誰にも分けられない、背負えない。
それでも、寄り添う事くらいなら出来る筈。
見守る裏で、思いは募る。
明らかに荒れ始めたフォームを強引に引き戻しては力任せにラケットを振るい、迎撃されては右に左に振り回される。なまじラリーが続く分、消耗も激しい筈だ。
まったく性格の悪い戦い方をする、と思わず溜め息を吐いてしまう。一気呵成に攻めたりはせず、のらりくらりと潰れるのを待っている。公式戦ではないし、賭けるものは無い。うちで唯一のインターハイ出場者である針生先輩との一戦に備えて、体力を温存する気なんだろう。
舐められたものだけど、仕方がない。一度公式戦でストレート勝利した相手に、そこまで警戒する必要もあるまい。
――全く、見ていて嫌になる。遊佐くんのプレイも、大喜の焦燥ぶりも。
大喜は決して、弱くはない。俺とは違って。
ドSな針生先輩の鬼シゴキにも付いていっているし、立ち上がりは遅いけど余程の事がない限りは追い縋って善戦する。ただそれは、マトモな連中の間での話だ。
針生先輩、兵藤さん、そして遊佐くん。明らかに次元が違う怪物ばかりが目の前に立ち塞がり、結果を残せずにいる。いつまでも自分の弱さばかり見ていて、自信なんか抱けない。
だから、千夏先輩にも想いを伝えられないんだ。
インターハイに出たら告白しても良いんじゃないか、と言ったこともあったけど大喜は首を縦に振らなかった。自分がそんな事をして、千夏先輩の負担になりたくないと。
蝶野さんからの告白にイエスもノーも言えないのも、根っ子は同じだ。自分なんかが重大な選択をして良い訳がない、そもそも選べる立場じゃない位に思っている。
情けないくらい貧弱で、想われる資格も想う資格もない。そんな劣等感が、大喜を追い詰めている。なんとか逃れたくて、必死に頑張る振りをして必死にごまかしているんだ。決死の覚悟ですべてを犠牲にして突き進めば、悩む必要がないから。
きっと大喜は、気付いていない。中二階から見守っている千夏先輩の視線に、そして何故か踞って対岸から見ている蝶野さんに。部内の皆が送っている応援にさえ、気付けない。
――バカの癖に考えすぎるんだよ、お前は。
何だかんだで入学以来だから、もう付き合いも四年目。この単純バカを間近で見てきた俺は、ちゃんと知っている。
大喜の強さも、真っ直ぐさも。一度決めた方向へ突っ走り、何があろうとめげやしない。バカは強いんだ、バカだから。
千夏先輩を好きになった事も、それでバドに強く打ち込むようになった事も。水族館デートの後の幸せそうなツラも、積み重ねた研鑽を打ち砕かれた絶望の表情も。俺は全部、覚えている。
だからこそ、力になれないのが悔しい。俺がどう声をかけようと、大喜を支えることは出来ない。俺は別に立派な人間じゃない、「助けてやる、頼ってくれ」なんてそもそも言えない。
それが出来るのはきっと、千夏先輩だけだろう。でもそのためには、大喜が自ら劣等感を振り払わなければならない。今はまだ逆効果、更に卑屈にさせてしまうだけ。
何処まで行っても、堂々巡りだ。
この練習試合は、下手をすれば最悪の結果を産みかねない。負けるのはともかく、その後が。勝つために必要だから、と自分の気持ちまで捨ててしまうかもしれない。千夏先輩への想いも、蝶野さんへの感情も、何もかも。そして大喜は全部擲って、たった一人荒野を突き進む。血を吐き脚が砕けても尚、命の限り。
そうなって欲しくないのに、何も出来ない。
コートでは自暴自棄になったかのような力任せの一打が、軽くいなされていく。
決着はもう、遠くない。
今の大喜には、何が見えているだろうか。もう遊佐くんの姿さえ、見えていないんじゃないか。
千夏先輩も蝶野さんも、それに俺だってお前に救われている。お前はちゃんと、頑張っている。
――
お前を責めているのは、他ならぬお前だけだ。
勝っても負けても、練習試合なんだ。人生を賭けても良い、みたいな顔をするな。
死に方を求めるには、早すぎる。
コートの中で鬼のような形相になりつつある大喜に、せめてエールを送るべく俺は叫んでいた。俺の声は今の大喜には届かないだろう、聞こえてもプレッシャーかもしれない。それでも、声は止まらない。
お前は、俺の親友だから。