ようこそ個人主義者のいる教室へ 作:ボロネーゼ
「みんな、ちょっと聞いてもらってもいいかな?」
佐倉強襲未遂事件から数日が経ったある日、いつも通りHRが終わった後平田はそう切り出した。
「みんなも知ってると思うけど、もうすぐ期末試験だ。退学者を出さないためにも中間試験の時みたいに勉強会を開こうと思ってる。今日からテストまで放課後にこの教室でやるつもりだから是非参加してね」
平田はそれだけ言って席に着いた。
平田の言葉にクラスメイトたちは三者三様の反応をする。池や山内は、やばいやばいっと焦り出し、成績に余裕ある者は落ち着いている。女子たちは平田に勉強会のことについてあれこれ聞いていた。
「ねえねえ、八剣くん」
俺がクラスメイトたちを観察していると、松下に二の腕をツンツンっと突かれる。
「どうした?」
「今回も勉強会に参加するのか聞きたくって」
「いや、今回は不参加だ。悪いな」
俺はキッパリとそう断る。これは朝の時点で平田にも伝えてある。平田も残念がってはいたが了承はした。
「ふーん、そっか……」
松下は少し考えるような素振りを見せてから口を開いた。
「じゃあさ、個人的に……」
「ねえねえ、松下さーん」
松下が何かを言いかけたところで佐藤たちが松下を呼び出す。それに松下は少し顔を顰める。
「呼ばれてるぞ、行かないのか?」
「うん、そうだね。じゃあまたね」
松下はそう言って友達の所へ去っていった。松下が何を言いかけたのか俺には大体予想はついていた。おそらく松下は『個人的に勉強を教えてもらうのは可能か』それを聞こうとしていた。この言葉をそのまま取ると、ただ勉強が苦手で心配なだけのように思えるが俺はそうは思わない。確かに松下の成績は決してクラスでも良いものではないが、それは松下が手を抜いているからだと考えられる。俺は前回の勉強会で松下に勉強を教えているときにそれ悟った。となるとここで疑問が生まれる。何故、わざわざ俺を頼ろうとしてくるのか、だ。これがただ俺と一緒に勉強がしたかったとかいう可愛い理由ならいいのだが、松下には何か思惑があって俺に近づいてきたような気がする。
(まあ、とりあえず放置でいいか)
俺は友達と雑談をしている松下を見ながらそう判断する。思惑といっても俺に対して敵意のようなものは感じなかった。むしろ何かを望んでいる、期待しているような視線を向けていた。敵意や殺意には敏感なので間違いないはずだ。松下が俺を誘導しようものならすぐに気づくし、直接協力を頼みたいのであれば変に噛みついてくることはないだろう。
「勉強会に参加しないの?」
俺が松下のことを考えていると、今度は堀北に声をかけられる。
「ああ、聞いてたのか。今の話」
「何故参加しないの?クラスの成績を少しでも上げることはDクラスにとって急務よ」
「Dクラスにとっては、な。俺個人には関係ない」
「あなたもDクラスの生徒でしょう?」
「だからって必ずしも協力する義務があるわけじゃないだろ?高円寺がいい例だ」
「彼はまず話が通じないじゃない」
「他にも学力は高いが勉強会に参加していない生徒は一定数いる。俺に声をかける暇があるならそっちを説得したほうがいいと思うぞ」
「はあ、須藤くんの一件で協力的になったと思ったのに」
「前に言ったろ、俺が頼みをきくのはただ気まぐれか取引の時だけだ」
綾小路の件は別にしても、一之瀬や椎名に頼まれた時はころっと了承してしまうという例外もあるが………あれは仕方ない。うん、そういうことにしよう。
「取引、ね。一応聞いておくけれど一体いくらで動いてくれるの?」
取引を持ち掛けてくるあたり、前のような手は通用しないとわかっているようだ。
「そりゃあその時次第だ」
「参考までに今回の期末テストの件だとどれくらい要求するき?」
「そうだなぁ………15、いや20……ま、最低でも10万は貰うだろうな」
「あなた、ふざけてるの?」
堀北は払えるわけないだろっという顔をしている。賭けなどリスクを視野に入れれば独自でプライベートポイントを稼げる方法を知らないようだ。
「まさか、大真面目だ。能力があるやつを動かそうとすれば高いコストが掛かるのは当然だろ。それにこの学校じゃ10万は無理難題な額じゃない」
堀北は俺の返答を聞いて少し黙り込んだ後、
「………いつか協力して貰うわよ」
「だからそれは報酬次第だな」
そう言って俺の席から去ろうとした。しかし、途中で足を止める。
「………一応あなたの耳に入れておくわ」
「ん?」
「昨日の放課後、ある生徒に宣戦布告のようなものを受けたわ」
「宣戦布告?」
「ええ、『次は俺が遊んでやる。楽しみにしてろ』っとね」
「ふむ…」
堀北に接触してきたのはおそらくCクラスの龍園翔だろう。堀北に宣戦布告しているあたり上手いことヘイトを堀北に誘導できた様だ。俺はこの前の審議であえて代表を堀北に設定し、重要な判断を堀北に委ねた。そうすることによって、石崎たちから見れば堀北こそがDクラスのリーダーで俺の印象はただの駒、良くて側近ぐらいで止まるはずだ。
(まあ、堀北があんな状態になったせいで俺が審議を進めてたし、そのことを石崎たちが龍園に言ったら俺も目をつけられる可能性もあるけど……それは仕方ないか)
こんな手を打っておいてなんだが俺の存在はどうせ遅かれ早かれバレるだろうと思っている。だが、少しでもその気づきを遅らせることが出来れば、また不意打ちを喰らわせられるかもしれない。
「まあ、Cクラスの可能性が高いな」
堀北にはあえてそこまでの情報で止めておく。
「ええ、事件の暗幕っと言ったところかしら」
「だろうな。この一件でしっかりマークされた可能性は高いぞ」
ちょっとした揶揄いのつもりが大火傷を負わされた。この事実は、今までBクラスにだけ向いていたCクラスの矛先が今後Dクラスにも降りかかるという可能性を示している。
「どうせ倒さなければ上のクラスには上がれないのだから同じことよ」
堀北はそう答えて去っていった。
Dクラスで勉強会が始まった数日後、俺はたまには外食も、と思い部屋から出て寮のエントランスに着くとそこである人物と遭遇した。
「「あっ」」
それは俺が普段から話す数少ないクラスメイトの三宅だ。
「この時間ってことは八剣も外食か?」
「ああ」
どうやら口調からするに三宅も外食のようだ。
「そうか、それなら折角だし一緒に行かないか?」
「おう、いいぞ」
特に断る理由もないので三宅の誘いを受け入れて二人でエントランスから出てケヤキモールに向かう。
もちろん、ケヤキモール以外にも外食できる店は敷地内に多数存在するが、ケヤキモールは誰もが使うチェーン店から高級店まで基本どんな種類のものも揃っているので選択肢が多い。
ケヤキモールに着いた後、俺は三宅と話し合い中華料理を食べることになり全国的なチェーン店に入っていく。
「結構混んでるな。混むのを見越して部屋から早めに出てきたつもりだったんだが」
「まあ、ここの店は全国チェーンで有名だしな」
俺が呟くとその疑問に三宅が応えてくれる。
席には付けたものの周りはかなり賑わっていて少し声を大きくしないと聞こえないレベルだった。
俺も三宅もメニューを見て注文する。ちなみに、俺は麻婆豆腐と餃子、卵スープとご飯がついているセットにした。
注文が終わると三宅が話を切り出す。
「八剣は今度の試験は大丈夫かって聞くまでもないな」
俺は苦笑し切り返す。
「そういう三宅はどうなんだ?」
「理系科目は何とかなる。だが、国語がどうにもな」
そういえば三宅は国語が苦手だとこの前言ってた気がする。
「三宅は勉強会には参加しないのか?」
「ああ、部活があるからな」
「そういえば、三宅は弓道部に入ってたな」
「ああ、だから補習に行く時間はないし、それに時間があったとしてもわざわざあそこに混ざる気はない」
「なんで?」
「もともと大勢で勉強会って柄でもないしな。それに苦手ではあるけど赤点ぐらいは回避できる」
三宅の成績はクラスではまさに中間層に位置しており決して悪いわけではない。なので苦手とはいえ赤点の危機というわけではないのだろう。
そのあと、料理が運ばれてきて俺たちは本格的に食事に入る。その後も三宅と雑談しながら食事をしていた時、2人の男が歩いてきて俺たちのテーブルの横で歩みを止める。制服を着ているので俺たちと同じ生徒だ。1人は身長は170cmくらい、髪の毛は紫がかった黒髪が肩まで伸びている。そしてその男の後ろにいるもう1人は180cmは超えるであろう身長に何より日本人離れした肌と圧倒的な体格を持っていた。ただ立っているだけでもかなり威圧感を感じる。
三宅は前に立っている男を見るとその男を知っているのか少し驚いたように目を大きく開けた後、表情が険しくなった。明らかに警戒している。
「よう」
俺は三宅に知り合いか?っと訪ねそうになったが訪ねる前に男は三宅ではなく俺に話しかけてきた。
俺は記憶を探るが該当する人物は見当たらないので訪ねる。
「………初対面、だよな?」
「今日は堀北と一緒じゃねえのか?」
その男は俺の質問を無視してそのまま質問で返してきた。
「何で俺が堀北と一緒にいると思ったんだ?」
相手がそうしたように俺も質問で返す。
「堀北にはもう伝えたが一応お前にも挨拶してやってんだよ。感謝するんだな」
(挨拶、ということはこいつは……)
「次は俺が直々に遊んでやる。楽しみにしてな」
それだけ言うと2人はそのまま席を通り過ぎって行った。
「三宅、あいつを知ってるのか?」
大体予想はついているが念のため三宅に質問する。
「ああ、後ろに立ってた奴は知らないけど、八剣に話しかけてきた奴は知ってる。………龍園だ」
(やっぱりな、挨拶って言った時からそうかなとは思ったが…)
「三宅は龍園と知り合いなのか?」
「いや、俺が一方的に知ってるだけだ。俺の地元じゃ龍園は有名だったからな」
そうか、三宅は龍園と出身が同じなのか。それなら知ってるのも頷ける。
「八剣、大丈夫か?目を付けられてるみたいだったけど」
「ああ、多分この前の件だな。須藤の」
「ああ、なるほどな」
三宅は納得したと言った感じで頷いた。この前の須藤の件は龍園の名前こそ出していないものの、Cクラスの仕業だったことは平田から既に伝達済みだ。
「俺の地元、結構不良とか多い地域でな。龍園はその中でも1、2を争うほどやばい奴だった」
「三宅も不良だったのか?」
「………まあ、ちょっとな」
「へえ〜」
龍園は見た目通りだが三宅も不良だったとは。意外な事実が判明した。
不良だったということは喧嘩も多少なりとも出来るのかもしれない。
「それにしても、あいつ同じ学校だったのか。っていうかCクラスだったんだな」
三宅は龍園が去って行った方角を見ながら呟き続ける。
「この前の騒動、龍園の仕業だって言ってたよな」
「ああ、それは間違いない」
俺は三宅の言葉に頷く。
「前回の騒動は龍園の差金かもな。そういう裏工作も昔から得意だったし」
「さっきの口調から考えても可能性は高いな」
「……八剣、もしなんか困ったら言ってくれよ。力貸すぜ」
三宅は真剣な顔でそういった。
「それはありがたいが、そうなると今度は三宅が龍園に目をつけられるんじゃないか?今にところヘイトが堀北と俺に向いてるわけだけど、どうなるかわからないだろ?」
「地元でも龍園は色々やばい事に関わってたけど、いつもあいつが関わってる決定的な証拠がないんだ。そんなやばい相手と戦うなら人手がいるだろ。こんな学校でも強引な手段も使ってくるって須藤の件で分かったしな。それに多分俺に目をつけることはないと思う」
「…何で?」
「あいつが目をつけるのは潰しがいのある奴だ。俺はトップに立って指示したりとか出来るような器じゃないし、それをあいつもわかってると思う。だからあいつからしたら俺なんて眼中にもないと思う」
「そうか?俺には自分の邪魔するなら関係なく喰ってかかるって感じに見えたけどな」
「確かにそうかもな。でも、なんかあったら遠慮なくいってくれよ。友達だからな」
「………そうか。ありがとう」
三宅の熱い言葉にこれ以上水を差すのは野暮だと思い素直に厚意を受け取っておくことにした。
三宅との外食の数日後、クラスで勉強会をやっているのを横目に何食わぬ顔で教室から出る。いつも帰る時に堀北に僅かに睨まれるが気にする必要はないだろう。
俺が帰るために廊下を歩いていると男女2人組が前から歩いて来る。知っている顔ではあるが、今回は特に話すこともないので目を合わすことなく横を通り過ぎようとしたのだが、
「八剣、少しいいか」
通り過ぎた直後に男の方から言葉をかけられる。
「久しぶりってほどじゃないですね。会長」
そう。俺とすれ違ったのはこの学校の生徒会長であり堀北の兄である堀北学と生徒会の書記である橘先輩だ。
「八剣、この前の件はよくやったと言っておく」
「その節はどうも」
この前の件とは十中八九、暴力事件の取引の件だろう。俺は生徒会に監視カメラの映像を提供してもらうかわりにDクラスに一才の被害を受けないという約束をした。
「あの状況から逆転するとは大したものだ」
「はあ、どうも」
「ええ!反応薄すっ!会長がこんなに褒めてくれてるのに……」
俺の反応の薄さに橘先輩は驚いたのか目を見開いてそう言った。
俺は俺で気になることがあるので会長に質問をぶつける。
「会長、一つ聞いても良いですか?」
「何だ?」
「会長は俺の手腕に興味があるって言いましたがそれはただの興味本位ですか?それとも何か別の目的があるんですか?」
会長は前回俺の手腕に興味がある、と言って俺の話を引き受けた。それは初対面の時の印象が強かったから気になった。確かにただそれだけとも取れる。だが、この男のことを考えれば少し違和感を感じる。会長と会うのはまだ4回目なので人間の深い部分まで分析することは出来ないがおそらく仕事などに私情を挟むタイプじゃない。そんな男が自分の興味で生徒会の力を行使するだろうか。もちろんしないとは言い切れないが少なくとも俺にはそのようには見えない。
「………八剣、生徒会に興味はないか?」
「えっ!?」
俺が反応する前に橘先輩がビクッとして会長の顔を見上げた。
「橘、書紀の席がもう一つ空いていたな?」
「は、はい。先日申し込みがあったAクラスの1年生は1次面接で落としましたので…」
「八剣、お前が望むなら書紀の席を譲っても構わん」
会長は俺の目を見ながらそう言った。
「ほ、本気ですか?」
俺が言葉を発する前に再び橘先輩が会長に尋ねる。
「不服か?」
「い、いえ。会長が仰るのなら」
橘先輩だけなのかはわからないが会長は相当な信頼、というか心酔されているようだ。橘先輩も会長と同じ3年生のはずなんだが。
「うーん………じゃあ、一旦保留で」
「えええええっ!!保留にするんですか!?即加入じゃなくて!?」
橘先輩はオーバーリアクションで驚いている。っていうかこの人今日ずっと驚いている気がする。
会長は相変わらず無表情のままだ。
「生徒会に興味がないわけじゃないけど………まだ時期じゃない」
この前の須藤の件でもわかったようにこの学校の生徒会の権限と信頼はかなりのものだ。その恩恵が受けられるのは正直、魅力的と言わざるを得ない。だが、まだ一学期の終盤、三年間を通してみれば序盤も序盤だ。生徒会に入るかどうか判断するのはもう少しこの学校を観察してからでも良いだろう。
「そうか。気が変わったらいつでも言え。俺は歓迎する。橘、行くぞ」
「は、はい」
会長は俺にそう言うとそのまま歩いて行った。ポカンッとしていた橘先輩も会長に声をかけられて我に帰ったのか駆け足で着いて行った。