どん底に落ちて、心は裏返る。
折れて曲がって、それでも芯は変わらない。
もがく果てに見えるのは光か、はたまた。
その裏側に、何が見える。

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前回が前回だったので、願望も含めてます。


アオのハコ#57 SideB

 ――少しずつ、自分が研ぎ澄まされていく。

 一度転倒して仕切り直せたせいか、絡み付いていた悪寒は消えていた。目の前に集中し、雑音を削ぎ落とす。

 そのお陰かガチガチに力んでいた身体は適度に脱力し、次第に練習通りのフォームが出せるようになっていく。そう言えばこの前兵藤さんに、「余裕無くなると、力む癖有るよね」って言われたな。そこを直せばもう少し点とれたかも、とも。勝てるかもとは言わない辺り、あの人の目は確かだな。

 遊佐くんは、本当に強い。追い縋る事さえ簡単じゃない、気を抜けばこのまま2セット目も容易く取られてしまうだろう。

 なのにどうしてだろう、悪い予感がしない。ラリーの果てに体力は削られ、足の痛みも残っている。公式戦でもなんでもない練習試合なんか逃げ出したっていい、それでも。それでも俺は、立ち向かう。

 バドが好きだから、そして。逃げ出す姿なんか、見られたくないから。

 

 こんなにも真剣に打ち込むようになって、一年も経っていない。きっと遊佐くんはジュニア時代からずっと積み上げてきている、努力の量でも質でも敵うわけがない。そんなの、痛いくらい分かっている。

 全力で取り組みだして俺は知った、周囲の人たちのスゴさを。俺がただ楽しいからと続けている横で、必死にもがいている人たちがいることを。勝ち目なんか無い、俺なんか足元にも及ばない。だけど俺は、そこに挑んでいくんだ。

 憧れている人がいるから、少しでもあの人に近付きたいから。

 千夏先輩が、好きだから。

 俺は知っている、千夏先輩がどれほどの覚悟で戦っているか。あの人は家族と離れ、たった一人で赤の他人に囲まれて生きる道を選んだ。夢を果たすため、自分が自分であり続けるために。

 千夏先輩が進んでいく先は、順風満帆なんかじゃない。でも嵐の中へと駆け出すその足は、決して止まらない。幾つもの願いを背負い、焔のように熱く咲き誇る。例え敗北しても絶望に沈んでも尚、歯を喰い縛って立ち上がる。この世の何もかも、あの人の道を阻むことなんか出来やしない。

 目が潰れそうな程、眩く気高い。あんな風になりたい、あの人を支えられるくらい強くなりたい。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 確かに俺は弱くて、情けなくて、あんなに輝いてる人の側にいる資格なんか無いかもしれない。

「んぐ……っ」

 改めて込み上げてきた自分の弱さを、噛み潰して飲み下す。だからどうした、と。

 今が()()なら、這い上がれ。進み続けろ。無い頭で考えるな、ひたすら食らい付け。

 千夏先輩が、見ている筈なんだ。負けるにしても、無様に負けてられるかよ。

 格好くらい、つけないとな。俺だって男の子なんだから、さ。

 

 遊佐くんの顔からは余裕が薄れ、表情も軋み出している。

 俺も俺でボロボロになっているけど、それでもラケットを振るう。卑屈で内罰的な、もう一人の俺が投げ掛ける言葉を打ち砕くように。

 俺なんかが千夏先輩を好きになって良いのか。

 ――良いに決まってる。好きになるのに、資格なんかいるか。

 俺なんかが千夏先輩に憧れて良いのか。

 ――何が悪いんだよ、俺は千夏先輩に逢って変わったんだ。

 俺なんかが千夏先輩を励ませる立場か、何様のつもりだ。

 ――知ったことか、そんなもん。大好きな人の力になりたいと思うのが、悪いことだとでも言うのか。

 行く手を遮るものは全部叩き潰して、俺はひたすら突き進むだけだ。バカを舐めんな、死ぬまで止まらないのがバカなんだぞ。

 今動かなくなるようなら、こんな身体はいらない。

 まだまだ、俺は負けていない。

 なら、行ける。

 心は折れていない、いくらでも突き進んでやる。

 もっと強く、もっと熱く。もっともっと、激しく。

 胸に燃える思いを、そのまま乗せて俺は。

 

「いけっ大喜っ!」

 

 ――全力で、ラケットを振り下ろしていた――。

 


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