どうせ無理なら、笑って成り行きに任せるだけ。
なるようにしか、ならないから。
まあ多分、上手くいくので大丈夫。
告白されるのが、こんなにも大変だとは想像もしていなかった。する側が悩むだけ、受ける側は苦労なんか無いと思っていたのに。
雛に告白されて、俺は正直どうしていいか分からなくなっている。雛は大事な友達で、好きか嫌いかで言えば勿論好きだ。でも雛が言った「好き」は、恋愛としての好きらしい。つまり俺が千夏先輩に向けているのと同じ感情を、雛は俺に抱いてくれているのだ。
先輩が好きだから、と拒絶するべきなんだろう。でも「大喜が千夏先輩を好きなのは知ってる」「返事はしなくて良い」と言われて、ここから強くNOを言うのもおかしな話だ。でもこのままズルズルと行くのも、また違う気がする。
雛は、良いやつだから。俺よりずっとスゴくて、でもたまに……いや結構……俺よりバカで。そして、何事にも直向きで。そんな雛の負担にはなりたくない、俺なんかに構ってないでもっと上を目指して欲しい。
まあ、それはそれとして、だ。
俺としては近いうち千夏先輩に告白する気でいたけど、こうなると躊躇ってしまう。
だって告白してしまえば、千夏先輩をこういう風に悩ませる事になるから。
人を好きになるって、難しいんだな。
ベッドに横たわって耳を澄ませても、隣室からは何も聞こえてこない。当然だ、誰もいないんだから。
一ヶ月の同居解消は寂しいけど、これは良い機会かもしれない。今のうちに、気持ちを整理してしまおう。
あの日、期せずして千夏先輩と一夜を過ごした時。俺は花火大会のことを謝罪し、先輩も「近付くのは良くない」という線引きを撤回してくれた。きっと先輩的には、蟠りも無くなってフラットな状態に戻った感じだろう。でも俺は――。
「言うべき、だったよな……」
雛に告白された件には何も言えなかった、それが今尚心残りだ。わざわざあの空気を壊すのもキツいだろうけど、だからって大好きな人に隠し事をしているのは辛い。
もしあそこで打ち明けていたら、先輩はどう返してくれたかな。前に俺が雛を好きだって勘違いした事があったけど、あんな感じか。「蝶野さんに悪いし、私はやっぱり近づかない方がいいよね」とか言ってくるかも。いや、それは辛すぎる。でも先輩は気遣いと気配りの人で、同じ整体院にかかってる縁で雛とも仲が良いみたいなんだよな。そうなると優しい先輩は、後輩の為に取り計らおうとするだろう。……多分。
あれ、じゃあ言わなくて正解だったのか。俺が苦しむ程度で済むなら、それで構わないかもしれないし。
まあ過去を振り返っても仕方ない、か。
問題は、これからの事だ。
「雛は俺が好き、でも俺は先輩が、……好き」
俺はこの先、結論を出さなければならない。好きになってくれた雛の気持ちに応えるか、それを無視して先輩を好きで居続けるか。言ってしまえば、それだけの事。
雛だって、いつまでもこんな歪な関係を維持してくれるとは思えない。いずれは「特別な一人」を選ばなければならない、それは確かなんだ。
先輩に告白してフラれたら雛へ、なんてゲスなことは出来ない。俺はしっかりと、決めるべきだ。
でも、……でも。
どうしたら良いんだろう。
延々と同じような事を考えながら、それでも朝は来てしまう。先輩がいない朝が。
いやまあ、学校へ行けば逢えるんだけど。逢えはするけど、けれど。長話が出来る環境じゃないし、それにどのツラ下げて話せば良いんだか。結局結論は出ないまま、今日も俺は中途半端だ。
「眠そうな顔してないで、早く行きなさい。今日も朝練あるんでしょ?」
呆れ顔の母さんを見ていて、ふと睡眠不足の頭が閃きを見出だした。
そうだ、選択肢としては母さんに相談するというのもあるか。マザコンみたいで格好悪いけど、でも人生の先輩でもあるし。ぼかして言えば、そこまで馬鹿にもされないよな。
……とは思ってみたけれど。
「あー……いや……うん」
曖昧な生返事だけが口から出ていくばかり。
いや馬鹿にはされないとしても、これすっげえ恥ずかしいわ。相談に乗って貰えたとして、自分の体験談とか話されたら困る。親のそういう話なんか聞きたくもない、いっそ気持ち悪いとさえ思ってしまいかねない。
寝不足でモノを考えるもんじゃない、ただでさえ俺はバカなんだから。
とっとと行こう、俺は考えるのに向いてない。そう思って立ち上がった、その時。
「一応言うけどね、私はあんたと千夏ちゃんが
「え"。あ、……の」
突然飛んできた言葉のボディブローに、思わず鑪を踏んでしまう。
それは、それは。つまり、――どういう事なんだ。そして何故こんなタイミングで、そんな事を。俺の思考って駄々漏れしてんのか、どうなってるんだ。
それに向こう、って鹿野家の事だろうか。親同士が認めてる、って事は――。
いや、いやいや。いやいやいやいや。おかしい、それはおかしい。
でも考えてみれば、千夏先輩のお母さん達は
でももし、もしも。向こうの家族がそういう前提でモノを考えているとしたら。友達の家へお嫁にいかせようとか考えていたら、千夏先輩もそれを受け入れているとしたら。節度を弁えないといけないから線を引いたりしただけで、実はそういう気持ちだったんだとしたら。
仮定ばかりが頭を巡り、考えはまったく纏まらない。
「どうすりゃいいんだよ、俺は……」
「知るかボケ」
つれない匡のメガネに指紋をベタベタと付けながら、俺は渡り廊下で空を見上げている。
いろんな事が、メチャクチャだ。俺の人生って、こんなにメチャクチャだっただろうか。
朝練ですれ違う千夏先輩が好きで、雛はバカを言い合える親友で。バタバタと駆け回りながらも、バドやったり勉強したり極々単純な日々を送っていたはずなのに。
大好きな千夏先輩が同居人になり、そうかと思えば雛に告白されて。俺をとりまく環境は、目まぐるしく変わりつつある。
こんな忙しい
まあ、――良いか。考えるのは、どうも苦手だから。
とりあえず、告白でもしてみるか。動いたらまた、何かが変わるかもしれない。雛との事も、先輩との事も。
「どうにかなるよな、……っと」
不機嫌な匡の顔から引っ剥がして放り投げたメガネは、青い空目掛けて吸い込まれていく。
これから何が起ころうと、俺はきっと大丈夫。バカは強いんだ、単純で頑丈で突き進むだけのシンプルな構造だから。
さて、……行くか。
「お前、俺のアイデンティティーに何をする!!」
「いや、なんかそんな感じだったから。つい」
「メガネ一本いくらすると思ってんだバカ野郎、いいから探してこい!」
「えー……俺これから先輩に告りにいくのにー……」
特に何も起きていない、日常回です。
扇町さんが好きなヤツですな。