思うところはあるけれど、でも。
仕方がないから、仕方ない。
そんな狭間のお話を。
どうしようもない事だ、とは思う。
そもそも俺は何か言える立場じゃない、そんな間柄じゃない。
でも、それでも。俺は、やっぱり。
「――寂しい、な」
隣に聞こえないように小声で呟きながら、ベッドに踞る。
もうじき千夏先輩が、いなくなる。それが心の底から、寂しくて仕方がない。
ほんの一ヶ月、それだけなのに。まるで今生の別れみたいに思えてしまう。
らしくない、本当にらしくない。
こんなのは、俺らしくなさすぎる。
少しずつ、距離が縮まっていると思っていた。
あの日海に行って――一晩一緒に過ごしてから、俺たちの間にあった蟠りはだんだん消えつつあったと思う。
インターハイの少し前、先輩と俺の間に引かれた線。それは俺たちの関係を、180度変えた。近付くのは良くないこと、必要以上に関わっていけない。絶対に越えてはいけない、ボーダーライン。それが無くなって、俺たちはまた180度変わったんだろう。まるで家族のように笑いあい、近くにいられるようになっていた。
それでも、まだ先輩に思いは告げられないけど。雛に告白されてどうして良いか分からなくなって、ようやく気付いたから。こんなに大変な状況を、先輩に押し付けるわけにはいかない。好きになって貰うって、大変だ。
とは言えこんな事になるなら、いっそ告白してしまえば良かったんじゃないだろうか。
千夏先輩は来週の日曜、向こうに移る。荷物の大部分はこっちに残していくし、マンスリーマンションの契約から行っても期間が延びることはないだろう。
すぐに戻ってくる、そんなのは分かっている。
分かっているけど――。
千夏先輩の表情は、やっぱり読めない。
同居を一時解消するという話が先輩のお母さんから出たときも、千夏先輩の顔は強張ったりしていなかった。……と思う。
既に話は母娘の間で終わっていて、あの場ではそれを披露しただけだったのかもしれない。家族の一大事を前にして、些事に拘る必要もない。何を差し置いても、家族を守るべきだろう。
だけど、それでも。俺は千夏先輩に、抵抗の意思を示して欲しかった。大喜くんと一緒にいたい、と言って欲しかった。有り得ないけど、俺はそう願ってしまう。
千夏先輩が、好きだから。
ずっと一緒にいたい、死に水取って欲しい、同じ墓に入りたい。生まれ変わっても側にいたい。
勝手にそう思っておいて、向こうにもそうあって欲しいと言うんだから俺も相当だな。
こうやって近くにいることさえ、半年前には想像も出来なかったのに。
隣室からは物音さえしない、先輩は今ごろ覚めてか寝てか。思い出してか忘れてか。同居が始まってからいろんな事があったけど、その度に俺は千夏先輩を好きになっていった。
千夏先輩は俺を、どう思っているんだろう。知りたい、でも怖い。先輩にとって俺は、俺は――。
もし俺が今、告白したなら。先輩はきっと、少し困った顔をして。言葉を選んで優しく諭してくれるだろう、俺を傷付けないように。そういう事は私じゃなくて蝶野さんに言ってあげなさい、と。
それは俺にとって最悪の展開で、でも多分一番あり得る結末。
そうなりたくないから、足掻かなければならない。
――ああ、もう。こんな事ばかり考えてしまう。
「ダメだな、これは」
辛気臭い顔してたら、それこそ先輩に愛想を尽かされる。
悩まなくたって学校に行けば毎日先輩と逢える筈だ、朝練にも変わらず来るだろうし。同居バレを気にせず近くにいられるようになるんだから、悪い事ばかりじゃないかもしれない。
そうだ、俺は最近ちょっと調子に乗りすぎていた。先輩と一緒、が当たり前になりつつあった。
ここらで気を引き閉める為にも、少しだけ距離を置くのも良いだろう。
別に俺を嫌いになったから出ていく訳じゃない、大丈夫大丈夫。
元々呑気な性格を自認している俺だ、一旦明るく考え出すとどんどん気は楽になる。
そうだそうだ、大丈夫だ。学校だけじゃなく、向こうまで逢いに行くことも出来るんだから。
俺たちはきっと、大丈夫。
そう信じ俺は改めて、ベッドに横たわった。
幸せな夢を見るために。明日また、千夏先輩に逢うために。
――お休みなさい。