ。そして私は誰よりも君の歪さをわかっているつもりだよ、クラヴィス」
「そういう時だけ名前を呼ぶのやめてくれよ、マスター」
ココ・ヘクマティアルが人たらしである所以は何か?そう聞かれれば、今まさにそれが分かると答えるだろう。
彼女は容赦なく踏み込んでほしくない場所に足を踏み入れてくる。力強く、鋭く、急所に踏み込んで、相手を魅了して、目を離せなくさせる。深淵を覗くものは深淵に覗かれてると言うものじゃない。相手に覗き込ませ、目を離せなくさせるのだ。特定の人種に対する人心掌握で言えば、彼女の右に出るものはいないのではないだろうか。
まぁ……それは特定の人種に限るのだろうが。
「君には特等席で見せてあげようとも。新たな世界の幕開けをね」
そう言って微笑むココに、俺は片手で軽く手を振り背を向けて去る。まだ、彼女の目に引き込まれるわけにはいかない。
今はまだ……新世界の扉は開いてないのだから。
「ココはさ。なんでジョーカーに固執するわけ?」
ジョーカーが周辺警戒に戻った後、ドクターマイアミはココにそう問いかけた。彼女は「惜しかったなぁ」と悔しがりながらも親友の問いかけに答える。
「んー?純粋に彼のあり方が好きだから。是非とも私の仲間に加わってほしい。あとは……」
「あとは?」
「私にとって最大の障害になる可能性があるのが、彼だからだよ」
電子世界の全てを手にする女王。
彼女の目に映る最も厄介な相手は、電子の全てを以てしても予測できない〝切り札〟であった。
▼
メルヒェン社第二工場の周囲を警戒していると別区画の警備をしていたカレン・ロウがぼんやりと緑豊かな山を見つめているのが見えた。
「カレン」
「あぁ、ジョーカー。周囲を確認しましたが、特に異常はありませんでした」
過去のキャンプ時代の癖なのか、カレンはピシリと姿勢を正して俺にそう答える。もうそんな必要もないのにと思いながら俺も彼女の隣に立って周りの景色を眺めた。嘘みたいに穏やかである。普段渡り歩いている鉄火場とは雲泥の差だ。
「あの、ジョーカー。ここで私と一緒に働きませんか?」
静かに立っていると、隣にいたカレンがそんなことを言い始めた。
「唐突だな」
「ドクターは今後、大きな鍵になります。彼女の護衛には優秀な人材が必要なのです」
「それってカレンじゃダメなの?」
「私は……貴方の足元にも及ばないので」
いや、普通にバルメに匹敵するほどのステータスがあるんじゃない?カリー社長のとこのミルドより強いし……謙遜しすぎもダメだと思いますが。
「ですから!」
「残念だけどそれは無理だ。今回の契約は竣工式が終わるまでだ。その後には別件の依頼が入ってる」
予定では明後日の夜にはフィリピンに向かう飛行機に乗らないといけない。それに、このままドクターの元にいたらチェコで待つチナツやレイチェルになんて言われるかわかったもんじゃないし。
「……そう……ですか……」
そう残念がるカレン。まぁ一昨日からいろいろ特訓とか面倒見てるから、その時間が無くなるのが悲しいのだろう。カレン自身、俺に今は亡きチェン・グオメン氏の姿を見ている節もあるし。
「明後日まではここにいるから、夜は特訓に付き合ってやるよ」
そう言うと、彼女は少し機嫌を直したのか笑みを浮かべてこう答えた。
「今日こそ、黒星を貰います」
「お手柔らかに頼むよ」
……いや、あのマジで。一昨日から夜の特訓で割と死を感じてるんだからね?俺ってばスキルないとそんなに強くないんだから。今日からバルメも来てるし……もし、カレンとバルメの二人を相手することになったらどうしよう。そうなった日には俺はいよいよ死ぬかもしれない。
そんなことを考えているジョーカーとホワホワとした表情を浮かべるカレン。その様子を見ている一人の女戦士は、わなわなわと肩を震わせてナイフを握りしめていた。
「カレン・ロウ……ジョーカーを倒すのは私が先です」
「バルメ、顔怖い」
リベンジマッチに闘志を燃やすバルメの隣にいたヨナは純粋に引いていた。そして他のココ分隊の人間もカレンとジョーカー、そしてバルメを見て思い思いの感想を述べる。
「なぁ、あれどう見る?」
「嫉妬じゃないだろ、どう考えても」
「殺気とそんな変わんないでしょアレ」
「こえー、近づかんとこ」
上からレーム、トージョ、アール、ウゴである。カレンからジョーカーの視線はある意味で熱があるのだが、バルメの殺気のせいで全てが台無しであった。
そしてカレンは知らない。ジョーカーには一人の娘と魔女がいて、その二人がとんでもない強敵なのであると言うことを……。