王国 都城 アルトリウス私室
異世界、王国王都。その城中にある賢者アルトリウスの私室。この日も弟子達への授業も終わり、今日もいつもの様にねこやの扉召喚の魔法陣を発動させ、扉からねこやに行こうとしていたアルトリウス。…その時、
コンコンッ
「む?」…ガチャリ
帯剣したエルフらしき顔立ちの男性
「やぁアル。元気?」
ドアをノックする音がし、アルトリウスが重い扉を開けると顔をのぞかせたのはエルフらしい風貌の男性。
「……」ギィィ
「ちょっと!酷いじゃないか~何も言わずいきなり閉めるなんて」
「……また面倒くさい用を抱えているんじゃろう?」
「それじゃあおいらがまるでいつも何かしら起こすトラブルメーカーみたいじゃないか」
「まるでも何もそうじゃろうが。…まぁ良い、入れ」
「ありがとう。…あ、ねこやの扉。そういえば今日もあそこ行ける日だったね。丁度良かった。おいらも行っていい?」
「嫌と言ってもついてくるじゃろう」
青年を室内に案内するアルトリウス。ねこやの扉の存在を知っている事からどうやら顔なじみなのが伺える。見た目はやや中性的な青年で髪は金髪で目は緑色。全体的に青い服とマントを羽織り、腰には立派な剣を帯剣している。椅子に座り、向かい合うアルトリウスと青年。
「ここ最近はどこで何をしておった?」
「のんびりあっち行ったりこっち行ったりしてたよ。旅はいいよ~可愛い子にも出会えるし伝説の剣聖って言ったら皆ちやほやしてくれるし、何より自由♪」
「相変わらずそうやっていつまでも家庭も作らずあちこち遊び歩きおって…。そろそろ落ち着いて身でも固めたらどうなんじゃ?アレク」
「そういうアルだって奥さんも子供もいないままじゃないか」
「子供の様に思っている弟子達なら多くおる」
「あ〜ズルいぞそんな返し。でもおいらだって別に見つけようとしてない訳じゃ無いさ。ヨミとアルとレオの雷魔法を100倍強めた様な強烈な出会いがあったら落ち着くかもね」
「やれやれ、ヨミやレオナルド達が知ったら…いや変わらぬか。アイツらもお前の事はよくわかっていたからな」
「さすが昔一緒に旅した仲間♪そういえばヨミは?元気?」
「先代が亡くなって以来、この前久しぶりにおうたが元気そうじゃったぞ」
「それは良かった」
英雄ヨミ、聖人レオナルド、大賢者アルトリウス。過去の魔族との対戦で世界を平和に導いた勇者達である彼らにはもうひとり共に旅し戦った仲間がいた。
「剣神アレクサンデル」
人間とエルフ、両方の血を持つハーフエルフである彼は剣一本で魔王クラスの魔族をいなす剣技の持ち主であり、文字通り剣神とあだ名されている。エルフの血を引いている事から魔力も相応に持っているが剣で戦うのが彼のスタイルで、その技は圧倒的な力で他魔族を蹂躙していた嘗てのライオネルをいとも簡単に倒す程である。大戦時仲間達と共に多くの貢献をした彼だったが自由を愛し、人間よりもずっと長寿のエルフである事から対戦から70年以上経った今でも気ままに風来坊じみた生活を送っている。
アレクサンデル(コロッケ)
「それにしてもあのヨミが家族を作った、なんて今だに信じられない事があるよ」
「変わった、という事じゃ。いや、先代が変えたのやもな」
嘗て…いや今も仲間であるひとりに思いをはせるふたり。最後の戦いの末、彼女は邪神の巻き添えとなってしまった。もう二度と会えない、死んだと思い込んでいた。だがその仲間が生きていた。こことは別の世界で。しかも家族を持って。何にも代えがたい喜びだった。例え生きる場所が違っても、離れていても、ずっと仲間であることは変わらない。
「まぁまぁ懐かしい話はねこや行ってからにしようよ。お腹も空いたしね♪」
「やれやれ」
そう言いつつも自分も空腹であることを思い出したアルトリウスはアレクサンデルに誘われる形で自らが呼び出した扉を開けた。
…………
~~~~♪
ワイワイがやがや…
ふたりがねこやの扉を開けると、昼頃を迎えたためか、多くの客でにぎわっていた。
「ここも久しぶりだな~」
(…カツドンの奴は来とらんな)
カツドンこと、ライオネルは以前、アレクサンデルとの戦いに敗北した事が原因で魔王の座から堕とされた。今もその恨みが彼の中にあるかはわからないが、もし出会ったらどうなるかわからないのでアルトリウスはそれを酷く気にしている。因みに、
「アルトリウスさん、アレクサンデルさん。いらっしゃいませ!」
「やぁアレッタ。久しぶり。今日も可愛いね~♪」
「あ、ありがとうございます」
言われて苦笑いを浮かべるアレッタ。見てわかる通り、アレクサンデルは結構な女性好きである。そういうところも昔から全く変わっていないのは少々不安材料である。
「いらっしゃい。アルトリウスさん、アレクサンデルさん」
「おお」
「ども」
店主に関しては随分とあっさりしている。男性には殆ど興味ないのも周知の事実である。
(メニューとお水、そしておしぼりです)
「う、うん、ありがとう」
「儂はいつもの通りで頼む」
(畏まりました)
そしてメニューと水を持ってくるのはクロに妙に控えめな対応をする彼。それもその筈。女性好きな彼だがクロがどういう存在なのかは依然来店した時に十分承知している。彼の中では決して手を出してはいけない存在。
「ほっほ、まだあれの気配には慣れんか」
「当然だよ…アルは大丈夫なの?」
「儂はもう何回も来とるからの。もう慣れたわい。まぁあれと同類か、或いはそれ以上の者がくれば流石に驚くと思うが」
「おいおい勘弁してよ、そんなポンポン出て来たらたまらないよ。でも案外アルはおいら以上に長生きするかもしれないね。…それにしても」
「ふっふっふ…」
「随分嬉しそうだねファル」
「当然よ、なんて言っても大豆を生産しているかもしれない人間の情報を掴んだんだから!これが本当なら私にもミソやトウニュウを作れる道筋が掴める。もうあの店主に好き勝手させないわ」
「店主さんはそんな気は全くないと思うけどなぁ…」
念願の情報を得て怪しい笑みを浮かべるファルダニアと「?」マークを浮かべるアリス。
「今日もスパなんたらが美味しいね♪」
「姉さんもっとゆっくり食べなって。卵焼きは逃げたりしないよ」
「だって三ヶ月振りにカルロスに会えたのが嬉しくて」
「そう言って本当は三ヶ月振りのこれを食べれたのが嬉しいんじゃないか?」
「いやいやそんな事、あ、アレッタちゃんスープおかわり~♪」
野菜やベーコンがたっぷり入った卵料理らしきものを頬張る、獣人らしき姉弟。
「おいらが来てなかった間にまた沢山女の子増えたね~。特にあのハーフエルフの子とか大人になったらもっと美人になりそうだ♪」
「本当にお前は」
「まぁいいや。早く注文しよ。アレッタちゃんコロッケね♪」
「コロッケですね!ありがとうございます。少々お待ち下さい!」
~~~~♪
アレッタが店主に注文を伝えに行った時、再び扉が開かれた…。
…………
「地球」
それは全ての生命の始まりにして、人間、動物、植物。全ての生命が生きる星。
「月」
それは地球唯一の衛星にして、古くは「陽」の太陽の対なる存在、「陰」の象徴とも言われていた星。
「異界」
それはその世界とは異なる全く別の世界。ねこやがある世界からすれば異世界食堂の客人が存在する世界が、その世界の住人からすればねこやがある世界がそう。そして博麗大結界に囲まれた幻想郷、天上人の住む天界、仙人の住む仙界、夢に潜む者達が住む夢の世界と、多くの世界が存在する。基本的にこれらの世界は繋がりがある様で行き来するのに制限があったり、結界によって阻まれたり、特別な乗り物が必要になったりと決定的なものはない。
…しかし、月にも地球にも異界にも共通して寄り添う様に存在する世界がもうひとつある。
その名を「地獄」。生前になんらかの悪を成した者、いわゆる悪人や罪人を死後処罰する場所の事を差す。嘗ての古代インド仏教時代の頃より死後の世界の神の思想はあったが、中国で道教と混淆することで閻魔大王、泰山王等の地獄の裁判官が生まれ、日本に伝わって巨大な官僚組織を伴う地獄の概念が完成した。
仏教以外にもヒンドゥー教のナラカ、イスラム教のジャハナム。北欧のヘルヘイムやマヤ神話のシバルバー等、各地によって名前を変えて数多く伝わっているが大まかの意味はどれも似た様なものである。
しかし、幻想郷で地獄とは「彼岸」を意味している。彼岸とは三途の川の向こう側の事。因みに渡る前の岸を「此岸」という。現世で死んで此岸にたどり着いた者は案内人、川を渡らせる船頭によって彼岸に運ばれる。そこはどこまでも花畑が広がっており、昼も夜も、季節もなく、ただ暖かく優しい光に包まれているだけの世界で生きた者は入る事は出来ないという。一見誰も存在できない様だが…そんな世界にも治める者はいるのである。
興奮気味のクラウンピース
「これですよご主人様!」
何やらはしゃいでいるのは水玉模様がついた紫色のとんがり帽子と青地に白い星マークと赤白のストライプの服に身を包んだ、地獄の妖精クラウンピース。何やら誰かに見つけたものを知らせている。
変ったTシャツを着た赤髪の女性
「へ~これがね~」
そんなクラウンピースの言葉を聞きながら口元に指をあてて頭に「?」マークを浮かべているのはひとりの少女。肩位までの赤い髪に赤紫色の球体を乗せた変わった帽子は被っており、首には何本もの鎖を付けた変わった首飾りを付けている。鎖の先には帽子にある様な球体が別に繋がれている。服装は上は「Welcome Hell」と書かれている肩を出した変わった形の黒Tシャツ。下は赤・青・緑の三色の短めのスカート。靴は履いていないという変わった格好をしている。
「噂には聞いていたけれど…まさかここにまで出て来るなんてね~」
「私もビックリしました!定期報告に上がろうとしてた矢先に見つかるなんて!」
「それでピース、貴女は行った事があるのよね?」
「はい。チルノやルーミアと一緒に。人間以外に何か変な連中も沢山いましたけど」
「そうなのね~。それにしても外に繋がるものがこんなに自然に現れるなんて、何かの異変?ってやつかしら~」
「霊夢の話じゃあそうかもしれないけどなんか妙に落ち着いてましたけどね」
「ふ~ん…じゃあ急に慌てる事じゃないって事ねきっと」
そう言うと赤髪の少女は手をパンッと叩いて
「それがわかったのなら悩む必要は無いわ、行きましょ!こっちにも現れてくれないかしら~ってずっと思ってたのよねぇ♪」
「ふふ、そう言うと思いましたよ。私もお供します!ご主人様!」
するとクラウンピースが手をかけたのは…猫の看板がかかった扉であった…。
…………
~~~~♪
「いらっしゃいませー!…あ、えっと確かクラウンピースさん!」
「おうアレッタ。この前はありがとな♪」
アレッタが挨拶すると厨房の奥から店主も顔を出す。
「いらっしゃい」
「おう店主!今日も美味いの食いに来てやったぞ!」
「ありがとうございます。奥の方はお連れ様ですか?」
「ああ。私のご主人様だ!」
クラウンピースの後ろで当の本人は店を見回していた。
「へ~中々素敵なお店じゃない」
「いらっしゃいませ!ようこそ洋食のねこやへ!」
「元気な挨拶ね。こちらの給仕さん?」
「はい。アレッタといいます。宜しくお願いします!」
「いらっしゃい」
「その身なり…貴方が噂に聞く、人間以外にも食事を出す店主さんね?」
「ええ。私がここの店主です」
「ならご挨拶しないとね。私はヘカーティア・ラピスラズリ。地獄の女神だけど、今日はここに来れたから幸運の女神って言ってもいいかしらん♪」
ヘカーティア。それがこの少女の名前。そして彼女こそ、先に述べた月・地球・異界に共通する地獄を司る女神である。彼女は其々の地獄に別々の身体を持っており、それによって自由に意思を行き来する事ができる。以前クラウンピースに月への牽制と地獄より幸せになれる、という理由で幻想郷に住ませようとしたが、裏で地獄に生命と自然を取り入れ、強欲と淘汰に満ちた新たな苦痛を与える地獄を作ろうと計画していた。最も実はそれは本来の目的ではなく、純粋に地獄に生命と自然を生み出したかっただけであったのだが、思いもよらぬイレギュラーが発生したため、結果前述の様な問題を起こす事になってしまった。そんな紆余曲折ありながらも今はクラウンピースは普通に地上で生活できる様になった。因みに地上にいれば地上の女神になるらしい。
「じ、じ、地獄の女神様ですか!?…でも、全然そんな怖い感じしませんけど」
「こらアレッタ!ご主人様に失礼な事言うな」
「こ~らピース。そちらの店主さんは地獄と聞いても堂々としているわね」
「はは、まぁ慣れってやつです」
「…前も思ったけどほんと霊夢なみに人間離れしてるなお前」
「アレッタちゃんだったかしら?そういう訳だから貴女も全然気にしなくていいわよん♪」
「わ、わかりました…あ!お席にどうぞ!」
そう言って店の丁度真ん中辺りのテーブルに座ったふたり。続けざまにアレッタが水とおしぼりとメニューを持ってくる。その間もヘカーティアは店を見渡す。
「ありがと〜。…ふんふん、お部屋だけじゃなくてこのテーブルセットもいい木を使ってるわね。こんな木が地獄にも生えたら良いのに」
「地獄には生えていないんですか?」
「な〜にんもないとこさ。まあそれも嫌いじゃないんだけどどうも寂しいだろ?だから私がご主人様の命令で地上を勉強してるんだ」
「頼りにしているわよんピース」
「お任せください!」
褒めるヘカーティアと張り切るクラウンピース。そんな彼女らをみる目は様々で、
サラ
「…地獄の女神、なんて聞いたから一瞬驚いたけど…あんな可愛らしい女の子がなんてちょっと信じられないわね」
アルフォンス
「そう言えばユユコ殿も冥界とやらの出、と言っていたな。人は見かけによらぬもの。ゲンソウキョウというのは随分楽しそうな世界らしいな」
アリス
「ね〜ね〜ファル!あの女の人地獄の女神様なんだって!凄いね〜!」
と、彼女の見た目が地獄と結びつきにくい者達はこんな事を言う一方、
アレクサンデル
「………」
アルトリウス
(ば、馬鹿な……そんなまさか……まさか、あ奴ら以上か…!?)
アリス
「ねぇファル?何か苦しそうだけど…お腹でも痛い?」
ファルダニア
「い、いえ…大丈夫。大丈夫よ…」
(…あり得ない…なんなの…なんなのあの女。なんて強大な魔力…!)
カルロス
「…地獄の女神様か。…確かにものすごい力を感じる。異世界の女神様も凄いね姉さん」
アデリア
「う、うん!そうだね〜物凄いね〜!あは、あはは…」
「カタカタカタカタ」(隠しつつもスプーンを持つ手がずっと震える)
魔力に長けたエルフの血を引き、他の人間より長寿で歴戦のアレクサンデル。魔法を極めたアルトリウスは凝視しつつもただ沈黙し、同じくエルフのフォルダニアやアデリアという神官の獣人はその裏酷く怯えている。彼ら魔力が他より高い面々はその姿を見て言葉を失い、大きく戸惑っている。更に、
クロ
(……)
異世界の神々の一柱であり、圧倒的な力を持つクロでさえ、ヘカーティアを遠目に見つつその表情からは緊張が消えない。それはまるで途轍もない存在を前にしている様だ。
それもその筈。地獄の女神であるヘカーティア。彼女は、
「間違いなく最強」
「幻想郷や月の都というレベルを完全に越えている」
「反則的な敵なので勝負してるという次元じゃない、彼女にとってはお遊びでしかない」
と云われる程、幻想郷きっての実力者であり、その内に強大な力を宿している。その力の大きさは本人も自覚しており、今回はねこやに行くという事で漏れ出さない様に力を抑え込んでいた為、サラやアルフォンスといった魔力をほぼ持たない人間や、ハーフエルフでも幼いアリスやカルロスと言った修業中の身である彼らはその力の本当の大きさに気付く事が叶わなかった。最もヘカーティア本人もそれを悪戯にふるう事はせず、先にも述べたように自由に暮らす事を第一としている。
「さてさて何を頂こうかしらね〜。ピースは何食べたの?」
「私は…このスコッチエッグというのを食べました!」
「成程ね〜じゃあ私も…あら?」
とその時、ヘカーティアの目に止まったのはつい今しがた、クロが運んできたアレクサンデルのコロッケ。
「ねえ、そちらのお兄さん、ちょっと聞いてもいいかしら?」
「え!?う、うん。な、何かな?」
「そちらのお料理は何っていうの?」
「え、こ、これかい?これはコロッケっていう食べ物だよ」
「コロッケ…変わった名前ね。美味しいの?」
「う、うん。とても美味しいと思うな〜」
急に話しかけられた事に大変吃驚しつつも冷や汗を浮かべつつなんとか笑顔で返答するアレクサンデル。当のヘカーティアは気付かない様だ。するとアレッタが、
「コロッケでしたらこちらもオススメですよ!りにゅーある?らしいです」
「…「カニクリームコロッケ」?カニってあのカニの事かしら?それのクリーム?どんなのか想像つかないわね」
「私も見ただけなんですが、白くて温かくてとても美味しそうです!」
「ふ~ん…アレッタがそこまで言うなら試してみようかしらん♪」
「じゃあ私はそっちの奴と同じコロッケってやつにするぞ。そしたら別々のが一緒に食べれるしな♪」
「あら冴えてるじゃないピース♪という訳でそれでお願いするわ」
「畏まりました!少々お待ちください!」
再びアレッタは店主に伝えに向かうのであった。
「ありがと。おかげで助かったわ♪」
「いえいえどういたしまして…あはは…」
すると何を思ったか、アレクサンデルがこんな事を言い出す。
「あの〜…随分変わった服着てるんだね」
言った瞬間、ヘカーティアの目が光った気がした。
「気づいてくれたのね!だ〜れもこの服の事言わないからこっちでも受け入れられてないのかと思ったわ!素敵な服でしょ?私のお気に入りなのよん♪」
「う、うん…いいんじゃないかな」
「そうよね?そう思うわよね?君見所あるわ〜♪それに比べて霊夢ったらこの服の良さがわからないんだからホントに。帰ったら皆に自慢しなくちゃ♪私のセンスは間違っていないって事!」
ますますテンションが上がるヘカーティア。どうやらヘカーティアは自分のこの格好、特にTシャツにこだわりがあるらしい。それを褒められた事でとても上機嫌になっているが生憎のアレクサンデルは冷や汗流しながら終始困り顔であった。まだまだしゃべり足りない様だがここで声を出したのは意外にもクロであった。
(お待たせ致しました。ロースカツとコロッケになります)
「おおありがとう!いや〜今日も美味そうだなぁ。お腹ペコペコだったからなぁ」
「こらお前。ご主人様がまだ話して」
「いいのよピース。お食事の邪魔したら悪いわ。ありがとうね〜♪」
アレクサンデルからクラウンピースへと話の対象が変わり、自然と話は途切れたのだった。
(…お前も勇気あるの〜)
(…あれは…絶対に関わってはいけないものだ…。特に服に…)
(敵意が無いのがせめてもの救いじゃろうか…。我らには静観する他あるまい…)
(今回ばかりはあの黒い子に感謝しないといけないな…)
そんな事を思いながら来たばかりの気持ちがすっかり落ち気味のふたりであった。
……店主調理中……
…………
「お待たせしました!コロッケとカニクリームコロッケです!」
アレッタがふたつのプレートを運んできた。
ひとつはアレクサンデルが頼んだものと同じコロッケというもの。薄茶色に揚げられた楕円形のコロッケふたつ。脇にはサラダとプチトマトが添えられている。別の小皿に黒色のソースがある。
一方カニクリームコロッケは俵型に形づけられたものがふたつ、それが赤色のソースの上に半分ほど乗っかる様に置かれている。サラダとプチトマトも同じく添えられている。
セットのパン、スープも一緒に運ばれてきた。
「パンとスープはおかわり自由ですのでお気軽に仰ってください」
「好きなだけおかわりできるなんて贅沢ね。ありがとう♪」
「いえいえ。それではごゆっくりどうぞ」
「それじゃあいただきましょうか」
「見た目は前に私が食べたスコッチエッグってやつに似てるんだな」
「貴女から食べて良いわよピース。感想聞かせてちょうだいな」
「いいんですか?じゃあいただきます!」
言われてクラウンピースはナイフとフォークを取る。ひとつのコロッケにナイフを入れるとサクッという感触。切れ目からほんのり湯気が浮かび、断面からジャガイモの薄い黄色と黒い粒々、細かいミンチ肉が覗く。
「これは…ジャガイモかな?あとこの黒い粒はお肉?」
言いながら一口運ぶクラウンピース。サクサクとした衣の歯ごたえの次に来るのはしっかりすり潰しているのがわかるジャガイモ。そして強いミンチ肉の味。それだけでなく肉を炒める時に使っているらしい胡椒と牛酪の香りが鼻に抜け、塩気だけでなく強めの甘さも感じる。肉にしっかり味付けする事で淡泊なジャガイモの風味を良くしているらしい。
「スコッチエッグも美味しかったけどこれも美味しいな♪…この黒いの付けたらもっと美味しいのかな?」
「ちょっと味見させてもらえる?」
パンとスープを楽しんでいたヘカーティアがちょっとだけソースを味見してみると口の中にほのかな酸味、塩気、辛味、甘みが広がる。
「色々な味わいがして複雑な感じがするわね」
そんな感想を聞きつつ、コロッケの一切れに少しだけそれをかけ、食べてみるとソースがジャガイモと肉と纏まり、味わいを高める。ソース自体が濃い味なのにジャガイモや肉の味わいも消えていない。
「これは絶対付けた方が美味しいです!」
「へ〜そうなのね。じゃ、私も」
我慢の限界か、自らのカニクリームコロッケとやらに取り掛かる事にするヘカーティア。同じくナイフを入れるとサクサクとした感触の後にこちらはジャガイモではなく白い断面が見え、更にたっぷりのカニの身が覗く。
「あら、こちらは白いのね。あとこれはカニの身ね。沢山入ってて贅沢だわ♪どれどれ」
一口サイズに切ったそれを口に運ぶと、実に滑らかな舌触りでかつ乳をたっぷり使っているのがわかるクリーミーな風味が広がる。そのすぐ後に中をたっぷり満たしているカニ。河のそれではなく海のそれは噛むとほんの少しの塩気とカニ独特の強い香りが口の中を満たしていく。噛めば噛むほど味わいが豊かになり、白いそれと絡まってより旨味が強くなる。
「う〜ん美味しいわねコレ♪カニも美味しいけどこのトロ〜ってしてる白いのがカニの美味しさを全部吸ってくれてるわ。このサクサクの衣もこの味を閉じ込めているのね。次は…」
今度はコロッケの下にある赤色のソースを多めにつけて食べてみる。こちらは黒いソースと違い塩気は薄く、使われているらしい野菜の酸味と甘みが強い。それがカニクリームコロッケの味わいを消す事なく纏まる。カニと白いクリームとの相性が実に良い。
「こちらもこのソースを沢山付けた方が美味しいわね♪そのままでも美味しいけど一緒に食べるとより味わい深くなるわ。…ピース何してるの?」
「こうして一緒に食べるとどうかなと思いまして」
パンにほんの少し切れ目を入れてそこにコロッケとソースを挟んで食べるクラウンピース。
「うん美味しい!特にパンとこのソースが合う♪」
ヘカーティアもパンをちぎり、自分のソース(トマトソース)につけて食べる。
「ほんとね。とても美味しいわ」
「アレッタパンおかわりくれ〜!」
「はーいただいまー!」
「貴方が教えてくれたおかげでこんな美味しいもの食べられ……てあら、アレッタちゃん、お隣の方は?」
「アレクサンデルさんとアルトリウスさんなら急ぎで帰られましたよ?」
本当はヘカーティアの力に圧され、食事を終えると同時に直ぐに出ていったのだが…そんな事当の本人は知る必要も無く、気楽に食事を楽しむのだった
……少女食事中……
…………
都内 墓地
その頃、ねこやで食事を済ませて逃げる様に帰って来た当のアレクサンデルはこんな場所を歩いていた。
「いやいやまさか…あのクロって子以外にあんな女の子に出会ってしまうなんてなぁ。新しいお客の女の子を見に行くつもりが…とんでもない大物に出会っちゃった。まぁ顔は可愛かったけど」
どうやらヘカーティアとの衝撃的な出会いが尾を引いているらしかった。
「アルに雷魔法100倍なんて言っちゃったけど、あれは100倍どころか別の意味で1,000も10,000も上かも。……でも」
そう言いながらふたつの大きな墓石のひとつの前で止まる。そのひとつの墓石にはこう書かれている。
<余に父はいない。我が母アーデルハイドこそが余にとってはただ1人の親である>
「よ、またコロッケ食って来たぞ。まぁ、それどころじゃなかったんだけどな…」
苦笑いしつつその墓に彼は花を手向け、祈りをささげると次にその隣の墓石の前に移動し、
「魔法以上の衝撃でも、やっぱり君に会った程ではなかったなぁ…」
寂しそうな表情でそう言うのだった。
…………
その日の夜、再びねこやにて…
「…来たぞ、店主」
「いらっしゃいませ。今日のご注文は?」
「やれやれ、あいも変わらず同じ事を。ビーフシチューをいつものように。ああ、あとワインを頼む」
「はいよ。少々お待ちを」
早速準備にかかる店主。クロがワインを既に用意していた。赤がグラスに注ぎ、クロに念話で話しかける。
(昼の刻は大事無かったか)
(…気づいていたの?)
(当然だ。お主とは年季が違う。それに…あれ程の力、扉越しでも伝わって当然。…ゲンソウキョウとやらはあの様な存在もおるのか…)
(物凄い力を感じた…。もしかすると嘗て私達が滅した永遠の混沌も…アレひとりで滅ぼせるかも…)
(…相手にはしたくないな…)
(…けれど)
…………
「今日も美味かったぞ店主♪」
「ええホントに♪また食べに来てもいいかしらん?」
「ありがとうございます、是非またお越しください」
「アレッタちゃんもありがとうね。あとそちらの方も」
「ありがとうございます!」
(…ありがとうございました)
するとクロにヘカーティアが言った。
「貴女ならきっと大丈夫だわね。守ってあげてね♪」
「…!」
「へ?」
「さぁさぁ帰りましょうか。映姫ちゃん達におみやげ渡してあげなくちゃ♪」
「はい!」
驚くクロと何がなんだかわからないアレッタを後ろに、ふたりの少女は扉を開けた。
…………
(…大丈夫だと思う。…アレは少なくとも)
(…そうか。最も賢いお主が言うならそうなのだろうな。気苦労するな)
(…平気。チキンカレー食べたいし)
(!…ふふ、そうだな。ビーフシチューが奪われたらたまらん)
異世界食堂の守護者も好物があれば頑張れるのであった。
果たして自分と地獄の女神と出会うのはいつの日か、少なくともそう遠くはなさそうである事を予想しつつ、今日もビーフシチューを楽しみに待つ赤であった。
メニュー46
「ブリが繋ぐ縁」
皆さんこんにちは、Storybladeです。
大変お待たせ致しました。徐々ではありますが執筆時間がとれてきていますので、ゆっくり再開していきます。宜しくお願いします。