「ああ! 今後ともよろしく、芙瑶………」
そう新しく仲間になった機械種セイオウボ、個体名『
その名を呼びながら、新たな決意を、
いなくなってしまった彼女へと誓った………
その時、
ふと、背後に違和感を覚えた。
何か巨大なモノがいきなり出現し、
あたりの空気を押しのけたような風圧を感じた。
『何事か?』と思わず、振り返ってみると……、
シュンッ!
そこには何もなかった。
激戦が繰り返された大ホールに変化はない。
所々、床が傷つき、破損している戦場跡は見られるが……、それだけ。
「あれ?」
「どうしましたか、旦那様?」
俺が突然背後を振り返り、訝し気な表情をしているのを見て、
芙瑶が不思議そうな顔で尋ねてくる。
「いや………、何か出てきたような………、でも………、う~ん………、気のせいか?」
上手く説明できずに、口をモゴモゴ。
しかし、芙瑶は俺が何を言いたいのか悟った様子でニコリと微笑み、
「いいえ、気のせいではございません。先ほど、そちらに宝箱が出現しましたので、妾の異空間に収納いたしました」
「た、宝箱が出た!?」
「はい」
目を真ん丸に見開いて驚く俺に、
お淑やかに微笑みながら返事をする芙瑶。
何もない所から宝箱が出現することにも驚きだが、
出てきた宝箱をどうやって一瞬に収納できたのか?
ついさっき従属契約を結んだ所だが、
流石に俄かには信じられない現象。
「…………白兎?」
チラリと足元に佇む白兎へと視線を向けてその名を呼ぶ。
すると、すぐさま耳をパタパタ、俺の意を汲んで回答。
パタパタ
『確かに宝箱が出てきたみたいだね。瞬時に消えたから、その詳細までは確認できなかったけれど』
「そうか…………、でも、何でこのタイミング? ………もしかして、これは芙瑶………、朱妃、機械種セイオウボをブルーオーダーしたことが切っ掛けか?」
フルフル
『多分そうだね。朱妃を倒したと見做されて、ご褒美が出てきたって所かな』
「本当にゲームみたいだな………」
敵を倒してお宝が手に入るのはゲームでの常識。
金や宝石、剣や盾などの武具、薬やマジックアイテムまで様々。
だが、現実にその現象を当てはめようすると矛盾が発生。
敵はどこにそんな『お宝』を持っていたのか、と。
怪物を倒して牙や毛皮、骨などを入手するのは分かりやすい。
敵が装備していた武具を剥ぐのも同様。
この世界の、倒した機械種の晶石を入手できるのもそれに当たる。
しかし、好んで宝箱を抱えて戦闘を行う者などいるわけがない。
財宝を持ったまま逃亡中という理由でもなければ。
お宝なんて、降って湧いてくるはずもないのだから。
けれど、この世界では敵……レッドオーダーを倒すと、
どこからともなく宝箱が現れることがあるらしい。
地下3階にて機械種コボルトを倒して出てきたみたいに。
一体いかなる理由によるものか?
一体どのような手段で現れるのか?
そういった疑問を制作者に問い詰めてみたい所ではあるのだが……
「まあ、それはそれとして、お宝はありがたい。では、芙瑶。収納してもらった所を悪いが、宝箱を出してくれ。実際にこの目で見てみたい」
折角手に入れることができたお宝だ。
しかも、最高位の朱妃を倒したのだから、中身も最高級に違いない。
芙瑶が気を利かせて宝箱を収納してくれたようだが、
お宝を早くこの目で見て触ってみたいという気持ちは抑えられない。
「申し訳ありません、旦那様。それはできかねます」
しかし、芙瑶はほんの僅かだけ眉毛の端を下げ、
申し訳なさそうな表情で俺の要求を拒否。
「悠長に宝箱を検分している時間はございません。新たに生まれた紅姫がそろそろ目覚めます。早くここから脱出しませんと、一戦、矛を交えることとなってしまいます」
「げっ! ………マジか?」
「はい………、倒してしまってもよろしいのであれば、迎撃の準備を整えますが?」
芙瑶の声に焦りも気負いも感じられない。
朱妃の位にあった芙瑶にとっては、生まれたばかりの紅姫など、取るに足らない相手でしかない模様。
俺にしても、すでに朱妃を攻略した身。
その一段下の紅姫に今さら負けるつもりもない。
倒した上、芙瑶のように従属させるという手もある。
紅『姫』というからには、外見は美しい『姫』であろう。
20代の美女に見える芙瑶を手に入れたのだから、
今度は10代見える美少女型を傍に侍らせたいとも思わなくもない。
けれど、それを口に出すのは流石に憚れる。
それに、消えてしまった機械種セイオウボさんのこともある。
心情的に、当面の間、『美少女だ!ハーレムだ!』と騒ぐ気分にもなれない。
「それに、そもそも、倒すわけにはいかないんだよな~……」
白兎の弁を借りるのであれば、このダンジョンは街のスラムの貴重な収入源。
新しくダンジョンマスターとなった紅姫を倒してしまえば、ダンジョンの消滅につながり、貴重な収入源を失ったスラムに住む人間達が困窮するという。
さらに、今までダンジョンが踏破された例は無いらしく、
史上初のダンジョン踏破がなされたのなら、世界中が大騒ぎになるのは確実。
俺が名乗り出ずとも、この街には踏破者を探す者達が溢れかえることとなるだろう。
万が一、俺の仕業だとバレてしまえば、もう平穏な日常には戻れなくなる。
英雄として祭り上げられるか、異常者として追われるかの二択。
どう考えても俺は英雄の器ではない。
手放しの賞賛を受け、数限りない喝采を浴び、
世界中の人間から期待を寄せられるのは苦痛でしかない。
で、あるなら、ここは逃亡の一択であろう。
「さっさと逃げるぞ、白兎、芙瑶」
ピコピコ!
『は~い!』
「承知いたしましたわ、旦那様」
俺の号令に元気良く返事をする白兎と芙瑶。
「では、妾が道を作りましょう」
そして、芙瑶が一歩前に出てきて、両手を前に。
目を瞑り、手の平を翳して集中。
すると、芙瑶の前に2m程の高さの大鏡のような楕円が出現。
楕円の中はアルミホイルを思わせる滑らかな銀色の光が漂う。
「これは転移門になります。ここをくぐれば、地上までは一瞬です……、ただし、座標がありませんので、出現位置はかなり曖昧になります。事故を避ける為、上空数百mの高さの所を出口としておりますが、妾が飛べますので問題ございません。お二方を無事地上に下ろすくらいは造作もありません」
青く輝く目に自らの能力を誇る光を見せ、
作り出したばかりの鏡のような現象について説明。
「ワープゲートか! ソレは凄え!」
俺の口から喝采が飛び出す。
それくらいに芙瑶が見せた能力は破格。
空間と空間を繋ぐ穴。
SFではお馴染みの移動手段。
ファンタジーでも魔法的に設定されていることも多く、
離れた所を一瞬で移動できる便利さは何ものにも代えがたい。
フリフリ
『ねえ、芙瑶さん。いきなり空中だと、誰かに見られるかもしれないから、地下2、3階の所にしよう?』
「え? ラビットが話した? ……………いえ、先ほども申し上げた通り、座標がありませんので……」
突然、白兎に話しかけられ、一瞬戸惑った様子を見せた芙瑶。
それでも、すぐに立ち直って、丁寧な言葉遣いで返答。
パタパタ!
『座標なら僕が渡すよ! …………はい、どうぞ!』
「…………!!! ラビットなのに、この高精度は一体? ………いえ、失礼しました。これならば調整できます」
白兎と芙瑶のやり取り。
機械種の格からすれば、相当な差があるはずだが、芙瑶の態度は謙虚なモノ。
レッドオーダーであった時もそうだったから、
おそらく彼女の性格なのであろう。
白兎と芙瑶。
俺の大事な仲間第一号と二号。
仲良くやってくれることが一番。
これから長い時を一緒に過ごすはずなのだから。
「………その転移門を使えば、いつでもこの最下層に来ることができるんじゃないか?」
ふと思いついた『転移門』の使い道。
このダンジョンの最下層に来られたのも、あの縦穴があったから。
しかし、あの縦穴は新しいダンジョンマスターによって、塞がれる可能性があるという。
だが、芙瑶の転移門があれば、容易くこの最下層に直行可能。
いつでも新しく生まれた紅姫に挑戦することができる……
けれども、そんな上手い話はなかなか転がっていないようで、
「残念ながら、ここと地上をつなぐことができるのも、ダンジョンマスターが不在となって、『赤の威令』が極度に薄まっているこの瞬間だからこそです。新しい紅姫が目覚めれば、もう不可能でしょう」
「そうか~………、流石にそんなに簡単にはいかないなあ~」
やはり現実はそんなもの。
そう簡単に楽はさせてもらえない模様。
「旦那様、お早く。あまり時間が残っていません」
「ああ、分かった……」
「妾が先導致します。どうぞ、こちらへ……」
柔らかい手が俺の手を掴み、
銀色の鏡の中へと誘い、
白兎が後ろから追従。
芙瑶に手を引かれ、銀色の光の中へ踏み込む。
視界が反転。
足元が一瞬消え、
身体が空間そのものへ吸い込まれる感覚。
ここから移動する………
もう二度とここには来られないかもしれないと思った一瞬、
何かに引かれるような気持ちとなり、後ろを振り返った。
視線の先に映る銀の楕円越しの光景。
四百年間彼女を閉じ込めていた大ホール。
いるはずの無い彼女が、その場にいて、
優しい笑顔のまま、こちらに手を振っている姿が見えたような気がした。
思わず、ハッと手を伸ばそうとして………
結局、その手は届くことなく、
彼女の姿は、閉じていく銀色の光の向こうへ消えていった。
こうして俺達は、ダンジョン最下層からの脱出を果たした。