神の一手   作:風梨

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約1900字
本日2話投稿の2話目。前話必読。
最終話


エピローグ

 

 

「──だぁあ! つっかれたぁ……」

『ヒカル、お疲れ様でした』

 

 ベッドにスーツのままで寝転がって、ヒカルが大きなため息を漏らした。

 

「ああもう、倉田さんってばオレにすっげー絡んでくるんだもんな、一局打ったらもう一局って、結局三局も打たされたのにまだ打つって言うんだから、もう勘弁してよ」

『すごく負けず嫌いな方でしたねぇ』

「オレも負けらんねーっての! 結局勢いで帰っちゃったけど、別に良いよな、オレの仕事はもう終わってたし」

 

 頷いて、佐為はふと思い出したことを続けた。

 

『そういえば、和谷が中国に行ったらしいですね?』

「ああ、伊角さんが言ってただろ? 九星会のイベントかなんかで行く予定だったけど、無理言って和谷を連れて行って貰ったって。……ま、和谷なら大丈夫だろ」

『はい♡和谷が戻ってきたら打ちましょうね。そういえば、あかりとの約束は明日ですか?』

 

 佐為の質問に、ヒカルはなんてことないように頷いた。

 

「ああ、明日だよ。まぁアイツのことだから碁会所巡って適当に飯食って、最後はオレんちで対局だろ?」

『そうですかねぇ。私は、ちょっと違うと思いますケド。そうだ、奈瀬と伊角は残念でしたね』

 

 ヒカルと同時に合格した新初段の二人だ。ヒカルが塔矢行洋と打ったように、あの二人にも対局相手が準備されていた。

 

「……ああ。新初段シリーズか。結局勝ったのはオレだけだったよな、噂だと名人に感化されてマジになったタイトルホルダーにボコボコにされたらしいけど、二人ともそんなことでへこたれる性格じゃないし、大丈夫だろ?」

『そうですねぇ。でも奈瀬は弟子ですし、慰めてあげないんですか?』

「いや、付き合ったじゃん。カラオケとか、ボウリングとか、スケートにも連れてかれたじゃん。オレも奈瀬も転んでケツが痛いの何のって……。まぁ楽しかったけどさ。──ホラ、オレは寝るぞ、もう無理。ねむいもん」

 

 いつまで経っても子供っぽいヒカルに、くすくすと佐為は微笑みをこぼした。

 

『ヒカル、着替えないと美津子(お母さん)に怒られますよ』

「……ああ、めんどくさいなー」

 

 そうボヤキながら、のそのそとヒカルが着替えている。

 着替えながら暇だったのだろうか、唐突にこないだの事をヒカルが話し出した。

 

「そういえば、ウチの蔵に泥棒入ったって。碁盤が盗まれてなくてよかったけど、やっぱウチに持ってくるか? 『血の跡』がしっかり残ってるのは気になるけど、秀策との思い出の碁盤なんだろ」

『いえいえ、あれは蔵に置いてもらいましょう。……私は、ヒカルの側に居られれば十分に幸せですから』

「……ぉ、おう」

 

 少し恥ずかしそうに顔を逸らして着替えを続けるヒカルは、傍に置いてあった週間碁を見つけて、着替えも途中なのにバサリと開いて読み始めた。そんな姿に佐為はくすりと微笑んだ。

 

(私がヒカルのために存在しているのなら。ヒカルもまた、私のために存在してくれているのでしょう。そして、私たちもまた他の誰かのために)

 

 脈々と千年、二千年と受け継がれてゆく意志に佐為は想いを馳せた。

 

 瞼を閉じる。

 脳裏に思い描かれるのは虎次郎の姿。

 優しく聡明な友人だった。

 彼の遺した軌跡があればこそ、そこから何かを得た者もいるだろう。

 

(繋ぐため。私たちはそのために碁を打っている。……なんてね、少しキザでしたか)

 

 クスクスと上機嫌に佐為が笑った。

 

 先のことはわからない。

 だけど、一つだけ確かな事は、ヒカルと二人で共に歩む道が眩しいほど輝いていて。

 ヒカル(佐為)として、『神の一手』を目指す未来がこの先に広く長く続いているという事。

 

 そう思えば、言葉は自然と佐為の口から溢れ落ちた。

 

 

『──ヒカル、あなたに出会えて本当によかった。心から感謝しています』

「な、なんだよ急に」

『ふふっ、いえ。なんだか今言わねばならないような気がしてしまって。不思議ですね?』

 

 外では鯉のぼりが靡いていた。まるで何かを知らせるように揚々と、背景の透き通った空色が溶けてしまいそうなくらいに眩しい。

 

『本来』の佐為が──。実は、そんな日だった。

 

 けれど『今の』佐為はその胸に何の心配も不安も抱いていない。

 期待と希望とヒカルへの感謝を胸いっぱいに抱えて、心底嬉しそうに笑っていた。

 

 そんな嬉しそうな佐為を見て、ヒカルは眩しそうに目を細めた。

 

「……あー」

 

 そう言いながら、ガシガシ頭を掻いて、塔矢アキラの棋譜が乗っている『週間碁』の雑誌をベッドに放り投げたヒカルが碁盤の前に座った。

 

 疲れ切っていたから、打つ気はなかったのに。

 そう言われたら、そうだよな、と何故か自然に思えた。

 ヒカルは少し疲れた顔だったが、けれど落ち着きのある微笑みを浮かべて、ちょいちょいと佐為を手招きした。

 

「一局打とう、佐為」

『ふふっ、はい♡ ──何度でも、何度でも打ちましょうね、ヒカル。まだまだ時間はたっぷりありますから』

「なーに当たり前のこと言ってんだよ。ほら、お前の黒番。今日こそはオレが白星を掴む!!」

『簡単には負けませんよ〜! 行きますよ、ヒカル! ──右上スミ 小目!』

 

 

 ヒカルの部屋の窓は開け放たれて、カーテンのレースが穏やかに靡いている。

 

 碁盤から響いた快音が、春風に乗って。

 

 風薫る晴れた日の空に運ばれていった。

 

 

 

──『神の一手』

 

 

──『完』

 

 

 

 

 

 

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