暗黒騎士ガイア、気がついたらそう呼ばれてた。次に気がついたら、ニンギルスと呼ばれてた。

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開闢の使者

 

 

 その街は、未曾有の危機に陥っていた。

 

 主力となった冒険者たちの八割は死に絶え、既に壊滅状態となった名のあったファミリアは十を越えている。力を持たない多くの一般人たちすら焼き払われ、瓦礫の山と化した街はまるで地獄。消えることのない業火に包まれているこの地にもはやなんの未来もないのだと、人々はただ絶望に打ちひしがれるしかなかった。

 

 そしてまた、彼らも。

 

「――ここまで、なのか」

 

 共に肩を並べた友は塵となった。部下は自分を庇い、地面の赤い染みとなった。今この場で、戦場に残っているのは自分たちだけ。長年愛用し続けてきた己の武器の無惨な姿を見ながら、男は絶望を滲ませ吐き捨てた。

 打つべき手は全て打った。正面衝突、罠も、搦め手も。やれることは全てやった。

 だと言うのに、目の前の存在にそれらはあまりにも無力であった。それはまるで嘲笑うかのようにただ力を振るうだけだった。踏み潰し、焼き払い、噛み砕いてきた。それだけで戦場は呆気なく塗りつぶされた。

 希望から、絶望へ。

 

 折れた杖を落とし、力なく膝をついた女は悟った。知恵、戦略、文明。そんなものに意味はないのだと。

 この圧倒的暴力の前では蟻に等しいのだと。

 

 それは突然飛来してきた。まるで今までそこに居たのではないかと、自分たちが気づいていなかっただけではないかと錯覚するほどに、突如姿を現したのだ。

 白銀の鱗、宇宙色の翼、血よりも紅い瞳。そして全てを恐怖の渦に陥れる鈍重の黒きオーラ。

 それに理性は感じられなかった、それに慈悲はなかった。現れたと同時に炎を繰り出し、近場の町一つを一瞬で滅ぼした。

 迷宮都市オラリオ、その首脳陣の判断は早かった。モンスター迎撃のための超大型クエスト。ファミリアという枠を越え、オラリオという一つの存在となり神々と冒険者たちは勇敢にもそのモンスターの前に立ち塞がった。

 ――そして、尽くを滅ぼされた。

 どこまでも恐ろしく、あまりにも強大な力を持った龍によって。

 

 救いも希望も、もはやどこにも有りはしない。神々もまた膝をついた。例えオラリオを滅ぼしたとして、この龍は満足するだろうかと。いや、そうであろうときっとその進みを止めたりはしない。

 天罰のような無慈悲で理不尽なこの存在は、世界全てを焼き尽くすまで止まりはしないだろう。世界が業火に包まれる、そんな想像は容易かった。

 今、この場でこの龍を打ち倒すよりも。

 

「ここまでなのか……っ!!」

 

 両拳を地面に叩きつけ、男は嘆いた。ただただ、己の無力ばかりを。そしてあまりにも理不尽すぎる運命を恨んだ。最後にそれしか残されていない自分を、恨んだ。

 残された手は、ない。

 

「まだだ」

 

 その声は男の傍から聞こえた。男は、フィンは思わず顔を上げた。

 そこに居たのは、美しい赤髪を持った青年。

 数々の冒険を共にし、肩を並べてきた最も大切な友の姿。

 身体中には痛々しい傷が残されているというのに、未だ血を流しているというのに、その立っている姿は尊厳に満ち溢れていた。

 

「まだ諦めるな」

 

「ガイ、ア」

 

「どんなに不利な状況でも、相手には余裕を見せつける。そうだろう」

 

 それは出会ったばかりの頃、酒場で彼から聞いた言葉だった。

 例え二十を越えるモンスターに囲まれようと、強大な階層主を相手にしようとも。どれだけピンチであろうとも、この青年は状況を笑い続けた。それは楽観視をしているわけでも、ただ笑うしかないからというわけでもないということを、フィンは誰よりもよく知っている。

 いつだって彼は、自分を信じ続けてきたのだ。己を信じる強い心を持っているからこそ、彼は笑っていられるのだと。

 だから今、彼は唯一この戦場で立ち上がれる。あの龍に、立ち塞がれる。

 

「ま、て!」

 

 その背後で女が叫んだ。

 

「何も持たず、そんな姿で! 勝機なんて、どこにもない!」

 

 青年に鎧はなく、また武器もなかった。『暗黒騎士』のガイアと言えば、特徴的なのは赤と黒の鎧と鍛冶の神から賜ったとされる二本の名槍。そして精霊として付き添う愛馬。その全てが今の彼の手元にない。防具も武器も砕かれ、愛馬もまた塵とされた。

 それでも彼が歩みを止めることはなかった。

 

「命のひとかけらが残されている限り、俺は闘う」

 

 それはただ自棄になっただけの言葉ではなかった。それはどこまでも、強く輝く勇気に溢れた言葉だった。

 槍がないのであれば拳を振るい、腕が無くなれば脚を、それすらも無くなったのであれば噛みついてでも倒す。何のために。

 彼に近しい人間ならば皆知っている、分かっている。

 見えるけど見えないものを、守るために。

 

「来いッ! 『混沌(カオス・エンペ)帝龍(ラー・ドラゴン)』ッ!」

 

 その手に何もなくとも、見えない力を握り武器として、青年は吼える。

 

「運命を打ち破るのは、神の力じゃない! 俺達人間の、冒険へ挑む勇気だッ!」

 

 希望はないと誰もが思った。奇跡は起こり得ないと神すらも思った。

 

 しかし、今ここに奇跡は顕現する。

 

「っ、この、光は――!」

 

 その女、リヴェリアは青年から放たれた輝きに思わず眼を塞いだ。どこまでも影へ強く差し込んでくるその光は熱く、しかしどこか暖かいものだった。

 光が収まる。開かれた視界の先、ガイアの姿は変わっていた。

 

 その鎧は宇宙よりも黒く、その剣は何よりも鋭く、その盾はどこまでも力強い。

 その場の存在全てが悟ったことだろう。その姿は奇跡であり、未来永劫語れるべき雄々しき希望そのものであると。

 

「――これが『混沌(カオス)の光』だ。『混沌帝龍』」

 

 龍の咆哮。それは今までの物とはまるで意味が違っていた。ただ有り余る力を示すだけのものでなく、その声には怯えが混ざっていた。未知への恐怖、それが『混沌帝龍』の中に芽生え始めていた。

 

 そうして繰り広げられたその戦いは、正しく神話に相応しいもの。

 地獄の業火を光が切り裂き、その一閃は立ち込めた暗雲すら切り開き、勇気はどこまでも冒険者を照らし続けた。そしてまた、神の力も。

 

 数時間、数日、それとも数週間だっただろうか。永遠に続くかと思われた死闘にもついに決着が訪れた。

 それは眼にも止まらぬ、二度の斬撃。光をも越えた神域の剣閃。

 

「――時空突破・開闢双覇斬」

 

 龍の断末魔が轟く。倒れ伏すだけで地面が揺れ、死骸から漏れ出ていく混沌は街を、大地を侵食していった。

 しかし彼が一度剣を振るえば、龍の死骸と混沌の侵食は浄化され消えていき、街の損傷すらも巻き戻すかのように消えていく。そして、犠牲となった人々の姿もまた巻き戻されていった。

 

「ガイア」

 

 誰かが彼の名前を呼んだ。

 彼はそれに応えた。

 

「もう大丈夫だ」

 

 次に街を揺らしたのは龍の足音でも咆哮でもない。

 人々が喜び涙を流した声たちだった。

 

――『開闢の使者の伝説』から。』

 

 

 

 思わず本を持つ手が震えた。

 それは歓喜の震えではない、また悲しみの震えでもない。

 憧れからの身震いなんかでもない。これは、そう。

 

「(なんじゃこりゃ――――っっ!!!)」

 

 羞恥から来る身悶えだ。

 

「(えっ、何。これ、俺だよね絶対そうだよね"ガイア"ってもろ書いてるよね。誰これ!?!?)」

 

 記憶の中で誰かが言った。ペンは剣よりも強し。真実とは勝者によって綴られるものなのだと。

 例え勝者側が酷く醜い不正をしていたとしても、死人である敗者にそれを語る口はない。勝ち残り生き残ったものだけが真実を書き記す権利を得る。そんな都合の悪い部分は消して、高らかに自軍の栄光を語る。そうしてそれは後世に伝わっていき、いつしか真実は闇に消え去られる。

 

「(俺こんなこと言ってない。俺こんなカッコいいことしてない。俺こんな恥ずかしいことやってない!!)」

 

 だとしても、これは流石に美化が過ぎると思う。

 なんだよ「これが混沌の光だ(キリッ)」って。言ってない、俺言ってないよそんなこと。そんな思わず頭を抱えてブリッジしてしまうほど恥ずかしいことなんて絶対言ってないんだけど。

 というか挿し絵の俺やばいんだけど。凄まじいオーラ纏いまくってるんだけど。というかこっちもなんか美化されすぎて絶世のイケメンなんだけど誰これ。嫌がらせか? せめて絵の中ではまともな姿でいさせてやろうと言う哀れみから来る嫌がらせかなにかか? ふざけんな畜生。

 そもそも筆者誰だよ! くそっ、訴えてやる!

 本を閉じ、背表紙に書かれてある名前に目を見開いた。

 

「(フィン・ディムナ。……お前かよッッ!! くそっ、こんなもの――!!)」

 

 本を地面に投げ捨てようと振りかぶり、

 

「…………」

 

 あっっっっっぶない。これ売り物だった。もう少しで新品を中古品に変えるところだった。こんな本買い取るとか勘弁すぎる。自分で自分の本を買うとかナルシスト越えてもはや唯我独尊だよ。意味違うけど。

 そこまで考えて、はたと気付いた。

 

 そういえば俺、もうガイアじゃなかった。

 

◆◆◆

 

 転生。この言葉が何時世の中に産まれたのか、それは分からない。

 世の中のものは全て廻り巡っており、命もまた然り。そういう考えから生まれた言葉であるが、人は皆本心からそれを信じようとはしない。

 見たこともないものを信じろ、というのもおかしな話であるし、例え目の前で「転生してきました!」と叫ぶ人がいても、やはり信じることは難しくと思う。

 

 とは言え、ここに実例がいる。そう、"俺"だ。

 目が覚めた時、街で一人ベンチに座り込んでいた。どうしてそこにいたのか、どうやってそこまで行き着いたのか。それどころか自分の名前、出生、故郷、両親の存在。全て記憶の中にはなかった。

 まずあったのは、最低限の常識。買い物には金がいる、人に迷惑をかけたら謝る。その程度の、年相応の常識。

 それと、謎の知識。カードとでも言うべきだろうか。それらの知識が、まるごと頭の中にあった。もちろん、どうしてあったかなんて分からない。カードの名は『マジック&ウィザード』だったか。

 目が覚めた俺は紆余曲折あって、冒険者になった。二つ名は……どうだったかな。『暗黒騎士』だったのは覚えてるんだが。因みにつけてもらった名前は"ガイア"。相棒は二本の槍。

 そこから更に文字通り山あり谷ありな冒険譚を歩んできたわけだが、特に語る理由もないしここは置いておこう。それで、まぁ。十数年ぐらいで呆気なく死んだ。

 

 あー死んだ死んだ、けど悔いはない。仲間も皆生き返った、街も一瞬で元通り。ただ俺が死んだだけ。ああよかったよかった──あれ、なんでそもそも俺こんな思考出来てるんだ? もしかしたらもう死後の世界とやらにたどり着いたのか? だとしたら出てくるのはタナトス様だったりするだろうか。

 そこで目を開けて気づいた、いやここさっきまで立ってたオラリオじゃん。

 もうとにかく困惑した。もしかして俺死んでないのかとか、じゃあ周りになんで誰もいないんだとか、そういえばなんか街も小綺麗な気がするなとかそういうことをぐるぐると考えていると、ふと気づいた。あれなんか身長低くないかと。俺の身長は大体190前後、鎧を纏うため槍を振るうためにと鍛えた筋肉のおかげでガタイもよかった。当然ベンチなんて腰より下にあるものだ、それがどうしてか自分の目線とほぼ同じ。どれだけ鈍くともこれだけ分かりやすければ異変として気付く。

 なにとなしに足元を見る。見慣れない衣服、小さく細い手足、やけに大きい石畳。あるはずのものがない状態に、混乱は更に加速する。意識のほとんどが疑問を吐き出していく中、一部に残された嫌な冷静さが一つの言葉を絞り出す。

 

 ──この状況には覚えがある、と。

 

 そうだ、俺はこれを覚えている。遠く遠くの昔、ファミリアに入る前。俺と言う意識の始まり……そういえば、あの時もこんな感じだった。何故かベンチの前で立っていた。

 身一つ以外何も持ってなく、ただ一つの知識以外何も覚えてなく、自分の名前さえ掴み取れない。もしかして、俺。

 

「──ああ、こんなところに居たのか」

 

 一つの答えを導き出したその瞬間に聞こえた声、覚えのない声ではあったがそれは思考の渦に填まっていた俺を現状へ引き戻すには十分だった。

 見上げるとそこには男が一人。こちらの倍はありそうな、大人の男がしゃがんで目線を合わせている。特徴という特徴が見受けられない、なんとも平凡な顔つき。でもどうしてか嫌いにはなれない、人懐っこさそうな笑顔を浮かべて続け様に喋った。

 

「もう夕飯の時間なのに帰ってこないから、母さんが心配してたぞ。さ、俺と一緒に帰ろう」

 

 そして手を差しのべ、こう言った。

 

「──ニンギルス」

 

 ニンギルス。それは恐らく今の俺の名前、かけられたことのない名前。しかし俺には覚えがある、何故か最初から持っていた『マジック&ウィザード』の知識がこう告げている。

 星杯戦士ニンギルス、またの名を『星杯に誘われし者』

 

 ──拝啓、前世の主神様。どうやら俺はまた転生してしまったようです。

 前世は暗黒騎士でしたが、何故か今生は星杯最強鬼いちゃんとして。

 その内会いに行こうと思いますので、どうか悲しまずどっしりとした気持ちで構えて待ってくれると幸いです。

 貴方の息子ガイアより。ロキかーちゃんへ。




っていうのを誰か書いてください。書き逃げ

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