閃の軌跡Ⅲ ―偽りの仮面―   作:アルカンシェル

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115話 帝都ヘイムダルⅩⅢ

 

 

 

「おや……」

 

 悪魔の軍団による乱戦の中、《魔導使い》は鳴動する地下に思わず振り返る。

 

「そうですか……おっと」

 

 一つ消えた同胞の気配に《魔導使い》は静かに目を伏せる。

 そして悪魔の壁の隙間を縫うように閃く紫電から繰り出された斬撃を《魔導使い》は杖で受け止める。

 

「余所見とは随分と余裕じゃない?」

 

 剣を押し込みながらサラは《魔導使い》に凄んで言葉を掛ける。

 

「余裕? いえいえ、これでもいっぱいいっぱいですよ」

 

 力比べをしながらも《魔導使い》は導力魔法を駆動して火の弾丸を頭上から降らせる。

 

「っ……」

 

 サラは一瞬で後ろへ跳ぶが、離れすぎなように間合いを調整して《魔導使い》と対峙する。

 

 ――いつの間にか《OZミラージュ》がいないわね……

 

 悪魔の軍団に紛れ、敵の内の一人の姿が見えない事にサラは警戒心を募らせる。

 

「時にサラ・バレスタイン君……君に一つ聞いても良いかね?」

 

「……何よ?」

 

 唐突な問いかけをサラは訝しみながら促す。

 

「今の世界情勢を君たち、遊撃士はどう考えているのかな?」

 

「今の世界情勢ですって?」

 

「そう……帝国は二年前から何度も他国から攻撃されている……

 帝国解放戦線を通してアルテリア法国が、クロスベルの独立戦争が、そして幾度も行われた共和国からの武力侵攻……

 そして今、また共和国は秘密裏に起動者たちを暗殺しようと兵をこの帝都に送り込んだ……

 何故、遊撃士協会は共和国を咎めない?」

 

「それは……帝国がクロスベルを占領しているから」

 

「ならばこそ、遊撃士協会は武力行使を諫め、話し合いのテーブルを作るべく尽力するべきだったのではないかね?」

 

「っ……」

 

「帝国民の意識が戦争に傾いているのは何もオズボーン宰相が扇動している事だけが理由ではない……

 クロスベルの罪を有耶無耶にして独立を認めれば、また彼らは結社を利用して帝国を攻撃しないと誰が保証する?

 オズボーンの首を差し出して武力放棄をすれば、共和国はこれ以上帝国を攻撃しないと誰が保証する?

 帝国が自分の身を守るために戦うことを選ぶのは罪なのか?」

 

「それは……」

 

「帝国の“闘争”の呪いはゼムリア大陸全土に散らばっているが、帝国人以外の者には“芽”は然るべき時にしか発現しない……

 つまり現在の共和国の攻撃も、遊撃士協会が目を伏せている事も……

 帝国の“呪い”とは何の因果関係もない人の悪意でしかない」

 

「っ…………」

 

「改めて聞こう遊撃士……

 君たちは今の世界の現状を全てエレボニア帝国のせいだと言い切るのかい?」

 

「それは……」

 

「それとも共和国人の君たちが私の疑問に答えてくれるかね?」

 

 《魔導使い》はサラから視線を移し、《ロストルム》に剣を突き立て撃破したエレインに向かって問い掛ける。

 

「私たち、共和国は貴方に非難されるような野蛮人ではないわ」

 

「ほう……この帝国の首都ヘイムダルに100人の武装した工作員を送り込みリィン・シュバルツァー暗殺を目論んでいる共和国がやはり正しいと言うのか」

 

「っ……違うわ。それはあくまでも一部の過激派によるものよ。共和国の総意だと思わないでちょうだい」

 

「だが止め切れていない事が全てではないかな?

 今の時点で帝国が共和国に宣戦布告をしないのは帝国の善意によって均衡が保たれているに過ぎないのではないかな?」

 

「まるで帝国が寛容で恩を切るべきだという言い方だな」

 

 《魔導使い》の主張にルネは不快そうに顔を歪める。

 

「実際、今帝都の市民たちに共和国の“起動者暗殺計画”が行われていると公表したらどうなると思う?」

 

「それは……」

 

「帝国の皇子であるセドリック殿下に、国境を守る若き貴公子ルーファス卿……

 愛される因果が復活しているキーア、そして帝都を守ったリィン……

 そしてついでに“学年が下がった”クロウ……」

 

 《魔導使い》は指折り数えながら続ける。

 

「彼らは今の帝国においてオズボーン宰相に匹敵する名声を得つつある……

 そんな彼らを共和国が害そうとしている。それを公表するだけで、今の帝国の民には簡単に火が付くだろう……

 なんだったらオズボーン宰相は今の帝都で不信な爆発を一つでも自分で起こせば、全ての原因を《ハーキュリーズ》に押し付けることができる……

 君たちが相手にしているギリアス・オズボーンはそう言った政治工作が得意だと、黒い噂が絶えない御仁ではなかったのかね?」

 

「くっ……」

 

「そして君たちは彼に秘密にしていたようですが……

 どうやらワイスマンはリィン君に暗殺計画の事を明かしたようです」

 

「なっ!?」

 

 《魔導使い》が告げた事実にサラは目を剥き驚く。

 

「何てことをしてくれたのよ! あの子にそれを教えたらどうなるか分かってるの!?」

 

「さて、ワイスマンの意向は私には図りきれない……

 《至宝》の意志たる彼が人を見限るか、イシュメルガとの戦いの前に邪魔者である共和国を滅ぼすか……

 これもあの子への一つの試練と考えるべきですかね?」

 

 仮面の下で笑う気配を漂わせる《魔導使い》にサラ達は苛立つ。

 

「ならば君たちが確保している《ハーキュリーズ》の残りをまずは差し出してくれないかな?」

 

 マキアスはその苛立ちを呑み込んで提案する。

 

「《ハーキュリーズ》を全員本国に強制送還できれば、ひとまず共和国の保守派が主戦派に優位に立てる……

 オズボーン宰相も、存在しない者たちの罪までは捏造したりしないだろう」

 

「別に《ハーキュリーズ》については君たちに任せても良いのだけど――」

 

「君たちの実験についても、僕たちに話せとは言わない」

 

「ちょっとマキアス!?」

 

 突然のマキアスの言葉にサラは驚くが、それを手で制してマキアスは続ける。

 

「僕たちに話さなくていい。だが、君が気にかけているリィンと一度話をしてみないか?」

 

 《グノーシス》とその彼らの実験には追求せず、マキアスは《魔導使い》にリィンとの会合を提案する。

 文句を言い掛けたサラ達は口を噤んで《魔導使い》の答えを待つ。

 実験の阻止も重要だが、それ以上に“残滓”の活動の意図を究明するための提案。

 

「ふ……ワイスマンの情報も当てにならないな……

 《狂犬》のマキアス。二つ名に似合わず随分と理性的な交渉をしますね」」

 

「なっ!?」

 

「《狂犬》?」

 

「マキアスが?」

 

「あー……うん……あったわね。そんな時が……」

 

 首を傾げるエレインとルネ。そして思い当たる事があるサラは遠い目をして懐かしむ。

 

「僕の事は良い! それよりもどうなんだ!? 僕たちに話す気はなくても、リィンなら――」

 

「その必要はありません」

 

 マキアスの提案を《魔導使い》は逡巡することなく却下した。

 

「私たちの考えに彼は付き合う必要はない……

 彼は彼として己の答えを見出すべきでしょう」

 

「交渉は決裂みたいね」

 

 エレインはその答えに剣を構え直す。

 

「ふふ、ですがなかなか面白い提案でしたよ……

 なので《狂犬》のマキアスに免じて私から一つ、私たちの行動を変えうる問いかけを君たちに投げ掛けるとしましょう?」

 

「行動を変える……だと?」

 

 《魔導使い》の提案の意図が読めずルネは顔をしかめる。

 

「ただの戯れでもあり、《狂犬》への義理立てでもあり……

 私たちが求める“答え”を君たちは持っているのか、それを見極める謎かけとでも思ってください」

 

 意味深な言葉。

 胡散臭い不信感を抱きながらマキアス達は《魔導使い》の問いに身構える。

 

「君たちの前にあらゆる“願い”を叶える願望器があったとして……

 人が《黄昏》を乗り越えるために君たちはどんな“願い”をそれに望みますか?」

 

「……何それは?」

 

 あまりにも都合の良い謎かけにエレインは困惑する。

 

「他の条件は?」

 

 ルネが訝しみながらも《魔導使い》に聞き返す。

 だが《魔導使い》はこちらを試すように口を噤む。

 

「…………質問の意図は分からないけど、そんなものイシュメルガの討滅を望むに決まってるじゃないか」

 

 マキアスは思いついた答えをそのまま口にする。

 

「全ての元凶はイシュメルガだ。《黒の騎神》さえ倒せばエレボニアは“呪い”から解放される……

 共和国との関係だって、その願望器に願えば取り持ってくれるんじゃないか?」

 

「マキアス、それは……」

 

「いや、僕だってそんな都合の良い“願望器”があるなんて思ってないですよ……

 でもそんな都合が良いものがあるなら、今の帝国に根深く絡み合った呪いの鎖を全部壊して解決して欲しいって誰だって思うでしょ?」

 

「それは……まあそうよね」

 

 マキアスの考えにサラは同意する。

 エレインも、ルネも頷く。

 

「…………なるほど、それが君たちの“願い”ですか……

 ゲオルグ・ワイスマンとは随分と異なる“願い”のようですね」

 

「ワイスマンですって?」

 

 《魔導使い》の口から出て来た名前にサラは自然と眉を顰める。

 

「興味あるわね? あの外道がどんな“願い”をするのか」

 

「それは守秘義務と言う事で……ただ貴方達よりもずっと欲深い“願い”だったと言っておきましょう」

 

 そう言って《魔導使い》は天井を仰ぎ――告げる。

 

「もう良いですよ。リルティナ」

 

「ん――Sウエポン駆動――《叡智の杭》セット」

 

 天井に逆さに立っていた《OZミラージュ》は光学迷彩を解いて、機械の塊のような銀の槍の穂先に銀色に輝く刃を生み出す。

 

「ちっ――そんなところにいたか」

 

 現れた《OZミラージュ》にサラは紫電を纏い――

 エレインは翼を生み出し――

 ルネとマキアスはどこからともなく導力ライフルに得物を持ち替えて――

 

『――動くな――』

 

 その言葉と共に《魔導使い》に睨まれて一同は動きを止められた。

 

「これは!?」

 

「空間を束縛する……《魔眼》という術か!?」

 

 指一本動かせない束縛の中、一同はその光景をただ見ている事しかできなかった。

 

「《叡智の槍》――シュート」

 

 白銀の槍は投げ放たれる。

 槍は広間の中央を穿ち、一際大きく輝くとその光を消して機能を停止させる。

 

「さて……私たちの役目はこれで終わりました。撤収するとしましょう」

 

「ん……」

 

 未だに動けない一同に《魔導使い》は背を向け、《OZミラージュ》は頷く。

 

「ま、待ちなさいっ!」

 

 エレインが叫ぶ。

 その声に《魔導使い》は振り返る。

 

「安心してください。その拘束はすぐに解けます。では皆さん、また――」

 

 その瞬間、前触れもなく蒼黎く鋭い刃が地面から飛び出し《魔導使い》の胸を貫いた。

 

「――がはっ……」

 

「…………え……?」

 

 蒼黎い刃は地面へと引き戻され、《魔導使い》は膝を落とす。

 

「ヴォオオオオオオ!!」

 

 獣のような咆哮が広間に響き渡る。

 

「な、何っ!?」

 

 唯一の通路から尋常ではない速度で駆け抜けた蒼黎い装甲を纏った人型は鋭い爪を持つ右腕で《魔導使い》を一閃した。

 

「っ――」

 

 言葉を発する間もなく、《魔導使い》の体は引き裂かれ――血を巻き散らすことなく、まるで魔獣が消える時のそれのようにセピスを巻き散らして消滅する。

 一瞬の出来事だった。

 《魔眼》で拘束されていたことを差し引いても、容赦も反応する隙も与えない奇襲。

 それを成した《蒼黎い獣》は喉を鳴らし、唯一残った魔導杖を踏み砕いた。

 

「よくやった……蒼黎い戦術鬼」

 

 一同が呆然と立ち尽くす中、獣に遅れて広間に現れた男は労いの言葉を掛ける。

 

「あんたは……」

 

「地精の長、アルベリヒ」

 

 その男の顔に見覚えがあったマキアスは呻く。

 

「あああああああああっ!」

 

 《OZミラージュ》が悲鳴のような声を上げて、《蒼黎い獣》に向かって突撃する。

 

「グル」

 

 《OZミラージュ》の手が届くよりも早く、《蒼黎い獣》の腕が《OZミラージュ》の首を掴む。

 

「が――」

 

 凶悪な爪が首に喰い込み、ばきっという音が広間に響くと《OZミラージュ》の四肢が垂れ落ちる。

 そしてそのまま宙に吊るように掲げる。

 

「見ているな《OZα》」

 

 無力化された《OZミラージュ》に対してアルベリヒは語り掛ける。

 

「《OZα》並びに《OZΩ》……お前たちは今日、ここで処分する」

 

 その宣誓を合図に獣の腕に力が籠る。

 

「っ――やめなさいっ!」

 

 思わず咄嗟にエレインが叫ぶが、その叫びは虚しく広間に響き渡り――

 《蒼黎い獣》の爪が《OZミラージュ》を貫いた。

 こちらも巻き散らされたのは人の血ではなく、機械の破片。

 しかしそれでも人間を模した女の子が無残に破壊される姿にエレインたちは顔をしかめる。

 

「…………ふ……適当に見繕った素体だったが、戦術鬼の性能をここまで引き出すか……

 なかなかに良い拾いものをしたな」

 

 しかしアルベリヒはその結果に満足するように頷いて、踵を返した。

 

「行くぞ」

 

「グルル……」

 

 アルベリヒは《魔眼》で固まっているエレインたちを一瞥することなく歩き出す。

 

「待ちなさいっ!」

 

 エレインが叫ぶ。

 しかし、そんな叫びにアルベリヒの歩みは淀むことなく規則正しい足音を広間に響かせる。

 

「………………」

 

 そんなアルベリヒに従うように歩き出した《蒼黎い獣》は足を止めて、一同を振り返る。

 

「………………」

 

「何をしている? さっさと来い!」

 

 苛立ちを含んだアルベリヒの命令に、《蒼黎い獣》は止めた足を動かし――エレインたちを残してその場から去って行った。

 

 

 

 

 

 

『《OZα》並びに《OZΩ》……お前たちは今日、ここで処分する』

 

 創造主からの殺処分の宣告を人形越しに右から左へと聞き流したリルティナは油断なく、身構える。

 彼からの死刑宣告などに動揺する事などなく、むしろそれ以上にリルティナは命を危機を感じていた。

 

「貴女は……」

 

 セドリックが呆然と立ち尽くす。

 

「おいおい……まじかよ」

 

 クロウが自分の目を疑う。

 

「ふむふむ……」

 

 白銀の長い髪を靡かせた少女は物珍しそうに自分の前に立つ《OZΩ》を不躾な眼差しを向ける。

 

「弟弟子にそっくりだけど、魂の気配はない……これはいったい……?」

 

「シ、シズナ姉さん……どうしてここに?」

 

 戦闘の途中から合流したリィンが突然現れた少女に向かって問い掛ける。

 

「ん……」

 

 リィンの呼びかけに少女は振り返る。

 

「やあ、弟弟子よ。公爵に昇進? こういう時は昇爵って言うんだっけ?

 ともかくお姉ちゃんがお祝いに来て上げたよ」

 

 戦場に似つかわない呑気な声で少女――シズナ・レム・ミスルギは無邪気に手を振ってリィンの疑問に応えるのだった。

 

 

 

 

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