斬り結ぶ、太刀の下こそ地獄なれ。一足進め、先は極楽。
得物は移り変われど、真剣勝負に変わり無し。
裏側にある思いもまた、変わらない。
――不気味、では無かったな。
目の前にいる相手を見据えて、僕は一つ息を吐く。これは、そんなレベルじゃない。そう思いながら。
ラケットを握る手は思った以上に強張り、急なアクセルアップに身体が悲鳴を上げているのが分かる。
こんなに疲れる前に、終わらせる筈だった。僕が試合したいのは彼じゃなく、針生って人。だから消耗しないように、温存策で勝つ気でいたというのに。
1セット目を取ったときまでは、順調だった。馬鹿正直な一撃は力強いけどいなしやすく、体力を削るため左右に振り回してやれば良い。それでいつも通りに勝てる、そのつもりだった。
でも次第に彼の速度が上がっていき、今のままでは長引くんじゃないかと思ったのが不味かった。押しきってやろうと無理矢理加速したお陰でペースが崩れ、上手い具合に試合を運べなくなりつつある。
全体で言えば僕の方が上だろうけど、要所要所でピンポイントに差を詰めてくるのが中々に苦しい。隙を突くとかじゃなく、真っ直ぐ晴眼に叩き込んでくるのが始末に悪い。こっちも四つに組んでかからなければならないから、とにかく疲れる。
こんな形で苦戦したのは、初めてかもしれない。強い人は大体嫌な攻め方をしてくるけど、こっちも搦め手で出れば対応できる。それが楽しいんだ、強い人との試合って。針生って人も相当性格悪い打ち筋してるし、きっと試合したら楽しいだろうと思って栄明まで来たんだ。なのにこんな、真っ直ぐな戦い方をしてくる相手と張り合うことになるなんて。
兵藤さんが言っていたな、栄明は針生だけじゃないと。こないだ見所のある一年がいた、お前のライバルになるかもな、と。あの人は楽観的で盛る癖があるから、信じはしなかったけど。
もしかしたら、この子なんだろうか。体育館への道を教えてくれた、どう見ても強くなさそうな彼が。
いや、だからこそ――。
「っ!?」
際どいところに来たシャトルを打ち返し、そこで気付いた。
僕は前にも、彼と試合している。そんな記憶が、頭の奥から上がってきた。
そうだ、あれは県大会の一回戦。試合前に財布を拾ってくれた優しい人が対戦相手で、少しだけ驚いたのを思い出した。あの時は確か、ちょっとがっかりしたんだ。優しい人は、大抵弱いから。弱い人と試合しても、あんまり楽しくない。実際僕がストレートで勝ったし。
まさかあれと同一人物なのか、信じられないな。
何があったのか知らないけど、人のよさはそのままで強くなってる感じだ。
こんな強さも、あるんだな。
性格の悪い相手は、試合して楽しいから好きだ。こっちが予想しない奇手奇策を打ち出してきて、退屈させてくれない。優しい人はそれができないから、どうしたって単調でつまらない。――そう思っていたんだけど、な。
ただ愚直に、突き進んでくる。それも楽しげに、全力で。
ああ、全く――楽しいな。
正面から全力で噛み合うなんて、なかなか久しぶりな気がする。
そうだ、始めたばかりの頃がそうだったな。搦め手もなにも知らないし、ただただ無心で戦っていた。周りは皆強くて、でもどんなに負けたって気が萎えたりはしなかったし、とにかく試合したくてたまらなかった。
思い出した、バドをやり始めた理由。
楽しいから始めたんだ、バドミントン。
「――、っ」
どうせなら、最初からこう来て欲しかったな。そうしたらもっと楽しかっただろうに。勝ち負けなんかどうでもいい、もっともっと楽しみたい。
でもそれは、無理な相談だ。楽しい時間は、必ず終わってしまう。
次はいつ戦えるだろう、公式戦は遠すぎる。まさか来年までは待ちたくない。
後で名前を聞いておこうかな、また何処かで会えるように。
なんにせよ、試合の後だ。勝っても負けても、その時だな。
さぁ――やろうじゃないか。