でも余韻は長く残るもの。
笑顔の裏には、暖かな気持ちと少しの罪悪感。
青春はいつだって、ままならないから。
――聞こえなかったなら、それで良い。いや、それが良い。
あんまり人を惑わすような事をするべきじゃない、そういうのは宜しくないから。
でももし、伝わっていたらどうしようかな。あの爆音の中だから、大丈夫だろうけどさ。
まあ大喜くんなら、
脈はないのかな、私には。
何度も聞き直そうとする大喜くんをかわしながら、廊下へと歩き出す。今は15時少し過ぎ、大喜くんのクラスは演劇の準備中だ。当然手伝いもしなければいけないだろう大喜くんに、これ以上私を気にする余裕は無さそうだ。有ったとしても、そこまで興味を持つとも思えない。なんとなく聞きそびれてしまったからモヤモヤする、という程度で聞いているだけ。
私たちは、その程度の関係なんだから。
私を支えてくれる、仲の良い後輩。一緒にいると安心する、良い同居人。そのくらいが平和で良い、筈だ。
そうでないと、不穏過ぎて困る。
大喜くんは蝶野さんに告白されて、でも付き合ってるかはまだ分からない。とは言えキスを意識している、それはつまり蝶野さんへ
そんな状態の異性へ不用意に接近するのは、絶対に良くない。
良くないのに、私と来たら。何かあるとすぐに頼ってしまう、寄り掛かってしまう。誕生日の時だってそうだ、良くないと分かっているのに大喜くんへLINEして我儘を言って。そして――お泊まりまでしてしまった。蝶野さんが知ったら、どれほど怒るだろうか。考えたくもない。
こんなのは、良くないんだ。
「大喜くんのクラスの劇、15時半からだよね。ど真ん中に席取るからね」
罪悪感を振り払うように、努めて明るく言う私。俺は出ないですけどね、なんて大喜くんは言うけれど。まあ、それはそれで。大喜くんたちが頑張って造った結果だ、ちゃんと見届けたい。
私は大喜くんの先輩で、同居人だから。
手を振って背を向けて、歩き出す。角を曲がり背中に視線を感じなくなって尚、私は周囲に人がいない場所まで歩き続けた。そしてようやく、まず誰も来ることの無い階段の影に入り込めたその時。
「は、あー……っ」
私は盛大に息を吐きながらしゃがみこんで、顔を手で覆っていた。余りにも、刺激が強すぎた。ちゃんと着替える時間がなくて、こんな格好で。どうせ聞こえないからと、あんな事を言ってしまった。
ちょっとだけ、死にたい。幸せすぎて、今この瞬間に死にたいよ。
私が何を言ったか、何を思ったか。そんなのは知らなくて良い。知らなくて良いけど、これからもあんな風にそばにいて欲しい。
全く私と来たら、相当だな。我儘ばかりで、見下げ果てた先輩だよ。
でも、それが楽しいから困る。ああ、文化祭って楽しいな。
………………
…………
……
さて、と。早く頭を冷やして、大喜くんのクラスへ行かなければ。
席をとれないってことはないだろうけど、でも遅くなるのはそれこそ良くない。
どうも文化祭だって事を差っ引いても何だか騒々しくなって来たし、何かあったのかもしれない。毎年毎年何処かのクラスがボルダリングとかSASUKEとかやって、怪我人出してるんだよなぁウチの学校。去年も確か救急車来たし。私立だからって自由すぎると思う、て言うか羽目を外しすぎ。まあどうでもいいけど道が混むと面倒だ、もう行った方が良いだろうな。
立ち上がろうとしてふと、自分の格好を思い出す。……そういえば私、大喜くんには「裏方だから衣装は着ない」とか言ったような。結局渚に押しきられたけど、なんか不意打ちみたいでちょっと恥ずかったかな。
あ、もしかしたら大喜くんも
見てみたいけど、でもそうなったらちょっと複雑だ。確か白雪姫役は蝶野さんだし、ラストで王子様と――。
「あー…………っ!」
脳裏に過る可能性の映像を押し退けるように、勢いよく立ち上がる。
別に、良いんだけどね。私はあの二人を応援する立場、別にそれで良いんだけどね。
でも、思ってしまう。全部私の勘違いであって欲しい、と。
そんなことを願ってはいけないのに。
ああ、罸が当たらないと良いけど。