東方漂泊録   作:芳養

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肉体からの解放

 蒲公英から豪快に放たれた腕の攻撃が魔理沙に直撃する寸前、早苗が彼女に覆い被さるように押し倒していたおかげで間一髪のところでなんとかそれを避けることができていた。

 

「大丈夫ですか!」

「わ、悪い早苗。助かったぜ…」

 

 二人は頭を上げると、湖をまるごと抉り取られたかのような傷跡を晒す大地が目に映った。

 

 それを見て彼女たちの顔から血の気が引いていき、ゆっくりと理解した。

 

 これはいつもの弾幕ごっこではなく、命の奪い合いの世界だと。現に今のが直撃していればどうなるかは大地の惨状が物語っている。一つの判断ミスが死に直結する程に残酷で無慈悲な現実だった。

 

「なんだ、今のを避けたか」

 

 蒲公英は振り切った腕を返すように魔理沙と早苗めがけて再度振り下ろした。

 

「なんちゅう馬鹿力なのよ…」

「これが本当に少し前まで人間だった人の力ですか!?」

 

 間に霊夢と妖夢が割り込むようにお祓い棒と桜観剣でその腕を受け止めた。が、二人がかりでも完全には止めきれず、徐々に押し返され気味であった。

 

「軽い軽い!プロテイン足りてねえんじゃねえか?」

 

 彼女たちの力を歯牙にもかけずに勢いよくそのまま腕を振り切り、その場に伏せている魔理沙たちを巻き込んで四人を遠くへ弾き飛ばした。

 

「加速する時代に身を委ねろ!人類の進化はすぐそこにある!」

 

 受け身を取ってなんとかダメージを最小限に抑えた少女たちのもとへ追撃するために走りだそうとした時、藍が硬く尖った爪を蒲公英の顔に突き立てて力任せに横へ切り裂いた。

 

「痛ッでぇ!!」 

「もうお前は人間に必要とされていないのだ!いつまで居座り続けるつもりだ過去の亡霊め!」

 

 まるで親の仇のように憎悪を宿した目で立て続けに彼を切り裂いていく。

 

「おいおい、そうカッカすんな。時代の溢れもの同士仲良くしようじゃないか」

「お前のような紛いものと一緒にするな!」

「好きに言えばいいさ。今度は妖怪(お前ら)が人間に恐怖する番なんだからな!」

 

 蒲公英は藍の猛攻に拳で反撃を喰らわせにいき、彼らのぶつかり合いは激しさを増して舞い上がる煙に包まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 仏教には“解脱”という考えがある。

 

 物事にはすべて原因と結果が存在し、それらは“輪廻”と称されて繋がっている。悪い行いをしたから地獄に落ちる。これも輪廻による因果だ。

 輪廻に束縛されている状態は苦しみのサイクルに囚われており、それはあらゆる物への欲望から離れられていないせいだという。その欲望の中には「肉体への執着」も含まれている。

 

 身体を自分のものだと思い込むのではなく、現世にいる間の仮の持ち物だと捨てる信念が必要だ。そうすれば死への恐怖などあらゆる苦悩から心が解き放たれる。それが解脱なのだ。

 

 仏教はこの輪廻から完全に脱却するために解脱を目的としている。宗派によって細かな違いはあれど、過酷な修行の末に煩悩を断ち切る。そして無我の境地に至り、悟りを開くのだ。

 

 

 

 萃香との激闘の最中で彼は心と身体を寸分の狂いなく一致させることで完成した力を手にすることができていたが、霊夢の手によって命を落としてしまった。

 

 しかし、復活してきた今の蒲公英はこの解脱の状態に限りなく近かった。“想いを辿る程度の能力”は心を足掛かりとして発動するために肉体を必要としない。それがこの世への未練と奇跡的なかみ合い起こしてしまったが故の結果だった。

 肉体を捨てて制約から解放され、自由となった。図らずも身体があった時とは違う道で生命の完成形へと近づいたのだ。生死を超越し、彼を縛る鎖はもう消失した。

 

 

 しかし、彼は自分の身に何が起こったのかは知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幾度の応酬の果てに藍の爪が蒲公英の喉に深く突き刺さるが、彼は少しも動じることなく前蹴りを彼女の腹に叩きこんだ。

 

「かはッ!?」

 

 赤い血を口から吐き出しながら藍は身体を霊夢たちのもとへと蹴り飛ばされてしまった。

 

「藍さん!!」

 

 妖夢は自身をクッション代わりにするように滑り込んで飛ばされてくる彼女の身体を受け止めた。

 

「すまない…。少し遅れをとってしまった」

 

 藍は素直に妖夢へ感謝を伝えた。

 彼女の攻撃は確実に当たっているはずなのに彼はまるでダメージを感じていない様子だった。それに違和感を覚えてしまい戦いのペースをあちらに奪われてしまっている。

 

「最強!無敵!筋肉!見ろよ不死身の力を!この力でお前らみたいな奴らを数え切れないぐらい葬ってきた!」

 

 身体中至る所を切り裂かれた蒲公英の身体は傷口から噴き出す黒い霧に包まれると、たちまち傷のない元の状態へと戻っていく。まるで不死鳥のような再生力であった。

 彼は自慢気に見せびらかす様に能力を披露したが、少女たちはそれを理不尽だと思いつつも大した驚きはなかった。萃香との戦いで見ていたというのもあるが別の理由もあった。

 

「悪いけどあんたみたいなのは別にこの幻想郷じゃ珍しくないの」

「ちぇっ、もっと驚いてくれたっていいのに………って、いま幻想郷(・・・)って言ったか!?」

 

 霊夢の言った“幻想郷”という言葉に逆に蒲公英は目を大きくした。

 信じられないとばかりに辺りを見回し、そして空を覆うようにボロボロに進行形で崩れているがその大きな結界が目に映る。それが決定打となって確信に変わった。

 

「は………ははは!死に損ない共の世迷言と高を括っていたがよもや実在していたとは!いや…あると信じたくなかっただけか」

 

 顔を片手で隠して笑い声を上げた。まるで見つけたくなかったものを見つけてしまったかのように。

 

 その様子に霊夢と藍の頭には同じ疑問が浮かんだ。彼はこの地が幻想郷とわかってて来たのはではなく、もしかして偶然辿り着いてしまったのではないのかと。

 

「そっか、どうりでお前が博麗の巫女か。殺し合う理由ができちゃったな。ここからは手加減なしの全力でいくぜ。逃げたきゃ逃げな。寄り道しないで真っ直ぐ家に帰るんだよ」

 

 ひとしきり笑い終えて一瞬だけ悲しそうな表情を浮かべた後、覚悟を決めたように霊夢へ言い放った。

 

 先程お祓い棒に腕が触れた際に蒲公英は気づいていたのだ。彼女がまとう“空を飛ぶ程度の能力”は自身に届き得るポテンシャルを秘めていることに。油断をしていればこちらがやられてしまう可能性すら感じ取っていた。

 それ程の能力を持った人間が幻想郷にいるとなれば導き出される答えは一つであった。

 

「望むところよ。今度ばかりは楽に終わらせないわ。魂も確実に消滅させてあげる」

「ま、待って下さい!あなたは……あなたはなぜ霊夢さん達を攻撃しようとするのですか!?」

 

 早苗は今にも命の奪い合いが始まってしまいそうな二人の間に割り込んで蒲公英の理由を聞こうとした。

 このままではどちらかが死ぬまで終わらなくなってしまうのは目に見えている。彼女は彼に残されている善性に賭けてなんとか話し合いに持ち込めないか模索していた。

 

「現今になって人類は加速度的に進歩した。だがそれでもなお残り続ける神や妖怪といった遺物たち。これからの時代に恐怖や信仰などと不確実なものなんていらないはずだ。後ろに囚われてちゃ前に進めないだろ?だから消すんだ」

 

 「いわば時代の総決算さ」と時流による仕方のないことだと言い切った。

 

 忘れ去られた者たちが住まう幻想郷は漂泊者にとって見れば、時代の停滞を招くだけの代物。身に刻まれた使命によってなんとしてでも排除しなければならなかった。そしてそれを守護する博麗の巫女も。

 

「もういいでしょ早苗。あいつとは絶対に分かり合えないのよ」

「ええ………、私が間違っていました。戦うしかないみたいですね」

 

 最後の迷いを捨て去り、霊夢と同じように覚悟を決めた瞳で彼を見つめる。

 生き方の根底からして違っており、和解なんて到底無理な話である。信仰と共にする早苗であったからこそ命懸けでも彼を止めなければいけなかった。

 

「そうこなくっちゃな!五人まとめてかかってこい!人の執念の積み重ねが生んだ漂泊者の力をその身でとくと味わうがいい!」

 

 両腕を広げると彼の背中からは黒色に染まった霧が立っていき、あっという間に足元をその色で埋め尽くした。

 




蒲公英さん、ここにきて脳みそだけでなく心まで筋肉で出来ていた疑惑が浮上してきましたね。
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