だってそれが恋愛だから。
でも大丈夫、伝わるし報われる。
そうでなければ、不公平。
狂ったような動悸に、歪み続ける視界。張り裂けそうな胸の奥が、炎のように熱い。
こんなにも苦しいのか、こんなにも辛いのか。そう思いながらも、後悔はない。これは、必要な痛みだから。
でも、それでも。予想を余りにも越えすぎていて、対応できない。
よくこんな事を笑顔でやろうとしたもんだ、雛のやつは。
好きな人に好きだと告げるのが、こんなにも大変だなんて知らなかった。
俺はベッドに崩れ落ちたまま、身動ぎも出来ず只黙って胸を押さえ続けている。手を離したら、鼓動が隣の部屋に伝わって――千夏先輩に気付かれてしまうかもしれない。
千夏先輩は今、どうしているんだろう。雛に告白された時の俺と同じように、悶えているのだろうか。でもあれとは、決定的に違うことが一つある。
俺は返事をしなかったし雛も求めなかった。でも。……でも。先輩は、俺の告白に返事をくれた。俺の想いを、受け入れてくれた。
つまり俺たちは今、先輩後輩でも居候と家主の息子でもなく、世に言うあの――恋人になったんだ。
なった筈、だよな。多分。きっと、……うん。
一ヶ月間いなかったなんて、嘘だったんじゃないか。そのくらい自然に千夏先輩は、猪股家に戻ってきた。特別な事をして祝うわけでもなく、ただ普通の時間が流れるのが心地いい。
でも俺は決めてしまっていた、同居再開したら先輩に告白すると。
告白しない理由は幾つもある、千夏先輩に気まずい想いをさせたくないとか雛へ返事を出来ない俺がそんなことしていいのかとか。でも、それでも。俺はしなければならない。
こんな気持ちのままでは、千夏先輩と一緒にいられないから。
千夏先輩がどれほど直向きに夢を追っているか、俺は知っている。そして俺がどれほど半端な人間か、痛いほどに感じさせられている。それでも俺は千夏先輩が好きだから、変わらなければならない。ウジウジと無い頭で悩んでいるだけじゃ、好きでいる資格さえ失ってしまうだろう。
拒絶されてもいいから、勇気を持って想いを伝える。そこがスタートラインなんだ。
……とフラれる覚悟をして望んだんだけど、なあ。でも、いつだって予想と言うのは裏切られるものだ。
千夏先輩は少しだけ黙ったけれど、やがて涼やかに笑みを浮かべそして。
「あり、がとう。嬉しいよ。私も――大喜くんが、好きです」
そう、俺の想いを受け止めてくれた。
想いが叶って、幸せなのに。部屋に戻ってからずっと、動悸が治まらない。幸せすぎると苦しいなんて、初めて知った。でもこれはきっと、まだマシなんだろう。もしフラレたりはぐらかされたりしていたら、もっともっと辛いんだ。本当に雛のスゴさと俺のバカさ加減が身に染みる。「返事はしなくていい」なんてよく言えるよ、俺だったら耐えきれない。どれだけ雛を苦しめてしまったんだろうな、俺は。
でも、だ。問題は、
好きな人が、近すぎる。余りにも、近すぎる。
ずっと千夏先輩を好きだった、でも千夏先輩が俺を好きになるなんて思わなかった。両想いになった俺たちの間にあるのは、ドア二枚若しくは壁一枚。直ぐにでも、行ける。行って、そして――。
「っ、!!」
頭の中に芽生えた良くない感情を、力尽くでどうにか制圧する。そんなのは、許されない。階下には母さんたちがいるし、何より千夏先輩にそういう気持ちを向けてはいけないんだ。
そんな状況になったりしたら、俺が良心の呵責で死んでしまう。
だけど正直俺だって男子だし、興味も欲望もあるわけで。それを安易に恋心と絡めたくはないけど、完全に切り離すことも出来ない。
どうしたらいいんだろう、どうやっても良くない気がする。
明日も学校なのに、俺は眠れる気がしない。こんなのが、毎日続くんだろうか。
先輩に告白できて幸せだけど、そのせいで死にそうだ。
時計の針が時間を切り刻む、その音を聞きながら俺は只ベッドに転がっていた。
どんなに悩もうと、朝は来る。一睡も出来なくても、関係無く。
いつものように隣から部屋を出る音が聞こえても、身体は鉛のように重く動こうとしない。いや、こうしてはいられないんだけどさ。寝坊する格好悪い所なんか、見られたくない。どうにかベッドを這い出して、朝のルーティンにかからなければ。
朝練が終わったら教室で寝ればいい、どうせ一限は現国だ。寝てても問題ない、……多分。
そうやって回らない頭を騙し騙し動かしながら洗面所に入ると、ちょうど先輩の姿が目に入った。
「あ。……おはよう、大喜くん」
「おはようございます、千夏……先輩」
千夏先輩は、何も思わなかったんだろうか。俺はバカだから無駄に悩んだだけで、千夏先輩的には大したこと無かったんだろうか。
――いや、もしかして。昨夜はただ勢いでああ返事しただけで、「別にどうでもいいや」とか考えてたりするのか。そして「やっぱりゴメン」とか……? それはさすがに辛すぎるけど、でも有り得ないとも言い切れない。
まったく、朝からこう悶々としていては身が持たない。俺はどうして普段考えなしな癖に、余計な事ばかり考えてしまうのか。
千夏先輩はこんなにも、凛としているのに。
――と。その身支度を見ていて、少しだけ違和感を覚える俺。
並べられた化粧品は、こんなに多かっただろうか。まあ化粧品っていうか基礎がどうとかあれこれ種類があるらしいけど、俺には正直言って違いがよく分からない。でも前は化粧水をはたいたりはしていても、あれこれ塗ったりはしていなかったような。
もう秋って言うか冬も近いからかな、なんて思って眺めていると。
「あんまりジロジロ見るんじゃありませんっ、馴れないことしてて大変なんだから」
ペチリと先輩に軽く叩かれてしまった。……いや、軽くと言うか殆ど力が入っていない。動きも大分緩慢だ。
学校で小突かれたりした時とは比べ物にならないほど、弱々しい。
風邪でも引いたのか、と思うくらいに。
「……せめてクマくらい隠さないと、渚辺りがなに言うか分かんないんだよ。肌も荒れちゃうし、全部大喜くんが悪いんだからね」
先輩は言い訳するように呟くと、メイクボックスを持ってパタパタと出ていってしまう。残されたのは。間抜け面の俺一人。
……そうか、千夏先輩も悩んだのか。俺と同じように、一晩中。それであんな風になっているのか。
それでも前と同じ時間に起きて、そしてこれから朝練へ行くんだろう。きっと、俺と同じ理由で。
格好つけたいよな、――好きな人の前では。
俺はバカだから、自分以外はもっと上手に生きてると思ってきた。でも本当は、みんな大して変わらないんだ。焦って悩んで、時にうちひしがれて。それでも前を向いて、歩いていくんだな。
「……っと、俺も急がないと」
朝練をして、授業も受けて。そして雛に、ちゃんと言おう。千夏先輩に告白したことも、受け入れて貰えたことも、全部。それで殴られようがどうしようが、俺はそれを受け止める。そうじゃないと、これからもずっと雛を苦しめるだけになってしまう。
その先は、後で考えればいい。
大丈夫、俺たちは俺たちだから。一歩ずつ、進んでいこう。
「さて、頑張ろうかな……っとね」
10月の朝陽が爽やかに射し込んでくるのを感じながら、俺は眠気を振り払うように大きく伸びをする。
始まったばかりの「今日」を、全力で過ごそう。
大好きな人に、俺を好きで居てもらえるように。
さあーー駆け抜けろ、アオい風。
千夏先輩は普段ほぼスッピンでしょうけどね。