なんでここに、とか。なんで今、とか。
どうしてこうなるのか、それが、わかれば苦労はない。
霊長は、難しい。
世の中、予想も付かないことというのはあるものだ。
思った通りになんか、いかないいかない。
ぬか喜びも不幸中の幸いも、よくある事。だから引きずってなんかいられない。
――んだけど、さ。
何故俺は寄りによって、遊佐くんと喫茶店にいるんだろうか。
ああ、どうしてこうなった。
「次の日曜さ、ちょっと付き合ってくれないかな」
千夏先輩にそう言われたのは、週の真ん中水曜日。部活の合間に声をかけられ、俺はすっかり舞い上がってしまった。
なんでも郊外のアウトレットモールに、花恋さんと仕事で付き合いのある人が最近セレクトショップを出したとかで、向こうの付き合いがあるから早めに顔を出しておいてほしいと頼まれたんだとか。正直よく分からない話だけど、まあそれは別に良い。で折角だから、色々と買い込みたいと。つまり俺の役割は、いいとこ荷物持ちなわけだ。
俺が車でも使えればもっと良いんだろうけど、生憎まだ無理なんだよな。
鹿野家の都合で一時的に同居をお休みしている今、一緒にいられるのは勿論嬉しい。休日に二人きり、なんて――デートみたいだし。
とは言え先輩がそんな風に思ってくれる筈は無し、俺は後輩Aとして先輩の為に尽力するだけだ。
そう、思っていたんだけど。
「え"」
「……あ」
向かうその先に、いたのだ。私服姿の、遊佐くんが。
忘れる筈がない、その顔。県大会一回戦、俺がストレート負けした相手だから。悔しくて、悔しくて、そして。悔しがるだけの自分が、死ぬほど情けなかった。敗北に涙しながら潰されず、決死の思いで戦っている千夏先輩が余りにも眩しく見えて、死にたくなったのがつい最近の事。
あれから一ヶ月くらいしか経っていない、まだ傷口は生傷のままだ。
今こんな所で見たい顔じゃない、踵を返して逃げ去りたい。
なのに。
「大喜くん、お友達? ……あー私やっぱり一人で行ってくるね、後で合流しようよ。LINE送るから、さ」
早口で余計な気を効かせつつ、千夏先輩はパタパタと行ってしまった。
そして残された俺たちは、とりあえず会釈して。
立ち話もなんだから、と目の前にある喫茶店に入ったのだった。
「……アイスレモンティー」
「ホットコーヒーで」
正反対の注文をして、二人。どういう距離で接して良いか分からないけど、あまり邪険にしても気まずくなるから一応向かい合ってはいる。
しかし、友達じゃないのにな。あの日先輩は自分の試合があって見てないから、そう思ったんだろうか。
「……猪股くん、だっけ。新しい彼女さん、きれいな人だね」
いきなり飛んできた予想外の一言に、思わずお冷やを吹きそうになる俺。急になに言うんだコイツ。
そもそも「新しい」ってなんだ、俺そんなのいたこと無いってのに。
「こないだ話してた、赤毛の人とは別れたの?」
「え、あ、そうじゃないそうじゃないっ」
ああ、そうか。試合のあと、雛と喋ってるのを見たのか。……そういや針生先輩にも「お前らってもしかして」とか邪推されたっけか、そんな風に見えてたんだな俺たち。
……まあ、告白はされた。でも俺は、雛をそういう目で見られない。俺が好きなのは、千夏先輩だから。
そんな事まで話す気ないけどさ、なんでそこまでベラベラ喋らないといけないんだ。
「雛……アイツは友達で、今いた千夏先輩は学校の先輩。買い物行くから荷物持ちして、って頼まれたんだよ」
色々と省いてはいるけど、これくらいで良いだろう。拗れても大変だ。
て言うかほぼ初対面みたいなもんなのに、グイグイ来るんだな。なんか予想外だ。もっと飄々として、掴み所の無い奴だと思ってたのに。むしろ天然なんだろうか。
そうなんだ、とレモンティーを啜る遊佐くん。信じてるんだかいないんだか、正直読めない。
にしても、不思議なやつだな。試合でやり合った相手と、よくそんな話が出来るよ。
……いや、違うか。針生先輩と兵藤さんだって、大学の練習に混ぜてもらったときは普通に仲良かったし。試合が終わったらノーサイド、が普通なんだろうか。俺がやたら引きずっているだけで。
「でもさ、女子が応援に来てくれたり休日に誘われたりって羨ましいな。僕そういうの無いし」
「いやー、そんな華やかなもんじゃないって」
でも猪股くん好い人だからモテそうだよね、と楽しげに言ってくる遊佐くん。なんでそんな事を、と聞いたら「財布拾ってくれたし」との事。ああそういえばあの日拾ったな、て言うかあれ遊佐くんだったのか。
そこから千夏先輩がLINEをくれるまでの時間、俺たちは特に何をするでもなく大したことの無い話をして過ごした。
コーヒーは苦いから嫌だとか先輩方が色々面倒だとか、この時期まだまだ汗が気になるとか練習優先でクラスの事をしないから学級委員たちから嫌みを言われるとか、そんな事を
まるで、友達のように。
「じゃ、今度はコートで」
「うん、それじゃ」
言い合いながら握手を交わす。あの日コートでしたのとは違う、と思うけど。でも、どうだろな。
ふいっと背中を向けて歩いていく遊佐くんに手を振り、俺は千夏先輩の荷物を引き受けるべく隣に侍る。
さて、行こうか。
次に遊佐くんと会うのはいつだろう、そのうち練習試合でもあるだろうか。公式戦は遠すぎるかな。まあその時は、ちゃんと気持ちを引き締めて挑まないとな。コートの上では敵同士、だ。
今度こそ、勝ってやる。俺は負けっぱなしになんかならないからな。
大荷物を抱え、決意も新たに辿る帰路は、どこか明るい。
世の中は予想通りにいかないけど、でも。それでなかなか、楽しいもんだな。