TS悪役令嬢になったオレ! 王子と婚約してるけど悪役令嬢だから婚約破棄されるだろうし、気にせず生きていくぜ! 作:冬月之雪猫
正直に言えば、彼女の暴走は
魔王アシュリーは七大魔王の中で最も弱く、彼女を討伐するだけならば方法はいくらでもある。だからこそ、魔王の権能の暴走という事態に対するテストケースにはうってつけだった。
私は以前から大きな懸念を抱いていた。それはフレデリカ・ヴァレンタイン次期王妃殿下についてだ。彼女もまた、魔王の権能を有している。そして、その精神性は強大な力に対して、あまりにも未熟に見えた。
常に監視していたわけではないが、それでも彼女の精神が不安定になっている場面を何度も目撃している。彼女と比べれば、アリーシャ・ヴィンセントの方が何倍も逞しい。それでも暴走を起こしたのだ。
いずれ、彼女は魔王の権能を暴走させる。それはアリーシャが暴走を始めた時点で確定事項になった。
本音を言えば、あのような不確定要素の塊を次期王妃の座に据え続けるなど正気の沙汰ではないと考えている。アシュリーとシャロンでは脅威度が桁違いなのだ。
魔王の権能に転生のスキルが含まれている事を考えれば、殺すのは悪手だろう。ならば、封印してしまえばいい。オズワルド猊下の魔術と国中の
それが賢王の判断であるが故に一応の納得はしているが、いざその時が来た時のための準備を怠るわけにはいかない。
エレインの行動を支援するのもその一環だ。彼女達の説得が失敗に終わったとしても、いくつかのアプローチを考えている。けれど、そのすべてが失敗に終わったのならば討伐に切り替える予定だった。
オズワルド猊下を討たせるわけにはいかないし、伯爵家の令嬢一人の命程度、王国の安寧とは比べるまでもない。
―――― ジョーカー・レッドフィールド。あなたに言っておくべき事があります。
問題が発生したのは、昨日の話し合いの後の事だ。
海賊王の権能を解除して、エレイン達を解放した後、ルミリアが接触して来た。
『もし、彼女が死んだら、我々はこの国に宣戦布告します』
『は?』
耳を疑った。彼女の立場を考えれば、軽口では済まない言動だった。
『……本気ですか?』
『ええ、もちろん』
『……それが炎王様の御意思なのですか?』
『そうです』
肯定の言葉を受けて、私は己の失策を悟った。
七王の中で、最も慈悲深き王。極地との境界に壁を築き、人間世界を守り続けている存在。星の守護神と呼ばれしもの。それが炎王レリュシオンだ。
その怒りを向けられたものはいない。初代魔王やアルトギアでさえ赦されたのだ。ならば、アリーシャの命や尊厳程度ならばお目こぼしを頂けるものと考えていた。
『……嘘だった筈では?』
たしかに、彼女は言っていた。
―――― 『アルトギアを差し出さなければ、炎王様の加護をこの国から取り除く』
アリーシャへの説得の中で、彼女はたしかにそう言っていた。
だが、それは――――、
『噓だと、一言でも言いましたか? このわたくしが』
言葉を失った。
―――― 『嘘だ』
そう言ったのは、彼女ではない。アリーシャの方だ。
ルミリアは一度たりとも、自分の発言を撤回していなかった。
『嘘なものですか……。炎王様は怒っています。ずっと……、ずっとです。愛する者を奪われる苦しみに耐えられる者などいない。あの子は誰よりも分かっている筈なのに、盲目的になっていました』
『だから、話を合わせたと? 説得を諦めて?』
『いいえ、違います。やめたのは脅迫。説得は、今も続けています。彼女が』
ルミリアは遠ざかっていくエレインの背中を見つめていた。
その期待の籠った眼差しに、私は困惑した。
『彼女が失敗した時、あなたはアリーシャを殺す気なのでしょう? だけど、それはダメ。許しません。アルトギアを殺せとは言いませんが、彼女の救済は絶対です』
思わず舌を打ちそうになった。
説得が出来なかった以上、彼女に出来る事はこちらへの協力のみ。だからこそ、差し伸べた手を取ったのだと考えていた。
『正気に戻って欲しいですね。彼女が厄災となり果て、無辜の民に犠牲を強いろと? 馬鹿げている。彼女自身が望まないでしょう』
『ええ、彼女は望まないでしょう。ですが、我々はそれを望んでいるのです』
『……犠牲を?』
『救済です』
その返答を聞くと、ジョーカーはお手上げだとばかりに両手を上げた。
『だったら、どうして説得を放棄したんですか? エレインも言っていましたが、説得出来るだけの材料を持っているのは貴女だけだ!』
『託すべき相手に託したのです』
その言葉に吹き出しそうになった。
『託すべき相手? 彼女が?』
『あなたもそう思ったからこそ、あの場を設けたのでしょう?』
頭の中にお花畑が咲いているらしい。ジョーカーは呆れて物も言えなくなった。
エレイン・ロットに対する期待など、一握り以下だ。だが、ゼロではなかった。だから、試す。それだけだ。
『あなたは彼女に期待を寄せている。レッドフィールドですものね、あなたは』
『……意味が分かりかねますね』
『あなた達は眩い善性に対して、常に忠実です。悪の権化でありながら、好きなのでしょう?
ウンザリだ。
それは権能が発した声だった。
同じ言葉を他の人間の口からも聞いた事があった。ジョーカーの耳ではなく、先代達の耳で。
『彼女はまさに正義の味方です。心から他者を思い遣り、救いの手を差し伸べる。その為に、決して迷わない』
『随分と買っているのですね』
『もちろんです。だって、彼女は――――』
彼女とのやり取りを思い出しながら、私は再臨した魔王の前で揺らぐ事なく立ち続ける少女の背中を見つめた。
「この試練を乗り越えなければ、望んだ未来は得られませんよ。貴女も、そして……、私も」
彼女の救済は王国の未来を手に入れる為の絶対条件となった。
その為に、レッドフィールドは再び魔王へ挑む英雄の背中を押す。