白き英雄譚   作:ラトソル

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18階層(いつも通りの地獄絵図)

 死と隣り合わせが常なダンジョンにおいて、楽園という呼び名を与えられている18階層。

 

 冒険者の街で賑わう楽園は現在、阿鼻叫喚に包まれていた。

 

「盾構えろぉ!!! 詠唱まだか!?」

 

「今やってる!!」

 

「ミノタウロスが抜けてったぞ!? 対処に当たれよ!!」

 

 モンスターが湧かず、上の17階層と繋がる通路の先は階層主であるゴライアスが守護しているために上下からのモンスターの侵攻も稀である休息地帯。

 

 地上の太陽のような光を再現していた結晶は今や砕け、赤く染った階層にはモンスターが溢れかえり、上へ繋がる通路は瓦礫により塞がれていた。

 

 腐っても、この階層にたどり着けるレベルの冒険者。

 ミノタウロスの大群でも、軍を成せば対処は可能なはずだった。

 

 ただ、彼らを追い詰める要因として君臨する……漆黒の王。

 

(────強い)

 

 駆ける。

 

 ヘルメスの依頼を受け、とある冒険者パーティーの捜索に参加した【疾風】リュー・リオンは、楽園の中央に位置する漆黒のゴライアスの対処に疾走(はし)り、攪乱を行う。

 

 イレギュラーが起きて数分。

 混乱が収まらない現状で、経験則に基づいた分析をするリューは最も脅威であるゴライアスのポテンシャルを判断する。

 

(本来のゴライアスのポテンシャルはLv4。しかし、この漆黒の強化種……間違いなくそれ以上。Lv6に届いている)

 

 巨体にそぐわない敏捷性能。それに伴う暴風から計算された腕力。

 そして、数秒のチャージにより放たれる咆哮(ハウル)の威力は、直撃を受ければ致命傷は避けられないものであると断定。ヒットアンドアウェイに徹し、盤面が整うまで待つことを決める。

 

(アンドロメダとの攪乱により凌げてはいるが、こちらが不利な現状に変化は無い。皮膚が硬すぎてこちらの攻撃は一切効かない。私の魔法も恐らく無傷で凌ぐだろう)

 

 推定Lv6の階層主相手に、主戦力といえばリューとアスフィの二人のLv4。

 それ以下となれば、Lv3ですら数名、その他はLv2、Lv1が殆どだろう。

 

 絶望的と言っていいこの状況。

 

(ヴェルフ・クロッゾ……クロッゾの魔剣であれば、或いは……)

 

 捜索対象のパーティーの内の一人の青年の顔を思い浮かべる。

 その男の姿を探す程の余裕はなく、ただ望み薄ながらの可能性に掛けるばかり。

 

『────グォォォオオオオオオオオッッッ!!!』

 

「「ッ!!」」

 

 自身の周りを動き回る虫に苛立ちを見せるかのように、ゴライアスは雄叫びを上げる。

 

 猛牛型モンスターの特徴である咆哮(ハウル)に近い現象。

 圧倒的な声量と、強者として君臨する死の象徴としての存在感によって、Lv4の冒険者であっても硬直を免れない効果を発揮する。

 

「が……あ……ッ」

 

「くっ……うご、け……」

 

 タラリアによる空中浮遊を有するアスフィとは違い、ゴライアスの身体を走り駆け上がっていたリューは硬直により宙へと身を乗り出し、自由落下を始めた。

 

 ゴライアスの右側に位置する空中。

 完全無防備を晒すリューは、ゴライアスから向けられた黒い視線を受けて己の死を予感する。

 

(まずい────)

 

 無造作に振るわれる巨腕。

 巨塔がそのまま投げつけられるかのような錯覚を覚えるほどに、その腕は人間のサイズを大幅に超えた、必中の範囲。

 

 脳裏に駆け巡る今までの経験。冒険者としての矜恃と経験が、この局面を生き残るための手段を検索し、その全てが破棄されていく中で死へと誘う腕は近づいてくるばかり。

 

「り、おん……ッ!!」

 

 見開かれる瞳。決して視線は逸らさず、動かない体を動かそうと意味の無い抵抗を始める。

 

「見てられないな」

 

 瞬間、感じたのは自身の身体へと打ち付けられた棒のようなものと、手加減のない薙ぎにより骨が僅かに軋む痛み。

 

 ぐっ、と口から漏れだした声。打ち上げられた身体はゴライアスの巨腕が捉える範囲外へと出て、真下を通過した腕から巻き起こる暴風により小さな身体が暴れ回る。

 

「硬っ!? お前本当にゴライアスか!?」

 

 キンッ、という金属音が聞こえ、リューは痛みに悶える身体が硬直から解き放たれたために目を開き状況確認を行う。

 リューが着けているマントとの接続部分に何者かの槍が突き刺さり、真横から聞き馴染みの無い幼い声が聞こえてきたためにそちらを向き、目を見開く。

 

「な────【炎金の四戦士(ブリンガル)】!?」

 

「一々叫ぶな。煩い。さっさと構えろ、【疾風】」

 

 槍を携え、バイザーで目元を隠す小人族の少年。

 フレイヤ・ファミリア所属、Lv5。【炎金の四戦士】、ガリバー兄弟の長男、アルフリッグ。

 

「何故、お前が……」

 

「助太刀に来てやったのにその態度か。ますます我が王に相応しくな────お前今出てくんなよっ! 今俺の時間だろ!? 大人しく寝てなさい!!」

 

「リオンッ……なっ、ガリバー兄弟の……!?」

 

「もうそれ聞いた。ほら、あいつに気を使って触らないように支えてやってるんだ。さっさと自分で立ってくれないか?」

 

「ッ……感謝します」

 

 アルフリッグはリューを釣るように刺していた槍を引き、リューとアスフィを含めた三人は一度地上へと舞い落ちる。即座に同時に駆け出し、ゴライアスの対処を再開。

 

「フレイヤ・ファミリアがダンジョンに入ったという情報は聞きませんでしたが」

 

「僕だけだ。過度な期待はやめてくれ。それに、これは神命じゃなくて僕の独断だ」

 

「Lv5が加わるのは正直かなり有難いですが。見返りが怖いというのが正直なところですね!」

 

「だから独断だって言ってるだろ。見返りなんて必要無い。僕があれと戦ってみたいと思っただけだ。アルが雑魚処理を終える前に僕らで片付けたいところだけどね」

 

「アルがここに!?」

 

「その件については後……でっ!!」

 

【炎金の四戦士】はアルフリッグの二つ名であるものの、彼だけのものではない。

 グレーン、ドヴァリン、ベーリング……アルフリッグを含めた四人を合わせてひとつの二つ名を拝命した数少ない事例。

 

 個々のランクはLv5。それだけでもオラリオ有数の第一級冒険者であるものの、彼等の強さの本懐は四人集まっての無限の連携にある。

 

 四人が集まれば格上を倒しうる……逆に言えば、1VS1のシチュエーションこそ、彼等四兄弟の弱点となっていた。

 互いが互いの死角を補うという戦い方に慣れているがゆえの弊害。それを彼らは自覚していながら、しかし四人の連携が瓦解することはなかった。

 

 その定説を。

 

「鬱陶しい。倒れてろ」

 

 ────アルフリッグは、真っ向から捩じ伏せる。

 

 何度目かも分からない、ゴライアスの薙ぎ払い。

 

 大振りだが、範囲と速度を省みて脅威と判定されるその攻撃に対して、アルフリッグは槍を添えるように構えて小さな身体を空へと跳ねあげる。

 自分の身体が幾つも収まりそうな大口をあげて構えるゴライアスの正面へと飛び上がったアルフリッグは、グッと槍を構えると、彼の持つ槍が淡く輝き始めた。

 

 軽く息を吐きながら、彼が行ったのは投擲。

 鋭利な槍は真っ直ぐにゴライアスの額辺りへと向かい、突き刺さることなくゴライアスの巨体を吹き飛ばした。

 

「「ッ」」

 

 驚愕の声を上げることをグッとこらえ、リューとアスフィは遂に訪れた大きな隙を逃すまいと最大の一撃を放つ。

 

「【星屑の光を宿し、敵を討て】────【ルミノス・ウィンド】!!!」

 

「ありったけですッ!!」

 

 階層を砕きかねない巨体が背中から倒れていく。

 地震など生温いとばかりの地響き。生い茂る木々が一様にざわめき始め、大地が僅かに陥没した。

 

 呻き声を上げながら倒れたゴライアスの頭部、両側面から、片や星の輝きを、片やオリジナルの爆撃を放つ。

 

『グ……ォォォオオオオオ!!!』

 

 至近距離からの魔法と爆撃。

 超高硬度を誇る漆黒の肌を焼き焦がし、血肉が現れる。

 

 しかし、この巨人は漆黒種。

 

((自己再生ッ!?))

 

 僅かに抉った頬が、瞼が、瞬きの間に再生される。

 本来のゴライアスには備わっていないはずの再生能力。

 未知を見せつけられた冒険者は、僅かな絶望を感じながらも即座に判断を下し行動を始める。

 

「まだ寝てろよ」

 

 起き上がろうと、顔を上げたゴライアスの額へとアルフリッグは直接槍を突き刺した。

 

 小人族といえど、Lv5。

 フレイヤ・ファミリア幹部たる所以、その膂力はゴライアスの頭蓋を容易く貫いた。

 

(もう再生を始めるのか)

 

 吹き出す体液が装備を濡らし、引き抜こうとした槍はガッチリと固定されてビクともしない。

 

 突き刺さり、体内に侵入した槍の矛先を、超速自己再生により一体化。

 複雑に絡まる肉が槍の引き抜きを阻害した。

 

 ────ダンジョンに轟く、神の雷。

 

『ガ、ゴ……オォオオオオオオオ!?』

 

 ゴライアスの頭部に立つアルフリッグには目もくれず、突如飛来した雷霆は世界を破壊する轟音と共にゴライアスへ、詳細に言えば、突き刺さった槍の根元へと落ちた。

 

 槍自体に破損は無く、その刺さった傷口が焼き溶け、アルフリッグは槍を引き抜き即座に撤退。

 雷はゴライアスの全身を駆け巡り、痙攣したかのように指や足が伸び、ピクピクと暴れ回る。

 

「あれは……アルの魔法!」

 

「相変わらず出鱈目な……ッ」

 

 雷霆の勢いは収まらず。

 味方を避け、敵だけを穿つ、古代より継承された英雄の雷。

 

 英雄の支援を受けた三名は、確実に弱体化したゴライアスへと戦闘を再開した。

 

「…………」

 

 主戦場であるゴライアス、その周りから湧き出すモンスター達を相手取る冒険者達。

 

 その様子を、空に浮かび見下ろしている白き英雄。

 

「ゴライアスに注がれたリソースが大きい……僕が59階層で見つかったからか。ダンジョンもかなり苛立ってるのかもしれないな」

 

 時々、モンスターに殺されかけた冒険者へとジュピターの雷を放ち、支援しているもののそれは最低限。

 

 数十年前にかつての最強の両翼から託され、古代において思い知ったからこその、ベルが与える試練。

 

「正直、詳細は覚えていないけれど、アルフリッグさんがいることとゴライアスのポテンシャルを除けば前と似たようなものかな」

 

 神威を示したヘスティア、そしてヘルメスの二柱から漏れ出る神の気配に紛れるように、ベルはダンジョンからの探知から隠れていた。

 

(見間違えじゃなかったら、30階層にいたのはオッタルさん。ということは、次にあの人が地上に帰還した時には、間違いなく────)

 

 さらに高みへと歩みを見せた冒険者の姿を思い出し、口角を上げる。

 

 近いうちに訪れる、オラリオ最強の更なる進化を想像しつつ、しかしその瞬間には立ち会えないだろうと今の己の状態を把握していた。

 

(もう少しで解けるな……次に思い出すのが、その時であることを願うばかりだけど)

 

 戦局を見下ろす。

 懐かしい、本当に懐かしい気配。そして、古代においてもそばに居てくれた人達と同じ魂を知覚して、ベルは彼等の現状を見る。

 

「────キミ次第だよ。ベル・クラネル」

 

 右往左往し、自分の役割をまだ自覚していない純白の魂。

 自身の出生を呪い、しかし仲間との天秤に苦悩する銕が。

 

 ベルは導かない。託すばかり。

 

 冒険とは、自らの手で未知を切り開くことだと知っているから。

 

 既に開拓された未知のレールを進んだところで、それはただの進歩でしかない。

 彼が求めるのは、進化である。

 

 ────停滞は許されない。

 

「リューさんにも、向き合ってもらわないとなんだよなぁ……」

 

 その件はもう、僕に任せよう。もうじき封じられるし。

 

 そう言って、ベルは静かに冒険を見下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 女神のためにしか動けなかった男は、初めて自分のために女神へと要求を述べる。

 

『いいわ。行きなさい。偉業を成し得るまでホームに踏み入ることを禁ずるわ』

 

 巌のごとき眷属が跪く様を見て、女神は笑ってその要求を呑む。

 

 最強ファミリアとして、負けたままでは終われないのだと。

 主神たる女神の格を下げないために、女神のために。

 

 そんな言い訳を、男はしなかった。

 

 ただ、ただ。

 あの男に、勝ちたいと。

 

 ただ一本の大剣を担いだ猛者は一人、ダンジョン深層へと向かう。

 

 待ち構えるは、単眼の孤王。

 

「貴様程度に、俺の道を止められてなるものか」

 

 小さく弱い少年の英雄譚の一ページとは違う、別の戦場にて。

 

 偽りの最強は、新たな高みへと到達した。

 

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