でもそれは叶わない、人は成長するものだから。
二人の距離は、変わっていく。
そんな日々の、裏側を。
雛ちゃんはどうするんですかねえ…。
体育館で大喜くんをからかって、自分の部活へと戻る最中。
インターハイも終わってやっと一段落、とりあえず一通り練習したら今度は文化祭の用意だ。まったく忙しい。クラス代表なんて、なるもんじゃないな。こっちは色々大変だって言うのに。
息を吐きながら考えるのは、さっきの事。中学生の子を指導する、先輩っぽく振る舞う大喜くんの事だ。
……まさか大喜くん、本気で言ったんだろうか。「昔を知らないでしょう」なんて。
確かに話すようになってからまだ半年くらいだけど、でも。
名前も知らなかった頃から、私は大喜くんを見ていたんだけどな。
まあ、良いか。そういうのが容易く伝わってしまったら、恥ずかしくてやってられないし。
勝っても負けても毎日続けていた朝練に、小さな可愛い「同士」が加わったのは、もう二年くらい前だったかな。
じゃがいもみたいな顔の下級生は、私より少し遅く体育館にやって来てひたすらバドの練習をする。雨の日も風の日も頑張る後輩に、私も励まされたものだ。先輩として、少しは格好もつけたいし。
競技も年齢も違うから、朝練以外で特に接点はない。同じ時間に体育館を使う、それだけの繋がり。
でも毎日顔を合わせるからか、だんだんと仲間意識みたいなものも芽生えていった。たまに来ない日があったりすると、こっちまで不安になってしまったりしたけど。
そして月日が経つにつれて、彼は少しずつ逞しく育っていった。すれ違う顔の位置はだんだん上がり、素振りの速度も上がっていく。最初は小さな男の子だと思っていたのに、気が付けば男っぽくなり始めた。その様子を微笑ましく見守る私、気分は親戚のおばさ……いやお姉さんかな。一つしか違わないんだけどね、まあ。
……個人的には、もうこの辺で止まってほしいんだけどな。私はもう、成長できなさそうだし。身長もそうだし、他も。
昔はもっともっと成長すると思っていた、それが当然なんだと信じていた。でも今や天井は頭のすぐ上に来ている、ここが私の行き止まり。考えたくないけど、さ。
私がどう思おうと――大喜くんはこれからもきっと、どんどん先へ進んでいく。私はいずれ追い越され、そのうち完全に大喜くんの視界から消え失せる。そしていつの間にか、忘れられてしまうんだ。そういえばあんな人いたな、とたまに思い出されるくらいになるだろう。
可愛い後輩が夢を追って切磋琢磨しているのを見届けたい、邪魔したくない。
ああ、やっぱり私は良くない先輩だな。こんなんじゃ、そのうち大喜くんに呆れられてしまう。尊敬はされなくても良いけど、ちゃんと歳上として立ててほしい。
「頑張らないと、なぁ……」
大喜くんは私のモノじゃない、それは分かっている。
まあ蝶野さんともまだ付き合っていないみたいだけど、そのうちそうなるかもしれない。そうなると私は――。
「応援しなきゃいけない、……よね」
嫌だけど、さ。進路資料室でクラス委員の仕事をしながら、そんなことを呟いてしまう。
私はずるいよな、本当に。蝶野さんが大喜くんを好きだって知っていて、なのに大喜くんを自分の方に引き寄せようとしている。大喜くんの気持ちなんか、考えもしないで。
私はどうなりたいんだろう、どうしたいんだろう。大喜くんが私を好きになって、蝶野さんの気持ちも自分の夢も擲って隣に居続けてくれれば満足なんだろうか。
「――!!」
思わず殴ってしまったコピー機が想像以上の音を立て、私を正気に引き戻す。
そんなのは、最悪の未来だ。停滞し沈んでいくのは、
私はそんなことを思ってはいけない、いつだって良い先輩良い同居人でいるべきだ。仲良くなるのは良いことだけど、依存するわけにはいかない。
たまに弱音を吐かせてくれたら、それで構わない。背中を支えてほしい時に寄り添ってくれる、そういう距離にいてほしい。
……これも大概、ワガママか。まったく私と来たら、いっつもこうだもんな。困ったものだ。
――と。
「あ。……こんにちわ」
噂をすれば、というやつか。私を見るなりペコリと頭を下げた蝶野さんに、私からも挨拶を返す。
余計な事を考えてしまっていたからか、なかなかに気まずい。それに「告白して良かった」と大喜くんに言ったあの姿が、どうしても脳裏をよぎってしまう。盗み聞きみたいなことをしたわけだから、こちらからその話はできない。でも、……気にならない訳がない。
知りたい。二人の本当の距離を、知りたい。
心の奥から溢れようとする想いは、でも水際で阻まれていく。
「……コピー機?」
「あっ、ゆっくりで大丈夫です」
我ながら何を言うんだろうな、コピー機使う以外で一年生がここ来るわけ無いのに。
まぁいいか、墓穴を掘るよりはマシだ。とっとと終わらせて、そしてすぐここを離れよう。きっと蝶野さんも、そうしてほしいと思っている。私と二人きりは、彼女にしても気まずいはずだから。
当たり障りの無い話でお茶を濁しながら、私がコピー用紙を纏め終えたその瞬間。
蝶野さんは真剣な顔をして、そして。
「私、大喜に告白したんです」
突如私の心臓に、言葉の白刃を突き立てて来た。
それは知っている、知っているけれど。
蝶野さんが一体何を考えているのか、皆目分からない。
外から入ってくる夕陽を浴びて立ち尽くしながら、何処かぼんやりと私は思考する。
――さあ、どうしようか。どうしようもない、かな。