アーネンエルベの兎   作:二ベル

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星海航路②

「蹴散らせぇ! 破壊しろぉ! 民衆を殺戮し、このまま『ギルド本部』を攻め落としてくれる!」

 

白髪を靡かせる『悪』の男――オリヴァス・アクトが邪神の言いつけを破り、号令を下す。引き連れた兵隊達はその号令を以てしていくつもの爆炎の華を咲かせた。末端の兵隊達は命じられるまま『魔法』と『魔剣』を駆使し、あっという間に周囲を炎の海に変えた。部隊の中には独断行動をとって良いのかと恐る恐る聞く者もいたが――。

 

「構うものか! どうせ早いか遅いかの違うだけなのだから!」

 

とどまることを知らない戦意。

炯々(けいけい)と双眼を光らせながら、オリヴァスは言い放つ。

 

「オラリオはもはや虫の息! 弱り果てるのを待つ必要などない! ここで戦局を決定付けてくれる! 凶気を解き放て、同士達よ!」

 

彼の言葉より荒れ狂う獣になることを許された兵士達は、オリヴァスの命令に忠実に従った。手始めとばかりに暴れまわり、市民の野営地(キャンプ)を襲っては火を放って行く。戦う力のない一般人は悲鳴を上げ、逃げ惑った。

 

「ま、また闇派閥(イヴィルス)が攻めてきてっ……!」

 

「うわあああああああああああ!?」

 

「助けてぇえええええええ!」

 

阿鼻叫喚の悲鳴が錯綜する。

申し訳程度に設けられていた野営地が吹き飛び、燃え、力を持たない民衆は散り散りに逃げた。闇派閥の大部隊は、ギルド本部へ向かって進軍し、その進路上に存在するあらゆるものに容赦のない爆撃をそそぎ、破壊しては、一般人の絶叫を連ねていく。

 

「………っ」

 

視界に広がる光景に、声を失っていたのはベル。

耳朶に届いた爆発音を標にたどりついたそこは、野営地だった場所。初めてまともに見たかもしれない『地獄』の絵図は酷いものだ。辛うじて建物だった面影を残す瓦礫の陰に潜むようにして、視線を巡らせた。

 

「アリーゼさん達【アストレア・ファミリア】は……いない……っ」

 

都市のどこかにいるのかもしれない。

彼女達の状況を、都市の戦況を、何一つとして情報を持っていないベルにはわからない。ただそうしている間にも、瞳に映る景色は目まぐるしく変わっていく。白い外套(マント)をはためかせた水色のショートヘアの女性と、虎人(ワータイガー)の戦士達が戦地を駆けていくのが見えた。彼女達は【ヘルメス・ファミリア】。ベルを生かしてくれたリディスが団長をしていた派閥だ。

 

「………」

 

どくんっと心臓がざわつく。

喉が鳴る。

どうしたらいいのか、答えが出ない。

彼女達は敵と接敵するが、敵も民衆の数も多すぎた。彼女達では手に余る。

 

 

――君は、『冒険者』だ……っ。

 

彼女(リディス)の声が心に反響する。

 

――ここが、地獄だろうと……やることは変わらない……!

 

アスフィ達はやがてオリヴァスと接敵。

長剣と短剣が触れ合い火花が散り、凄まじい衝撃に華奢な少女の身体が揺らいだ。

 

――冒険をするんだ……君はきっと、身体が勝手に動いてしまうんだから……! それに…何が一番、格好いい英雄かってヘルメス様に教えてもらった。

 

 

「何が一番格好いい英雄か……」

 

知っている。

ずっと昔に、教えてもらった気がする。

 

 

 

「―――」

 

考えてもフィンのような賢い作戦なんて結局思い浮かばなくて、だけど身体は既に動いていた。駆けだした身体は、目まぐるしく景色を変えていった。虎人(ファルガー)の叫喚の後、アスフィの真後ろから1人の暗殺者(アサシン)が凶刃を閃かす。それを驚異的な反射速度で捌いて、けれどそれは決定的な隙で、オリヴァスは肉薄し外套の上から少女の背中を斬り裂く。

 

 

 

「まだ何も……成し遂げてない……」

 

胸が激しく脈動する。

握り締める。

背中が火を灯したように熱を打つ。

喉を鳴らす。

歯を食いしばって、重たい脚を持ち上げて、前へ。

誰かに言われた言葉を何度も繰り返し。

これまでの思い出を逡巡し。

ただただ――前へ。

光の彼方、正義の味方(アストレア・ファミリア)の背中に追いつかんと手を伸ばすように、前へ。

背後から視線を感じた気がした。

ほんの一瞬だけ、瞳だけを後ろに向けた。

幼子がいた。

幼い頃の自分(ベル)だったように見えた。

 

 

――危ないよ、それでも…行くの?

 

 

怯えた目で、そう言いたそうな顔をしていたような気がした。

すぐに視線を戻せば、魔剣の切っ先が崩れ落ちそうになるアスフィに向けられているのが見えた。凄まじい熱量が膨れ上がり、振り返るアスフィを焔が照らした。

 

「――ごめん…それでも、行くよ」

 

僅かに笑みを浮かべてそう呟いて、地を蹴りつける。

手を伸ばし、魔剣とアスフィの間に滑り込む。

飛び込んできた1人の白兎に、いったいどれだけの人数が気付けたことだろう。

ベルはアスフィの肩を掴むとそのまま自分の外套でアスフィごと包み込んだ。直後、魔剣から放たれた砲撃が炸裂する。

 

「~~~~~~~~~~~~~っ!?」

 

一瞬の出来事。

炸裂の衝撃は、頑強な外套だろうが貫通しベルとアスフィの身体を襲った。視界が赤一色に塗りつぶされるとともに、爆炎が嘶いた。民衆の悲鳴が増す。冒険者達が蒼白となる。闇派閥から歓声があがった。唸るように地面が震動し、火の粉を引き連れる黒煙が上空へと昇った。衝撃に華奢な身体2つが重なり合って転がった。

 

「は、ははははっ! なんだ、庇ったつもりか!? 無駄だ! 至近距離の魔剣の砲撃を受けて無事で済むわけがないだろうに!」

 

ぴくぴくと動く黒い塊に、オリヴァスは笑い声をあげた。

そして再び『魔剣』を向け、放つ。

放たれた爆炎が再び、吹き飛ばす。

 

「あ、貴方は……っ!? な、なにを考えているんですか!?」

 

「がっ!? ぎぃ……っ!?」

 

「死ぬつもりですか!?」

 

「もう死んでる!」

 

「はぁ!?」

 

やめろ、やめてくれ。

そんな誰かの声が、悲鳴が、泣き言が聞こえた爆撃音の中に交じって消える。頑強な漆黒の外套でも衝撃だけは消しきれずベルの身体を容易く打ち砕いてくる。それでも、ベルはアスフィを庇うのを止めなかった。

 

「希望など降ってこない! 終わりだ、冒険者! そしてオラリオ!!」

 

どこかに悪神にいじめられている妖精がいたとして。

どこかに無力に打ちのめされた妖狐がいたとして。

どこかに正義は何ぞやと追及する少女がいたとして。

そこにいる少年が、『英雄』に憧れていたとして。

でもやっぱり、『正義』って言葉は難しくて。

だけど―――。

 

 

「希望なら……ある」

 

爆炎の彼方。

火の粉と共に上がる黒煙の中から、アスフィのものとは違う声がした。よろめきながらそれは立ち上がったのか、黒煙の隙間から揺らめく白髪が薄っすらと見えた。

 

「僕は……賢いわけじゃ、ないから……結局『正義』が何なのか、まだ、わからなかった」

 

考えた時間は誰よりも短いはずだ。

それを決して言い訳にはしないけど、やはり、難しかった。

だけど―――。

 

「だけど……たくさん、いろんなものをもらった」

 

崩れ落ちそうな両の足を順番に、地面を踏みしめて黒煙の中を突き進む。口の中の血を吐き捨てて、今まであったことをフラッシュバックしながら、告げた。

 

「『正義』はある」

 

誰もが瞳をあらん限りに見開かれた。

黒煙から出てきたのが、白髪の少年だったこともそうだろうが力強いその言葉が何よりそうさせた。

 

「『正義』はある、だと? それは愚かな願望だ。 周りを見ろ! 誰とも知れん貴様に賛同する者がどこにいる!? 顔を見ればわかる! ここにいるのは正義を信じられなくなった張本人たちだろうに! 何より、何故わざわざ死地に飛び込んできた? 己の身を見てみろ、ボロクズ同然ではないか! アンドロメダと心中でもしたかったのか? まさか、助けを求m――――」

 

「助けを求めてる!」

 

少年の声が轟く。

見開かれた瞳が、少年に向う。

オリヴァスが目の前の少年の眼光に歯を軋ませ、魔剣を握り締める。

 

「それだけで―――」

 

「くだらん!」

 

放たれる爆炎。

焔の色に染まる視界。

名も知らぬ少年が、焼き殺される未来が待つ。

 

「十分だ!」

 

叫びをあげ、見えない何かを掴み取るように手を伸ばす。

直後、爆炎が着弾する。

轟く爆音。

響く悲鳴。

それでも、炎は決して、ベルを焼(・)き(・)焦(・)が(・)さ(・)な(・)か(・)っ(・)た(・)。

 

「すぅーーーーーーーーッッ!」

 

何だそれは、とオリヴァスは目の前で起こる光景に言葉を吐き出せなかった。そんな異常行動をする生物など見たことがないからだ。ベルの背後に尻餅をつくように座りつくすアスフィもまた言葉を失っていた。

 

(背中が淡く発光……? これは、恩恵の……!?)

 

伸ばした手の先で魔法は見えない壁にでもぶつかったかのように制止。次にベルの吸い込むような動作と共に口腔へ消え失せていく。それはまさに魔法の捕食であった。魔法を喰っているという異常行動を目撃していたオリヴァスとは違い、アスフィは本来であれば他者には見えないように隠蔽(ロック)しているはずのステイタス…それが宿る背中が淡く発光しているのが瞳に映り、あらん限りに目を見開いた。刻まれた『恩恵』、それは―――。

 

 

×   ×   ×

教会の中と治療施設でそれぞれ、男神と女神が驚愕に目を見開いていた。

 

「あれは……」

 

イジメていた妖精が飛び出してすぐの出来事。

教会から魔法を喰っている少年を瞳に映すエレボスは呟く。

 

「恩恵が増えた……」

 

素肌を晒す少女の背に手を添えながら、女神は今まさに少年がいるであろう方角に顔を向けて声を震わせた。話には聞いていた。でも直接出会ってはいなかった。意図的に避けているのだとあえて接触はしないようにしていた。もし彼が目の前に現れ、望むのであれば『恩恵』を再び刻むくらいはしようと思ってもいた。だが、その必要性はたった今、消えた。

 

「アストレア様?」

 

ステイタスの更新を行ってもらっている最中だった少女は女神の手が止まっていることに何かあったのかと胸元を隠しながら、振り返る。女神が目を見開き、それこそ『未知』を目の当たりにしたかのように瞳を揺らす様は、春姫を手に入れた時のイシュタル振りのことだ。

 

「疑っていたわけではないの。嘘はついていなかったし……」

 

別の場所で同じ場所を観測する男神と女神は様々な考えが脳裏を駆け抜け、そして口にした。

 

 

「アレは俺の眷族だと言うのか……」

「あの子は私の眷族だと言うのね……」

 

 

×   ×   ×

 

「アストレア様の……!? いえ、しかし……!?」

 

吸うような音を鳴らし、徐々に身体を仰け反らせると大きく息を吸ったように胸を膨らませたベルはそこで止まる。そして、まるで竜がそうするかのようにベルは吐き出した。

 

「―――ガァッ!」

 

魔法反射(マジックリフレクション)。

言うなればそれと同じことが、起きた。

ベルの口から吐き出された爆炎の砲撃が、一直線にオリヴァス達を飲み込む。

 

「魔法の反射!?」

 

「馬鹿な―――――!?」

 

何が起きているのか理解が追い付かない男が、自ら振るった爆炎に飲み込まれる。背後に控えていた部下たちも巻き添えにして。威力を上乗せされた砲撃は断末魔さえ許さなかった。

 

「はぁ、はぁ……けほっ、ごほっ」

 

砲撃が止む。

加減などできずにお返しされた爆炎に飲み込まれた『悪』共は呆気なく消し炭に。巻き込まれることのなかった闇派閥の者達は何が起きたのか呑み込めていないのか凍り付く。口から煙を吐き出し、焼けただれた喉が煙を上げながら修復していく。咳き込んだベルは口元を雑に拭って、今度は新鮮な空気を吸い込んだ。

 

「アリーゼ、輝夜、あのヒューマンは!?」

 

「え、ええ……狐人の子達が探してた子で間違いないわ…」

 

「ふらっといなくなったと思ったらふらっと現れましたねえ……どこかのクソザコ妖精さんと同じように……っ!」

 

「ふぐっ!?」

 

誰もが言葉を失ってしまった戦場。

出番を奪われてしまった『正義の味方』はきっと唖然呆然。とりあえず家出していた末っ子妖精に拳骨をする極東美人。ベルの背後で尻餅をついてぽかーんとした顔をしているアスフィをどうするべきかと少し悩んだが、後で思いっきり弄ってやろうと場違いなことを考えた。

 

 

 

「下界には時間がないって……そう聞いていたけど……」

 

 

ベルは1人、言葉を紡ぐ。

それはエレボスの神意を守り、冒険者達の介入をさせないようにしていた2人の覇者への挑発とも取れた。当然、その言葉は、2人の覇者が神意を無視してこの場に現れるだけの理由となった。

 

「随分……暇なんですね」

 

 

――言ったな、クソガキ。

 

 

その言葉が耳朶を震わせるのと、衝撃とともにアスフィが理不尽にも吹っ飛ばされてしまったのはほぼ同時だった。

 

 

「ア」

 

「ア」

 

「…アスフィィィィィィっ!?」

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